新世紀エヴァンゲリオン Side Story

オヤジ達に捧ぐ日常雑話

巻の2 出会いの時 後編

written by Moonstone

 秋も終わりに近付いてきたある日の昼下がり。
冬月は公園のベンチに一人腰掛けていた。
Nervから南に徒歩10分ほど歩いたところにある広大な公園。
復興に伴う都市機能整備の一環として造られたこの公園には、昼時になると、弁当を広げる社会人らしい女性や
昼寝を決め込む背広姿の男性、井戸端会議に熱心な主婦や所狭しと駆け回る子ども達、
スケートボードやサッカーなどに興じる若者が何処からともなく集まって来る。
 溢れる緑と木漏れ日、ひんやりと爽やかな微風。その中で織り成される平和な人々の日常。
かつて気に留めることもなかった。そんな余裕を持つことなど許されなかった。
何の変哲もないことも、生きている今だからこそ味わえるのだろう。
冬月は微風にざわめく木々を眺めながら、そんな事を思う。
 ふと、冬月の脳裏に、一月ほど前に出会った若い女性−進藤春香の顔が浮かぶ。
突然の秋雨が降りしきる自宅近くの公園の、一際巨大なトネリコの大樹の下で、一人ずぶ濡れになりながら泣いていた彼女。
自暴自棄となったその彼女が自分に抱き着き、感情のままに口走った言葉。

私なんか死んだ方がましなんです!もう生きていたくないんです!

 その言葉に怒りを覚えて、自分が彼女に諭した言葉。

生きてさえいれば、きっと何時か、生きていて良かったと思える時が来る。

 あの時の自分の気持ちは、果たして彼女の心に届いたのだろうか。
自分が呼んだタクシーに乗り込む時に見せた、何処か切なげな表情は何を語りたかったのだろうか。
彼女も今、この空の下の何処かで、生きていることを実感しているのだろうか。
 冬月は次々と沸き上がる彼女への思いに翻弄されている自分を感じて、はっとする。
時間が過ぎても忘却の彼方に消える気配を見せない、いや、時の流れに関わらず鮮明に浮かび上がる彼女の面影。短い触れ合いの時間の中で見せた、彼女の様々な表情が浮かぶ毎に、胸が締め付けられるような気分を覚える。

「私は・・・どうしてしまったのだろうな・・・。」

 冬月は苦笑を浮かべて、小さく溜め息を吐く。
齢50を過ぎた自分が、今更何を思っているのだろうか。
あの日以来、副司令の葛城ミサトをはじめとするNerv職員から度々、ぼうっとしてる時が多くなったと言われる。
もしかするとそれは、何時の間にか彼女のことを考えているからだろうか。
思い当たる節があったのだろうか、冬月は気恥ずかしそうに視線を急に下の方に落とす。


 複数の声が不規則に絡み合う歓声が近付いて来る。声の甲高さから考えて、どうやら子ども達のようだ。
その声は不思議と騒々しいとは思えない。きっとそれは、その声が運ぶ楽しい気分のせいだろう。
少しするとその歓声が消え、程なく「はーい!」と元気良く揃った返事が聞こえて来る。
冬月がその方を向くと、総勢20人ほどの子ども達がその中央に立つ大人から放射状に走り去っていく様子が見える。どうやら、近くの幼稚園の子ども達と引率の保母さんのようだ。
この公園には砂場や遊具や芝生など、遊ぶ場所には事欠かない。
幼い子ども達の遠出には、丁度良い場所といえるかもしれない。
 冬月は再び視線を正面に移す。前方の芝生では、数人の子ども達がボール投げをしている。
ボールが子ども達の頭ほどの大きさがあるためか、投げたり受けたりする動作もちょっとぎこちない。
冬月はそんな様子を微笑ましく思うと同時に、少し寂しさを覚える。
自分も結婚していたら、丁度あの位の子どもが孫にいるかもしれない。
帰宅する度、出迎えるのが暗闇という現状を思うと、とうに慣れた筈なのに急に寂しさが増して来る。
もしかすると、ただ日常に忙殺される中で、寂しさを感じることを何処かに置き忘れていただけなのかもしれない。

「・・・さん?」

 不意に優しい響きの声が冬月の意識を引き寄せる。
微風に踊り、傍らの仲間と触れ合う木の葉の音のような、繊細で何処か神秘的な響き。

「冬月さん?」

 その声が今度ははっきりと冬月の耳に届く。
冬月は声の方を向く。いや、声の方に吸い寄せられるように、とした方が適切だろうか。
昼下がりの日差しを背に受けて、少し前屈みに冬月を見詰めているのは・・・進藤春香その人だった。
その姿が冬月に眩しく感じられたのは、逆光のせいだけではないだろう。
 春香は白のトレーナーに紺の綿パンツというラフな服装に、可愛い雛(ひよこ)が描かれた薄いブルーのエプロンを着けている。
突然の春香との再会に驚きと嬉しさのあまり声が出ない冬月。
春香は少し首を傾げ、冬月に語り掛ける。冬月の意識を引き寄せる不思議な「力」を秘めた声で。

「憶えてらっしゃいますか?一月ほど前お世話になった、進藤春香です。」
「・・・ああ。勿論、憶えているよ。」

 ようやく声が出るようになった冬月。だが、「忘れるはずがない」とは言えなかった。
冬月は自問する。
何故だろう。彼女と話すのにこんなに緊張するのは。
何だろう。沸き上がって来るこの心地良い気分は。
 木々が小さくざわめく。人々の声や街の喧騒が、二人の耳から遠ざかっていく。
冬月は次に何を言ったら良いのか分からず、ただ春香を見詰める。
普段からは想像もつかないほどゆっくりとした時間が流れ、凍り付いていた冬月の口がようやく動き出す。

「進藤さん・・・貴方はどうして、私に声を掛けたのかね?」

 心では再会を喜んでいるのに、口から出て来た言葉はあまりにぶっきらぼうだ。
我ながら困ったものだ、と冬月は思う。

「何が見えるのかな、と思って・・・。」

 春香は冬月を見詰めたまま答える。冬月は少し怪訝そうな顔をする。

「・・・見える・・・?」
「何処か遠い・・・遠い時間を見てらっしゃるような気がして・・・。」
「・・・遠い時間、か・・・。そうだね・・・。こうしていると、色々な時間が見える・・・。」

 冬月は視線を上方の木々に移す。煌く木漏れ日の向こうには、遠い日の記憶が見える。
戦火が燃え盛り、砲音が木霊し、異形の怪物が咆哮を上げたあの日。
血飛沫と怒号と悲鳴が乱舞したあの日。不気味なほどの沈黙が支配したあの日。
多くの犠牲と引き替えに存在する今。僅かな人間の思い上がりで失われた過去。
木漏れ日は今という時間に安らぎを感じられる者だけが見ることが出来る、時間と空間の裂け目なのかもしれない。

「私は・・・あの戦争が終わってから今の職業に就いたんです。」
「何をやっているのかね?」
「幼稚園の先生です。」

 春香は冬月と同じ様に、上方の木々を見詰める。遠い時間を見るかのように。

「幼稚園には親を失った子どももいます。心も身体も深く傷付いた子どももいます。
大人の犠牲を強いられるのは・・・何時だって何の罪も責任もない人達、特に子ども達なんです。」
「!!」
「私も両親を失いました・・・。一人っ子だった私は本当に一人になってしまって、泣き暮らす日が続きました。
でも・・・私よりももっと辛い筈の・・・親に甘えたいときに親を亡くした子ども達から、
笑顔を消したくない・・・。消してはならない・・・。それは生き残った大人の義務だと思うんです・・・。」
「・・・。」
「私はこの公園に子ども達をよく連れて来るんです。そこで好きなだけ遊んだり、お喋りしてもらおうと思って・・・。
平和な時間の大切さを噛み締めて欲しい。そして大人になった時、同じ轍を踏まないで欲しい。」
「・・・進藤さん・・・。」
「私は・・・未来を見るためにこの公園に来ているのかも知れませんね。自分の、そして子ども達の未来を・・・。」

 冬月は重々しい表情で俯く。
淡い思い出と心地良いひとときに浸りきっていた自分に、痛烈な審判が下されたような、そんな気がする。
 ゲンドウが人類補完計画の全容を白日の下に晒し、全ての罪を背負ったことで、冬月は裁きを免れた。
ゲンドウには「新しい歴史を作ろう」と冬月を巻き込んだ負い目があったのかもしれない。
だが、それで冬月の罪が、ゲンドウと同様に人類補完計画の遂行に係わり、多くの人間を犠牲にした罪が消える訳ではない。

計り知れない自分の罪。その犠牲者が今、自分の隣に居る。
その犠牲者は自分の悲しみを押し込め、最大の犠牲者達の悲しみを背負っている。
さらに今、身近にいる犠牲者を未だエヴァという棺桶に押し込め続けている!

 冬月は押し潰されそうな程の罪の重みに表情を歪める。苦悩に満ちた痛々しい表情。
春香は冬月の「異変」に気付いて、抱きかかえるように冬月の背に腕を回す。

「冬月さん?!どうされたんですか?」
「・・・私は・・・許されざる人間だ・・・。」
「・・・え?」
「私は・・・裁かれなかったとはいえ・・・あの戦争の罪人の一人なんだよ・・・。」

 春香の瞳が大きく見開かれる。
その黒く大きな瞳が、冬月には懺悔を迫る審判の天使の恫喝にすら思える。

「私は・・・君と・・・関わりあえる資格などないんだ・・・。それどころか、今、生きていることさえも・・・。」
「・・・冬月さん・・・。」

 もはや冬月は春香の顔をまともに見ることは出来ない。
罪の十字架の重みに耐えきれなくなった冬月は逃げ出したい一心で立ち上がろうとする。
 その時、やや濃いピンク色のボールが弾みながら冬月の視界に飛び込んで来る。
春香はそのボールを拾い上げ、冬月に語り掛ける。
先程までと変わらない、いや、それ以上に優しく心に染み渡るような声で。

「初めてお会いしたあの日・・・冬月さんは私におっしゃいましたよね。
『死にたいとか生きていたくないというのは、今を生きる全ての生命に対する侮辱だ』
『生きてさえいれば、きっと何時か、生きていて良かったと思える時が来る』って・・・。」
「・・・。」
「私・・・それは冬月さんにとっても同じ事だと思うんです。」

 冬月の脳裏に、あの日彼女に言った言葉が急速に溢れ出る。
生きていたくないと言った彼女に、生きるようにと諭したのは他ならぬ自分ではないか。
なのに今、決して許されざる罪の重さに苛まれているとはいえ、それと相反することを口走って良いのか?
 自問する冬月に、春香は言葉を続ける。

「冬月さんの過去がどうだったのか、どういう経緯があったのか、そんなこと聞く気はありません。ただ・・・
冬月さんも今を生きている以上、精一杯生きて欲しい。そして過去に罪を感じるのなら・・・未来に贖罪をして欲しい。生きて自分の役割を果たすことで償って欲しい・・・。そう思うんです・・・。」
「・・・進藤さん・・・。」
「少々・・・言葉が過ぎましたね・・・。一月前には、死にたいとか言って泣いてた私なのに・・・。」
「いや、今と昔で言うことが違う私の方がいかんのだ。貴方が気に病むことはないよ。」

 冬月の苦渋に満ちた表情が少し柔らかくなる。それを見て、春香は微笑む。
その時、シンクロした複数の声が冬月と春香の耳に飛び込んで来る。

「先生ーっ!早くボール頂戴よぉ!」

 冬月と春香がはっとして声の方を見ると、数人の子ども達が間近で不機嫌そうに二人の方を見ている。
冬月の前方でボール投げをして遊んでいた子ども達だ。

「ご、御免ねぇ。先生、うっかりしてた。」
「何度も呼んでるのにぃ。」
「本当に御免ね。はい、ボール。」

 春香は子どもの一人にボールを手渡す。
すると子ども達は春香の服の袖を掴んで頻りにせがみ始める。

「ねえねえ。先生も一緒にボール投げしようよぉ。」
「やろう、やろう。」
「そうだ、おじいちゃんも一緒にやろうよ。」
「お、おじい・・・?」

 「おじいちゃん」に該当する人物がこの場に自分しか居ないことを悟って、冬月は少なからずショックを受ける。
冬月の気持ちを察したように、春香が子ども達を窘める。

「こら!おじいちゃんなんて簡単に言っちゃ駄目でしょ!」
「ハハハ。確かにこの子達から見れば、私もおじいちゃんと呼ばれる歳だろうな。」
「す、すみません。この子達ったら・・・。」
「気にしなくて良いよ。さ、ボク達。おじさんと一緒に遊ぼうか。」
「うん!」

 冬月は自分を「おじさん」と言った。そんな冬月を見て、思わず春香は微笑む。

「よろしいんですか?冬月さん。」
「ああ。私のことは構わんよ。子ども達が望んでいるなら、嬉しいことだ。」
「・・・やっぱり子どもには人を見る目があるんですね・・・。」
「え?」
「ほらー!早くやろうよぉー!」

 冬月と春香は子ども達に袖を引っ張られ、芝生へと導かれる。
程なくボールが右へ左へ、元気な声と共に飛び交う。
果てしなく高く、澄み切った青空に幾度となく浮かぶボールが、心地良い温もりを生む日差しを受けて輝く。
罪を背負う者、悲しみを背負う者、そして今を生きようとする者達の想いを乗せて・・・。

季節はもうすぐ冬。生命が寒さに凍え、蹲る季節。
しかし、冬月の心は今、長い凍てつきの時を終え、柔らかな雪解けの季節を迎えようとしている。

まだ・・・季節の名を抱きし二人の時間は・・・始まったばかり・・・。


筆者後書き
 シリアス系は久しぶりのMoonstoneです。うう、前編からかなり間が開いてしまいました(_ _)。
今回の後編、何やら思わせぶりな結び方ですが、シリーズ化しようかなと計画しています。個人的にはこの話、続けてみたいので。
先にあのキャラとあのキャラ(誰のことかは想像して下さい)の話を書いてからでしょうが・・・。
 さて、ネタばらし。本編のヒロイン進藤春香の姓の由来ですが、これはTBSのアナウンサーの「あの人」です。
ここまで言えば分かるでしょう。いえ、ファンなので作品に登場させたかったというだけです(^^;)。


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