透き通る様な青い空が、画面を覆い尽くしていた。

 ゆっくりと下方にカメラが移動し、青い空に黒い球体と蒼い正八面体が浮かび上がる。垂れ幕を下げたレリエルの影とラミエルだった。アドバルーンの代わりらしい。

 そこにいつもの二人、カヲルとレイの声が重なる。

 「今まで通販をご利用になった事の無いあなたに朗報です!この度、ご好評にお応えしまして!第三新東京市に、SEELEの誇る通販商品を揃えましたお店がオープン致します!」

 「そう・・・手に取って、確認出来るのね・・・」

 「はい!お買い上げになる前に、どうぞご納得のいく迄商品をご確認下さい。ご来店、お待ちしております!」

 「私も・・・待っているわ・・・」

 ちゃ〜ら〜ららら、ちゃ〜ら〜ららら〜

 やけに明るい音楽をバックに、そんなCMがテレビには映し出されている。

 しかし・・・。

 その全てを否定するが如く。怒りと悲しみ、他にも入り乱れた幾つもの感情を爆発させた者が居た。

 「・・・裏切ったな!僕の気持ちを裏切ったな!」

 碇ゲンドウ、その人である。
 
 


    貧しさに、敗れる時  



 
 

 「落ち着け、碇」

 「っこれが落ち着いていられるかぁ!」

 音を立てそうな程、凄まじい勢いで指をテレビに突きつける。

 「フィフスはともかく・・・何故レイまでが・・・言うに事欠いて敵方の組織に協力するとは・・・うぅっ」

 (泣くな、碇・・・それにしても、SEELEの出張所が第三新東京市に出来た事は、どうでもいいのか?)

 「大体シンジの奴が!あのバカが、さっさと孫の一人も作らんからこう言う事になるんだ!」

 (・・・十四歳の少年に無茶を言うな)

 「折角家も建て直したと言うのに、あのバカは私と住む事を拒み続ける!未だにアル中女の所に住み着いているんだぞ!私が一体何をしたと言うんだ!私は常に、あいつの事を考えてきたと言うのに・・・私はあいつをあんな風に育てた覚えは無い!

 (・・・覚えも何も・・・お前は全く育てていないだろう・・・)

 慰める言葉が、腐れ縁とも言える冬月にすら見つからない。若干退屈を感じながらも、机に突っ伏し肩を震わせるゲンドウの背を見つめていた。
 
 

 ・・・それから二十分後。
 
 

 突然ゲンドウが立ち上がった。ふらふらと歩を進め、何処かに向かおうとする。

 「碇。何処に行くつもりだ?」

 「・・・冬月。私は、自分を探す旅に出る

 「は?」

 キャラクターに無い口調で、耳を疑う冬月。だがその言葉の意味を、振り返ったゲンドウの表情が教えた。

 何も映っていない、虚ろに泳ぎ充血した目。いつの間にか痩せこけて、土気色に変色した顔。

 引き留めてはいけない。何かが冬月にそう教えた。もし無理に引き留めれば、有るのはただ破局のみ。破局から逃れる為には、ただうんうんと頷くしか無かった。

 「留守の間・・・全権は冬月、お前に委ねる・・・後は任せた。私の事は・・・探さないでくれ・・・」

 「・・・ああ・・・(私が指示をしなければ、誰も探さんよ・・・)」

 扉の閉まる音と共に、司令室から碇ゲンドウは去る。それから、誰もいない事を確認して。普段座れないゲンドウチェアーに腰を下ろし、冬月コウゾウは電話を手にした。

 「さて、と・・・もしもし・・・冬月と言う者だが・・・うむ・・・そうだ。それを・・・何!?そんな・・・判った・・・そうして貰おう・・・」
 
 
 

 ふらふらと、あてもなく廊下を流離うゲンドウ。あまりの衝撃に自らの体重を支える事すら叶わないのか、すぐさま壁に寄りかかり。そして又、夢遊病者の様な歩みを再開する。そんな事を、幾度も繰り返していた。

 「何故だ・・・レイ・・・。 あの時も・・・そして・・・今度も。何故・・・土壇場で、私を裏切るんだ・・・」

 天井を仰ぎ、ゲンドウは照明に向かって呟く。

 「あの時は、あなたの行為が青少年保護育成条例に触れたから。今回は、NERVから貰っている給料が減額されたから・・・」

 突然レイの声が、ゲンドウの耳に届いた。はっと、声の方へ振り向くゲンドウ。

 そこには。いつもの制服姿で、綾波レイが立っている。凍てつく様な冷ややかな目が、ゲンドウを睨め付けていた。憔悴し切った今のゲンドウに、そんな事が判る訳も無いが。

 「どうしてだ!どうしてSEELEでなければならなかったんだ!?」

 「NERVの給料では、碇くんと四畳半一間のアパートで、長い手ぬぐいをマフラーにしなくてはならないの。だけど、SEELEは出演料をいっぱい払ってくれるわ。碇くんと住む、田園調布に家を建てられるの」

 「・・・何でそんな事を知っているんだ?」

 「あなたが知る必要は無いわ。もう・・・あなたは必要ないから。じーさんは、用済みよ(にやり)」

 じーさんは用済み、じーさんは要らない。じーさんは・・・碇ゲンドウの脳裏にリフレインする綾波レイの言葉。

 「うわああああぁぁぁあぁぁ!」

 碇ゲンドウ暴走。反射的に、ゲンドウはレイの首を絞めていた。

 「・・・少しも顔は似ていないけど、親子揃って首を絞めるのが好きなのね(くすくす)」

 一人目で馴れたのか。首を絞められているのに笑う余裕を見せるレイ。

 「もう一度・・・食べられたいの?・・・お陰で、お肉の味を覚えたわ・・・。実は美味しかったのね・・・」

 ぞくぅっ!!

 ゲンドウの背に戦慄が走る。自らの右腕が取り込まれた事を、忘れられる訳が無い。しかもその行為を、レイは食べると称している。

 「(逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ!)うわあああああん!ユイ〜!」

 泣きながら何処かへ走り去るゲンドウ。顔が左右に振られる度に、照明が何かを煌めかせている。

 「間違えて再生させてしまったけど・・・これで、NERV一の高給取りは排除出来たわね(にやり)」

 惨めに走り去るゲンドウの姿を、見送りながらレイは呟く。この間、飢え死にしかけた事に凄まじい怨念を抱いていたのだ。

 「働かざる者喰うべからずよ・・・」
 
 
 

 キィィィィィィィィ・・・。

 所変わって、ここは高度18000m。雲を下方に望む高空に、とてつもなく巨大で黒い二等辺三角形の物体が浮かんでいた。

 SEELEに所属し、NERV制圧の切り札として出撃した長距離輸送機である。今回はたった一機での出撃なのだが、威圧感はこの地上に存在する何よりも勝っていた。無論機体下部には、めり込む様に固定された白く巨大な人型が覗いている。

 「目標迄三〇〇キロを切ったか・・・そろそろだね」

 呟いたのは渚カヲルだった。機内の格納庫の中央で、巨大な塊に向かって何かを囁いている。白地に立体的な赤い、見ようと思えば唇の様にも見える模様が入った塊に。

 カヲルの言葉に呼応する如く、白い背中とおぼしき部分に。細長い円筒が回転しながら素早く引き込まれた。赤黒く塗られた、エントリープラグ。それは人工進化研究所の技術から産み出された鬼子、ダミープラグだった。無人でエヴァンゲリオンをコントロールする、唯一無二の技術である。

 「初めてだからね。君が緊張するのは判るよ。けれども、みんな経験した事なんだ。君にその順番が廻って来ただけの事さ・・・大丈夫、君なら出来るよ」

 掌でその白い物体を撫でながら、カヲルは言葉を継ぐ。

 その言葉を受けて、赤い部分が歪んだ。 まるで、微笑む様に。
 
 
 

 「ひっさしぶりねぇ・・・腕が鳴るわ!」

 発令所で両手を組み合わせ、ぽきぽきと指を鳴らす葛城ミサト。

 「現在使徒は、高度18000mを時速520Kmで移動中。真っ直ぐこちらに向かって来ます。接触予測時刻は14:52、約30分後です」

 「飛行タイプか・・・ちょっち苦手なタイプね。となると、戦力の小出しはかえって危険か・・・。エヴァンゲリオン三機とも、発進準備を急がせて!」

 「パイロットの着替えがもうすぐ終わる所です・・・2ヶ月前のより、移動速度が早いですね・・・それと確認の連絡が、遅かった様な気がするんですけど」

 「2ヶ月前の?ああ、あれね。あれ、ヤラセなのよ。これが本来で、この間は連絡が早すぎたのよね」

 「・・・え?」

 とんでも無い事をさらっと口にする葛城ミサト。我が耳を疑うと言う顔をしているマヤに説明を付け加えた。

 NERV独支部が作った使徒もどきなの。臨時予算を獲得する為に、仕方無かったのよ」

 「それって・・・いいんですか?」

 「NERVが破産するよりはいいんじゃない?それとも、伊吹二尉はクビになって路頭に迷いたいのかしら?私はイヤよ」

 「NERVが財政難で苦しんでるって・・・本当なんですね」

 「ええ・・・この際、使徒なんかよりも遙かに問題でしょうね」

 「・・・そう言えば赤木博士や司令や副司令や青葉・日向両オペレーターの姿が見えないんですけど?」

 このだだっ広い発令所には葛城ミサトと伊吹マヤしか居ない。余りに人が少ないために、不必要に会話が増えてしまう。お化け屋敷で饒舌になる小学生と同じ理屈だ。

 「赤木博士は副業先から戻ってくる途中よ。未だ二時間はかかるわね。司令はついさっきから行方不明。副司令は司令室に篭もっているわ。全権委任されてるし、いない方がやり易いけどね。青葉君と日向君は・・・」

 リストラ・・・ですか?」

 「・・・かもね」

 「・・・再就職先、探した方がいいんですか?」

 「使徒が攻めてくる以上、必要無いわよ・・・そうこなくっちゃね・・・あんな通販業者にいつまでも堕している訳が無いわ」

 「あのSEELEが通販業者になったって言う情報は、やはりカモフラージュ・・・ですか?」

 「当たり前よ。サードインパクトを、今度こそ成功させようとしているに決まっているわ」
 
 
 

 使徒の襲撃!久しぶりにNERV内部は沸き上がった。そもそも特務機関NERVは、対外的には対使徒戦の為だけに存在している組織である。沸き立たなければ、自ら存在意義を否定する事になるだろう。

 ただ、どの世界にも。周りと一緒に騒げない者も、確かに存在する。

 「はぁ・・・また乗らなきゃならないのか・・・」

 溜息を大量に吐き出しながら、碇シンジは独白した。

 (世界が再生しても、同じ事をやるのか・・・どうして、あんな目に逢ったのに未だ、戦う事を望むんだ・・・どうして、僕をそっとしておいてくれないんだ・・・)

 「あったり前でしょ、バカシンジ!」

 嘆きのシンジを一喝するアスカ様。久し振りの戦闘服、プラグスーツ姿である事に意識が高揚している。伊達にエリートパイロットと言う看板を背負ってはいない。やる気のないエースパイロットとは違う。

 「あたしらは、それで給料貰ってるのよ!敵が居なけりゃクビになるのよ!エヴァンゲリオン操縦者の、選ばれしものの宿命ね。そ
この所、判ってるの!?」

 「宿命って・・・僕たち未だ中学生だよ?」

 「そんな事あんたに言われなくても判ってるわよ!ったく・・・じゃあ、こう考えたら?甲斐性無しのミサトの稼ぎが少ないから、仕方が無いの!」

 「そうだね・・・。ミサトさん、稼ぎが減ったのにエビチュの量は減らないもんだから、やりくりが大変なんだよ」

 「・・・ま、何でもいいわ・・・とにかく!このやり場の無い私たちの怒りや憤りって奴を、使徒にぶつけりゃいいの!」

 「それって、八つ当たりなんじゃないのかなぁ」

 「いいえ、正当な権利よ!私達はお情けで、あの行かず後家の面倒を見てやっているんだから!で、シンジ。お願いがあるんだけどぉ・・・」

 「今晩のおかずの事?ハンバーグなら駄目だよ。一週間連続でハンバーグなんて身体壊すよ、絶対に」

 主夫シンジの言葉に、コントの如くコケるアスカ様。

 「あんたねぇ・・・こんな時に言う訳無いでしょ!そうじゃなくって、止めを刺すのは私にやらせて欲しいのよ」

 「・・・そんなの、別にいいけど」

 既に作戦部長の命令に、耳を貸す気すら無い二人。讃うべきは、アスカ様の覇気かな。地上最強の生物と迄言われる惣流・アスカ・ラングレーに、恐れるべき何者も無い。

 だが、碇シンジは・・・。

 (命令違反なんかしたら、多分独房入りだよなぁ・・・だったら、家事をしないで済むじゃないか)

 相変わらずの、ネガティブシンキングからの妥協だった。

 「最初の内はあんたとファーストで戦うの。なるべく手こずってね。で、あんた達が苦戦してる所に颯爽と私が参戦!そうね・・・二十秒以内に使徒殲滅!どう、この作戦は!?」

 「・・・それのどこが作戦なんだよ・・・」

 「何よ、イヤだって言うの?」

 「だってさぁ・・・苦戦しろって、つまりはやられろって事だろ?シンクロしてたら、痛いのは全部伝わるんだよ」

 「ふぅん・・・なら聞くわ。間接的に痛いのと(その場で使徒にやられる)、直接痛いのと(あとでアスカ様にやられる)。シンジ、あんたはどっちを選ぶ訳ぇ?」

 「・・・痛いのは嫌だよ・・・」

 「私は、どっちって聞いているのよ?」

 「間接的・・・です(このままだと、今すぐやられそうだもんなぁ)」

 「ちゃんと判ってるんじゃないの。それでいいのよ(何時までもウジウジウジウジと・・・はぁ・・・何で私、こいつに見切りを付けないのかしら?)」

 それは、言ってはならぬ事。
 
 
 

 「敵が分離しました!大きい方は分離後コースを変更!予測進路から、第三新東京市は外れました!この様子だと、本部接近は無い様です!同時に大きい方からは、青のパターンが減少して行きます!・・・今、反応喪失しました!」

 「って事は小さい方が本命って訳ね・・・小さい方の大きさは判る?」

 「はい、えっとエヴァンゲリオンとほぼ同じ大きさです。分離した小型の方に、パターン青及びATフィールドを確認!間違いありません、使徒です!ん?小さい方の高度がゆっくりと落ちています!この速度で行けば、五分後には落着します!」

 「パイロットが乗り込み次第、エヴァ各機を射出カタパルトに移動。久しぶりの、本当の実戦になりそうね・・・準備出来次第早めに射出して」
 
 
 

 接続が完了し、エントリープラグ内には格納庫の風景が映し出される。

 「いくわよ、アスカ!久しぶりにカッコ良い所を、世間に知らしめなくちゃ!!」

 でもシンジ君は。

 (逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ・・・)

 やっぱりこのていたらくだった。

 「やっぱりいいわね・・・実戦の空気って奴は。シンクロテストみたいなお遊びとは違って、張り詰めた感じがあって」

 戦場に懐かしさと言う感慨を覚えるアスカ様。彼女には巨凶、範○の血でも流れているのだろうか。

 「各システム異常なし・・・ん?内部電源での活動限界時間・・・五秒ぉ!?ちょっとミサト!」

 「ん、何?どうしたのアスカ」

 「何で内部電源に充電されてないの?これじゃ、ケーブル切られた途端に動かなくなっちゃうわ!」

 「経費削減の為よ。充電するだけの余剰電力が無いの。我慢して、アスカ」

 「・・・ミサト、本気で言ってるの?」

 「本気よ。非常用の生命維持システムだけで、目一杯なの」

 はぁ〜。深い溜息を付くアスカ様。折角の天才美少女パイロット再び!と言うモチベーションが、しゅうと一気に萎えていく。

 「(投げちゃ駄目よ、アスカ!)・・・ま、まぁしょうが無いわね。久しぶりなんだし。でもまさか、整備不良なんて事は無いでしょうね!」

 「それは大丈夫よ(多分・・・)」

 実は整備員も、かつての三割にまで減っている。こんな状態では、まともな整備が望める筈も無いのだが・・・。口に出来る訳も無いだろう。因みに辞めた七割の内訳としてはリストラ二割、自主退職八割と言う所だ。他の部署も、これと五十歩百歩だった。やはり戦略自衛隊に虐殺されたのが相当堪えたらしい。

 「各機発進準備が整い次第リフトに移動、移動完了後射出するわよ」

 「待ってよミサト!未だ武器を持って無いわよ!パレットガンは!?ポジトロンライフルは!?」

 「ダメ。使用不許可。経費削・・・いやいや、第三新東京市には結構な数の人が居るんだから!飛び道具なんかは使えないの、絶対禁止!」

 (ミサト・・・私が聞き逃したとでも思ってるの?・・・経費削減の為に、飛び道具が使えないですってぇ・・・はっ、冗談じゃないわ!この私の闘いに、下らない理屈を持ち出すんじゃ無いわよ!)

 アスカ様は、改めて口を開こうとした。

 「ミサトさん!?人が居るって・・・避難勧告が出ていないんですか?」

 しかし。今度はシンジが、アスカ様の発言を遮るが如く口を挟む。無論シンジに悪気はこれっぱかりも無い。

 (バカシンジが私のジャマをした・・・?良い覚悟ね。覚えてなさい・・・こないだ覚えた胴廻し回転蹴りを喰らわせてあげるわ・・・)

 にも関わらず、これがアスカ様の目から見た現実である。

 「出してはいるんだけどね、だぁれも避難してくれないのよ」

 「ちょっとぉ、それってどう言う事よ!そんなに巻き添え喰らって死にたいの!?」

 「そうじゃなくて、平和である事に慣れ過ぎたのよ、多分」

 「・・・ついこの間の事だってのに・・・過去の教訓って奴を生かせないのね」

 (・・・そんなの、シンジ君見てれば判るでしょ)
 
 
 

 「飛行タイプにナイフでどうしろって言うのよ・・・っあれは!?」

 地上に出て、頭上を見上げたアスカ様は我が目を疑った。天空を舞うのは、見まごうことなきエヴァ量産機。あの時は九機居たが、今回は一機だけ。数は問題では無い。問題は、敵が何なのかと言う事なのだから。

 「忘れもしないわ、あいつだけはぁっ!」

 どくん。

 アドレナリン異常分泌。怒りが脳を焦がし、今にも煙が吹きださんばかりだ。目には虚ろだが、一応光が宿っている。尋常な物には見えないが。

 「アスカ!?落ち着いて、敵は一機なんだから!」

 「・・・はんっ、これが落ち着いてられるかってのよ!」

 ミサトの静止など、もはやアスカ様の耳には届いていない。かつての屈辱が脳裏を渦巻き、アスカ様の全身を駆けめぐっているから。

 「二号機、シンクロ率60%を突破!どんどん上がっています!」

 「ようやく、あの時のケリがつけられそうね・・・今度こそはあいつを八つ裂きにして、内臓を引きずり出してくれるわ!

 「・・・ぅわぁ・・・」

 「うぅっ・・・(見たくない・・・)」

 流石に引く作戦部長。マヤに至っては、その光景を想像したのか。早くも吐き気を催している様だ。

 (飛んでる奴ってのは、着地の直前が一番不安定な筈だったわね・・・だったら!)

 量産機は翼を広げているが、ゆっくりと高度を落としている。それを見るが早いか、肩からプログレッシブナイフを抜き。脱兎の如く駆け出す二号機。

 「あいつだけは・・・私の手で、ぜぇったいにブチ殺す!

 景色が凄まじい勢いで、後方に流れて行く。それに呼応する様に、エヴァ量産機がゆっくりと顔を巡らす。腰の拘束具が赤く塗られているのを除けば、二号機を陵辱したあの機体と何も代わっていなかった。それが逆に、アスカ様の精神の古傷を深々と抉る。

 「身構える事すらしない?嘗めてるの、この私を!?」

 怒りでアスカ様の髪が逆立つ。その直後。

 がくん!

 「何!?」

 急制動がかかり、二号機が動作を止める。攻撃を受けた感じは全く無い。だったらどうして!?

 「ちょっとぉ!どぉ言う事なの!」

 応える者はいない。アスカ様の疑問を無視し、二号機は両膝で地面を抉り。両腕を垂らし、首を項垂れさせて地面に座り込んだ。

 「アスカ!?どうしたの、アスカ!」

 「っ・・・動かない、動かないのよ!」

 レバーをがちゃがちゃと揺さぶりながら、半狂乱になりながらアスカ様は喚く。その口調で、ミサトも尋常では無い事態が発生した事を理解した。

 「伊吹二尉!三機とも機体状況を再確認させて、急いで!」

 「・・・」

 「ダメです!零号機も動作不能!」

 「どうしたの、綾波?アスカ!」

 「ん?シンジ君、初号機は動くのね!?」

 「はい、動きますけど・・・」

 初号機の両腕を振り、自分の言葉を証明するシンジ。

 「シンジ君、アスカのカバーを!急いで!」

 「はいっ!」

 先走った為に、アスカだけ前に出過ぎている。そんな状態で動けないと言うのは、危険に過ぎた。慌ててミサトは指示を飛ばす。

 「・・・でも、S2機関を搭載している初号機だけ動くって事は・・・使徒の攻撃って訳でも無さそうね」

 「アンビリカルケーブルの異常!?」

 「推理じゃ無くて、確認して貰える?伊吹二尉」

 「はいっ!えっと・・・二号機及び零号機の機体には異常はありません・・・!?電力供給システムに、異常確認!電力供給量が、本来の10%にも届いていません!しかも、どんどん低下していきます!っ今供給量が0になりました、全く通電していません!」

 「こっちの問題なの、まさか破壊工作!?」

 葛城三佐が大声を上げた。その直後。司令部の電源が消え、数個のモニターのみが照らす薄暗い世界に変貌する。

 「ちっ・・・随分と好き勝手やられたもんね。警備部門は設備のチェックと不審者の捜索、急いで!非常用の発電システムには何秒で切り替わるの?」

 「自己診断プログラム動作完了後ですから、もう5秒と言った所です」

 「エントリープラグの生命維持システムは、自動で内蔵電池に切り替わるんだったわね?」

 「はい。それからケーブルは繋がってますから、あと16時間は通信とエヴァンゲリオン及び操縦者の状態の確認が可能です」

 発令所に再び光が戻る。だが、普段の三分の一程度しか照明が点っていない。電力の総使用量を少しでも抑制する為の処置である。無論この状態ではエヴァンゲリオンを動かせるだけの電力は供給出来ない。

 「主要部分を非常発電システムに切り替え終わりました!ん?緊急のメッセージ?・・・何、これ?」

 「こんな時に・・・犯行声明?んな訳無いか・・・まぁ、見れば判るでしょ。スクリーンに出して!」

 スクリーンの一枚に映し出された「新東京電力:送電停止のお知らせ」のメッセージ。

 「・・・貴事業所は電気料金を三ヶ月間滞納している為、電力供給を停止させて頂きますぅ?」

 「うそ・・・そこまで、いっちゃってるの?・・・」

 「・・・アスカ、レイ!そう言う訳で、零号機と二号機は動けないわ!シンジ君、あなたに全部任せるしか無いの!」

 「・・・(やっぱりSEELEの方がお金持ちなのね・・・)」

 「・・・(逃げた方が良かったかなぁ・・・)」

 「・・・そんな事を信じろって言うの!?バカな事言ってんじゃ無いわよ!幾ら貧乏組織ったって、限度が有るでしょうに!あんたが予算をビールで飲んじゃったんじゃないのぉ!?」

 「・・・そんな事、する訳無いでしょ!(そんな例え出さないでよ!未だ箱で3ダースしか買ってないのに・・・ばれちゃうじゃない)伊吹二尉!MAGIの能力の50%迄使用を許可します。NERV本部の財政状況を確認して!」

 公金使い込みを悟られぬ為に、ミサトは可能な限り真面目な声でマヤに指示する。

 「50%って・・・いいんですか?」

 「他にも未払いが有りそうだし、構わないわ。まさかエヴァを差し押さえるとは思えないけど、作戦遂行にも影響が出るかも知れないでしょ?知らなければならない事よ」

 「・・・はい!」

 しばらくマヤは、無言でキーボードを叩く。
 
 

 「大変です!」

 「どうしたの、何か判ったの(未だ指示してから二分も経ってないわよ)!?」

 「水道、電気、ガス、電話!公共料金が、過去三ヶ月に渡って支払われていません!」

 「・・・マジ?」

 「・・・それと、イヤな情報が・・・」

 「未だ有るの?はぁ・・・いいわ、教えて」

 「NERV独支部からです。前回の使徒の制作費を早く払ってくれ・・・だそうです・・・」

 脱力感に、がっくりと頭を垂れるミサトとマヤ。

 (・・・これでもう、しばらくドイツには行けないわね・・・アスカも当分向こうに帰れないかも・・・)

 ミサトは目尻に浮かんだ涙を、そっと拭った。
 
 
 

 (くっ・・・不甲斐ないわ・・・。クソ忌々しいウナゲリオンを目の前にして、何も出来ないなんて・・・動きなさい!動きなさいよぉ!今動かなくちゃ何の意味も無いのよ!今頑張らなきゃ、全部ムダになっちゃうのよ!お願い、動いてぇぇ!

 だが残念ながら、彼女の前に青白い炎が立ち上る事は無かった。

 必死になってレバーをがちゃがちゃと揺さぶるアスカ様。だが二号機は再起動せず、活動不能のアラーム音が幾度も幾度も鳴り続けるだけだった。

 「わーってるわよ、そんなの!」

 どかぁっ!

 右の拳が、手近な所に有ったモニターをうち砕く。

 「二号機エントリープラグ、内部から破損

 「アスカ・・・お願いだから冷静になって(ああ、又修理代が)・・・」

 知らずと涙が頬を伝う作戦部長。

 「何よ、あいつを黙って見てろって言うの!?相手はあのウナゲリオンなのよ!放っておける訳無いでしょ!それともミサト!あんたは前の事をもう忘れたの!?再びSEELEの理想を掲げる為に、人類補完計画成就の為に!NERVよ、私は帰って来たぁって奴に違いないのよ!」
 
 
 

 「援護は望めず、おまけに武器はナイフのみ・・・か。アスカが袋叩きに逢ったんだ、僕で勝てる訳無いじゃないか

 一応プログレッシブナイフを抜くが、へっぴり腰のままで量産機に対峙する初号機。積極的にどうにかしようと言う気は、微塵も感じられない。

 だが・・・いつまで経っても、量産機も仕掛けようとしなかった。そう言えば、武器らしきものを一切手にしていない。代わりに、棒の先に箱が縛り付けられた物を担いでいた。

 「どうしたんだろう?」

 「妙ね・・・あんたと一緒で、随分やる気のない敵ね」

 「敵・・・じゃ、無いわ・・・」

 「え?」

 「何よ、アンタ居たの?」

 レイは今まで一言も発していないし、零号機も射出口から殆ど離れていない所に居る。アスカ様の言う事は正論だ。

 「ぎゃぎゅぎょ、ぎゅぎゃぎゃぎぃ」

 「?」

 量産機が何事かを発した。無論誰にも理解出来ない。

 「何喚いてんのよ、ウナゲリオンは?」

 「そんなの僕に判る訳無いよ・・・」

 「・・・碇くん。はんこが欲しいって言っているわ・・・」

 「・・・へ?」

 「あんた・・・何で判るのよ?」

 「はんこ、持ってる?」

 「あ・・・綾波・・・そんなの、持ってる訳無いじゃないか」

 だいたいエントリープラグの中に居る、シンジが持っていたとしても何の役にも立たない。

 「無いって・・・どうしたらいいの?」

 「ぎゅ〜・・・ぎぃぎゃ、ぎゃぎぃぎょぎぇぎょ」

 「碇くん・・・サインでもいいって」

 「だから何で判るのって聞いてるでしょ!?」

 「サイン?そんな事より、一体何しに来たのさ?こいつは?」

 「ぎゃぎぃぎょぎゅぎぇ〜ぎゅ」

 「配送?・・・そうなの、あなたも大変ね」

 「・・・」
 
 
 

 そして、エヴァンゲリオンの大きさから見れば随分と小さな包みを初号機に渡し。エヴァ量産機は再び空に舞い戻った。

 「ぎゃぎぃぎょぎゃぎぃ〜」

 謎の一言を残して。

 「・・・(だから・・・何で判るんだよ、綾波・・・)」

 「何だったのよぉ、一体ぃぃ!!」

 アスカ様の絶叫を残して。
 
 
 

 「ダミープログラム「SAGAWA」・・・一応動作はしているね。でも、喋れないのは問題か・・・プログラム書き換えの必要が有りそうだね」
 
 

 

 「副司令、いや司令代理・・・お願いが有ります」

 うぃいいぃぃぃいんぃんぃんぃん・・・。

 「みなまで言わなくてもいい・・・予算の事だな?」

 ぃんぃんぃん・・・うぃぃいいぃうぃんぃんぃんぃんぃんぃん・・・。

 「・・・はい。このままではNERVは存続不能になります」

 ぃんぃん・・・ういぃんぃんぃんぃん・・・。

 「判っている。予算の追加申請はしているのだ・・・」

 ぶつん。ミサト暴走。

 「・・・司令代理!お願いですから、もう少し真面目に聞いて下さい(やる気はあんのか、このくたばりぞこないがぁっ)!」

 うぃいいぃぃぃいんぃんぃんぃん・・・。

 「いや、この所こりが酷くて・・・では無くて、予算の件だったな。それに関しては、赤木博士から提案も出ている。確かこれから実験開始の筈だ。その手で、暫くはしのいでくれ。無論予算も何とか確保する」

 「・・・判りました。くれぐれも、予算の件はお願いしますよ、司令代理!」

 語気荒く。どすどすと地面を踏みしめながら、ミサトは司令室を後にしようとする。そして、扉を開く直前に振り返り口を開いた。

 「そうだ、忘れていましたわ・・・今回の件、司令代理の給料から引きますので」

 「っ!?・・・やむを・・・得ないか・・・」

 「では、失礼します!」

 そう言い捨て、ミサトは扉を凄まじい勢いで閉める・・・自動ドアの扉を。

 (仕方が無いのだ・・・私はどうしても、これが欲しかったのだから)

 冬月司令代理の両肩には、ポータブルマッサージャー(肩もみ機)「イスラファル」が乗っていた。エヴァ量産機が配達してきた、SEELEの新製品である。

 (誰だってスペシャルサービスとか言われたら、応じてしまうだろう?なぁ、ユイ君)

 SEELEが始めた新サービス。もう、改めて言う迄も無かろう。

 使徒による、配送サービスである。
 
 

 
 

 「で、僕はどうすれば良いんですか?」

 「起動したら、そのまま待機していてくれればいいわ。今回はテストだけだから、余り時間はかからない筈よ」

 「判りました」

 ヴヴヴヴヴヴヴ・・・。

 エヴァ初号機起動。S2機関の動作が拘束用のフレームに伝わり、振動が低く篭もった音となってケージ内を満たしている。

 「ん〜ん〜んん〜〜っ!」

 猿轡を噛まされ。縛り付けられ床に転がされたピンク色の怪獣の呻き声が、モニタールームには響いている。

 「ぶざまね・・・(私に何かしようなんて、百万年は早いわよ)」

 冷ややかな目で、一瞬だけ転がっている怪獣を見下すリツコ。

 「・・・どうしたの、これ?」

 「・・・マヤが突然、同じものをリツコに着させようとしたのよ。で、リツコに反撃を喰らってこのザマ」

 アスカに言われるままに、ミサトが怪獣の口を覗き込むと。そこには、涙ぐむマヤの顔がある。

 「ん〜んむ〜っ!!」

 「(この子も・・・完っ璧に壊れたわね・・・)成る程。もうちょいで、違う意味で汚れる所だったのね」

 「心配無用よ。猫神様が私を守って下さるから

 「(・・・触れない方がいいわね)んで、これが・・・司令代理が言っていた、リツコの提案?」

 「・・・そうよ。初号機がS2機関を取り込んでから、色々有り過ぎたでしょ?だから、試すヒマが無かったのよ」

 「でもこれって、仕組みは無茶苦茶単純じゃない?」

 「ええ。難しい理屈は一つも無い、誰にでも理解出来る事よ。規模は比較にもならないけどね」

 S2機関動作中にアンビリカルケーブルを挿していたらどうなるか?可能性として、電気が発生し、アンビリカルケーブルを逆流する可能性が高い。それを確認するのが、今回の実験の趣旨だった。

 要は多くの者が小学校の理科の時間に行った実験と同じである。モーターと豆電球を繋ぎ、手でモーターを廻すと電気が発生し電球が輝くと言う、あれだ。

 「で?作った電気はどうするのよ?貯めておくったって、電池の数だって限られているし」

 「貯めないわよ。売るの」

 「売る?売るって・・・NERVを電力会社にでもする気なの?」

 「違うわ。電力会社に、よ」

 「へ?」

 「電力会社の方で、電気を買い取ってくれるの。二十世紀後半から、大規模な工場ではやっていた事よ。それにお金になれば、給料も増える・・・いや、元に戻るわ」

 「本

 アスカとミサトの声が見事に重なった。

 「発電量次第ね。S2機関のお陰で元手はタダだから、発電量が多ければ多いほど収入が増える事になるでしょ?シンクロ率と発電量に何らかの関係があれば、収入もそれで上下する事になるわね」

 もう二人の耳に、リツコの声は届いていない。マイクに向かって己の欲望を吐き出している。

 「頑張ってねシンジ君(私のエビチュの為に)!

 「シンジ!しっかり・・・じゃなくて、キリキリ働きなさいよ!ミサトの安月給を穴埋めする良い機会なんだから!」

 「・・・人前で安月給安月給って言わないでくれる?アスカ・・・」

 (・・・人の話をちゃんと聞かないあなた達には、猫神様から罰が与えられるわよ・・・覚悟してらっしゃい・・・)

 そんなモニタールームの光景をディスプレイ越しに見ながら、シンジはヒマを持て余していた。

 (頑張ってって言われても、何もやる事が無いんだよなぁ・・・S−DATを持ち込んじゃいけないのかな?あ、防水加工じゃ無いから駄目か・・・)

 リツコの指示通りに何もしないシンジ。そんなシンジの思考を、レイが遮った。

 「碇くん・・・」

 「ん?どうしたの?」

 もしかしたら、頑張ってねとか言ってくれるのかな?と期待するシンジ。
 
 

 だが、期待とは常に裏切られる為にのみ存在している。
 
 

 自家発電・・・得意なのね

 ぶちん。

 真っ赤に顔を染めたシンジと初号機とのシンクロは絶たれ、同じく熟れたトマトの様な顔色となって何かを思い出したアスカ様の絶叫が木霊する。

 「いっ・・・いやぁぁぁああぁあ!」
 
 

  おしまい  
 


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