新世紀エヴァンゲリオン Side Story

Where is my Daddy ?

written by Moonstone

よく寝てるな・・・アスカ。うなされないで眠れるなんて、久しぶりだね・・・。
昔の嫌な思い出が毎晩夢になって出て来るなんて、辛いだろうね・・・。
僕にはその辛さや痛みがどのくらいかは分からない。でも・・・せめて・・・。
僕が居ることで、その辛さや痛みが少しでも和らいでくれるなら・・・。

僕の手をしっかり握ってる・・・。離陸してから、ううん、座席に座った時から、
いや、空港で待ってる時から、違う、家を出る時からずっとだ・・・。
僕の肩に凭れ掛かってる・・・。撫で肩だから寝心地は良くないかもしれないね・・・。
僕が傍に居て安心して眠れるのかな・・・。そうだったら嬉しいな・・・。

僕は心配なんだ・・・。また、アスカが昔のように壊れてしまうんじゃないかって・・・。
あの時、僕は分かったんだ・・・。僕にはアスカが必要なんだってね・・・。
もう僕は失いたくないんだ・・・。僕にとって必要なアスカをね・・・。
アスカが必要とするような男に、そう、加持さんのようになりたい・・・。

さっき寝言で僕の名前を呼んだね・・・。僕にははっきり聞こえたよ・・・。
僕はその声で目が覚めたんだ・・・。アスカが呼んでる、僕を呼んでるって・・・。
初めて聞いたアスカの寝言は、『ママ』だったよね・・・。あの時お母さんの夢を見てたんだね・・・。
今は、僕の夢を見てるのかな・・・。どんな夢なのかな・・・。


Episode:1 くつろぎの時、真実への扉
If you can see Daddy,nothing can be better than it...

「間もなく、本機は新ベルリン空港へ到着いたします。」

 カーテンが閉じられた機内でまどろみの中に居たシンジは、接客用のアナウンスで現実へと引き戻され る。
シンジは周囲を見回す。突然のアナウンスで心地良い夢の世界から引き摺り戻されたらしく、
目覚めた他の乗客の顔は如何にも不機嫌そうだ。
 シンジは左肩に感じる重みの方を見る。それまでの静寂を引き裂くような音量だったにもかかわらず、
アスカは変わらず安らかな寝息を立てている。
毛布の下でずっと握られたままの手に、じっとりと汗が滲んでいるのが分かる。
眠っているにもかかわらず、アスカの手はかなり強くシンジの手を握っている。
 間近で見る愛しい寝顔に、シンジは無意識のうちに引き寄せられる。
形の良い唇が、シンジの唇を誘っているように思える。
そのまま魅力という名の引力に身を任せたいが、生憎飛行機は二人の時間を与える程気は利かない。
 乗務員が近付く着陸に備えて、まだ目覚めない乗客を起こしに回り始める。
シンジは乗務員が来るよりも先に、アスカを優しく揺すり、耳元で囁く。

「アスカ、起きて。もうすぐ空港だよ。」

 アナウンスの音量でも目覚めなかったアスカが、その音量とは比較にならないシンジの囁きで、
ゆっくりと夢の世界から現実世界に舞い戻って来る。
閉じられていた瞼がゆっくりと開き、ぼやける焦点が程なく間近に迫るシンジの表情を捉える。

「シンジ・・・。もうドイツ?」
「うん。さっきもうすぐ空港に到着だって言ってた。」
「そっかぁ・・・。飛行機って早すぎるよね・・・。」

 残念そうなアスカに、シンジも思わず頷く。シンジとて考えるところは同じ。
アスカはシンジの肩から頭を上げて、座席に深く腰掛け直し、一度深呼吸する。
それでも手は強く握り合ったまま。二人とも決して離そうとはしない。
しかし、飛行機は強固な二人の手の鎖を無粋に引き千切る。

「本機は間もなく着陸体勢に入ります。皆様、シートベルトをお締め下さい。」

 二人は名残惜しそうに手を離し、シートベルトを締める。締め終わるとすぐに手を繋ぎ直す。
互いを求め合うように、そして、互いを離さないように強く、固く。

「シンジの膝の上に乗って、二人でシートベルト締められないかなぁ。」

 アスカはシンジを少し上目遣いで見詰めながら呟く。甘えるような、誘うようなこの視線にシンジは弱 い。
シンジは微笑みながらアスカの耳元で囁く。

「『他のお客さんが羨ましがるのでお止め下さい』って言われるよ、きっと。」

 アスカは照れ笑いを浮かべてシンジの肩に凭れ掛かる。
残り僅かとなった飛行機での逢い引きを存分に味わう二人に、確認の巡回に回っていた乗務員が
羨ましさ半分、鬱陶しさ半分でちらりと見やって通り過ぎていく。


 タラップに出ると、空には夕闇が迫っていた。
紅に染まる空の色が、東の方から僅かに天空の宝石が見える青色へと移り変わっている。
時計を見ると夕方の6時。丁度夕食の時間でもある。
 入国手続きを無事に終えた二人に、一見何処にでも居るビジネスマン風の男三人が近付く。
二人は一瞬身構えたが、襟元にある階級証を見て警戒心を解く。

「惣流アスカ・ラングレー様に、碇シンジ様ですね?」
「そうよ。」
「長旅お疲れ様です。葛城一佐の指示でお迎えに参りました。」

 彼らはミサトの指示を受けて二人を出迎えに来た、Nervドイツ支部の職員である。
旅の目的であるアスカの父親捜索は勿論、金銭面や安全面に関しても、Nervが全面的に支援している。
二人が出国準備に追われる間に、ミサトが全て手配してくれている。
 今やミサトはゲンドウに代わって司令に就任した冬月の後任として、一佐そして副司令の地位にある。
ドイツ支部に二人の支援を指示することなど、今のミサトなら造作もない。
ミサトにしてみれば、保護者として二人を守る立場に有りながら、大人の代わりに幾度となく二人を
死地に送り込んだ、贖罪の意味もあるのかもしれない。

「どうもわざわざありがとうございます。」
「外に車を待たせてあります。どうぞこちらへ。」

 男三人の案内で、二人は空港の外へ向かう。
駐車場では、銀色の車体に紅の輝きを湛えるベンツと、鈍く輝く黒一色のベンツが待っていた。
銀色のベンツは、VIPを送迎する防弾装備付きの公用車だ。
二人は男がドアを開けた銀色のベンツの後部座席に乗り込む。
荷物は男達が手際良くトランクに納めていく。
二人に声をかけた男がその助手席に乗り込み、あとの二人は黒のベンツに乗り込む。

「よし、出してくれ。」
「分かりました。」

 短いやり取りの後、重厚な音を響かせて二台のベンツが走り始める。
公用車だけあって乗り心地は快適そのもの。排気音はおろか震動も全くといって良いほど感じない。
道路を滑るように走る車内で、男が二人の方を振り向く。

「改めてご挨拶します。私、Nervドイツ支部情報部長の大和タケシと申します。どうぞよろしく。」
「こちらこそ宜しくお願いします。」
「お二人をこれからホテルの方へ御案内します。今日はゆっくりお休み下さい。」

 それまで黙っていたアスカが、胸中で渦巻くもやもやを吐き出す。

「・・・あたし達の目的は知ってるの?」
「いいえ。葛城一佐からは、お二人の行動に全面協力するようにとしか指示されておりません。
それに、職務上で知り得た個人情報などに関しては、その秘密を厳守いたします。」
「ならいいわ・・・。」

 アスカは小さく溜め息を吐く。いくら全面協力を約束されていても、目的までは知られたくない。
国連所属の公的機関になり、法的、道義的な拘束が有効とはいえ、Nervの情報機関がその気になれば、
個人のプライバシーなどスポットライトと観客の視線を一身に浴びるモデルのようなもの。
父親の顔も素性も知らないこと、そして何より母親の自殺を目前にしたことを、協力の過程で知られたく はない。

「ご要望には即座にお応えできる体制を整備してあります。」
「ありがとうございます。」
「24時間体制で職員が待機しておりますので、何かありましたら遠慮なくどうぞ。」

 典型的な西欧の田舎の風景を20分ほど走ると、窓から見える風景が、紅い光に彩られた典型的な欧州の
田舎のそれから、深みを徐々に増していく青色の中に人工の星空を浮かび上げる近代建築と、
昔ながらの建築が混在する町並みへと移り変わる。
人と車が互いを牽制し合う大通りに沿って走ると、周囲の建物と比較しても群を抜いた建築美を誇示する 、
現代版王宮の比喩が相応しい建物が目に映る。
これこそ二人が宿泊する国連ベルリンホテル。二人が最初の異国の夜を過ごす空間。
 ベンツはホテルの正面でウインカーを出して、歩道に寄せてその動きを止める。
大和がすぐに車から降りて、後部ドアを開ける。二人は少し恐縮しながら車を降りる。
二人は目の前に聳える壮麗な建築美に目を奪われ、しばしその足を止める。

「奇麗な建物だね。」
「ミサトも随分張り込んでくれたわね。」

 二人は独特のフォルムを瞼に焼き付けた後、ホテルへと足を踏み入れる。
外装に劣らず、内装も豪華で尚且つ上品な装飾が施され、高級感を醸し出している。
正装している客も多く、普段着に毛が生えた程度の服装の二人が妙に浮き上がってしまう。
 大和をはじめとする男達が手分けして二人の荷物を運んで来る。
シンジは荷物を受け取ろうとしたが、男達は丁寧に断る。

「葛城一佐から、丁重に扱うようにと指示されておりますので、お気遣いなく。」

 俄かには信じ難い程の手厚い待遇に、このような事態に不慣れなシンジは戸惑いを隠せない。
アスカは訝しげな表情で、フロントと何やら話している男達を見詰める。
 程なく従業員が二人やって来て、男達から荷物を譲り受け、二人の元に歩み寄る。

「ようこそ当ホテルへ。これからお部屋の方へ御案内いたします。」
「は、はい。どうも・・・。」

 シンジの動作に戸惑いが滲む。何か別世界に来たような気分すら感じる。

「葛城一佐から、お部屋に着き次第、本部に連絡して欲しいとの伝言がありました。」
「わ、分かりました。」
「それでは我々は失礼致します。」

 男達は一礼する。二人も思わず頭を下げる。
男達がホテルを出て行くのを見送った後、二人は従業員の案内で予約が入っているという、
20階の2013号室へと向かう。
途中の廊下に人の姿はなく、凛とした静寂が漂う。
 目的の2013号室の前に来ると、従業員がルームキーでドアロックを外して二人を先に中に入れる。
部屋もこれまで外装や内装で目にした豪華さを保ちつつ、持て余すほどの空間がプライベートを保障して いる。
二人はある特徴に気付く。ベッドルームにはベッドが1つしかないのに枕は2つ並んでいる。

「これってもしかして・・・。」
「バリバリのスウィートルームってやつよね・・・。明らかに・・・。」

 二人は心の中で同時にミサトの名を絶叫する。ミサトらしい十分を通り越した気配り。
従業員は呆然とする二人に形通りの説明をした後、荷物を置いてそそくさと退散する。
二人の蜜月を邪魔するのは野暮ですねと、その視線が語っている。
 ドアが閉まると、アスカはベッドに腰掛けてその感触を確かめる。
身体がめり込むような柔らかさでも、身を委ねることを拒むような固さでもない、程よいクッション。
二人が寝返りを打っても転げ落ちることはないほどの、十分な広さ。
ほくそ笑むミサトの表情が、同時に二人の脳裏に浮かぶ。

「ミサトさんもやってくれるよ、まったく・・・。」

 シンジは苦笑いする。アスカも笑う。だがその笑みは嬉しさと恥ずかしさから生まれたもの。
アスカは自分の横を叩いてシンジに横に座るように促す。シンジは遠慮気味にアスカの横に腰を下ろす。

「何だか・・・新婚旅行みたいね・・・。」
「そ、そうだね・・・。」

 緊張気味のシンジに、アスカは微笑みながら人差し指をシンジの唇に当てる。

「シンジは・・・こういうの、嫌?」
「そ、そんなことないよ・・・。」

 人差し指を自分の唇に当てるアスカの表情に、シンジは目眩を感じる。
恋する者だけが分かる、陶酔にも似た心地良い目眩。
 シンジは頬を紅に染め、アスカから視線を逸らして床を見詰める。
こういうシンジの初なところがアスカにとっては微笑ましく、同時に少し物足りない。

「そ、そうだ。ミサトさんに電話しないと・・・。」

 動揺を素直に表現するシンジは、ミサトへの電話を思い出して受話器を取る。
何度かかけたことのある電話番号に国際電話の番号を付加してダイヤルする。
いつもより少し長めのタイムラグの後、少しくぐもったコール音が聞こえて来る。
3回目のコール音の後、受話器を取る音が響く。

「はい、葛城です。」
「ミサトさん、シンジです。たった今ホテルに着きました。」
「あらぁシンちゃん。おこんばんは。ミサトお姉様でーす。」

 最初は凛とした雰囲気だったのが、電話の主がシンジだと分かるや、その雰囲気は跡形もなく崩壊する 。
複数の電話の声を持つ人は珍しくないが、ここまで極端な例も珍しい。

「どう?その部屋。いい雰囲気でしょ?」
「え、ええ・・・。でも、この部屋って・・・。」
「そっ、ロイヤルスイートルームよん。二人の甘くて熱〜い夜には絶好の環境でしょ?」

 口調が冗談めいているから、何処まで冗談で何処から本気か全く分からない。
完全にミサトのペースに乗せられた様子のシンジを見かねて、アスカがシンジから受話器を奪う。

「ミサト!シンジをからかうんじゃないわよ!何か用?」
「あら、アスカじゃない。用って・・・そうそう、忘れてた。精子バンクの候補リストが揃ったわよ。 」
「リストって・・・特定は出来なかったの?」
「うーん、そうしたかったんだけどさぁ。何せあんたのお父さんの氏名も素性もなーんにも分かんないから 、
あんたのお母さんが精子の提供を受けた可能性のある所をMAGIに検索させたのよ。」

 Nervに保管されているアスカの個人資料でも、父親に関する項目は空白のまま。
唯一の手がかりは母親の経歴だけだが、それだけでは提供を受けた精子バンクを特定するまでには至らな い。
ドイツ国内だけでも相当数はあると言われる精子バンクを手当たり次第に調べるより、
前もって絞り込んでおく方が賢明なことは明らかだ。

「全部で5つってとこね。割と近距離で固まってるわよ。」
「結構絞り込めたわね。国外の可能性はないの?」
「精子バンクは国内取引しか扱わないし、お母さんに国外移動の形跡がないから、候補はドイツ国内と考え て
問題無いとMAGIも判断したみたい。」
「ふーん。ま、その方がこっちとしても都合がいいわ。世界中飛び回るのも何だしね。」
「シンちゃんとのハネムーンが長くなる方がいいんじゃないのぉー?」
「ぐっ・・・。こ、このおばさんめ・・・。」

 ミサトはちくちくとアスカをからかう。
頬を染めて懸命に弁解しようとするシンジとは対照的な、表面上の怒りで防衛しようとするアスカ。
どちらも照れている故の反応だと分かっているからこそ、ミサトはからかって反応を楽しむ。

「リストはこっちの隠しファイルサーバーにあるから、ダウンロードしといて。」
「随分手回しがいいわね。Nerv支部の人も気味悪いほど丁寧だったし。・・・何か企んでない?」
「別にぃ。・・・ま、お父さんに会えるならそれにこした事はないでしょ・・・?」

 それまで軽やかだったミサトの口調が急に沈む。
ミサトは父親に会いたくても、もう会うことは叶わない。
口には出さないが、心底では父親に会えるかもしれないという希望が持てるアスカが羨ましいのだろう。
十分すぎるほどに行き届いたミサトの配慮も、裏を返せば大切な家族の希望が叶うことを願う気持ちと、
決して叶わぬ自分の気持ちをアスカに投影していることの表れなのだろう。
 陽気で気さくな顔の裏に隠されたミサトの気持ちが、今のアスカには痛いほど分かる。
かつて自分も勝ち気で挑戦的な顔の裏に、僅かな衝撃で崩壊するような脆さを隠していたのだから。

「・・・ありがと。ミサト。」
「何改まってんのよ。アスカらしくもない。」
「フ、フン。礼を言ってやったんだから、有り難く思ってよね。」
「なあーんだ。ちょっとはしおらしくなったかと思ったのに。ま、旦那様に宜しくねー。」
「はいはい。分かりましたぁー。」

 アスカは受話器を置いて小さく溜め息を吐く。

「ミサトさん、何だって?」
「精子バンクの候補リストが揃ったから、ダウンロードしておけだって。」
「じゃあ明日から順番にあたっていけばいいね。一段落したことだし、晩御飯食べに行こうよ。」

 シンジが立ち上がると、アスカはベッドに腰掛けたまま手を差し出す。
一瞬アスカが何をしたいのか分からなかったシンジだが、少し潤んだ青い瞳で上目遣いに見詰められて、
アスカが求めていることを理解する。
 シンジがアスカの手を取って優しく引き寄せる。アスカがそれに呼応して立ち上がる。
自分の気持ちが眼差しだけで通じたことに御満悦らしく、満面の笑みが浮かぶ。
それはシンジが今生きている世界を選んだ喜びを噛み締める、最高の瞬間。


 カーテンが背後から光を受けて輝く。闇一色の部屋に光が滲み始める。
シンジの胸を枕に眠っていたアスカが先に目を覚まして、顔を上げる。
表面に出さないながらも寝不足が蓄積していたのか、珍しくシンジがアスカより目覚めが遅い。
久々に悪夢にうなされることなく夜を過ごせたアスカは、シンジを起こさないように静かにベッドから出 る。
日課の朝のシャワーを浴びて念入りに髪を櫛で梳かし、手早く服を着る。
 ベッドルームに戻って来ても未だにシンジの瞼は閉じられたまま、一向に開く気配はない。
規則的に小さく上下する腹部が、心地良い眠りを物語っている。
 シンジの寝顔にアスカは顔を近付ける。あまりにも無防備な、そして悔しいほどに可愛い寝顔。
アスカは微笑みを浮かべて、シンジの耳元で囁く。他人には絶対聞かせない、心が蕩けるような甘い声で 。

「シンジ・・・。朝よ、起・き・て。」

 開く気配すらなかったシンジの瞼がゆっくりと開く。首だけ耳元で感じた甘い声の方を向く。
意識に霧がかかったような表情は、恋の魔法をかけられた者の心地良い陶酔感の表れ。

「アスカ・・・。おはよう。」
「おはよう。あたしの方が先に目覚めるなんて、自分でもちょっと驚き。」
「ゴメン・・・。いつもは僕がアスカを起こすのに。」
「ほらぁ、すぐ謝る。ゴメンなんて簡単に口にするもんじゃないわよ。」
「う、うん・・・。」
「・・・いっつもあたしがシンジを夜中に叩き起こしてたんだから・・・。」

 アスカはシンジの首に腕を回す。しがみ付くようにその腕に力を込める。
シンジの腕がアスカの背中に回る。労るようにアスカを抱き寄せる。
絶対に互いを離さないという無言の誓いが、温もりと呼吸音に乗って交わされる。
 しばしの熱い抱擁の後、身繕いしたシンジとアスカはレストランで食事を取る。
普段なら時計を気にしながらの慌ただしい時間だが、今はゆったりとした時の流れを楽しめる。
生きているかどうかも分からないアスカの父親を探し出すという、真摯な目的を忘れてしまいそうなひと とき。
 普段の倍以上の時間をかけた朝食を終えた後、アスカは携帯電話でNervドイツ支部に送迎を要請する。
看板に偽りなし、10分も経たないうちに襟元に階級証を付けた男達が、二人を迎えにやって来た。
その中には昨日居た情報部長大和タケシの姿はない。

「おはようございます。表に車を待たせてあります。」

 二人は男達に案内されて、ホテルの正面入口前に停車しているあの銀色のベンツに乗り込む。
他の客や通行人は、見るからに若いカップルが迂闊には近寄り難い雰囲気を漂わせる精悍な紳士達を
従えているようでかなり奇異に映っているらしく、怪訝そうな視線をちらちらと送って来る。
シンジは元来の性分で気になるようだが、アスカは全く意に介している様子はない。
他人の視線の受け止め方の違いは、今でもあまり変わることなく対照的である。
 薄曇りの日差しを受けて鈍く輝くベンツが、風格すら感じさせる低音を響かせて始動する。

「では、どちらに参りますか?」
「そうね・・・。まずは人類保存協会へ行ってくれる?」
「承知しました。」

 アスカの指示を受けてベンツが走り始める。後ろから来た車も銀色のベンツを見て思わずスピードを落 とす。
最初の目的地へと向かう車中には、微かなエンジン音以外は耳に届かない。
シンジはちらりとアスカを見る。アスカは形の良い唇を真一文字に結び、真正面から視線を動かさない。
膝の上で固く握られた拳が、見たこともない父親に近付く期待と不安の交錯を物語っている。
 20分ほど走ると、閑静な住宅街の一角に、矢が刺さったピンクのハートマークが描かれた壁が見えて来 た。
最初の目的地、人類保存協会のオフィスビルである。
車は建物の大きさとは少し不釣り合いな程に広大な駐車場−それでも車で半分ほど埋まっている−に入り 、
他の車とは少し距離を置いて停まる。
すぐさま助手席に居た男が降り、後部ドアを開ける。二人は車を降りる。

「我々はここでお待ちしております。何かございましたら携帯電話でご連絡下さい。」
「分かったわ。時間がかかるかもしれないけど待っててね。」

 二人の足が無意識のうちに早まる。
オフィスビルに近付くにつれて、父親の姿が想像から現実へと近付いて来るような気がする。
次第に緊張感が増して来る。心臓の鼓動が頭に響く。口が乾く。
 二人は『人類保存協会 優秀な子孫をお約束します』と書かれた自動ドアの前で立ち止まる。
「優秀」という言葉がアスカの心を揺さ振る。
それはかつてアスカがこだわった自分の有るべき姿。他人に必要とされるために演じなければならなかっ た姿。
母親は「優秀」を子どもに、即ちアスカに求めたのだろうか。もしそうだとすれば、何のために求めたのだ ろうか。
「優秀」でない子どもは必要なかったのだろうか。「優秀」なら子どもはアスカでなくても良かったのだろう か。
 母親と自分に対する疑問がアスカの中で激しく渦巻く。
自分を「要らない人間」と言ったシンジの気持ち。「優秀」にこだわり続けた自分の気持ち。
考えたこともなかったこれらのことを、「用済み」の烙印を押されて初めて理解できたアスカ。
母親が自分に何を求めたのか、今となっては知る由もない。
だが、きっと父親は居るかどうかも分からない自分の娘に会いたがっている筈だ。
きっと自分の子どもを優しく抱きしめてくれる筈だ。
 思考の渦に飲み込まれそうになったアスカは、疑問を奥に押し込み、希望で心を満たす。
自分が「必要な子ども」であることを証明する第一歩を踏み出すために。

「アスカ、行くわよ・・・。」

 アスカは呟いてシンジを見る。見詰め合った二人は小さく頷く。
アスカが一歩進むと、自動ドアが音もなく開いて二人を招き入れる。

いよいよ、アスカは自分の核心へと近付くことになる・・・。

to be continued


筆者後書き
 Moonstoneです。何やら随分思わせぶりな終わりかたになりました(^^;)。当初はいきなり捜索本番から
書き始めるつもりだったのですが、そこに至るまでの行動や心理も欠かせないだろう、と思って書き始め たら、
想像していたよりずっと長くなってしまったので急遽分割しました。次回以降が捜索本番です。
 結果的にProlougeよりLAS度がアップしました。本来の目的を忘れなければいいんですが(^^;)。
・・・って、LASが大きくなり過ぎて2回書き直した私こそ、一番注意しないといけません(^^;)。


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