お金が無いの。
もう三日も、碇くんの作ってくれたお弁当しか食べていない。だから学校に行くのは楽しみ。お昼だけでもご飯が食べられるから。
でも今日は日曜日。土日は学校がお休み。だから、丸二日も水とビタミン剤だけしか口にしていない。不思議ね・・・私を中心にして、全てが回っているわ。
くーきゅるきゅるきゅる・・・
お腹が鳴ってる。何か食べさせろって喚いてる。でも、お金が無いの。野良犬さんも野良猫さんも見つからないの・・・だから、駄目。
NERVからの給与支給迄、あと五日。この調子では月曜日に学校へは行けない。お弁当すら食べられない。そうなると、私は多分死ぬ。
ちょっと前までなら碇くんが、お約束のタイミングで来てくれたけど・・・碇くんは赤毛猿に、何処かへ連行されているらしいわ。動けないから、電話で確認しただけなんだけど。
碇くんの悲鳴・・・いいえ、助けを求める涙声が聞こえる様な気がする。でも、私は動けない。お腹が空いてるから。電車に乗るお金も無いから。今の私に出来る事は、ベッドに横たわって、くるくる回る天井を見つめるだけ。見慣れている筈なのに、結構新鮮な感じね。
ごめんなさい、碇くん。私も直ぐに、碇くんの後を追う事になるから・・・それで許してね。碇くんの仏前に赤毛猿の首級を掲げるのは、ナルシスホモに任せるわ・・・。
「何をブツブツ言っているんだい、レイ」
ああ・・・もう私も終わりね。どうやらお迎えが来たみたい。
「お迎えって・・・」
死に神の癖に、何を呆れているの?目だけを動かし、訪問した人物を確認する。もしかして碇くん?・・・違った。銀色の髪に赤い目。ナルシスホモだ・・・ちっ。
「せめて死ぬ時には、碇くんが居て欲しかった・・・」
でも碇くんがこんな姿の私を見たら・・・イヤな事をしそう・・・。
「・・・いつまで続くんだい?帰るよ、出演料を渡さずに」
がばっ!
残る力の全てを上半身にそそぎ込む。ナルシスホモがひらひらと振る封筒を奪った。
・・・血と汗と涙の結晶が・・・。知らずと恍惚の表情を浮かべ、ぎゅっと給料袋を抱きしめる私。そうよ・・・私はこの間テレビに司会として出たんだから、出演料を貰うのは当然の権利。良かった・・・これでNERVの給料日迄は大丈夫ね。一体幾ら有るのかしら・・・早速見てみる。
びりびりっ。いーち・にー・さぁん・しぃ・・・。
ああっ、NERVのお給金より多いわっ!SEELEってそんなに儲かっているの!?・・・鞍替えしようかしら・・・たった一回のテレビ出演でこんなにお金が貰えるんだったら、二年位で田園調布に家が建つわ。
はーれるや、はーれるや。
どこからか賛美歌が聞こえてくる。嬉しいの?私、嬉しいのね。そう・・・嬉しい。碇くんのお弁当を食べるのと、どちらの方が嬉しいのかしら?
「それにしても・・・噂では聞いていたけど、随分逼迫した生活をしているんだね、君は」
浸りきった私を、ナルシスホモは現実に呼び戻した。折角喜びに浸っていたのに。時計代わりに握り潰してやろうかしら。
「・・・余計なお世話よ」
裏で何をやっているか判らないナルシスホモにだけは言われたくないわ。
「そうだね。けれども、たまには余計なお世話もいいさ」
「良くないわ」
「そうか・・・差し入れも有るんだけど、要らないんだね?」
くーきゅるきゅるきゅる・・・。
「・・・ゆっくりしていって」
・・・何ていいタイミングでお腹が鳴るの・・・。恥ずかしさに頬を染めて、私はそう囁いていた。
したごころを、あなたに
久しぶりの食事に、私は完全復活を果たした。
「で、あなた・・・何をしに来たの?」
「この間の出演料を渡しに行くと言ったら、シンジ君に頼まれたのさ。欠食児童に、食事を与えてくれとね」
「碇くんはそんな言葉を使わないわ(キッ)」
「言葉そのものに大した意味は無いさ。言い方を代えても、現実は揺るがない」
「・・・そうね・・・あなたがナルシスホモであり使徒である事と等しく」
「空腹から回復したら、復活したね・・・見事に」
相変わらず禅問答の様な会話しか出来ない二人。
「それに僕は惣流さんと戦うなんてイヤだね。勝ち目が全く無い。彼女に抗えるのは、力では霧島さん。それ以外の手段ではリツコさんだけだろう」
持ってきた紙袋から日本酒の瓶を引っ張り出すカヲル。ご丁寧に二つのグラスを伴っている。
「そんな事より、飲むかい?」←未成年者はお酒を飲んではいけません。
「・・・貰うわ」←だから駄目だって・・・ミ○トさんみたいになるぞ。
「しかし・・・これで満足なのかい、君は。以前よりも酷い生活を送っているじゃないか。君が望めば・・・」
「私は納得しているわ。少なくとも、碇くんの望みは果たせたから・・・おかわり」
そう、碇くんの望みは果たせた。けれどもそれ以外の事に関しては、不満は幾らでも有るわ。そう、それこそもう一度巨大化したくなる位に。だからこの液体を、煽るように流し込む。
「その望みを果たした為に、問題が発生している。修正にはかなりの時間が必要になるだろう」
「あなたを復活させてしまったのがその筆頭よ」
「そうだね・・・その次は、君の人格かな?」
「私は何も変わっていないわ。ただ考えを少しでも多く、口に出す様にしただけ。思うだけでは伝わらないって、あの時に思い知らされたから」
「(レイ・・・君は気が付いていないんだね)・・・サードインパクト。その事だね」
「そうよ・・・」
本当に・・・飲まなきゃやってられないわ。
「・・・綾波?・・・ここは?」
「ここはLCLの海。生命の源の海の中」
地表の全てを、虹色に輝く無数の十字架が埋め尽くしていた。全ての人類が無に帰り、新たな生命として再構築される儀式の場。エヴァンゲリオンを有した二つの組織、NERVとSEELEはそれをサードインパクトと呼んだ。NERVが防ごうとして叶わず、SEELEが導き望んだ終末である。
だが、一部の者が望んだ再生が成されるか否か。それを知りうる者は、既にこの大地にはいない。
「ATフィールドを失った、自分の形を失った世界。どこまでが自分で、何処までが他人なのか判らない曖昧な世界。どこまでも自分で、どこにも自分が居なくなっている脆弱な世界」
そこに私と碇くんは居た。地表に佇み巨大な翼らしきものを広げた、リリスと呼ばれた肉体の中・・・頭部に。
リリスは月を見つめている。LCLに満たされた中から見る月は、オレンジ色に染まっていた。そんな、幻想的としか評し得ない世界で。
私は碇くんの身体の上に跨っていた。私も碇くんも、何も身に纏っていない。ついに・・・長年の夢が今、成就した。私と碇くんはひとつになっている。
任務、完了。
じゃなくて、これから始まるの。二人の共同作業が(ぽっ)。
でも、碇くんはあまり嬉しそうじゃ無かった。どうして・・・?
気持ち良くないのね。緊張してるのかしら?初めての時はそんなもんよって葛城三佐が言ってたわ・・・。じゃあ、気持ち良くしてあげる(ぽっ)。
碇くんの身体に腕を溶け込ませた。脊髄に指を這わせ、A10神経に脳内麻薬を分泌させる。えっとエンドルフィンだったかしら・・・マッド赤木の研究データによると、これならどんな朴念仁でも一発らしい。
「・・・僕は死んだの?」
「・・・いいえ、全てが一つになっているだけ」
・・・無粋な事を聞くわね。こう言う時に聞く事じゃ無いでしょ。他に言うべき事が有るんじゃ無いの?・・・行動で示してくれてもいいけど(ぽっ)。私と碇くんが一つになっているの、判ってるのかしら?
「これがあなたの望んだ世界・・・そのものよ」
そう、あなたも私と一つになる事を望んでいたの。だから、始めましょう。私たちの望む行為を(ぽっ)。
「でも、これは違う・・・違うと思う」
これが違う?私には判らないわ。何が違うの?やり方は正しい筈よ。葛城三佐に教わった通りにしているし。
私は考えた。私の頭脳が凄まじい勢いで過去の状況及び情報を検索する。MAGIにも勝る程の勢いで。
かしゃかしゃかしゃかしゃ・・・ちーん。
そう・・・判ったわ。こうして欲しいのね(にやり)。
ごそごそと周囲をまさぐるふりをして、私は何種類かの道具を用意した。鞭と蝋燭と猿轡。何でそんな物が有るのかって?簡単な事よ、この世界は私が作り出したのだから。今の私に出来ない事はあんまり無いわ。大概の物はLCLから産み出せば良いから。
碇くんの目の前で鞭をぱぁんと鳴らす。
(刺激が足りなかったのね)
これ以上の物も有るらしいけど、いきなりじゃ可哀想だし。この位よね。それじゃあ、ゆっくりといたぶってあげるわ(くすくす)。 そこで私は碇くんの見つめる物に気が付いた。十字架のペンダントが私と碇くんの間に浮かんでいる。確かこれは葛城三佐が首に下げていた物・・・碇くんはそれを見つめていた。だから、私が鞭を手にしている事にも気付いていない。
もしかして私って・・・バカ?
慌てて私は数々の道具をLCLに戻した。精神を少しだけ真面目モードに戻す。私は浮かれ過ぎていた。自分の望み、もう幾度口にしたか判らないけど言うわ。碇くんと一つになりたい。それが果たされた時に、今までの慎重だった部分が全て吹っ飛んでしまったようね。慌てて私は碇くんの過去を抉る言葉を口にした。
「他人の存在を今一度望めば、再び心の壁が全ての人を引き離すわ。また、他人の恐怖が始まるのよ」
うぅ・・・空気が悪い。碇くんの言いそうな言葉が判るだけに、必死になってこの場に押し留めようとする。何故?簡単な事よ。未だ、何もしてないもの。
そんな私の懸命の努力を・・・あえて使わせて貰うわ。バカシンジは完璧に無にした。
「・・・いいんだ・・・ありがとう」
(ぜんっぜんありがとうじゃな〜い!)
一方的に行為を打ち切って満足してしまったバカシンジに、私は久し振りの怒りを覚えていた。お願いだから・・・あの時みたいに思いっ切りひっぱたかせて。でも・・・今度はグーでもいい?
「・・・あそこには嫌な事しか無かった気がする。だからきっと、逃げ出しても良かったんだ・・・でも逃げた所にもいい事は無かった・・・だって僕がいないもの・・・誰もいないのと同じだもの」
・・・本人がやる気にならないと言うなら仕方が無い。第一回目の共同作業は失敗と言う事で(しくしくしく)、受け入れるしか無かった。
碇くんの頭をを私の膝の上に乗せて、今暫く会話を続ける。世界をどうするにしても、それなりにリクエストは有るだろうから。例えば二号機パイロットは要らないとか二号機パイロットは要らないとか。
私は碇くんの返事を待つ。じっと・・・ずぅっと。こう言う風に一つになるのも悪く無い。子を産んだ母の気持ち・・・そう、多分こんな感じだと思う。そう思い始めた時。
奴は来た。薄ら笑いとハミングを伴って。
そう、私と碇くんの幸せの時を引き裂く者。渚カヲルことナルシスホモの登場である。くっ・・・あなたは死んだ癖に。
「再びATフィールドが、君や他人を傷つけてもいいのかい?」
「・・・かまわない」
思ったよりしっかりした碇くんの言葉に、私は胸をなで下ろす。取り敢えず自分で考えると言う行為から、それなりの結論を見つけ出す事が出来たらしいから。
でも・・・ナルシスホモ。なんであんたは同年代の裸の女の子じゃなくて、同年代の裸の男の子を見ているの?これってかなり屈辱的。幾ら相手が同性愛趣向者であっても。
(シンジ君に話をしているからさ)
(・・・なら、顔を見ればいいでしょう?)
(了見が狭いね)
(そう言う問題じゃ無いと思うわ・・・)
その視線に気が付いたのだろう。碇くんはいそいそといつもの学生服を着込む。ナルシスホモは最初から学生服を着ていた。そうなると、裸なのは私だけ。恥ずかしいとは今更思わないけど、間抜けっぽいので服を着る。
「でも、僕の心の中に居る君たちは、何?」
欲望なのよ。じゃなくて。
「希望なのよ。人は互いに分かり合えるかも知れない、と言う事の」
「好きだと言う言葉と共にね」
・・・そんな事ばっかり言ってるからあなたは、ナルシスホモって言う一般認識を抱かれるの。否定したければ、もう少し言葉に気を付けなさい。
「・・・だけどそれは見せかけなんだ。自分勝手な思い込みなんだ。祈りみたいなものなんだ。ずっと続く筈ないんだ。いつかは裏切られるんだ。僕を見捨てるんだ」
(・・・ナルシスホモ。あなたの余計な一言で、碇くんは又自閉症モードに突入しちゃうわ・・・断罪しなさい)
ぎりぎりと、私はナルシスホモの足を踏みにじった・・・つもりだったんだけど。肉体がないのね、今のあなたには。全く・・・あなたの不要な一言で、ダメ人間シンちゃんが簡単に復活してしまうのよ。ガラスの様に繊細だね、君の心は特に。とか言っていたのは誰?あなたでしょ、もう忘れたの?
「でも僕は、もう一度逢いたいと思った。その時の気持ちは、本当だと思うから」
ほっ。どうやら大丈夫ね。でも・・・落ち込んでいないのはいいとして、どうも碇くんの望む世界って漠然としてるわ。大体もう一度逢いたいって誰に?仕方がないわ。何が描かれているか、碇くんの考えを見る事にしましょう。
どれどれ・・・葛城三佐と西瓜髭(加持)と二号機パイロットとオタクメガネ(相田)とメガネオペレーター(日向)と碇くんとロンゲオペレーター(青葉)とジャージメン(鈴原)と温泉ペンギンといいんちょさん(洞木)とズーレオペレーター(伊吹)と憎むべきマッド赤木・・・はぁ、疲れたわ。一部を除いて、みんな笑っているわね。何かの記念写真みたい。そう・・・これが碇くんの望む世界なのね。
注)フィルムブック「まごころを、君に」P99の下の絵の事です。
ふぅん・・・成る程。要するに、いわゆる一つの学園エヴァっぽい世界にすればいい訳ね。でもオペレーター軍団が制服を着ている所を見ると、NERVも要るの?思ったより安易な世界ね、そんなのお安いご用よ。私も学園レイちゃんになれば、台詞も増えるし・・・ん?この違和感は・・・何?
・・・ちょっと待って。もう一度碇くんの思い浮かべた光景を、私の脳裏に照らし合わせ、一人一人を再確認する・・・!
(え〜っ!)
思わず私の顔が引きつる。今一緒に居るんだから、私の顔が入っていないのはいい。髭親父こと碇指令がいないのも理解出来る。けれど、碇くん。あなた今、とんでも無い事を望んでるって事判ってるの?
葛城三佐。西瓜髭。マッド赤木。この三人は・・・LCLの海に溶け込む前に死んじゃったのよ。逢いたいのは判るけど、自力で復活出来ない人じゃない・・・。
未だマッド赤木は楽よ。構成していた肉体は殆ど残ってるだろうから。でも個人的にはイヤ。人体実験の数々を思い出すから、4番目以降を皆殺しにされたから。
今も脳裏を過ぎる、趣味でやっているとしか思えない人体実験の日々・・・あうぅ・・・あんな事やこんな事まで・・・。折角綺麗に証拠を消し去れたのに、世間様に公表されたら・・・私、お嫁に行けなくなるわ(しくしくしく)。え?何をされたか?言えないわ、そんな事。このHPが18禁になってしまうから。管理人さんに迷惑がかかるから。
次は葛城三佐。この人を復活させるのは大変ね。なんと言っても、死んでから爆発で吹っ飛んでいるから。五体バラバラ。どうやってかき集めればいいの?LCLの中でアルコール臭いのをまとめたら、何とかなるかしら。
最後は西瓜髭・・・どうすればいいの。死んじゃったの、随分前なんだから。LCLの中に、部分だけでも有るかどうかすら怪しい。でもこの人には借りが結構有るから、私としても何とかしてあげたい。西瓜・・・随分盗んだし。
余りにもハードなご依頼に、私はちょっとくらくらしてる。けれどもこれは、他ならぬ碇くんの願い。だから、絶対に叶えなくてはならない。それに叶える事が出来れば・・・(ぽっ)。
(と言う訳で、ナルシスホモ。後は任せるわ)
(ちょ・・・ちょっと待ってくれよ、レイ。君の出番と台詞は未だ残ってるのに)
(あなたが一人二役でやるのよ。私は、碇くんの願いを叶えなければならないから。禅問答につき合っているヒマは無いの。問答や口先だけの出番は、精神としてしか存在していない、あなたにこそ相応しいわ)
(そんな事言っても・・・)
(私だって一人二役をやった事は有るわ。あなたに拒否権は無いの、やりなさい)
(あれはどちらも女だっただろう・・・)
ふぅん・・・要するにイヤだって言う訳ね。仕方が無いわ。こちらも相応の対抗手段を取らせて貰うわね。
(いいのよ・・・?私は、あなたをこの世界から消滅させても。この世界そのものを消滅させるのも一興ね・・・)
(・・・判った。やるよ。けれども完璧にこなせる自信が無いから、フォローが欲しいんだ)
(どんな?)
(リリスを崩壊させてくれないか。その騒音で可能な限り誤魔化すから)
(判ったわ・・・。頑張ってね・・・皇國ノ興廃、コノ一戦ニ有リよ)
(皇國の興廃って・・・レイ。君が何をいっているのか、僕には判らないよ)
(・・・判らないの?)
みしっ。私の握った右拳が音を立てる。
(・・・いいや、ようやく判ったよ(君に逆らったら大変な事になると言う事が、ね・・・))
黒い月・・・リリスの卵は、新生ではなく再生を望む者に従うべく、崩壊への道を辿っていた。縦に、横に。まるで細胞分裂の様に、無数の亀裂が走り。亀裂から溢れ出る血液の様なLCLが、リリスの腹部を汚している。
「現実は知らない処に、夢は現実の中に」
「そして、真実は心の中にある」
許容しうる限界に達したのか。リリスの卵が破裂した。リリスの肉体だけでは無く、大地そのものを染め抜いていく。その光景を見つめるのは、光輝く十字架のみ。
「人の心が自分自身の形を造り出しているからね」
「そして、新たなイメージがそのヒトの心も形も変えていくわ。イメージが、想像する力が。自分たちの未来を、時のながれを造り出している・・・もの」
(危なかったな、今のは。もう少しで間違える処だった。だいたいレイの台詞の方がずっと多いんだから・・・)
リリスと呼ばれた肉体が崩壊する。首や腕が割け、LCLの血液を吹き出しながら。
「(やっと僕の台詞か)ただ、ヒトは自分自身の意志で動かなければ、何も変わらない」
霧の様になったLCLの大気の中を、千切れたリリスの肉体が落下する。そして大地にリリスの肉体が落着した。
(このリリスを・・・地球に落ちるのを阻止出来なかったとは・・・)
次に待ち受けるレイ役での長台詞のせいか。自虐的な遊びでストレスを解消しようとするカヲル。大体阻止する気も無いだろう、崩壊させろと言ったのは他ならぬカヲル自身なのだから。
「(はぁ・・・じゃ、やるか)だから、見失った自分は自分の力で取り戻すのよ。例え、自分の言葉を失っても。他人の言葉に取り込まれても。自分の力で自分自身がイメージ出来れば、誰もがヒトの形に戻れるわ(・・・うぅ・・・何て屈辱的な・・・シンジ君、僕を助けてよ・・・)」
光り輝いていた十字架が、次々と大地を飛び立って行く。それは儀式の終わりを意味していた。終わったのだ、人類を次なるステージに進めようとする儀式が。人が神に並ぼうとする行為が。
(人類補完計画はこれで、失敗に終わったね)
ようやく長い台詞が終わり、状況を冷静に判断する余裕が出てきたカヲル。
(どうあっても成功させたかったのなら、キールのじいさんが自分で行えば良かったんだ・・・いや、それ以外にこの計画が成功する可能性は無かっただろう。どう考えても、見ず知らずの少年少女に託せる様な計画では無かったのさ)
大体「いささか数が足りぬがやむを得まい」なんて事を言っていたら、失敗は必然だろう。やはり、スポンサーから苦情が出て、やむを得ずに始めたのだろうか・・・そんな事をカヲルは考えている。
(まぁ、いいさ。どうせ彼らはLCLに還っただけだ。死んだ訳じゃあ無い。記憶だって失ってはいないのだから。再びヒトの形に戻った時、彼らは罰を受ける事になるだろう・・・でも。幾らシンジ君の為とは言え・・・僕も疲れたよ)
渚カヲルの、偽らざる感想である。
(・・・未だ・・・僕にはもう一仕事残っているけどね・・・(にやり))
ナルシスホモ。甘えるんじゃないわ。そんな楽な仕事で、細かい事を言うもんじゃ無いわね。私の仕事の方が、遙かに大変だったのよ。流石にあれやこれやと復活させるのは疲れるわ。取り敢えず、後は本人次第って所まではやったけど。
でも・・・一体何人戻ってくるのかしらね。そんな素朴な疑問が浮かんでくる。
ここまでやっといて言うのも何だけど、結局は個人が個人をイメージしなければLCLの海から上陸する事なんて出来ない。自己と他者の存在を確立する心の壁、ATフィールドが再生出来ない限り。
碇くんが望んだ人達は特に、ちゃんと上がってきなさいよ・・・さもないと・・・判ってるわね?
LCLの海が一瞬だけ、びくんと怯えた様に揺れた。
疲労困憊の私は、LCLの海の上をただただ歩き続けていた。確か二番目が玉砕して出来た湖の辺りに、碇くんは打ち上げられている筈。その場をひたすらに目指した。
これで全部問題なしね(にやり)。碇くんのお願い通りに、葛城三佐も西瓜髭もマッド赤木も復活する下準備はしたわ。少し時間が必要かも知れないけど、その位は我慢して。
・・・ん?これは・・・何?一つは碇くんだけど・・・もう一つは・・・何?
!二号機パイロット!?どうして・・・個体として存在しているの!?
考えても判らない事は、考えないに限る。さっさと私は、碇くんの元へと急いだ。
目標発見。間違い無いわ・・・あれは二号機パイロット。LCLに戻らないで生き延びているなんて・・・やっぱり人間じゃないわね。以後二号機パイロットの名称を赤毛猿と固定。碇くんごめんなさい。あなたのお願いを、どうしても聞けないわ・・・状況確認よし。排除、開始・・・あら?
どぼん!ぶくぶくぶく・・・
・・・どうも力を使い果たしたみたい。もう水面は歩けないわ。仕方が無いわね、海底を歩きましょう。LCLの海だから呼吸は困らないし。少し時間がかかるかも知れないけど、やむを得ないわ。
ゆっくりと沈み行く私は、水面に揺らぐ碇くんを見つめていた。でも碇くんは気付いてないみたいね・・・ここに居るのに。
お願い、私を見てぇ・・・あれ?
碇くんは赤毛猿の首を絞めている。目がいっちゃってるし、結構本気に見えた。そうなの・・・碇くんは、その為だけに赤毛猿を欲したのね。私にも、そこまでは読めなかったわ。
自分の手で、トドメを刺したかったのね。
すうっと私の意識が遠のいて行く。LCLの海の中で、疲れ果てた私は眠りにつく事にした。今のタイミングで出ていくと、私も何をされるか判らないから。その・・・私も初めてだし(ぽっ)。少し、間を空けましょう。
・・・おめでとう、碇くん・・・疲れたから、私は眠るわ・・・おやすみなさい・・・ぶくぶくぶく・・・
だが、運命は。次の機会を与えようとはしなかった。
「そして殆ど全ての人類は、LCLの海から復活した。使徒を含めて・・・。君が眠っている間、余計な事を考えていた為に」
「・・・何が言いたいの?」
「何人かを脅迫して、LCLから無理矢理復活させただろう?それに多くの意識が怯えたのさ。君の無意識を過敏に拾い上げたんだろう。リリスと言う、格好の媒体も残っていたしね」
レイの考えた余計な事・・・それは夢だった。しかも二番目のレイが経験した過去である。まるで総集編の様な夢を、レイは見ていた。
かつての記憶を、二番目のレイが三番目のレイに伝えようとしたのか。真相は誰にも判らない。レイ本人にも判らないだろう。夢を見た自覚すら無いのだから。ただ多くの、LCLに還る事無く死んでいった者達。それどころか使徒までもが復活してしまった。それが現実である。
「最も、非難する気は無いさ。お陰で僕も復活出来たのだから(ふふん・・・僕のシンジ君への想いは、誰にも妨げる事は出来ないのさ。あれだけチャンスがあれば、復活なんて容易い事だよ。君のプライドを傷付けない為に、君が復活させた事にしておいてあげるけどね。あまりに簡単だったから、おまけにウナゲリオンも復活させてあげたよ。これで、今度は僕もシンジ君と一緒に戦える・・・楽しみだね)」←君は使徒側です。
そして・・・カヲルの余計な行動が、キール議長に苦渋の決断を迫る事になったのだが・・・それは別の話である。
二人の間には、無数の日本酒の空き瓶が転がっていた。まるで水の様に、日本酒を流し込むレイとカヲル。流石に使徒である。普通の人間がこれを真似していたら、急性アルコール中毒で100%死んでいるだろう。
「・・・でもでもシンちゃんは、再びあのマンションに住み着いているのよ!私と言う者がありながら、むきー!」
一升瓶に入った日本酒をラッパ飲みしながら、カヲルに訴え続けるレイ。目は座り、顔は真っ赤に染まっていた。完璧に悪酔いしている。
そんな事よりも。レイの吐いた台詞に、カヲルは動揺を抑える事が出来なかった。シンちゃんと言った所をバカシンジに換えれば、アスカ様の台詞と言っても十分に通用するだろう。
「・・・レイ?酔ったのかい?」
今までに一度も聞いた事の無い口調に、カヲルは思わずレイに問う。見れば判ると思うが。
「っ・・・ひっく・・・うわあああぁぁぁん!」
カヲルの問いが契機となったらしい。絵に描いた様な涙を、だーっと流し喚くレイ。
「どぉせどぉせシンちゃんは、胸のおっきな女が好きなのよ!だから、葛城三佐のマンションに、未だに住み着いているんだわ!」
「・・・い、いや・・・そんな事は聞いた覚えが・・・」
「いーえ!それしか無いわよ!他に、どんな理由があるって言うの!?」
どん、と空になった一升瓶をテーブルに叩き付けるレイ。この光景を見たら、ミサトさんでも裸足で逃げ出すかも知れない。
(やはりレイは変わってしまった・・・あの時、僕が現れる前位しか考えられないけれど・・・一体何があったんだろう?)
初体験の失敗がトラウマになったとは、カヲルにも予測し得なかった。しかも彼女には、二回目の機会。いやチャンスすら与えられていない。普通はキレるだろう・・・そりゃあ。
「私はシンちゃんの策にはめられたのよ・・・うぅっぐしぐし・・・騙されて葛城三佐をサルベージしてしまったから・・・。夜な夜なシンちゃんは、葛城三佐に大人のキスの続きを迫っているに違いないわ!お猿さんにだって何をしているか・・・お母さんは泣いているのよ!」
(それは聞き捨てならないけど・・・誰が母さんなんだい?・・・あ、レイの事か。そうなるとレイは、近親相姦を迫っていたと言う事になるね)
他人を非難できる立場にはない。カヲルはそう確信し、レイのマンションを出た。背中に、酔ってくだを巻き続けるレイの台詞を浴びながら。
(人・・・いや、使徒の運命かな・・・。もしそうだとしたら、人であれ使徒であれ希望とは悲しみに綴られているね・・・)
「そんなに胸のおっきな女が好きならもういっぺん巨大化してあげるわよ!!そうすれば私もバスト500Km位になるんだからぁ!」
「・・・それだけはやめてくれ!」
・・・気取っている場合では無い。慌ててカヲルは、来た道を引き返した。
おしまい
INAさん、本当にありがとうございました!!
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