レイちゃんお誕生日記念作品
キスと、お茶漬け written by みやも
2016年、某月某日。
学校が春期休暇に入っているこの時期、綾波レイは木々の多い小さな公園で何するでもなく時を過ごしていた。
声をあげて駆け回る幼い子供たち。
一時の休息を楽しむ若い恋人たち。
ごくありふれた、いつもの風景。
レイは日陰のベンチに一人座って、ぼんやりとそれを眺めながら考える。
・・・・これは・・・・何?
これは、いくど繰り返されてきたか分からない当たり前の風景。
あの過酷な戦闘期間を切り抜けた人間達にしては・・・・あるいは、そういう人々だからこそ享受できる、あまりにも穏やかな日常の断片。
いま、そんな世界で自分は生きている。ごく自然に、当たり前のように。
・・・・なぜ?
使徒はすべて倒した。
ゼーレなる、ネルフの上部組織は壊滅。
人類補完計画は頓挫。
計画の要だった自分の存在意義はうやむやのうちに消滅してしまった。
もう必要のないモノ。いなくてもいいモノ。
それが私。
・・・・なのに・・・・なぜ私はここにいるの・・・。
そんな時、レイの名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「綾波・・・ねえ、綾波ってば」
「ファースト、こんなとこにいたの!?なにボケーッとしてんのよ!」
レイは思考を中断して声のする方を見た。
一組の少年少女が傍らに立っている。
碇シンジ。そして惣流・アスカ=ラングレー。
彼女と同じ、エヴァ操縦の適格者。チルドレンだ。
「・・・・・何?」
するとアスカはあきれたような表情を、シンジは苦笑を顔に浮かべた。
「あ、アンタバカァ?今日はリツコに召集かけられてるでしょ! 新しいほうのネルフ本部に行くのよ!」
「一緒に行こう、綾波」
「・・・・」
レイは二人をじっと見つめた。
・・・・なぜだろう。
なぜこの二人はこんなにもたやすく自分に声をかけることが出来るのだろう。
あの戦いの渦中にいたこの二人は知っている。
私が人ならぬ者であること。
人の世を終末へ導くために創り出された暗黒の天使だったということを。
この二人は知っているはずなのに。
(あなた達はどうして・・・・)
ガタン、ゴトン・・・・
新ネルフへ向かうモノレールの中でも、レイはぼんやりと物思いにふけっていた。
ふと、隣に座るシンジとアスカに目を向ける。
「アスカ、晩御飯は何がいい?」
「そぉねえ・・・グラタンがいいかな。冷凍物はダメよ。手作りじゃないと」
「うん。分かってるよ、アスカ」
シンジが微笑む。
悲しみと苦しみを知った者だけが出来る、深く優しい笑顔。
「わ、分かってるならいいわ。おいしいのを作りなさいよっ」
アスカは照れたように頬を朱に染めてぷいっとそっぽを向くと、小さく付け足した。
「・・・楽しみにしてるからね、シンジ」
それはたぶん、以前のアスカならば決して言わなかったであろう、柔らかい一言。
「・・・・・」
レイは思う。
この二人は少し変わったのかもしれない。
張りつめた糸のようだった雰囲気が、とても落ち着いたものになっている。
エヴァに乗ることに己の全存在を賭していた彼らなのに、そのエヴァを降りた今の方が幸せそうに見えるのはなぜだろう。
・・・私は?
私もどこか、変わったのだろうか。
ガタン、ゴトン・・・・・
その問いの答えを見出せないレイを乗せて、モノレールは進んでいく。
総合科学技術研究団体『ネルフ』本部、赤木リツコ博士の個室。
「いらっしゃい、3人とも」
「こんにちは、リツコさん」
「リツコ、わざわざ呼び出して何の用なのよ」
「・・・・・・」
「用件はこれよ。規定で直接本人に手渡しする事になっててね」
リツコは3人にIDカードと書類を各人一式ずつ渡した。
話によると、ネルフの組織再編に伴ってチルドレンの個人データファイルも改めて 作成したのだという事だった。
「書類はそのファイルの写しよ。
誤りがないか一応チェックしてから、大切に保管しておいて」
「ふーん。よくもまあこんなに細かく調べてあるわね」
アスカはさして興味もなさそうに書類をぱらぱらとめくっていく。
どうやら彼女にとってはシンジの作る食事の方が重要事項のようだ。
その時だった。
「・・・・あ・・・」
か細い、かすかな驚きの声がレイの口から漏れた。
「綾波、どうしたの?」
「碇君・・・私・・・」
「何なのよ、一体」
シンジとアスカはレイの手元をのぞき込んで、
「「あ・・・」」
と声を重ねた。
書類にはシンジ達と同じように具体的なデータを書き込まれたレイの個人情報がはっきりと載っていたのだ。
旧ネルフでのファイルではあらゆるデータを抹消されて無記入だった欄が、細かい文字で埋まっている。
「レイの経歴に対する秘匿指示が、きのう解除されたのよ」
最重要機密の塊であるレイのデータを、一部であっても公開できるようにするまでリツコがどれだけ多大な労力を払ったか、彼女は語らなかった。
どこか疲労感の漂う哀しげな微笑が浮かべて、リツコは近くの椅子に腰を下ろす。
レイは食い入るようにしてファイルに目を通していた。
文字だけの書類上に、初めて知る自分の姿が描き出されている。
レイはこの時、気づかなかった。
モノレールの中で考えていた事の答えが、もう出ていることに。
昔のレイなら、書類に何が書き込まれていようと気にも留めなかっただろう。
自分自身を知りたいと思う心。
その心の芽生えが、彼女に起きた変化だったのだ。
「赤木博士」
顔を上げて、もの言いたげにリツコの方へ視線を送るレイ。
「・・・何かしら、レイ」
「・・・・ありがとう・・・ございます」
リツコは目を見張った。
レイから感謝の言葉を聞いたからではない。
笑ったのだ。
あのレイが、本当に本当にうれしそうな微笑を見せたのだ。
「レイ・・・・」
プシュー。ガシャッ。
圧縮空気の抜ける音とともにドアが閉まる。
子供達が去って、ひとり部屋に残ったリツコは、ゆっくりと天井を仰ぎ見た。
肩が震えていた。
「・・・・本当に傲慢なのね、私は」
贖罪なんかじゃない。感謝される資格もない。
レイにしてきた仕打ちを考えれば、あの子にどんなにののしられ、さげすまれても当然なのに。
なぜあの子はあんなに綺麗に笑えるの。
あんなに、嬉しそうに。
(レイ、あなたは・・・)
そしてリツコは涙を流す。
この前泣いたのはいつだったろうか。
帰り道。
歩きながら、レイのファイルを横から見ていたアスカがシンジの服の袖を引っ張った。
「シンジ。出生年月日の所、見て」
「あ・・・これって・・・今日じゃないか!」
「?・・・それがどうしたの」
レイは首を傾げた。
晩。
レイは葛城家に招かれた。
シンジの提案でその日の夕食をレイの誕生祝いにする事になったのだ。
「誕生日っていうのはさ、大切な日なんだ。お祝いしないとね」
夕食にはまだ少し間がある時刻。
シンジはアスカ、家主のミサトと共にお誕生日についてレイに説明していた。
「・・・・何を祝うの?」
膝に乗せたペンペンの頭をなでながら訊ねるレイ。
「何って・・・・なんだろ、アスカ?」
「は〜〜〜・・・・(−_−;
アンタ、ウルトラバカね。
誕生祝いなら生まれてきたことを祝うに決まってんじゃない!」
アスカが言うと、ミサトがビールを飲むのをやめてレイに笑顔を向けた。
「レイ、誕生日っていうのはね。
あなたが生まれてきた事と、そのあなたと私たちが出会えたことを祝うのよ」
「私が生まれたこと・・・・」
レイはミサトの言葉を口の中で繰り返すうちに、言い表しようのない複雑な気持ちに心を満たされた。
ありとあらゆる感情が絵の具のようにまざり合う混沌とした気持ち。
急に不安になったレイは無意識的にシンジを見つめていた。
「私・・・わからない・・・・」
「え?」
「・・・・私は、生まれてきてよかったの?・・・・」
それは彼女にとって切実な問いかけだった。
「・・・わからない・・・・。
私の生まれてきた理由・・・補完計画・・・・エヴァ・・・、
両方とも消えてしまったわ・・・。
他には何もないのに・・・・それでも、私は生まれてきてよかったの?」
しかし。
「あっっったりまえじゃない!
生まれてきてよかったに決まってるわよ!!」
その時、真っ先にレイの存在を肯定する言葉を口にしたのは、意外にもアスカだっ た。
赤い髪の少女は立ち上がると、人差し指をびしっ!と蒼い髪の少女に突きつけた。
「よく聞きなさいよ、レイ!
アンタが誰にどんな目的で創られたとしても、生きていくのはアンタ自身なんだから!!
それにね、他には何もないなんて言わせないわよ!
アンタの誕生日を祝おうとしてるアタシ達は一体なんだと思ってるのよ!」
これもまた、以前のアスカなら決して言わなかったであろう言葉。
レイをひとりの人間として見る。
アスカの、もう一つの変化であった。
「惣流さん・・・」
ふいに、レイの右手が温かい感触で包まれる。
それは、そっと重ねられたシンジの手だった。
「・・・・碇君?」
「綾波・・・。
僕、こう思うんだ。
エヴァは僕たちが出会うきっかけだったんだって。
エヴァがなければ僕たちは出会うことが出来なかった。
でも、エヴァがなくなっても僕たちは今、ここにいるよね・・・。
だから、出会った後のことは、僕たち次第なんじゃないかな。
うまく言えないんだけど、その・・・僕は綾波に出会うことができて本当に嬉しいと思ってる。
それはきっと、これからも変わらないと思う」
アスカやシンジの言葉を聞くうちに、レイの気持ちは不思議と落ち着いていった。
こわばっていた心が解きほぐされていく感覚。
ああ、あなた達は・・・
レイは生まれて初めてと言っていいほどに激しい感情の高ぶりに胸の内を焦がされていた。
「むうぅー・・・シンジ、アタシの事はどう思ってるのよ!」
「え?あ、えっと、そりゃアスカだって・・・」
「はっきりしなさいよバカシンジ!」
「碇君・・・惣流さん・・・・」
もどかしい。
この気持ちをはっきりと言葉にして二人に伝えたい。
ああ、私はあなた達を・・・・
ぎゅっ。
「「へ?」」
ちゅっ。×2
レイは突然シンジとアスカに抱きつくと、二人の頬に一度ずつ、キスをした。
そして二人の間に顔を埋めて、小さく呟く。
「大好き・・・・」
「え、え、え、あ、え?」
「ななななななな・・・・・!!」
レイに抱きつかれたまま、赤面して混乱する二人。
「あらま、だーいたん」
ミサトのコメントが、一番まともだった。
数分後、チルドレンたちはようやく落ち着きを取り戻した。
「まったく・・・・いきなり何するのよ、アンタは・・・」
「ふう〜。びっくりしたよ」
「・・・ご、ごめんなさい・・・・」
冷静になると、今度は我に返ったレイが赤面していた。
「まーまー。気にしない気にしない。
レイは感情表現がちょっち極端になるだけよ。
多少のことは笑って許してやりなさいって」
フォローをするミサトはすでに6本目の缶ビールを空にしていた。
「なに軽く言ってんのよミサト!
ファーストがキス魔にでもなったら笑ってらんないわよ!
これは教育の必要ありだわ!」
アスカは腕組みをすると、妙な使命感に燃える瞳で言った。
この日からアスカによるレイちゃんへの一般常識講座がスタートするのだが、それはまた別の話。
どうやらアスカは、けっこう姉御肌だったりするらしい。
「・・・あ、そろそろ食事の準備しないと」
時計を見てそんなセリフが自然に出てくる、主夫・碇シンジ。
「綾波、何がいい?綾波の好きなもの、何でもつくるから遠慮なく言ってよ」
「・・・・私の?」
ちらっと、アスカの方へ目をやるレイ。やはり遠慮があるらしい。
アスカはそれに気づくと、
「ま、今日は特別にアンタのリクエストに答えてあげるわ」
と余裕のある表情で言ってみせた。
(うう・・・アタシって大人・・・・)
内心は今朝リクエストしたグラタンが食べたくて仕方なかったようだが。
「じゃあ・・・・・」
レイはためらいがちに口を開いた。
「うん」
「・・・・・・・・・・おちゃづけ」
「「「へ?」」」
「お茶漬けがいい」
「あ、アンタバカァ?
そこいらのレストランのシェフが作るよりうまいもの食えるってーのに何でお茶漬けなのよ!?」
アスカが問うと、レイはうつむいて、胸の前でもじもじと指を絡めながら、いつもよりさらに小さな声で答えた。
「食べてみたい・・・碇君が作ってくれる・・・温かいお茶漬け・・・」
「ファースト、アンタ・・・・」
アスカはふと何かを思いだしたような顔をした。
それからくるりと振り返ってシンジの方に向き直る。
「シンジ、何ボケボケっとしてんのよ。さっさと用意して」
「え?お茶漬けでいいの?」
「い・い・か・ら・さっさと動きなさいっ!」
「うわぁ!わ、わかったよ」
あわてて台所へ足を向けるシンジ。
「・・・アスカ?」
ミサトがいぶかしげに声をかけると、アスカは苦笑した。
「アタシもね・・・子供の頃あこがれてたのよ、お茶漬け。
なんだか、家庭の食事って感じがするから。
・・・ね、ファースト」
「・・・・・」
うつむいたまま、こくんとうなずくレイ。
「あはは、なんか、変でしょ」
照れたように笑うアスカ。
「あんたたち・・・」
ミサトは一瞬言葉に詰まってしまった。
そしていきなり立ち上がると、七缶目のビールを一気にあおりながら背を向けた。
「えーと・・・つまり、あれね、そう、ほら・・・」
「「?」」
「そう、そーいうことよ・・・うん」
背を向けたミサトはこっそり涙目だったという。
「どうかな?」
「・・・・おいしい」
「そう、よかった」
「・・・・おいしい」
「あ、そうだ。綾波、まだ言ってなかったね」
「ああ、そういえば」
「もっと早く気づきなさいよ、バカシンジ」
「・・・?」
「「「ハッピーバースデイ、レイ!」」」
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2016年、某月某日。
学校が春期休暇に入っているこの時期、綾波レイは木々の多い小さな公園で何するでもなく時を過ごしていた。
声をあげて駆け回る幼い子供たち。
一時の休息を楽しむ若い恋人たち。
ごくありふれた、いつもの風景。
レイは日陰のベンチに一人座って、ぼんやりとそれを眺めながら考える。
これは何?
これは、いくど繰り返されてきたか分からない当たり前の風景。
あの過酷な戦闘期間を切り抜けた人間達にしては・・・・あるいは、そういう人々だからこそ享受できる、あまりにも穏やかな日常の断片。
いま、そんな世界で自分は生きている。ごく自然に、当たり前のように。
それがなぜかは分からない。
この世界に生まれ、生きていくことにどれほどの理由や意味があるのか・・・まだ当分はわからないだろう。
けれど・・・・・
「あ、いたいた。綾波ー」
「ファースト!まぁたこんなとこでボケーッとして!
パーティーの主役が遅刻してどぉすんのよ!」
けれど、ただひとつだけ。
「ほら、早く行くわよ!」
「一緒に行こう、綾波」
あなたたちに出会えて本当によかった。
「ええ・・・・行きましょう」
それだけはきっと、たしかなこと。
Fin.
<あとがき>
どうも、みやもです。
なんでお茶漬けやねん、というツッコミはともかく、
いかがでしたでしょうか。
うーん。
僕の作品ってレイちゃん派の方々からはどう見えるんだろう・・・?
御感想など、お待ちしてますね。
では、今回はこの辺で。
みやもさん、本当にありがとうございました!!
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