written by Moonstone
遅いわねぇ・・・大和二佐。どうしたのかしら?情報部ならそんなに難しくないはずなのに・・・。
ハッキングでリストを抽出して、ドイツ支部に該当者の追跡調査を指示して、もうだいぶ経つ。
やっぱりドイツ支部に任せっきりにするんじゃなくて、こっちからも応援を送るべきだったかしら?
でも、それだと向こうを信頼していないと思われるかもしれないし・・・難しいわね、こういうのって。
ま、いずれにしても該当者の所在は明らかになるだろうし、問題はその後よね。
まず該当者の中で誰が父親か・・・これは多分すぐ分かるわね。DNAパターンが抽出したリストに添付されていたし。
次はその男性が父親だと認めるか・・・いきなり貴方の娘ですって名乗られても、はいそうですか、と納得し辛いわよね。
そして最大の問題、アスカがその男性を父親だと認めるか・・・アスカ次第よね、これは・・・。
以前なら何か気に入らないと「こんな男、あたしのパパじゃない」とか言いかねないだろうけど、今なら・
・・大丈夫かな・・・。
結局、子どもは何処かで親を求めるものなのよね・・・。親が無ければ自分はいないわけだし。
でも、時に親は子どもを疎んじる・・・時には育てることを放棄する・・・。身勝手よね・・・。
シンジ君もアスカも、親を求めてその親に振り回されたって事か・・・皮肉よね・・・。
親は子を選べても、子は親を選べない・・・って、ホントなのね・・・。
とにかく、アスカには父親と真っ正面から向い合って欲しい・・・。ただ、それだけ・・・。
私は・・・お父さんと会いたくても・・・話したくても・・・もうできないのよ・・・。
だから・・・お父さんと会えるうちに、できる限りお父さんって呼んであげて欲しい・・・。
Episode:4 待ち焦がれた果てに
Leave her to me... I don't have any claim to watch her
longer...
Nervの存亡を賭けたハッキングから1週間後。
発令所の「指定席」には、微動だにせず正面を見据えるミサトの姿がある。
該当人物の所在地などを調査する情報部の責任者である大和タケシには、シンジとアスカに報告する前に
、
一応自分に結果を報告するよう指示してある。
情報部の調査能力からすれば、そろそろ報告があっても良いはずだ。
ミサトは大和タケシからの報告を今か今かと待ち続けているのだ。
横に鎮座する冬月は、普段とは打って変わって口数が余りにも少ないミサトが気にかかる。
職員の中では楽観的をそのまま人型に当てはめたようなミサトも、事が二人のこととなると、
過ぎるほどの心配が頭をもたげるらしい。
「やはり心配かね?葛城君。」
「・・・あ、は、はい。」
ミサトが応答するまでに数秒のタイムラグが生まれる。余程気がかりで、待ち遠しいのだろう。
「心配は要らんよ。まかりなりにも大和二佐率いる情報部だ。必ず見つけ出してくれるよ。」
「私もそう信じてます。けど・・・頭では分かっていても、どうしても・・・。」
言いようのない漠然とした不安−ある種の恐怖かもしれない−が常に付きまとうのをミサトは感じる。
何故だか分からない。だが、こんな胸の中を何かが蠢くような感覚は初めてだ。
これを胸騒ぎというのだろうか、とミサトは思う。
「どうしても気になるんです・・・。」
「ふむ・・・。君の心配も分からないでもないよ。」
「・・・どうしてですか?」
「自分の手が及ばないところで進む出来事がどういう結末を迎えるかは、分からないものだからな。」
冬月の言葉がミサトの胸に重く響く。そう、事はミサトの手が及ばないところに移りつつある。
父親が判明したら、後はアスカと父親との問題になる。そこで父親である男性がどういう態度を取るかは
全く分からないし、自分が望む最高の結末を迎えるとは限らないし、そのように事を進めることはできな
い。
本当に大事なところで何も出来ないもどかしさが不安へと姿を変えたのだろうか。
ミサトは溜め息を吐く。息苦しいほどの胸の痞えを吐き出そうとする深い溜め息。
「せめて・・・無事に事が進んで欲しいです・・・。」
「それは君だけじゃない。この問題に関わるもの全ての願いだ。」
冬月は自分に言い聞かせるようにミサトに言う。
「行動することは勿論大事だが・・・時には待つことも大切な事だよ。」
「・・・そうですね。どうも待つことは苦手なもので・・・。」
「追いかけることも苦手じゃないかね?」
ミサトは思わず冬月の方を向く。悪戯っぽい笑みを浮かべる冬月に、ミサトは苦い表情で頭を掻く。
痛い所を突くのが上手くなったのは、年の功というのだろうか。
MAGIのディスプレイに「Received」の表示が浮かぶ。それを見てマヤが冬月とミサトの方を向いて告げる
。
過酷なキーボード作業で疲労の頂点に達して意識を失ったマヤだが、翌日には職場復帰した。
さすがに元気を売り物とするだけのことはある。
「ドイツ支部から着信。画像と音声を認識しました。」
待ちに待ったドイツ支部からの連絡かと、ミサトは勿論、他の職員も注目する。
拡大されたホログラフィーに、待たれていた男の顔が浮かぶ。
ドイツ支部情報部長、大和タケシ二佐、その人である。
「冬月司令。葛城一佐。お久しぶりです。」
「大和二佐!待ってたのよ!」
「おいおい葛城君。感動の対面をするのは君じゃないだろう?」
思わず身を乗り出して口走ったミサトを冬月が窘めると、発令所にどっと笑いが起こる。
ミサトは自分の行動を実感すると、ミサトは照れ隠しに視線をホログラフィーから逸らして頭を掻く。
マヤの後ろに座っているリツコも苦笑いしている。
「こういう場合は・・・、お待たせしました、と応えればよろしいでしょうか?」
「そ、そうね・・・。で、首尾の方は?」
「はい。無事任務が成功したことを報告いたします。」
大和タケシの報告に、発令所を包んでいた笑いが一転して歓声と拍手に変わる。
「そう・・・良かったわ。改めてお礼を言わせてもらうわよ。」
「我々情報部だけではもっと時間がかかったと思います。彼が手伝ってくれたもので・・・。」
「彼って?」
「ふふっ、葛城。俺だよ、俺。」
ホログラフィーに現れた男の顔を見て、ミサトの表情が一気に強張る。何と加地リョウジ、その人であ
る。
黒の背広を着崩したファッションは、如何にも掴み所のない彼らしい。
「よっ、マイハニー。元気してるかい?」
「お知り合いですか?一佐。」
「・・・腐れ縁よ、腐れ縁。ここんとこ姿を見ないと思ったら、あんた、何時からドイツにいたのよ!
」
「シンジ君の割り込み提案可決の直後さ。じっとしていられない性分でね。」
ミサトは露骨に不機嫌そうな顔でどっかと腰を下ろす。
その表情が本心からではないことは、二人を知る人間なら容易に分かる。勿論加持もその例に洩れない。
「・・・大和二佐はそいつを知ってるの?」
「はい。彼がドイツ支部に在籍していた時、私と所属が同じでしたから。」
「ドイツに暫く居たから地理にもそれなりに詳しいつもりだからな。案内役も兼ねて参上したって訳。
」
「あんたには聞いてないわよ。」
「痴話喧嘩の最中申し訳ないが、大和二佐。該当者の中にアスカ君の父親は居たのかね?」
冬月が大胆なことをさらりと言ってのけると、大和タケシは表情を厳しくする。
「・・・はい。リストに登録されていた経歴、惣流アスカ様の誕生日と惣流キョウコ様への精子提供日の関係、
さらに三者のDNAパターンの比較の結果、父親に該当する男性が1名見つかりました。」
精子バンクの精子提供者リストには、遺伝病の回避、所謂「持って生まれた才能」を含ませるためなどの
目的で、DNAパターンが添付されている。
精子を希望する女性は、精子提供者の経歴や容姿、そしてDNAパターンを吟味して「選別」する。
女性が望む子どもを産むために、自分達がされることを蛇蠍の如く嫌う「選別」をやっている図式がここにある。
その「選別」の材料が、今回の父親探しの役に立つとは皮肉なものだ。
DNAを抽出して鑑定していたら数ヶ月はかかってしまうところが、1週間足らずで判明してしまうのだから
。
ミサトの頭に浮かんだ不安の翳が急に増幅される。
父親が見つかったのなら、何故大和二佐の表情がこれほど厳しいのか。
何か良くない事実でも見つかったのだろうか。もしかしたら既にこの世の人物ではなかったのか。
ミサトは敢えて最も言いたい、そして言いたくない疑問を口にする。
「・・・どうかしたの?」
「・・・誠に言いにくいことなんですが・・・。」
「・・・構わないわ。報告するように指示した以上、私はそれを受ける義務があるから。」
「タケシ。これは俺から報告する。」
大和タケシの心情を察したのか、加持が代わってミサトと向かい合う。
その表情には先程までの飄々とした雰囲気は微塵もない。大和タケシ以上の厳しさが浮かぶ。
「葛城。今から報告することは事実だ。良く聞いてくれ。」
「・・・分かったわ。」
「そうか・・・。じゃあ報告する。アスカの父親は・・・。」
加持の言葉を発令所の面々は息を飲んで聞く。ミサトは唇を噛み締める。
少しの沈黙の後、加持は心を決める。
加持の口がゆっくりと動き、事実を有りの侭に伝える。
事実を知った瞬間、Nerv職員全員は目の前が真っ暗になったような気がした・・・。
報告を終えた大和タケシは、情報部の職員と共にシンジとアスカが待機しているホテルへ車を走らせて
いた。
後部座席では大和タケシと加持リョウジが腕組みをして黙り込んでいる。
その表情は厳しさを通り越して、苦悩に満ち溢れている。
報告を聞いたミサトは暫く顔を上げることすら出来なかった。
父親との対面を心待ちにしているであろうアスカに伝えるには、あまりにも残酷な事実。
ミサトは悩んだ。夜の海に身を沈めるような気分で。
この事実をそのままアスカに伝えて、その上で父親と対面させるべきか。
それとも虚偽の報告で−既に死んでいたということにしてでも−対面を避けるべきか。
父親に会えるという希望で癒されようとしているアスカの心が、この事実を受け止められるとはどうしても思えない。
逆にアスカの心に決定的なダメージを及ぼしかねない。
今度アスカの心が壊れる時、それは即ち死を意味する。
以前の加持の言葉を思い出すと、とても事実を伝える気にはなれない。伝えろという方が無理だ。
だが、虚偽の報告に大きく傾いたミサトを考え直させたのは、他ならぬリツコだった。
これがアスカにとっても、シンジ君にとっても正念場になるわ。
ミサトには最初、リツコの言葉の真意が全く分からなかった。当然、激しくリツコに詰め寄った。
しかし、リツコは感情を剥き出しにすることなく、ミサトを諭すように言った。
「『アスカも立ち向かわなきゃ駄目よ。自分自身の心に』、か・・・。」
加持はリツコの言葉を反芻する。
シンジは自分を無力な存在と卑下することで、目前の困難を回避する術に長けていた。
「どうせ僕なんか」と同情を引くことで、無力な自分を大事にしてほしいと願っていた。
だが、一時的に同情を引き、庇護されることはあっても、本当に願っている「愛される」ことには繋がらな
い。
無力を押し出すことが逆に無力者の烙印を押され、さらに無力感に苛まれる悪循環に陥る。
シンジとて決して強くはない。むしろ触れるだけで飛散しそうな程に傷付き、病んだ心。
しかしシンジは大切なものを護るために、その心に自ら鞭を打った。そしてシンジは変わり始めた。
リツコは敢えてアスカを現実という名の荒野に放り出すことで、シンジのように変わるきっかけを掴むこ
とを
願っていたのだ。
シンジと同じ様に傷付き、病んだアスカの心。それをプライドという強固な鎧で包み込み、
高慢という鋭い武器で鎧の下の柔肌に触れようとする手を退けてきた。
だが、鎧が破壊され、武器が効力を発揮しなくなった瞬間、丸裸にされた心は一撃で砕け散る。
それはアスカはかつて身をもって経験したこと。
これから生きていく中で、どんな辛い現実がぶら下がるか知れない。
仮に再び鎧と武器で身を固めても、何時までも心を護れるとは限らない。あっさりと破壊されるかもしれ
ない。
そして武装している以上、本当に願うことである「愛される」ことは永遠に叶わない。
愛し愛されることは、生身の心を正面からぶつけ合うことと等価なことだ。
事実、シンジに対してはそれが出来たのだ。求める気持ちをぶつけることで。
外の世界へさらに一歩を踏み出すためにも、まさに今回の対面は正念場になりうる。
それを遠ざけることは、アスカを案じたつもりでも、結局はアスカのためにはならない。
ミサトは真意を悟ると、アスカに事実を伝え、父親に会わせるようにと加持と大和タケシに依頼した。
アスカの「始めの一歩」を信じて。
「・・・一佐は賭けに出たと言えるな。」
「ああ。葛城も腹を決めたんだ。」
加持は小さく溜め息を吐く。
「これが吉と出るか、凶と出るかは・・・アスカ自身に委ねられる。」
「本人が知らないうちにというのは、厳しいな。」
「人生の選択肢なんて、自分が知らないうちにやって来て、否応無しに選ぶことを迫るものさ。」
「確かに・・・。」
「シンジ君がどう動くか・・・これがアスカの今後の鍵を握るだろうな。」
車は運命の時へと着実に近付いていく。
既にシンジとアスカには、今から迎えに行くと連絡してある。
加持と大和タケシも、迫り来る瞬間を前にして腹を決めなければならない。
まだ見ぬ父親に思いを馳せるアスカに、事実という名の刃を突きつけるために・・・。
ホテルのロビーで迎えを待っていたシンジとアスカは、思わぬ同行者に驚く。
「加持さん!」
「御無沙汰だな。」
二人の笑顔に迎えられた加持の心が痛む。
この笑顔を突き崩すようなことを自ら行わなければならないという現実に、やはり戸惑いと躊躇は隠せな
い。
だが、腹を決めて自分達に託宣を委ねたミサトの思いを反故にすることは出来ない。
せめて今だけは、二人の笑顔を絶やさないようにしよう、と加持は思う。
「加持さん。あたしのパパは見つかったんでしょ?」
「・・・ああ。見つかったよ。今でも存命だ。」
アスカの大きな蒼い瞳をうっすらと涙が覆う。
母親を失って以来天涯孤独であると信じて疑わなかったが、そうではなかった。
夢から現実へとさらに近付いた父親との対面を前にして、アスカの心は弾む。
「良かったね、アスカ。」
「うん。・・・あたし、一人じゃなかったんだ。パパが生きてたんだ。あたしを待ってるんだ。」
「・・・。」
加持は溢れ出る涙を拭うアスカの姿に決意が大きく揺らぐのを感じる。
アスカが手にしたばかりの喜びを自らの手で打ち砕くことに、ひどい罪悪感すら覚える。
思わずアスカから視線を逸らしてしまう。こんな嫌な気分は久しぶりに味わう。
「では、詳細についてはお部屋の方で・・・。」
「さ、お二人さん。参りましょうか。」
「やだぁ、加持さんったら。何だかいつもの雰囲気と違うわよ。」
加持は心臓を掴まれたような感覚を覚える。
シンジは加持の微妙な表情の陰りを見逃さない。何かおかしい、とシンジは直感する。
一行は二人の部屋へと向かう。アスカはすっかり上機嫌だが、他の三人は辛うじて明るい表情を浮かべるだけ。
シンジは部屋へ近付くにつれ、不安の翳が心を覆い尽くさんばかりに広がるのを抑えられない。
加持と大和タケシは、泥濘にずぶずぶと沈んでいくような気分で足を進める。
部屋に入った一行は、シンジとアスカ、加持と大和タケシが並んでソファに腰を下ろす。
父親の身の上がいよいよ明かされるとあって、アスカは目を輝かせている。
大和タケシは小さく溜め息を吐いて一度ぐっと唇を結ぶと、徐に持参した報告書を取り出す。
「・・・結論から申し上げます。アスカ様のお父様は判明しまして、その所在も確認しました。」
アスカは胸に両手を押し付けて絶句する。
暫し感動に浸った後、核心へ向かう。待ち受ける事実を知らずに。
「で、あたしのパパは、どんな人なの?何処に居るの?」
「・・・はい。氏名はベルベット・フォン・ストリントベルグ。現在41歳。16歳でベルリン理工科大学
生命工学科卒業後、19歳で同大学院生命工学専攻修了。生命工学の若き権威として、学会でも優秀な論文
を
立て続けに発表し、24歳の史上最年少でベルリン理工学総合研究所主席研究員に就任。」
「パパは天才科学者だってことはママから聞いたことがあるけど・・・。」
「凄い人なんだね、アスカのお父さんって。」
「うん・・・。」
「優秀」に固執することはなくなったとはいえ、自分の身内が賞賛されて悪い気はしない。
アスカは父親の輝かしい経歴の続きを催促する。
「大和さん。パパのその後は?」
アスカは大和の表情があまりにも重苦しいことに初めて気付く。
アスカの脳裏に微かな不安が生まれる。
「・・・ど、どうしたんですか?パパに何かあったんですか・・・?」
「・・・知りたいですか?どうしても。」
「どうしてもって・・・何よ?一体パパはどうしたのよ!」
アスカは立ち上がり、テーブルを叩いて大和タケシに詰め寄る。
大和タケシは重苦しさを浮き彫りにした表情で俯く。
「教えて!パパはその後どうしたのよ!生きてるんでしょ?」
「・・・はい。」
「だったら教えてよ!貴方はそれを知らせに来たんでしょ?!」
さらに詰め寄るアスカをシンジが制する。
「アスカ・・・ちょっと待って。」
「シ、シンジ・・・。」
「大和さん。アスカのお父さんに何かあったんですね?それがあまりにも重大だから、
告げるべきか否か躊躇している。そうなんですね?」
シンジの質問に、大和タケシは無言で頷く。
アスカの表情が一気に強張る。不安と恐怖が喜びを猛烈な勢いで蝕んでいく。
それまで黙っていた加持がアスカに告げる。
「アスカ。俺と大和二佐は事実を伝えるために来た。だが、この事実を今のお前が
受け止められるとは正直言って思えない。だから迷っている。真実を告げるべきか否か。」
「・・・。」
「知るのも自由。知らずに済ますのも自由。俺達にはどちらも強制する権利はない。
アスカ、お前自身で決めるんだ。父親である男のその後を知るか否かを。」
アスカは少しの沈黙の後、加持と大和タケシをきっと見据えて宣言する。
「教えて。あたしのパパのことを。」
「・・・いいのか?」
「あたしのためにみんな頑張ってくれた。大和さんも、ミサトも、リツコも、Nervのみんなも、
それにシンジも・・・。それをふいにすることは、あたしには出来ない。」
「・・・そうか・・・。」
加持は大和タケシに目で合図する。報告書を持つ大和タケシの両手に無意識に力が篭る。
「・・・その後ですが・・・27歳で突然研究所を辞職し、以後、老若男女問わずに殺害を繰り返し、
35歳の時に連続殺人、死体遺棄損壊、未成年者略取、婦女暴行など89件の容疑で逮捕され、
現在は終身刑の判決を受けて服役しています・・・。」
アスカはその場に立ち尽くす。身体が小刻みに震えている。
天才科学者としての輝かしい人生から、連続殺人鬼に転落した男が自分の父親。
父親に抱いていた理想が音を立てて崩れ落ちるのを、アスカははっきり感じる。
「・・・そんな人がアスカの父親なんて・・・、そんなの、そんなの嘘ですよね?」
身体の内側から湧き起こる震えを堪えながら、シンジは大和タケシに尋ねる。
間違っていて欲しいという微かな希望を抱いて。
「・・・Nervに保管されていたアスカ様とお母様である惣流キョウコ様のDNA、それに、
精子バンクのリストに添付されていたその男性のDNAのパターンから、親子であることは間違いないと
判断されました。」
DNAパターンの一致という、覆しようのない決定的な事実。
シンジは呆然と大和の方を向くだけ。加持は沈痛な表情で俯き、ただ握り締めた拳を震わせる。
アスカは俯きながら静かに腰を下ろす。栗色の厚いベールに閉ざされて表情は分からない。
錯乱してもおかしくはないと思われていただけに、予想外ともいえるアスカの対応。
だが、それは決して冷静さから来るものではない。
あまりの衝撃に反応を示すことすらできなくなってしまっていたのだ。
「・・・以上が、我々情報部による追跡調査の報告です・・・。すみません。」
大和タケシの口から謝罪の言葉が突いて出る。
誤る必要はない。大和タケシの責任ではないことは明らかだし、アスカの要求に応じて事実を告げた以上
、誰も責める権利はない。
だが、身を切られるような激しい自己嫌悪が、大和タケシに謝罪の言葉を吐き出させたのだろう。
「・・・貴方は・・・何も悪くないわよ・・・。」
アスカは俯いたまま、ベールの奥から辛うじて聞こえる程度の声を漏らす。今のアスカができる精一杯の感謝。
大和タケシと加持は無言で立ちあがる。これ以上この場にいることが罪になるような感覚さえ感じる。
重い足取りでドアへと向かう二人を送り出すために、シンジが力と気力を振り絞って付き添う。
シンジ自身も、倒れて蹲りたくなるような気分に苛まれているのだから。
「万一の事態に備えて支部に医師団を待機させておきます。何かありましたらこの携帯電話で。登録ダイヤル1番で繋がります。
その他のご要望などは何時でも遠慮無くお申しつけ下さい。」
「・・・はい。」
「刑務所には明日の午後3時に面会の予約を入れてありますが・・・、無理なようでしたらキャンセルしま
すので、
それまでにご連絡下さい。」
「・・・分かりました。」
シンジは何とか応対する。ここで自分がしっかりしなくて、誰がアスカを護るんだという強い想いだけが、シンジを支えている。
シンジに携帯電話を手渡すと、大和タケシは一礼して先に退出する。
加持はシンジに背を向けたまま、呟くように言葉を絞り出す。
「・・・シンジ君・・・すまない・・・。やはり、言うべきじゃなかったんだ・・・。」
「・・・。」
「後は・・・頼む・・・。もう俺には・・・アスカを見守る資格はない・・・。」
「・・・はい。」
短く小さく、しかしはっきりとシンジが応えると、加持は無言で出て行く。
その背中が今までよりずっと小さく、悲しげに見える。
あまりにも遠い存在だった男の影が、急に目の前に近づいたような、何か不思議な気分を感じる。
シンジは二人を送り出してドアの鍵を閉めると、俯いたまま微動だにしないアスカの横に座る。
何も言葉をかけない。ただ、黙ってアスカの傍に座るだけ。
それはシンジが今のアスカにできる最善の慰め。
ふと、二人の肩が微かに触れ合う。
突然、アスカが大声を上げる。文字どおり慟哭を部屋中に響かせる。
驚いて振り向いたシンジにアスカが飛び掛かる。二人はソファに倒れ込む。
シンジに馬乗りになったアスカの両手がシンジの細い首にかかり、物凄い力で締めつける。
喉を握り潰されるような激しい圧迫感に、シンジは反射的にアスカの手を払い除けようとその手首を掴む
。
だが、どれだけ力を振り絞っても、アスカの手は解けない。
じりじりと喉を絞められるシンジは、わずかな呼吸を懸命に繋ぐ。
痺れを感じ始めた両手でアスカの手を払い除けようとするシンジは、栗色の髪の奥に隠されていたアスカ
の表情を見る。
そこにあるのは錯乱や狂気ではない。救いを求める悲痛な表情があるだけだ。
見開かれた瞳から溢れ出た涙が頬を伝い、シンジの頬に滴となって零れ落ちる。
滴はやがてせせらぎとなり、やがて濁流へとその激しさを増していく。
シンジはアスカの手首から手を放し、涙をそっと拭う。
いよいよ青ざめてきたその顔には何故か微笑みすら浮かんでいる。
「いいよ・・・。僕も・・・本望だから・・・。」
唇の動きだけが辛うじて紡ぎ出した言葉。もしかしたら声にはならなかったかもしれない。
しかし、その言葉は悲しみに沈んだアスカの心の断片を拾い上げ、再び形を整えていく。
アスカの瞳に生気が戻る。そして、シンジがぐったりしているのを、そして自分の手がシンジの首を
締め上げていることに気づき、愕然とする。
急いでアスカは両手を離す。そして半開きになったシンジの口を自らの口で塞ぎ、肺の空気全てを吹き込む。
吸っては吹き込み、吸っては吹き込む。何度も何度も。
何度目かの吹き込みで、シンジが激しく咳き込む。消えかかっていたシンジの命の灯火が、再び勢いを取
り戻す。
呼吸を整えるシンジの胸に、アスカが倒れ込むように飛び込んでいく。そして泣く。ありったけの声で泣き叫ぶ。
シンジはアスカの髪を撫でながら呟くように尋ねる。
「どうして・・・殺さなかったの?」
アスカはシンジの胸に顔を埋めたまま、鳴咽に答えを混ぜて送る。
「シンジを殺したら・・・あたしは一人になっちゃう・・・。」
「・・・。」
「独りぼっちは・・・嫌・・・。」
アスカは泣き続ける。シンジは目を閉じてアスカの髪を撫でる。
待ち焦がれた果てに訪れた、あまりにも残酷な事実。承知の上でそれを知ってしまったアスカ。
二人にとってあまりにも辛い夜は、静かに更けていく・・・。
だが、お互いの存在が、せめてもの慰めになったことは間違いないだろう・・・。
to be continued
筆者後書き
今回はどうにか間に合った(と思う)Moonstoneです。本当は今回で父娘の対面を迎えるはずだったんです
が、
それまでの話の運びが納得できずに2回大幅な修正(ほぼ書き直し)をしたせいで、次回に持ち越しとなりま
した。
前回緊迫させて今回はずっしりと重くて痛い・・・。エヴァ本編の世界に近い雰囲気かもしれませんが、
やっぱり書いている当の本人も辛かったです、はい(ToT)。
次回は本当に父親と対面します。何故アスカの父親は優秀な科学者から殺人鬼へと変貌したのか?
そして二人は親子と認め合うことができるのか?いよいよ大詰めですので最後までお付き合いください。
m(_ _)m
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