はじめに:この文に書かれている事は、絶対にマネしないで下さい。彼女たちは、特別な訓練を受けているのです。
ミサトが、脇にぶら下げた拳銃を床に放る。
「使ってもいいのよ、ミサト・・・」
首を軽く廻し、既に臨戦態勢に有るアスカ様が嘲る様に提案した。まるで、それを使って始めてあなたは私と互角になるのよ。そう言わんばかりに。
「何か勘違いしてない、アスカ?拾いなさいよ・・・遠慮しないで。私の拳銃だから、暴発したって言えば誤魔化せるわよ」
「ミサトの拳銃じゃ、年がら年中暴発してるでしょうしね」
「・・・あんたと同じでねぇ!」
「おおおおお!」
がしいっ!
リビングのほぼ中央で、アスカ様とミサトは手を組み合わせていた。
「ぬうっ!」
「くぅうっ!」
腕に、いや体中に籠もった力が、二人の両足から逃れようとした。その為に、二人の両足には必要以上の力が籠められている。
めきっ・・・べきべきべきっ!
二人の圧倒的な力と言う負荷に耐えかねて、床板が割れて行く。厚めのワックスでコーティングされた床板がそこかしこでまくれ上がり、防音材やコンクリートがむき出しとなった。そのコンクリートすらも、みしみしと悲鳴を上げている。
『この小娘・・・!?』
不本意にも力比べを行う羽目となったミサトは、驚きに舌を巻いていた。ミサトは自らの立場上、アスカ様の経歴にも目を通している。
一応、表面をなぞる程度に軍事教練を受けてはいるが、それだけだ。ミサトの様に、専門の訓練を受けた訳では無い。かと言って、トレーニングらしいトレーニングを続けている訳でも無い。
『やっぱ外国馬・・・じゃなくて、外国猿は違うわねぇっ!馬力だけは半端じゃ無いわ!!』
力比べにミサトは焦れた。こんなまだるっこしい事はやってられないのよ!
「ひゅっ!」
どかかかかっ!
牽制の為の蹴りを放ち、間合いを取ってから。ミサトはアスカ様の顔面を中心に、左右のジャブを繰り出した。時折目先を変える為に、腹部や喉や肝臓を打つ。ダメージを与える事が目的では無い。アスカ様の体勢を乱す為だけの攻撃だった。
その攻撃を、アスカ様は綺麗にガードしていた。まるで全ての攻撃が予想出来ているかの様に、掌で払い、肘で受け、上腕ではじく。
「だぁああああっ!」
余りにも余裕で攻撃を捌くアスカ様に、ミサトは僅かばかりの焦りを覚えていた。そしてそれは、ミサトにあからさまな隙を作らせる事となる。
『・・・くすっ』
どがぁっ!
攻撃をガードしていた腕から、アスカ様の笑みが垣間見えた。そして、笑うと同時にヤクザキック一閃。弧を描くような蹴りでは無く、真っ直ぐ正面に突き出す様な蹴りが、ミサトの腹部を捉えた。
「っ!」
息が詰まる。ミサトの身体が吹き飛び、玄関に叩き付けられた。
ざっ!
「ぅおりゃあっ!」
アスカ様の身体が宙を舞う。
『っ!やばぃっ!!』
紙一重の所でミサトは、アスカ様の跳び蹴りをどうにか避けた。だが。
きゅどっ!
扉が吹き飛び、ミサトは通路に転がりながら追いやられた。手すり代わりの壁に、ミサトは思い切り頭を打ち据えている。首を鍛えていなければ、気絶していてもおかしくないだろう。
「くぅっ!」
歯を食いしばり。頭の中にふらふらと飛び交う星々をねじ伏せながら、ミサトは苦悶の吐息を漏らす。気絶する訳にはいかないわ、未だこんなもんで終われる訳無いでしょ!?そんな意地だけで、ミサトは己の意識を保っている。
「・・・こんなもんなの・・・ミサト?」
玄関を埋める様に転がっている瓦礫を足で避けながら、アスカ様は仁王立ちとなってミサトを見下していた。扉を吹き飛ばした衝撃で、周囲の壁は相当に脆くなっている様だ。未だがらがらと、埃と煙を伴ってかなりの大きさのコンクリート塊が落ちてくる。
「こんなもんじゃ無いんでしょ?仮にも、NERVの作戦部長なんだし」
そんな破片の一つすら、惣流・アスカ・ラングレーと言う名の闘気に怯え。まるでアスカ様を避ける様に、床に降り注いでいた。
「・・・当ったり前よ(信じられない馬鹿力ね・・・)」
口元を拭い、ゆっくりと身を起こしながらミサトも笑みを返す。
「やぁっと身体が暖まって来た所だからね・・・」
決戦!第三新東京市・・・再び 〜後編〜
「どうも第三新東京市って、これってお店が無いのよねぇ・・・」
霧島マナはこの日。シンジとのデートの時に着る為の、新しい服を選ぶべくウィンドウショッピングを楽しんでいた。
「服のセンスだけなら、やっぱり第二新東京市の方がイケてるわ・・・NERVなんて言ううざったい物があるから、こうなっちゃうのよね」
(でも・・・やっぱりシンジには、バスタオル一枚だけってのが一番だろうけど(はぁと))
「嫌あああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
マナの妄想を遮る様な絶叫が響き、前方の群集が割れた。まるで、ユダヤの民を救う為に神が海を割った様に。
「何なのよぉ・・・これぇ・・・何事なの?」
人波に流されながら、マナは誰にとは無く毒づく。
「嫌あああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
声が段々大きくなってくる。耳障りな、と言うか単なる子供が駄々をこねる様な鳴き声に、マナの表情がゆっくりと険しくなっていった。
(・・・鬱陶しいわねぇ・・・でも、この声って・・・まさか!)
「え?・・・綾・・・波さん!?」
マナの見た者は、確かに綾波レイだった。だが、いつもと随分違う。涙をまき散らし大声で喚き全力疾走しているレイを、マナは今までに一度も見た事が無かった。
「・・・本物なの?」
にわかには信じ難い。かと言って、青い髪に白い肌に赤い目の少女など、二人も三人も居る訳がなかった。である以上、あれは本物だと言う事になる・・・わよねぇ・・・。
「嫌ああぁぁぁぁぁ!」
「ちょっと!どうしたの、綾波さん!」
びたん!
目の前を泣きながら走り去ろうとするレイを、足を引っかけて倒し。
「びえええん!」
泣き喚くレイを揺さぶりながらマナは問う。
「綾波さん!どうしたの、何があったの!?」
「嫌ああぁぁ!ズーレは嫌あああ!!」
涙をまき散らしながらレイが絶叫を振りまく。途端に周囲の目線がマナとレイの二人に集中した。
『あの二人ってまさか・・・勿体ねぇなぁ・・・』
『まぁ・・・近頃の若い人達って・・・』
『ビデオに撮れれば、一儲け出来るかも・・・』
そんな、興味本位の声がマナに聞こえてくる。その声に、流石にマナも焦りを覚えた。
(ちょっと待ってよぉ!これじゃ私が誘ってるみたいじゃない!)
動きを押し留めようとするマナと、それを振り解こうとするレイ。これでは、マナがレイをズーレの道に引きずり込もうとしている様にしか見えない。
「っちょっと来なさい!!」
「嫌ああぁぁぁ!」
ジタバタと暴れるレイ。相手が誰だか判っていない・・・のでは無く、全ての人々が赤木リツコに見えているのだろう。
「ちょっと!綾波さん!!」
「嫌あああぁぁぁ、ズーレは嫌なのぉ!」
かちん
マナは、まともな手段で事態の解決を図るのを止めた。取り敢えず、レイを黙らせるしかない。その為に、手段を選ぶ気は失せた。多少野蛮でも、最もてっとり早い手段を選択する。
きゅっ
「ごめんね・・・綾波さん。でも、あんな事を喚かれちゃね・・・せめて傷一つ付けずに堕としてあげるから・・・」
マナの親指と人差し指が、レイの頸動脈を押さえる。それなりの手の大きさは必要なのだが、片手だけで行える超簡易版のスリーパーホールドである。頸動脈を押さえ、脳への酸素供給を一時的に絶つ技だ。
ちなみにシンジの得意技であるチョークスリーパーは、喉仏を押さえて呼吸そのものを絶つ技である。似てはいるが、スリーパーホールドとは全く異なる技だ。
「嫌ああぁ!い・・・あぁ・・・ぁ・・・(かくっ)」
脳への酸素供給が絶たれ、意識を失うレイ。
「さて・・・と。何が有ったのか、聞かせて貰わないとね・・・」
レイの身体を担ぐ様に起こし、ふとマナが周囲を見ると。
周りの人々は、見事に目を逸らしていた。ゆっくりと、しかし不自然な歩幅で囲んでいた輪を広げ、少しでも早く関わり合わずに済む距離へと離れて行く。
『おい見たか・・・』
『ああ・・・都合の悪い事を喚かれたからって・・・何も殺す事は・・・』
『・・・もしかしてあれなのぉ?そこそこ可愛い顔してるのに・・・ねぇ?』
「・・・あぅ」
(わ・・・私のイメージが(しくしくしく)・・・泣きたいのは私の方よぉ!)
「ねぇママぁ、今晩のおかずなぁに?」
「今晩はねぇ、弥生ちゃんの好きなハンバーグよ」
「わぁい、ハンバーグ、ハンバーグ」
手を引きながら、無邪気に喜ぶ娘を見つめて和恵は笑みを浮かべていた。報道管制が多過ぎて訳の判らない事が多かったけれど、ようやく手に入れる事が出来たささやかな幸福に。
「あれ?・・・ママぁ、あれなぁに?」
弥生が指さす先を見ると、なにやら空気が濁っている様に見えた。薄く煙っていると言えば良いのだろうか?空気が煙ってる・・・?どうして?
「え?・・・何かしら・・・」
どこかのお家で、サンマでも焼いてるのかしら?でも、こんな風になっていた事ってないわよねぇ・・・。
どどどどどん!
凄まじい音を伴って。コンクリートが砕け、土煙となって二人の間を遮る。
「ママぁ!!」
「・・・弥生!?弥生ぃいい!!」
爆煙の様なコンクリートの粉塵に飲み込まれ、二人の姿はかき消された。
ごきゃっぱぱぱぁあんっどかどかどかっ!
それは触れた物全てを破壊しながら、竜巻の様に渦を巻きながら通路を移動していた。普通の人が移動するよりも、速度は数段早い。気が付くのに遅れた人、玄関の前に置かれた物・・・いや、壁や床や天井すらをも無差別に、抉る様に飲み込み全てを灰燼に帰せしめた。
どががががっ!
コンクリートの砕片が散弾の様に飛び散り、更に破壊の範囲を広げて行く。
幾つかの破片はエレベーターの扉を打ち抜き、中を幾度も跳ね回った。幾つかの塊は空を舞い、隣のマンションのガラスを次々と砕いている。多くのコンクリート片は壁や扉を貫通して、マンションの住人にもれなく死の恐怖を与えた。
「っどぉりゃあぁ!」
ひゅっ・・・どかぁ!
破壊をもたらす暴風から緑色っぽい塊が飛び出し、通路の壁に轟音を伴い激突した。コンフォート17が揺らぎ、そこかしこでガラスの砕ける音が鳴り響く。
「っ・・・ミサトぉおおお!」
ぶわぁっ!
コンクリートの巻き上げる煙を払いのけながら、アスカ様は再び地面を蹴る。
(この私が、たかだか年増に苦戦している!?)
アスカ様の中で、腸が煮えくり返る。認められない、認められる訳が無い!どぉして、この私が!あんたの血肉と引き替えに、世界を手に入れる運命にあるこの私が!!←そんな運命にはありません。
何であんたみたいなおばさん相手に手こずらなきゃならないのよぉ!!
「あぁすぅかぁあああ!」
はっ、読み通りね!ミサトは叫びながら、笑みを漏らしていた。
所詮カンだけで闘ってるんだから、テクニックメインで闘えばざっとこんなもんよ!
アスカ様の攻撃を受け流し、勢いを殺さずに投げ飛ばす。上手くいけば、アスカ様の力にミサトの力を加えた攻撃を返す事が出来る。理屈としては合気道のそれと同じだ。敵に敵の有する以上の力を返し続けられるなら、誰も勝つことなど出来ない。勝てる道理が無い。
ほら、アスカ!お姉さんの手練手管にかかって、さっさといっちゃいなさい!何処へ?地獄へ!!
元々アスカ様の攻撃は、直線的な打撃技が多い。だから、アスカ様の技のおこりを見逃さなければ攻撃を喰らう可能性は低かった。ミサトは面白い様に、アスカ様を床に壁に天井に叩き付けている。
「っ・・・このぉ!」
理屈も判らずに投げ飛ばされ続ける事に焦れたアスカ様が、余りにも判り易い攻撃を放った。右のフックと言う、モーションの大きい攻撃を。
それこそをミサトは待っていた。身体をアスカ様とミサトの間に割り入れ、アスカ様の身体を腰で跳ね上げる。アスカ様の身体が浮き、ミサトに背負われた。
「さよなら・・・アスカ」
どごんっ!
躊躇いも無くミサトはアスカ様をテラスに叩き付ける。脆くなっていた壁が崩れ、テラスはアスカ様共々落下した。
「で、綾波さん?どうしたの?シンジと一緒じゃないの?」
「・・・」
「じゃあ、どうしてあんなに泣き喚いていたの?」
「・・・悪魔が私を魔道に引きずり込もうとしたから」
「???訳が判らないわよ。もう少し判る様に説明してくれない?それとも・・・もういっぺん堕とされたい?」
ぶんぶん、とレイは首を横に振る。
「じゃ、ちゃんと説明しなさい」
「・・・実は・・・」
「ぅわあああっ!?」
いきなり空中に放り出されたアスカ様は、流石に狼狽えていた。
(高度約20メートル・・・受け身じゃもたない!?)
反射的にアスカ様は、地面に向かって両腕を差し出した。
地面に両腕を付く。それと同時に腕を曲げ身体を捻り、地面を舐める様に全身で転がる。そして、アスカ様は再び両足で大地を踏みしめていた。
(・・・一応生きてるみたいね・・・)
どうだと言わんばかりの表情で、ミサトが居る筈の、自らが落下してきたテラスを見上る。
がしゃあああん!
止まっていた車の天井が派手な音を伴いひしゃげた。ミサトが飛び降りたのだ。両膝をクッションにしたが、それだけでは足りなかったらしく尻餅を付いている。
「逆立ちからの五点着地法・・・やるわね、アスカ」
かつて乗用車だった残骸から飛び降り、ミサトはアスカの体術を若干嫌味を込めて誉めた。
右掌・左掌・両肘・首・背中・腰・両膝・右足・左足。身体を捻りながら重心を移動させて、衝撃を各部に分散させる着地法である。普通はこの逆の順で行う、パラシュートでの降下方だ。改めて言うのも何だが、アスカ様がパラシュートの訓練を受けた事は無い。つまり、全くの才能・・・と言うかカンで行ったと言う事になる。
「私の辞書に、不可能の文字なんてありゃしないのよ!つくづく私を嘗めてるわね、ミサトぉ!」
「嘗めちゃいないわよ・・・こうやって確認に来てるんだから」
「だったらさっさとかかって来なさいよ・・・習わなかった!?獲物を前にしての妙な舌舐めずりは、後悔する事になるってねぇ!」
どりゅっ、がきいっ!
左膝と左肘で挟む様に、言わゆる蹴り足ハサミ殺しと言う高等技術でアスカ様の正拳突きを受け止めるミサト。
「今更、アスカ如きに教わる事じゃ無いわ・・・」
「そうよね・・・私の倍は、無駄に生きてるもんねぇ」
(・・・このガキ・・・!!)
余裕を見せつける為だけに拳銃を手放してしまった事を、ミサトは真剣に後悔し始めていた。
「・・・それであなたは、泣き喚いて走っていた・・・と。はぁ・・・言いたくは無いけど、綾波さんって常識無いわね」
「え?」
「取り敢えずシンジに謝りなさい」
「・・・どうして?」
「・・・本気で言ってるの?・・・本気みたいね・・・。先ず、綾波さんはシンジのお弁当を食べて倒れた。これはいいわね?」
こくり、と首をレイは縦に振る。
「って事は・・・あなたが倒れたのは、シンジのお弁当のせいになるでしょ?これもいい?」
再びレイは頷いた。
「つまり、今現在シンジの心象風景はどの様になっているか?想像出来ない?」
「・・・精神汚染中?」
「落ち込んでるの!そりゃまぁ、似た様なもんだけど。この現状を打破するには、あなたがごめんなさいするしかないの!」
ぴきーん
マナの脳裏にあるアイディアが閃く。
「まぁ細かい事は任せて。私が説明してあげるから。あなたはその後で、ごめんなさい、碇くんとでも言えばいい様にしてあげるわ。それでいい?」
「ええ・・・それが任務なら」
(任務ぅ?この子だけは何考えてるか判らないわね・・・ま、いいか。任務って事になれば、実行するでしょ)
「そうよ。これは任務よ。と言う訳で・・・シンジの居所を探らないとね・・・」
お馴染みマナアンテナがシンジの居所を探り出す。
(精神電波を受信しているのね・・・誰から?宇宙人から・・・?)
ピクピクと動くマナの髪を見つめながら、根本的な所で誤解をしているレイ。
二秒後。
「コンフォート17?なぁんだ、シンジのマンションじゃない。行くわよ、綾波さん」
「・・・火星人に聞いたの?」
「はぁ?何よ・・・それ」
「くっ・・・流石にやるわね!」
「そりゃあ・・・伊達や酔狂で作戦部長になった訳じゃ無いからねぇ・・・それよりもアスカ?あんたもう息が上がってるみたいだけど?」
「はんっ!私に流れるジャーマンの血を、甘く見ない事ね!」
そうなるとドイツ人は全員乱暴者と言う事になる・・・そんな事は無いだろう。
「そろっそろ、全開で行くわよぉ!」
「・・・何・・・これ?」
「判らないわ・・・」
エレベーターホールの前で、マナは我が目を疑っていた。
無数の罅が走った壁。崩れかけの天井。ケーブルが伸びて、くるくると廻っている蛍光灯。床に積もった埃。敷かれたタイルを砕き転がるコンクリートの塊。
「綾波さんの所だって・・・ここよりはマシよね?」
「・・・比べる事が失礼よ・・・未だ、壊れて無いもの」
「それにしても・・・エレベータが動かないじゃない。電気が落ちてるのかしら?仕方無いわ。階段で登りましょう、疲れるけど」
「・・・そうね」
「でも・・・一体何があったの?戦略自衛隊でも攻めて来たのかしら?」
「簡単な事・・・」
「?判るの?」
「予測の範囲内よ。二大怪獣決戦・・・」
「怪獣?・・・アスカさんと・・・あの行き遅れ?」
こくん、とレイは首を縦に振る。それにしても・・・二大怪獣で何故その二人の名がさらっと出てくるのだろうか?
「やれやれ・・・葛城さんもさっさと結婚すればいいのに。そうすれば、もめ事の三割は解決するわよ」
「そうね・・・でも、残りは?」
「アスカさんとあなたよ」
(赤毛猿とあなたでしょ・・・)
「・・・何考えてるか、顔に出てるわよ。そんなに堕とされたいの?何なら、堕とした後で赤木博士に渡してもいいのよ?」
赤木博士に渡す。その言葉で、レイの顔色が見事に変わった。元々赤みの薄い肌が、色素の殆どが失せたかの様に蒼白となる。
「はうぅ!あうあう、ごめんなさいです、もう言わないですぅ!!」
滝の様な涙を流しながら。まるで母親に叱られた子供の様に、レイは必死で謝った。どうしても、それだけは勘弁してと言いたいらしい。
「・・・冗談よ・・・ほら、さっさと泣き止みなさいよ・・・」
「ひっく・・・ぐしぐし・・・うぅっ」
(・・・こんな人だったかしら、綾波さんって・・・)
手の甲で涙を拭うレイを見ながら、マナはそんな疑問に取り付かれていた。
どがぁ!
「ミサトぉおおっ!」
アスカ様の攻撃を、コンフォート17を背にミサトは避け続ける。受ける事は全く考えていない。とにかく必死になって、ただ逃げるだけだ。
(これが全開?・・・シャレにならないわね)
ごしゃあっ!
ミサトの残像を打ち抜く様に、アスカ様の拳が壁を殴りつける。その度に巨大な穴が穿たれ、マンションがぐらぐらと揺れた。
(こんなの一発だって貰えないわ・・・)
「ちぃっ、ちょこまかと!」
どどどどどん!がらがらがら・・・
「うっわぁっ!?」
アスカ様を、崩れたコンクリート壁が襲う。そのきっかけを産み出した者に対するささやかな反撃だったのかも知れない。
反射的にアスカ様は腕で頭を庇った。もうもうたる煙がアスカ様を集中的に包み、視覚と聴覚を完全に奪う。
だが、ミサトにはそれで十分だった。ほんの一瞬でもアスカ様の動きが止まり、しかも視野すらが遮られている。我慢した甲斐が有ったわ、私はこれを待っていたのよ!
(ちゃぁあああんす!)
浮かび上がる笑みを隠そうともせず、ミサトは沸き上がる歓喜を己の拳に込めていた。
敵に叩き込む為に。
「・・・これじゃ玄関からは入れないわね・・・」
瓦礫に埋まったミサト・・・いや、シンジの家の玄関の前で、マナは呆然と立ち尽くしていた。ここで具体的に何が有ったのかは判らないが、崩れたコンクリートや鉄筋やらが立ちはだかっている。人一人どころか、ペンギン一匹すら入り込む余地が無い。
「ああっ、もぉ!この向こうにはシンジが居るって言うのに!」
「霧島さん・・・吹き飛ばす?それなら、手間も時間もかからないから・・・」
「吹き飛ばすって・・・どうやって?」
「ATフィールドを展開すれば・・・多分、三秒も必要としないわ」
「・・・一つ上の階から、ベランダ経由で入りましょ。私達まで、二大怪獣の同類と思われるのは御免よ。せめて、人間らしい行動を取った方がいいんじゃない?」
(・・・ベランダから人の家に入るのは、人間らしい行動なの?霧島さんがそう言うんだから、多分そうなのね・・・。今度、やってみるわ・・・)←犯罪です。
(っこれで、遊びは終わりよ!)
アスカ様が見せたあからさまな隙。ミサトはそれを見逃す気は無かった。
この渾身の一撃で!全体重を乗せた、加持すらも一撃で沈めたこの右ストレートで!!アスカ、あんたの鼻っ柱をへし折ってくれるわ!!
どきゃあっ!
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
みしっ
骨のきしむ音に、ミサトの動きが止まる。
「・・・随分と・・・調子に乗ってくれたわね・・・ミサト・・・」
ミサトの拳は、アスカ様の右手に握りしめられていた。そして踏み出した右膝に、アスカ様の左足が無造作に突き出されている。どうにか膝は砕かれずに済んでいる様だが、負荷にいつまで耐えられるか。ミサトにも見当が付かなかった。
「・・・そろそろ決着を付けるわ・・・」
両腕をアスカ様が上げた。かなり広めに両足を広げ、腰を落とし身体を捻る。
「・・・今宵、よもやこれを使う事になるとは思わなかったわよ・・・」
ぎしぎしと、握った右拳が音を立てている。
(何よ・・・これは・・・一体・・・何をしようって言うの?)
ミサトにも、アスカ様の姿勢から繰り出される攻撃がまるで読めない。
右の拳を握っている。だから、多分攻撃は正拳突きだろう。だけど、この体勢は何?捻った身体・・・その大半は、ミサトに背を向けている。右の肩越しにアスカ様の顔が見える程に捻られているのだ。
(・・・まさか、馬鹿素直に正拳突きって訳じゃ無いわよねぇ・・・)
余りにも極端な攻撃姿勢が、逆に攻撃を読めなくさせていた。それでも、危険の度合いの見当は付いている。
咄嗟にミサトは両腕でガードをした。反射的な行動である。特に深い考えがあっての事では無い。
「防御なんて、何の役にも立たないわ・・・」
目元には嘲りを、口元に笑みを浮かべてアスカ様が囁く。
「ちぇええりゃああああ!!」
ぶぅん!
(っ・・・消え・・・!)
ミサトは見た。アスカ様の上半身の捻りが解放された瞬間を。腕はおろか上半身の殆どが、まるで消えた様になっていた事を。本来、胴体があるべき部分から、背にしたコンフォート17が見えていた。
ずどん!
ミサトの胸の中央、ほぼ心臓の真上に。アスカ様の拳がめり込んだ。カバーしていた両腕を払いのけ、拳の半分ほどがミサトの身体に食い込んでいる。
「!!?」
ミサトの顔が、想像を絶する衝撃に歪む。顔色は一瞬で青白く歪み、目は零れ落ちんばかりに見開かれ。開いた口からは舌が、まるで別の生き物の様に蠢いている。
神に授かった筋肉でただ殴るだけと言う、余りにもシンプルな攻撃。だがスピードもタイミングも破壊力も、全てが人智を越えている。
つまり、防ぎようが無い。
塊となった血を吐き出しながら、ミサトはついに突っ伏した。地面が、ミサトの吐き出した血液で赤黒く汚れていく。
「ッ・・・くっそぉ・・・!」
「・・・闘いは常に、怨恨が根ざしているもの・・・私の事が憎いのは当然よね」
地面に蹲り悔恨の呻き声を上げるミサトを見下しながら、アスカ様がミサトに呟く。冷え切った・・・幽境からの使徒とでも言えばいいのだろうか?感情を一切感じさせない目で、ミサトを見続けている。少なくともアスカ様の目から、同情や悲哀を感じる事は出来ない。
「けれど。怨恨に依って闘うあんたに、私は倒せないわよ・・・私は義に依って立っているから」
確か・・・シンジに食事を作らせると言う打算だった筈なのだが。ミサトに罪の全てを負い被せると言う計画の為だった筈なのだが・・・その事を口に出来る者は、この地球上にはいない。
「ゴメンね・・・ミサト」
きゅどん!
鈍い音を残し、アスカ様の足が何かを踏みにじる。あえて見ない・・・いや、誰にも見る勇気は無かった。ただはっきりしている事が一つだけある。
このアスカ様の一撃で、葛城ミサトと呼ばれていた女性は完壁に沈黙した。彼女が再び立ち上がる日が来るのか・・・それは誰にも判らない。
「・・・あんたも、NERVなんて言う腐った組織に居なけりゃ・・・苦しむ事も無かったのにね」←あなたも所属はNERVです。
「ATフィールド?ここまで傷ついていたのね・・・綾波さん。アンチATフィールド展開。出来るんでしょ?」
「・・・いいの?」
「力技で引き裂くよりはマシよ。命令するわ、やりなさい(・・・まだるっこしいわねぇ)」
「・・・了解」
目を閉じて、レイが意識を集中する。それと呼応する様に、ATフィールドは空気に溶け込む様に消え失せた。
(へぇ・・・便利ねぇ。まぁ、綾波さんもたまには役に立つって事か)
「碇くん・・・」
「シンジ!」
窓を開け、二人はシンジの部屋に侵入する。そして、彼女たちは見た。部屋の隅に、蹲る様に座り込み。この世の不幸を一身に背負うが如き少年の姿を。
「・・・綾波・・・?そうか・・・僕も死んだんだ・・・」
「・・・勝手に私まで殺さないでよ・・・」
「え?・・・マナ?どうしたの、一体?」
「うん。ちょっとね」
「ちょっと・・・やり過ぎたかしら?」
コンフォート17を見上げながら、アスカ様は独白する。
閑静な高級マンションだった建物は、通路の半分近くが崩れ。壁には無数のひびが走り、填め込まれた照明施設の殆どが砕かれていた。心なしかコンフォート17自体も、西の方に傾げている様にも見える。
そこかしこに降り注いだ瓦礫が、地面や駐車中の車を押し潰していた。電気自動車であるため爆発炎上と言う事は無いのだが、惨状に大して変わりが有る訳でも無い。
「ま・・・ミサトが酔って暴れた事にしとけば問題無いでしょ。どうせいつもの事よ」
問題は有るだろうが、いざとなればミサトにNERVの権力を行使させればいいだけの事だ。権力に物を言わせて、全てもみ消せばいい。
(つつ・・・ちょっと貰い過ぎね、頭がくらくらするわ。このバカも素直に私の言う事を聞いておけば、少なくとも五体満足でいられたのに。ほんっとに世話が焼けるわねぇ、ミサトも・・・バカシンジも。でも、これで作戦は第二段階に移れるわ。待っててね、シぃンジ!)
血と埃に全身を汚し、かつて葛城ミサトと呼ばれていた肉塊を引きずりながら。アスカ様は、LAS空間に心を躍らせていた。頭を打ち過ぎて、何処か壊れたのだろうか?
(別にLASとやらに憧れてるんじゃ無いわよ!仕方が無いから、この際バカシンジで妥協するだけよ!ん?妥協って・・・何考えてんのよ、私は!でも・・・ご飯を食べさせて貰うってのも・・・!まさか、口移しで・・・とか?)
妄想が止まらないアスカ様。格好と思考のギャップが凄まじい。
(この人類史始まって以来の超絶天才美少女、惣流・アスカ・ラングレー様が、あんなダメ人間となんて・・・はんっ、堕ちたもんよね・・・でもでもぉ、茨の道を歩む人生よりも激甘でラブラブな人生の方が・・・)
そんな事を考える前に、あなたは鏡を見なさい。
(まぁ確かに頭悪いし虚弱体質だし・・・いい所無いわね・・・だめよ、もっとポジティブに考えなきゃ!未だ何にも染まって無い、言うなれば碇シンジは素体なのよ!そうよ!私がシンジを、私好みの男に調教すればいいんじゃない!ここは私がシンジを導いてあげようじゃないの。シンジに幼年期の終わりを経験させてあげるわよ!碇シンジを私色に染めてあげるわ!って・・・うわぁ、えっちっぽい・・・でも、結構楽しそうね)
瓦礫をかき分け、葛城ミサトだった物体を引きずりながら。アスカ様はシンジの元へつき進む。
己の欲望を満たす、ただそれだけの為に。
「レイってほら・・・でしょ?」
別に放送禁止用語を口にした訳では無い。あえて言葉を濁し、何を言っているか判らない様にしただけだ。勝手にシンジが想像してくれれば、それでいい。
「レイにはね、食べ合わせが悪かったのよ」
「・・・食べ合わせ?」
「ほら、昔から言うじゃない。天ぷらと西瓜とか、鰻と梅干しとか。レイの場合は漬け物ときんぴらなのよ」
あまりの間抜けさに、シンジは咄嗟に二の句が継げなかった。
「・・・そうなの?綾波?」
(ほら、言いなさい!)
目で例のサインを送るマナ。
「(コード確認。作戦実行)そうなの・・・ごめんなさい・・・」
にやり。顔には出さずにほくそえむマナ。これで、食べ合わせが悪かったからレイが倒れたと言う事が事実になった。つまり、いつか必ずこのネタが使えると言う事である。どうせレイは、自分が倒れた理由を。シンジがどう把握したのか、正確には理解していないのだ。必ずレイは又同じ物を口にする。そうなったら・・・又倒れて貰えるって事でしょ?(にやり)。
しかもシンジを助ける為の手助けをしたと言う事で、レイにも一つ貸しが作れた事になる。負い目に感じればそれで良し。感じない様であれば、一服盛って赤木博士に引き渡せばいい。
そして、私とシンジのLMSな世界が繰り広げられるのよ!めくるめく愛と感動と官能の世界が!!←最後のはやれません。
「いや、その・・・そんな事だったら・・・言ってくれれば良かったのに・・・」
作戦に例外の事象発生。レイ、混乱中。
(こんな時・・・何を言えばいいの?私・・・判らないわ・・・碇くんを襲えばいいの?そう・・・有無を言わせなければいいのね)
その、シンジの危機を救ったのはマナだった。
「(ちっ・・・アドリブが効かないわねぇ)碇くんに・・・お弁当を作って貰えるのが嬉しくて・・・言えなかったの」
咄嗟にレイの口調はおろか声まで真似をして、シンジの耳に囁く。それが余りに似ている為、レイは目を丸くしていた。
「そうだったんだ・・・良かった・・・」
どうしてこんな理屈を信じられるのかが判らないが、シンジは納得した。多分僕のせいじゃないんだ、と言う開放感が得られればそれで良かったのだろう。
シンジの身体が揺れて、マナにもたれかかる。
「やぁん、シンジぃ・・・あれ?寝ちゃった・・・」
マナに抱かれながら、シンジは眠りに堕ちている。
「ま、いいか(役得役得ぅ)」
シンジの顔を自分の胸の辺りに動かして、一人悦に浸るマナ。そのマナをつつく者が居た。
「ん?何、綾波さん?」
「霧島さん・・・代わって」
「ダメ。さっきの貸しがあるでしょ?」
「・・・碇くんは、私と一つになりたがってるの・・・」
「それ、名詞が逆よ。あなたが一方的に、碇くんと一つになる事を望んでるんでしょ?」
「・・・(ぎくっ)」
事実を突きつけられて反論出来ないレイに、マナは更に畳みかける。
「仕方無いじゃない。私は月に一度しか逢えないから、どうしても愛情表現が濃縮されちゃうのよ」
「・・・伊達に露出狂じゃ無いのね・・・」
「・・・あなたには、人の事は言えないと思うわ・・・」
「あら?ATフィールドが無いじゃない?もう、立ち直ったのかしら?まぁ、楽でいいわ」
扉を勢い良く開き、これ以上は無いと言う程の明るい声でアスカ様はシンジに話しかける。
「シーンジ!あのねぇ、ファーストが倒れた事なんだけどぉ・・・って、ファースト!?」
指をくわえ羨ましそうに何かを見つめるレイの姿を見つけて、アスカ様は驚きを隠せなかった。何であんたがここに居るのよ!?どうやって入って来たのよ!?そう喚いたつもりなのだが、驚きの余り声が出ていない。ただレイを指さし、口をぱくぱくと動かしているだけだった。
「・・・やっと終わったの?」
(この声・・・聞き覚えが・・・誰?)
「シンジを放って於いて・・・何バカな事やってるのよ、アスカさん」
こいつ・・・霧島!
「マナぁ!?」
くらっ
予想の範囲を遙かに超えた光景に、アスカ様は立ち眩みを起こしていた。
何であんたが此処に居るのよ?いいえ、この際それは大した問題じゃあ無いわ!そんな事よりも、それ以前に!
何でシンジがマナに抱かれてんのよ!何でシンジがマナに抱かれてんのよ!何でシンジがマナに抱かれてんのよ!何でシンジがマナに抱かれてんのよ!何でシンジがマナに抱かれてんのよ!何でシンジがマナに抱かれてんのよ!何でシンジがマナに抱かれてんのよ!何でシンジがマナに抱かれてんのよ!何でシンジがマナに抱かれてんのよ!何でシンジがマナに抱かれてんのよ!何でシンジがマナに抱かれてんのよ!何でシンジがマナに抱かれてんのよ!何でシンジがマナに抱かれてんのよ!何でシンジがマナに抱かれてんのよ!何でシンジがマナに抱かれてんのよ!何でシンジがマナに抱かれてんのよ!何でシンジがマナに抱かれてんのよ!何でシンジがマナに抱かれてんのよ!何でシンジがマナに抱かれてんのよ!何でシンジがマナに抱かれてんのよ!何でシンジがマナに抱かれてんのよ!
しつこい迄にそんな台詞がアスカ様の脳に渦巻く。
バカシンジの顔が・・・正座してるマナの、へこんでる胸に押しつけられる様に抱き留められている・・・?
普通の十四歳の少女であれば、涙の一つもこぼしたかも知れない。だが、生憎とアスカ様はそれほどやわな神経をお持ちでは無かった。
・・・私が、何の為に命を張ったと思ってるの!?それは私のやる事なのよ!
どす黒い感情が、アスカ様の胸中をゆっくりと覆い隠して行く。
「あんた・・・何やってるのよ!?」
「見て判らない?」
余裕すら感じさせるマナの表情に、アスカ様の中で何かが教えた。
(っ!!まさかこの女どもが結託して・・・クソ忌々しいATフィールドを張っていたって事なの?)
つまりシンジはマナと・・・ひょっとしたらファーストも伴い、私が帰ってくるよりも早く部屋に籠もった。そして私の説得を無視する為に、ファーストにATフィールドを展開させる。
問題はこやつらが何をやっていたか、よね・・・私ですら破れないんだから、誰も・・・!誰にも邪魔させない為に!?って事は・・・まさか!
かぁあああっ
・・・不潔よぉぉぉっ!!
想像。と言うか妄想に、アスカ様の顔が真っ赤に染まる・・・いや、染まっていたのだが。生憎と今のアスカ様の顔からは、それを伺う事は出来ない。
「そこをどきなさい!」
「?どうして?」
「諸悪の根元は、この女だったからよ!その事を、私はシンジに説明しなくちゃならないの!」
ボロ雑巾の様になった、赤いジャケットを身に付けた葛城ミサトと呼ばれていた肉体を放り投げながら。アスカ様はマナに喚き散らす。
「それはいいけど・・・アスカさん、シャワーを浴びてきた方がいいわよ。そのこびり付いた血を洗い流した方がいいんじゃない?ほら、シンジも怯えてるし」
表情一つ変えずにミサトを一瞥してから、再びシンジを見つめたままでマナがアスカ様に提案する。
「シンジ!なぁにベタベタしてんのよぉ!ほら、さっさと離れなさい!」
マナの理屈に、逆に煽られて。アスカ様は、マナからシンジを引き剥がそうとする。
気持ちは判らないでも無い。だが・・・今のアスカ様の形相は、正に鬼神のそれだった。掌も顔も髪も、ミサトの血や埃で汚れているのだから。今のアスカ様が、どれほど暖かい言葉を投げかけようと。仮に想像を遙かに超越する程の慈悲の言葉を投げかけようと、その真意がシンジに伝わる事は無いだろう。
「っ!」
案の定。恐怖にびくんと身体を震わせて、シンジは反射的にマナに身体を寄せた。つまり、より強くマナの胸に顔を埋めた事になる。
「あんっダメよぉ・・・みんな見てるしぃ・・・ね、シンジ(はぁと)」
ぶちん
当て付けの様に、身を捩るマナ。その姿を目にした瞬間に、惣流・アスカ・ラングレーの中で何かが切れた。
「まああああああなああああああ!」
堪忍袋の緒は、とっくに千切れ飛んだ。葛城ミサトとの和解の糸は、自らの手で引き千切った。では・・・何が切れたのだろうか?
M.K(女性:14歳)の証言
「・・・何も覚えていないんです・・・人は余りの恐怖に直面すると、心を閉ざすって言うじゃないですか。多分あの時、私もそうなったんだと・・・それ以外には説明が出来ないんです。何か思い出したくない、出来る事なら記憶の奥底から消し去りたい事が・・・何か判らないけど、有ったんだと思います・・・」
R.A(女性:14歳)の証言
「野生に戻ったのよ・・・本性が現れた・・・いいえ。本来の、赤毛猿の姿に戻っただけ・・・霧島さん・・・代わって」
M.K(女性:尚、本人の希望により年齢は未公開)の証言
「ええ・・・私が意識を取り戻したのは、獣の様な雄叫びを聞いた時です。その時私は全身を苛む苦痛に耐えていました。でも何が起こったのかを確かめたくて、顔を上げてみたんです。思い出すのもおぞましいけど・・・はっきり見ました。赤毛を逆立てた一匹の獣の姿を。見たんです、背中のブラウスが千切れ飛んで・・・そこに張り付いていた、禍々しい鬼の面を・・・本当なんです、鬼が嘲ってたんです・・・」
S.I(男性:14歳)の証言
「怖いよ・・・誰か助けて・・・」
千切れた物の名は理性だったのかも知れない。人として、断じて捨ててはならぬ部分。そして、理性により閉じこめられていた何かが解き放たれた。
「あんたらあぁぁぁ・・・!」
そして・・・人類最後の闘いが今、始まる。
おしまい
INAさん、本当にありがとうございました!!
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