ありがとう・・・

作 LynX

彼、碇シンジは彼女に惚れていた。
彼女の名は惣流・アスカ・ラングレー。
栗色の髪に青い瞳。
彼女の姿に何度見とれたことだろう。

一緒に住むことになったとき小さな期待はあった。
付き合うとかではなく、一番近い存在、
そういうものになれるかもしれないという期待。

惚れた弱みとでも言うべきか。
朝御飯を作るのも、彼女を起こすのも、
お弁当を作るのも、荷物を持たされるのも、
掃除をするのも、お風呂の用意をするのも、
洗濯するのも、夕御飯を作るのも、
たまに代わりに宿題をするのも、
たまにものをおごらされるのも、
何もかも彼には苦痛ではなかった。
いや、むしろ自分がもっとも近いという証のようで
うれしいと感じていたに違いない。

だが彼女は「ありがとう」とは言ってくれなかった。
彼女の口から出るのは、端から見れば
ただの罵倒にしか聞こえない言葉ばかり。
「なんで言い返さへんのや!」
友達は言うが、そんな気になれなかった。

彼女にとって自分は何なんだろう?
当然のように湧いてくる疑問に彼は答えを出さなかった。
いや、出せなかったのだ。
怖かったから。・・・何が?

でも、その答えを知ってしまった。

 ガシャーーン!

「何なのよシンジ、これは!」

「そ、それはアスカの好きなハンバーグ・・・。」

「アタシが聞いてるのはその上にのってるものよ!」

「そ、それはマーブルソースって言って・・・。」

「アンタ、アタシがマヨネーズ苦手なの知ってるでしょ?」

「え?そ、そうだったの・・・?」

「はあ。まったく、使えないわね。アタシのご飯
 作るようになってどれだけたったと思ってんの?」

「ご、ごめん、作り直すから。」

「いらないわ。もう食べる気なくなっちゃったわ。」

「で、でも・・・。」

「いらないって言ったらいらないのよ。それ、捨てといて。」

「・・・・・!」

「お菓子でも食べてた方がましだわ、まったく。」

「・・・・・・。」

「何よ、何か言いたげね。」

「い、いや、なにも・・・。」

「アンタなんて家事以外は使えないんだからしっかりしてよね。」

「そ、そんな・・・。」

「あ、昔はエヴァに乗るのも得意だったわよね、シンちゃんは。」

「・・・・・・。」

「ま、今はもう関係ないか。じゃ、アタシ寝るから。」

「そう・・・。」

「あ、そういえば今日のお風呂、ちょっと温度高かったわよ。
 ホント、しっかりしてよね。」

「ご、ごめん・・・。」

「まったくもう、謝るのだけは上手ね。」

「ごめん・・・。」

「はあ。じゃあ、おやすみ。」

「おやすみ・・・。」

その夜、一人で洗い物をする彼は何度も目をぬぐっていた。

 PiPiPiPiPiPi......

翌朝、彼女は目覚まし時計の音で起きた。
大変不機嫌である。
毎朝起こしに来るはずのシンジが来ないからである。
ここはひとつ怒鳴りつけてやろう。
そう思って勢いよくリビングにやってきた彼女が見たものは。
テーブルの上に置かれたメモ。

「アスカへ
 僕はアスカの笑顔を作れそうにありません。
 誰かいい人を探して見つけて下さい。
 さようなら。
              碇シンジ   」

一瞬呆然とする彼女。
その後に来るものは、大きな怒りと小さな寂しさ。
メモを破り、怒鳴り散らしているうちに時計が目に入る。
8時30分。遅刻してしまう時間だ。
あわてて用意をして家を出る彼女。

 ダダダダダ、ガラッ

「おっそーい、アスカ。」

「ごめんヒカリ、1限は?」

「まだよ。朝礼は終わったけどね。」

「そう。ごめんね。」

「でもどうしたの?碇くんはとっくに来てるわよ。」

「え?シンジ?あいつめ・・・アタシをほっぽって行くなんて
 いい度胸してるじゃない・・・。」

「え?あ、アスカ!」

「ちょっとシンジ!」

「え?あ、惣流さん、おはよう、遅刻したの?」

一瞬、教室中が凍りついた。

「シンジ・・・アタシに対してそういう態度をとるとは・・・。
 覚悟はできてるんでしょうね?」

「は?何のこと?惣流さん?」

「まだ冗談を言う余裕があるとは、シンジ・・・。」

「ちょっと待ってよ。何言ってるのかわかんないよ。それに、
 僕、惣流さんに呼び捨てにされる覚えはないよ。」

「シンジ・・・?」

彼は冗談でそう言っているのではなさそうだった。
彼以外の全員が呆然とする中、1限が始まった。

「アスカ、ちょっといい?」

次の休み時間、そう言ってきたのは赤木リツコだった。
今はアスカ達の通う学校で理科の教師をしている。

「何?リツコ?」

「シンジ君のことで話があるの・・・。」

「でも、これから授業が・・・。」

「大丈夫、次の授業は私だから。自習にしておくわ。」

「そんなに重要なことなの?たしかにシンジは今朝から
 おかしいけど。」

「いちおうアスカには伝えておかなければならないと
 思って。」

「まあ、聞くだけは聞くわ。」

「じゃ、化学準備室に来て。」

 ・・・・・・

「で、話って何?」

「アスカ、昨日、シンジ君と何かあったの?」

「ど、どうしてよ。何もないわよ。」

「ほんとうに?」

「シンジの奴が料理を失敗したけど。それぐらいかしら。」

「そう。・・・昨日の夜にね、シンジ君が私の家に来たの。」

「夜?いったい何時頃よ?」

「正確には早朝と言った方がいいかしら。私もなぜシンジ君が
 来たのか分からなかったけど。」

「で、何だったのよ?」

「それがね・・・。シンジ君、記憶を消して欲しいって
 言うのよ・・・。しかもアスカ、あなたについての記憶だけを。」

「アタシの・・・記憶を?」

「そう。正確にはあなたに関する基本的なデータ以外全てを。」

「いったい・・・どうして・・・。」

「それが分からないからこうして聞いてみたのよ。」

「アイツ・・・さよならって・・・。」

「いちおうシンジ君の希望通りにしたけど、彼には内緒で記憶の
 バックアップを取っておいたわ。」

そう言って見せられた1枚のMOディスク。

「これはアスカ、あなたに渡しておくわ。どうするかはあなたに
 任せるわ。」

「これが・・・シンジの・・・?」

「ただ、これだけは言っておくわ。記憶の分析の結果、彼は
 あなたに好意を抱いていたことが分かったわ。」

「え・・・?」

「あなたのことが好きだったのよ。なのに記憶を消して欲しいと
 言った。いいえ、だからこそかしら。何があったのかは
 聞かないわ。あなたが解決しなさい。」

「・・・・・・。」

「さ、話はこれだけよ。教室に戻りなさい。」


その日、彼女はずっと考えていた。
自分が彼に対して行ってきたことについて。
彼がその時にどんな思いでいたか。
そして、考えた。
彼が彼女に対する想いを断ち切る時のつらさを。
好きだからこそ。
彼は彼女のことを考えて想いを封じた。

放課後、彼女は立ち上がり、彼のところに歩いていった。

「シ・・・、碇くん、ちょっと話があるんだけど、いい?」

「あ、惣流さん。別にいいよ。用もないし。」

「じゃあ行きましょ。」

「どこ行くの?」

「近くの公園まで。ここではちょっと・・・。」

「わかったよ。じゃあね、トウジ、ケンスケ。」

「おう。」「じゃあな。」

この後、あとをつけようと思っていた2人だったが、
委員長こと洞木ヒカリがそれを許さなかったのはまた別の話である。


「ねえシ・・・碇くん・・・?」

「シンジでいいよ。何だか言いにくそうだし。」

彼は苦笑した。

「うん・・・。あの・・・シンジ・・・くん・・・
 今誰か気になる女の子いる?」

「気になる子・・・?うーん。仲がいい子だったらいるけど。」

「誰・・・?」

「うちのクラスのレイ・・・綾波レイと隣のクラスのマナ
 ・・・霧島マナかな。あとは委員長くらいかな。でも、なんで
 そんなこと聞くの?」

彼女はその言葉を聞いて胸が痛くなった。
そして答えを出した。

「アタシね・・・好きな人がいるの・・・。その人はたぶん
 気づいていないけど。」

「あ、それで僕に仲介をしてほしいんだね。誰?」

彼女は首を横に振り、続けた。

「アタシはその人のこと、好きなのに、素直になれなかったの。
 その人にひどいことばかりして。アイツはいつもそばに
 いてくれたから安心しすぎていたのかもしれない。」

「・・・・・・?」

「アイツがいなくなるのが怖かったの。
 アイツがいなくなったらアタシは生きていけない。
 アタシは臆病だった。」

「・・・・・・。」

「でも、気づくのが遅すぎたの。アイツはいなくなってしまった。
 アタシの好きなアイツは・・・。後悔先に立たず、ね。
 もし・・・もしもう一度会えたら・・・言えなかった言葉を
 今度こそ言うわ。」

「・・・・・・・。」

「でも、彼は自分で記憶を捨てたわ。もう一度彼に会うこと、
 それは彼にとってつらいこと。」

「惣流さん・・・。」

「アタシの好きな人はあなたよ、碇シンジくん。
 そして、あなたの記憶はこのディスクの中にあるわ。
 でも・・・あなたに記憶を戻して欲しいなんて・・・アタシには
 言えない・・・。だから・・・。」

彼女はそのディスクを地面に落とし、ゆっくりと踏みつぶした。

 パキッ

ディスクは簡単に壊れた。

「ごめんね、シンジくん。今ここで言えなかった言葉を言うわ。
 聞いてくれる?」

「・・・うん。」

「私、惣流・アスカ・ラングレーは碇シンジのことが好きです。
 大好きです。愛しています。今までごめんなさい。そして
 ありがとう。・・・好き・・・でした。」

「・・・・・・。」

彼女の瞳からはとめどなく涙があふれた。

「ごめんね、シンジくん。アタシが気持ちに整理をつけたかった
 だけ。忘れてね。もう・・・すっきりした・・・から・・・。」

「・・・アスカ?」

「ど・・・どうしたの?」

「僕からの答えを言ってもいいかな?」

「え・・・?」

「僕、碇シンジも惣流・アスカ・ラングレーのことが大好きです。
 どんなひどいことを言われても、僕には彼女以外は愛せません。」

「・・・・・・!」

「どうかな?」

「シンジ・・・アンタ、ひょっとして・・・。」

「ただいま、アスカ。」

彼はゆっくりと微笑んだ。
彼女は涙でぐちょぐちょになった顔のまま彼に抱きつき、
そして泣いた。喜びの涙だった。
そんな彼女を彼は優しく抱いていた。


「さ、催眠術ぅ?!」

化学準備室で大声を出している彼女は、そう、アスカである。

「そうよ。いくら私でも記憶を操るのはそんなにうまく
 いかないわ。失敗する可能性もあるし。だからよ。」

「じゃああのディスクは・・・。」

「ああ、あれね。空よ。あ、弁償してね。」

「リツコ・・・アンタは・・・。」

「あら、きっかけを作ってあげたのよ。」

「アンタ、『記憶を分析した』って・・・。」

「それくらい普段の行動見てれば分かるわよ。」

「く・・・。」

「催眠術を解くキーワード、『ありがとう』にして
 正解だったわね。」

「ちょっと、それ、他の人が言った場合はどうするのよ!」

「ああ、『アスカが言った場合に限る』ってことに
 しておいたから。」

「どこでそんな高度な催眠術を・・・って、アタシが
 言わなかった場合はどうなってたの?」

「その時はその時ね。」

「ぬぁんですって〜!」

「はいはい。どうでもいいけどここに来てからずっと
 シンジ君と手をつないだままなのはどうしてかしら?」

「アタシとシンジは深ぁ〜い愛で結ばれているからね。
 ね、シンジ?」

「う、うん・・・。」

「なによ、不満なの?」

「い、いや、もう帰ってご飯の用意をしないと・・・。」

「もうそんな時間?今日の晩御飯は何?」

「アスカの好きなハンバーグだけど・・・。」

「わーい、シンジ、大好き。」

「僕も大好きだよ、アスカ。」

「はいはい、そういうことは帰ってからしてね。」

「シンジィ〜、早く帰ろう。」

「うん。じゃあ、リツコさん。」

「はいはい。」

今度は本当に記憶を消してやろう、そんなことを思う
赤木リツコ、**歳、独身であった。


「シンジィ〜、おいしいよ〜。」

「ありがとう、アスカ。」

「アタシからお礼をあげる。目つぶって。」

「こう?」

 チュッ

「うふふ、どう?」

「ありがとう。今度は僕から・・・。」


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「ほぉぉ〜、シンジ、そーゆーことしてほしいのねえ。」

「げ、アスカ、いつの間に・・・。」

「最初から全部読ませてもらったわ。アタシのこと相当悪く
 書いたわね。」

「い、いや、これは、僕じゃなくて、パラレルワールドの
 僕が・・・。」

「何を訳の分かんない言い訳してんのよ。まあいいわ。はやく
 ごはん作ってよ。」

「あ、もうそんな時間?」

「今日はハンバーグね。何だか食べたくなっちゃった。」

「うん、いいよ。」

「おいしくできたらごほうびあげるからね。」

「え・・・おいしくなかったら?」

「シンジの愛情のこもった料理がおいしくない訳ないでしょ。」

「なんだ、アスカもあの話気に入ったんじゃないか・・・。」

「う、うるさいわね。はやく!」

「はいはい。じゃあ行こうか。」

「頑張ってね、ア・ナ・タ。」

「ア、アスカ・・・結婚はまだ・・・。」

「シンジ、アタシを他の誰かと結婚させる気?」

「い、いや、そんなわけ・・・。」

「じゃ、いいじゃない。中学生にしてこうやって同棲してる
 わけだし。ね?」

「それは同居って言うんじゃ・・・。」

「いいのよ、さ、シンジ。」

「はいはい。」

彼は彼女に腕を引っ張られ、連れて行かれた。

 Pi!

誰かからメールが来たようだ。
彼が小説を書いていたパソコンの画面に表示されたメッセージ。

「お幸せに。
     シンジ&アスカ from other world 」

楽しそうな笑い声が聞こえる・・・。



Fin.





 (筆者より)
ま〜くさん、40000HITおめでとうございます!

記念投稿は初めてですが、どうでしたでしょうか?
「こんなに〜」をはずれて読み切りを書いてみました。

「こんなに〜」の方も頑張りますのでよろしくお願いします。

「ま〜くの落書き部屋」のますますのご発展をお祈り申し上げます。

LynXでした。


感想お待ちしています。

LynXさん、本当にありがとうございました!!

Lynxさんへの感想メールを!
Hisashi.Nakamura@ma3.seikyou.ne.jp
までお願いします。


「喫茶りんくす」へ戻ります。