「桜を見て何かを感じることができてこそ、真の日本人ってもんやでぇ」

 

すっかり出来上がってるトウジだけど、言ってることは一応正論かなって思える。

宝石のような輝きの中に今にも消えていきそうな儚さを秘める、美しい花。

もし桜がこの世になかったら、などという歌を詠んだ人がいたらしいが、

今ならその人の気持ちが良く分かる気がする。

人の心を狂わせる罪な花だ…と言ったら言い過ぎかな?

 

・・桃色のヴェールに覆われた世界の中で、思わず僕は溜め息をついていた。

 

 

桜の下で…

by.Atsu

 

「どうしたんだよシンジぃ。我らが2−Aのメンバーの再会の場なんだぜ、もっと楽しめよ」

アルコールの匂いを振りまくケンスケが肩を抱いてくる。

 

・・適当にケンスケをやり過ごすと、僕はみんなを眺め渡した。

アスカの勝ち誇ったような笑顔、綾波のきゃぴきゃぴな笑い声、山岸さんの慎ましい微笑み。

10年ぶりに懐かしい、気の置けない友人達と再会した喜びがみんなから溢れている。

本当に楽しそうだ。

 

 

そんな中、僕は一人無聊を託っていた。

表情だけは周りに合わせ、心は空ろにさまよう。

 

 

…僕は堪らない寂しさを感じていた。

 

 

折を見て僕は座を離れ、しばらく周りの喧燥の中に身を沈めることにした。

何処も彼処も花見客で一杯だ。

学生、家族連れ、会社員の一群。

今を盛りと咲き誇るこの花に包まれ、誰もが幸福そうな笑顔を浮かべていた。

僕にはその笑顔がちょっと痛い。

 

 

「……?」

その女の子が目に入ったのは、恐らく周りと違う雰囲気を纏っていたからであろう。

一際大きな桜の木の向こうから、切なげな瞳でこちらを見つめている。

何となく、放っておけない気がする…。

 

 

「どうしたの?」

「……………」

「迷子?」

「……………」

「お父さんやお母さんは?」

「しらない」

「そっか…」

 

ここの広さはかなりのものだ。たぶん、遊んでるうちにはぐれてしまったんだろう。

 

「わかった、僕についてきて。一緒に探してあげるよ」

「じゃあ、おんぶしてくれる?」

「?」

「おんぶ!」

 

そう言うと女の子は僕の背中に回りこんできた。

あまりの強引さに面食らった僕だったが…結局僕は言葉通りにしていた。

 

相手が子供だから、と言う理由だけではなかった気がする。

それが何なのかはわからないままだったが…。

 

 

 

 

「ちょっと下りてくれるかな?」

いい加減疲れてしまった。

すぐに親が見つかると思ってたのは甘かったようだ。

でしゃばったりせず、始めからしかるべき所に託せば良かったんだと自分の判断を責める。

 

何となく、みんなの所に戻りたくない気持ちがあったことも事実だけど。

 

・・ほんとに戻らないで帰っちゃおうか、なんて事まで頭に浮かんでくる。

逃げちゃだめだ、となんとかその気持ちを抑えようとする僕。

しばらく葛藤が続く…。

 

女の子がいなくなったと知ったのは、それから5分後のことだった。

 

 

 

「シンちゃん、何処行ってたのよ!? そんなにあたしといるのがいやなの!?

これからはあたしの横で飲みなさい!」

「え、でも…」

「でも、じゃない! 男だったら文句言わないの!!」

戻ってきた僕は老いてますます盛んな−まだ40前だが−ミサト先生の完全な包囲下に置かれる。

その後浴びた集中砲火により、あの子のことは頭の片隅に追いやられていった。

 

 

 

もっとも、決して頭から離れることはなかったが…。

 

 

 

 

翌日。

僕は自分でも何故だかわからないまま、一人昨日の公園に出向いていた。

まだ午前中で、少し肌寒いせいか、昨日ほどには活気も人も感じられない。

それでもかなりのものではあるけど。

 

昨日来たので何年ぶりだったんだろう?

ここも随分変わったものだ。

いろんな雑誌に「春を楽しむ最高の場所」と紹介され、注目を浴びる前は

もっと静かで落ち着いた場所だったのに。

 

…僕にとっては聖域と言っていいかも知れない場所だった。

僕と、もう決して会うことのない少女と、二人だけの聖域。

 

あの頃はもっと素直に楽しむことができたんだけどな…。

 

 

 

ドンッ。

 

 

僕は慌てて回想モードを打ち切る。

目の前で、10歳くらいの女の子が尻餅をついていた。

 

「あ、ご、ごめん」

僕は慌てて女の子に手を伸ばす。

「大丈夫? 怪我とかしてない?」

「うん、だいじょうぶ」

 

………。

 

「…ねぇ君、妹とかいない?」

唐突だとはわかっていたが、僕は疑問を口に出していた。

「なんでそんなこと聞くの?」

首を傾げて彼女は問う。

「君に良く似た、迷子の女の子を見たんだよ。もしかして君も迷子?」

「うん…。一緒に探してくれる?」

女の子は強引に僕の手を引っぱった。

 

………?

 

「ほら、こっちだよお兄ちゃん!」

 

 

露店で食べ物を買ってやり、追いかけっこに付き合い、かくれんぼの鬼を引き受け…。

引きずり回されてるとしか思えない時間が過ぎていった。

本当に迷子なのか?

 

…だが不思議と、怒る気持ちにはならなかった。

どこか僕も、楽しんでいた。

いつか何処かで同じような経験をした、そう思いながら。

 

 

 

ふと気づいた時、僕は人気のない場所に立っていた。

 

女の子の姿はない。

 

 

一際美しく、またどこか他のものとは違う桜の大木が佇んでいるだけだ。

 

僕はじっとその木を見つめた。

 

 

「この木…泣いてる…?」

 

 

僕にはそう思えた。

もちろんホントに涙を流してるわけじゃないけど…それでもそう思わずにはいられない。

 

何故、泣くんだろう。

せっかく春が、花を咲かせる時が来たのに。

何がそんなに悲しいんだろう。

  

僕はそっとその木に触れた…。

 

 

 

  

 

 

空が茜色に染まってゆく中、僕は再度あの公園を訪れていた。

昼間来てた人はほとんど帰り、夜来る人はまだこれから、である。 

人影の少ない黄昏の公園は時が止まったかのような雰囲気を漂わせていた。

 

 

 

…あの桜はもう、泣いてはいなかった。

僕が来たから、だろうか。

 

 

昼にこの木に触れて感じたのは“寂しさ”だった。

周りに仲間がたくさんいても、それでもなお満たされないほどに寂しがっていた。

何か大事なものをなくしてしまったかのように。

 

 

 

…僕と、同じだった。

 

 

 

「側にいてあげるね」 

木にそう囁くと、そのまま寄り添うように身をもたせかけた。

 

…側にいて欲しいのは、僕の方だった。

木がもう泣いてないのなら、…僕を慰めて欲しかった。

 

我ながらバカみたいだけど…。

 

 

 

時折、話し掛けるように桜が揺れ、雪のような花弁が舞う。

現実とは思えないような美しい光景だ。

 

夢見心地ってこういう気持ちなんだろうか…?

不思議に穏やかな気持ちになった僕は、ゆっくりとかつての思い出を紡ぎ始めた…。

 

 

 

 

「ねぇ、はやくかえろうよ」

「あしがいたいの。もうあるけないー」

「はやくしないとよるになっちゃうよ」

「だって…。じゃあ、しんちゃんだけさきにかえっていいよ」

「だめだよそんなの。ふたりでかえるってやくそくしたでしょ」

「じゃ、おんぶして」

「おんぶ?ぼくにはできないよ。やったことないもん」

「………」

「……わかったよ、ほら」

「ありがとう。しんちゃん、だいすき!」

 

 

…二人とも、あの頃から桜が大好きだったな…。飽きもせずに、暗くなるまで眺めてた……。

 

 

「ほらシンジくん、はやくはやく! 売り切れちゃうよ(ぐいぐい)」

「まだ食べる気なの? もうお腹いっぱいで食べられないよ、ぼく」

「じゃあ、わたしが食べてあげるよ。ずっと追いかけっこしてたからお腹すいてるんだ♪」

「ぼくだってしてたんだよ? なんでそんなにお腹すくわけ?」

「早く走れる方がお腹もすきやすいんだよ、きっと。 あ、おじさん、たこ焼きくださーい。

…はい、シンジくん、あーん」

「食べなきゃダメ…?」

「………(;_;)」

「じゃあ、一個だけだよ…」

「…(^_^)」

 

 

…二人の時はいつもここで遊んだんだっけ。約束したわけでもないのにな…。 

 

 

 

「旅行?」

彼女は少し首を傾げた。

「うん。3泊4日の卒業記念家族旅行。場所はまだ決まってないけど」

「えー、じゃあ4日もシンジに会えないの?」

「たった4日じゃないか」

「だって高校は別だから今まで通り会えないかも知れないのよ? せっかく春休みは毎日シンジと

過ごそうって思ってたのに」

「・・うちの家族が決めたことだからしょうがないだろ?」

「…………」

「(僕から言い出したんだ、とは言えないな…)誕生日には影響ないんだから、問題ないよ」

「……じゃ、その代わり約束よ。 私の誕生日は“しっっかり”祝ってね♪。なんたって、初めて

二人っきりで祝うんだからねっ」

「“できる限り”努力するよ」

「あ、今度だけじゃダメよ。次も、その次も、大人になっても、ずーっと二人でやるんだから

その都度気合入れてね!」

「…そこまでは保証できないよ?」

「あーっ、ひっどーい」

 

「「あははははは…」」

 

 

 

 

…ああ、今日が彼女の誕生日だった…。祝ってあげられなくなってから、どの位経ったのだろう……。

 

 

 

…二人の記憶は、それっきりだ。 

 

 

………

 

お前のせいじゃない。

あなたは悪くない。

アンタの責任じゃない。

 

いくらそう慰められても、僕は自分を責め続けた。

僕が旅行に行こうって言わなければ。

たまには離れてみるのもいいかな、なんて思わなければ。

 

彼女が…いなくなることもなかったのに。

僕が守ってあげられたのに。

誕生日を祝ってあげられたのに。

 

ずっと、一緒にいられたのに。 

 

 

 

苦痛に満ちた日々の後、僕は彼女の写真を残らず焼いた。

彼女から貰ったペンダントと共に、あの公園の…どこかの木の下に埋めたのだ。

 

「人は忘れることによって生きていける。だが、決して忘れてはならないこともある」

…誰かの言葉を実行したんだ。

鮮明な思い出が心を傷付けることのないように。

限定された思い出しか残らない、なんてことのないように。

 

 

とりあえず、それは成功したように思う。

…楽しさまで一緒に埋めてしまったけど。

…寂しさを埋めるのを忘れてしまったけど。

 

 

もう、10年も経つのにな…。 

 

 

 

 

……彼女に会いたい。たまらなく会いたい。

 

思い出を開封してしまったせいか、僕はそんなことを願い始めていた。

心の奥にずうっとしまっておくはずだった願い。

いくら願っても仕方ないことはわかっているのに。

 

なぜ今日に限って、こんな事を思っているのだろう…。

 

 

 

 

陽がその身体を大地の中に埋めた。

宵闇が空を覆い尽くそうとしている。 

 

 

 

ふと、僕は桜を見やった。

 

…桜が…今は微笑んでるような気がする……。

 

 

 

「……?」  

 

 

 

音もなく忍び寄った一陣の風が、桜の木に囁きかけた。

 

花吹雪が一面に舞った…。

 

 

 

 

 

 「……!!」

 

 

 

 

 

 

 

世界が、一枚の写真になった。

 

時が、その鼓動を止めた。

 

 

一人の女性が、じっとこちらを見つめていた。

 

僕が会いたいと願っていた、歳相応の彼女がそこに佇んでいたのだ。

 

ああ、まさか、こんなことが……。

 

   

 

だんだん、その姿が霞んできた。

僕のほおを滴が伝っていく。

 

僕は…泣いているのか…。

 

 

 

時が、動き出した。 

彼女が静かに歩み寄る。

 

彼女を見つめたまま、僕はその名を呼んだ……。

 

 

 

 

「マナ……」

 

 

 

 

 

 

「…あの女の子はマナだったんだね…。ここで過ごした思い出を、なぞってくれたんだね……」

夢のような現実を前に、僕はそう結論づけていた。

 

「思い出してくれたのね、シンジ…」

マナは優しく微笑んだ。

僕の大好きだった表情だ…。

 

「ホントは恐かったの。

もし、シンジが何も思い出してくれなかったら。

シンジの中から、私が消えてしまっていたら。

私が生きていた証が残っていなかったら。

…そう思うと耐えられないくらい恐かったの。

それでも…シンジに会いたかった。

10年ぶりに、ここに来てくれたんだもの…」

 

 

ああ、そうだった。

あの時埋めたのは…思い出を埋めたのは…この木の下だったんだ……。

 

 

「忘れたことなんて、なかったよ…。マナを忘れたことなんて、一日もなかったんだよ…

ずっと、ずっと、会いたかったんだ……」

 

「シンジ…。そこまで想っていてくれたのね…。何一つシンジにしてあげられなかった私を…」

 

「そんな、そんな悲しいこと言うなよ…。マナさえいてくれれば、それで幸せだったんだから…」

 

「…シンジ……」

潤んだ瞳が僕を捕らえた。

 

 

 

…今なら、言える。

子供の時から言いたかった、マナに告げたかった、でも恥ずかしくて言えないままだったあの言葉…。

 

 

 

「マナ」

 

僕はマナを抱きしめた。

柔らかい感触が全身を巡る。

ほのかな芳香が鼻腔を擽っていく…。

 

 

 

「マナ」 

 

彼女を抱く手に力をこめた。

今だけは、せめて今だけは、彼女が離れていかないように。 

 

 

 

 

 

息を深く吸って、僕は告げた…。 

 

 

「マナ………………愛してる」

 

 

「!!…………」 

 

 

 

マナの腕が、僕の背中に回った。

吸い込まれそうなほどの力が伝わってくる…。

 

 

 

「私もよ…………シンジ……」

 

 

 

マナが顔を上げた。

そして、静かに瞳を閉じていく。

 

僕もまた、ゆっくりと瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

マナが、僕の中に流れ込んでいった……。 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界が僕のもとに戻ってきた。 

 

マナの姿は、なかった。

桜の木も、もうなんの表情も見せようとしない。

 

すべては…夢だったのだろうか?

 

 

 

 

「夢じゃ…なかったんだ……」

 

 

 

僕の目は掌に吸い寄せられた。

そこにはマナがいつも身につけていた、真紅のペンダントが光っていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喧騒の中に戻ってきた僕を、聞き覚えのある声が呼び止めた。

 

 

「シンちゃーん、こっちこっちー!」

「おおシンジ! 来ないんじゃないかと心配しとったで!!」

「人を待たせるんじゃないの! 早く来なさいよ、バカシンジ!」

「さあシンジ君、昨日の続きをしましょ♪」

 

そう言えばそうだったな。

せっかく次の日も休みなんだから、今度は “夜桜鑑賞会”やろうって話になってたんだっけ。

僕には関係ないと聞き流してたけど…。

 

 

 

目を閉じた僕は、大きく息を吸いこんだ。

 

「よし、行くぞ!!」

 

 

 

心の闇を消し飛ばすような大声で僕は叫んだ。

 

 

 

 

何人、気付いていてくれるだろうか。

僕が心から笑っていることを。

楽しむことさえ忘れていた僕が、笑っていることを。

 

 

僕の心から、寂しさが消えたことを。

 

 

 

 

 

掌の中のペンダントを、僕はそっと握り締めた。 

 

マナの温もりが応えた気がした…。

 

 

 

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ホントに泣けるくらい感動したとある小説(今度映画になります)・学校に行くたび、帰るたびに

目を和ませてくれる桜の木々・そして学園EVA、以上がこの拙作のモチーフです。

 

ここまでつきあってくれた方々には本当に感謝いたします。どうもありがとうございました。

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Atsuさん、本当にありがとうございました!!

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までお願いします。


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