長野県 第2新東京市(旧松本市) 第三中学校講堂内・・・。 弦楽四重奏、演奏開始二十二分前・・・。 一人の少年がやってきた。 そして椅子に座ると、おもむろにチェロを取り出し調弦を始めた。 弦楽四重奏、演奏開始十分三十秒前・・・。 「おはよう、碇君」 赤毛の少女がやってきた。 「あ、おはよう」 「今日、何やるんだっけ?」 「パッヘルベルのカノン」 「いいわね、チェロは。和音のアルペジオだけなんだもの・・・」 少女は、それだけ言うとバイオリンの調弦を始めた。 弦楽四重奏、演奏開始五分四十三秒前・・・。 「おはよう」 少年が、新たにやってきた蒼い髪の少女に向かって言った。 しかし、蒼い髪の少女は答えずに先に来ていた二人の前を通り抜けた。 「クスクスクス・・・」 赤毛の少女がなぜか笑っている。 蒼い髪の少女は気にする様子もなく、ヴィオラの調弦を始めた。 弦楽四重奏、演奏開始時間定刻・・・。 「おっそいぃ〜」 赤毛の少女が、新たにやってきた紅い瞳の少年に向かって言った。 「はは、ごめんごめん」 紅い瞳の少年は軽く謝ると、サッと椅子に座りバイオリンを取り出して言った。 「いこうか」 「うん」 一番最初に来ていた少年が、そう言って頷いた。「色々あったんだ・・・ここに来て。 来る前は先生のところにいたんだ。 穏やかで何もない日々だった。ただ、そこにいるだけの。 ・・・でも、それでも良かったんだ。 僕には何もすることがなかったから。 生きることに、僕は何もなかったから・・・」 何もなかった? ただ、そこにいるだけだった? ここに来る前・・・僕は何をしてたんだろう・・・。 そもそも、どこに居たんだっけ・・・? ・・・そう、第2東京だ。そこの第三中学に通ってたんだ。 そこで、僕は何をしてたんだっけ・・・? 「習っていたチェロだって、なんにもならなかったんだ」 そうだ、チェロを弾いてたんだ! でも、なんにもならなかった・・・? 本当に・・・? 「へ〜、結構イケるじゃない」 「"継続は力"かぁ・・・少し見直しちゃった」 そうだよ・・・みんなが褒めてくれたじゃないか。 "なんにもならなかった"なんて、僕の思いこみじゃないか! 「おはよう、碇君」 そう、仲間もいたんだ。いっしょに演奏してくれる仲間が! 演奏会を開いて、たくさんの拍手をもらったこともあったんだ。 なんだ、結構、充実した毎日だったんじゃないか。 でも・・・なんで、こんな楽しい毎日のことを忘れていたんだろう・・・? 「乗るなら早くしろ・・・でなければ、帰れ!!!」 「あなたは、人にほめられる立派なことをしたのよ。胸を張っていいわ。おやすみ、シンジ君・・・がんばってね」 「すまんな、転校生。ワシはお前を殴らないかん。殴らな気が済まへんのや」 「他人のことなんか、関係ないでしょ!」 「綾波の胸、綾波の太もも、綾波のふ・く・ら・は・ぎ」 「あなたは死なないわ・・・私が守るもの・・・」 「それって、家族じゃないか・・・」 「惣流・アスカ・ラングレーです。よろしく!」 「じゃあ、今晩は二人きりってワケね」 「見て見て、シンジ。ジャイアント・ストロング・エントリー!」 「人は闇を恐れ、火を使い、闇を削って生きてきたわ・・・」 「話は聞いた・・・よくやったな、シンジ」 「だめです。使徒に乗っ取られます! メルキオール、使徒にリプログラムされました!」 「いえ、ただ・・・綾波のニオイがする・・・」 「ねえ、シンジ。キスしよっか・・・」 「ただ、逢いたかったんだ・・・もう一度・・・」 「何や。また、夫婦ゲンカかいな」 「・・・エ、エヴァ参号機・・・あ、いえ、目標は完全に沈黙しました」 「僕は、エヴァンゲリオン初号機のパイロット、碇シンジです!!!」 「何を、願うの・・・?」 「バカ・・・あんた、本当にバカよ・・・」 「嫌い、嫌い、みんな嫌い!大っキライ!!!」 「だめ、私がいなくなったら、A・Tフィールドが消えてしまう・・・だから、だめ・・・」 「ありがとう・・・君にあえて、うれしかったよ・・・」 「僕には、人を傷つけることしかできないんだ。だったら、何もしない方がいい!」 「さよなら・・・母さん・・・」 そう、ここに来ていろんなことがありすぎて・・・。あまりにも、特殊な経験がありすぎて、 その前の当たり前な日常が退屈なものという錯覚をおこしていたのかもしれない・・・。 だから、忘れていたのかもしれない・・・。 でも・・・何か、忘れちゃいけない大事な思い出があったような気がする・・・。 「いこうか」 そうだ! あの時、四人が離ればなれになるからって、最後に一緒に演奏したんだ! そう、「Kanon」を演奏したんだ! 「ノコノコと、またこれに乗ってる。未練たらしいったらありゃしない」 「ハン、あたしが出たって、足手まといなだけじゃないの・・・?」 「どうでもいいわよ・・・もう・・・」 じゃあ、なんで、あたしはここにいるの・・・? さっさとドイツに帰って、普通に暮らせばいいじゃない。 ・・・ドイツ? あたし、ドイツで何してたんだっけ? 「そ、まだ漢字、全部覚えてないのよね。むこうの大学じゃ習ってなかったし」 そうだわ。あたし、大学を出たのよ。 「天才少女」とかって、大騒ぎされたわ。 ・・・大学? あたし、どこの大学を出たんだっけ? 思い出せないわ・・・何故? あたし、本当にドイツにいたの??? 「アスカちゃん、ママねえ、今日はあなたの大好物をつくったのよ」 「ママ!」 ・・・そう、ママが天井からぶらさがっていたの・・・。 ・・・ママ? ママって、どんな顔してたっけ? どんな話しをしたっけ? 思い出せないわ・・・何故? あたし、本当にドイツにいたの??? 「今日、何やるんだっけ?」 「パッヘルベルのカノン」 「いいわね、チェロは。和音のアルペジオだけなんだもの・・・」 ここは・・・何処? なんで、あたし、バイオリンなんか弾いてるの・・・? ・・・でも、何故か懐かしい・・・。 すごく大切な思い出のような気がするわ。 「いこうか」 そうよ! あの時、みんなが離ればなれになるからって、最後に一緒に演奏したのよ! そう、みんなが好きだった「Kanon」を演奏したのよ! あたし、ずっと日本にいたんじゃない。 ドイツにいたなんて、ウソじゃない! ・・・でも、何故? 「あたしは、エヴァに乗るしかないのよ・・・」 ・・・そう・・・そういうこと・・・。 エヴァパイロットに、逃げる所があってはマズイってわけね・・・。 だから・・・・・を・・・。 ・・・フン・・・笑っちゃうわね・・・。 静かな昼下がり・・・ミサトのマンション。 爽やかな風が吹いており、蝉の声しか聞こえない。 「ん・・・・・」 シンジがゆっくりと体を起こした。 どうやら、本を読んでいるうちに眠ってしまったらしい。 「・・・なんか、変な夢だったなぁ・・・」 シンジは「う〜ん」と背伸びをすると、リビングに向かった。 リビングでは、アスカが静かな寝息を立てていた。 「はあ・・・またつけっぱなしで・・・」 アスカは、テレビを見ているうちに眠ってしまったようだ。 そして、シンジがテレビを消したとき、アスカが目を覚ました。 「ん・・・あれ、あたし、寝ちゃってた?」 「うん」 シンジが軽く笑いながら答える。 「・・・なんか、変な夢見てたなぁ・・・」 アスカがボソッと言った。 そして、少し間をおいてからシンジの方を見た。 「ねえ、シンジ」 「なに?」 シンジは、アスカが読み散らかした雑誌を片づけている。 「クラシックのCD、持ってない?」 「え?・・・あるけど・・・」 「じゃあ、パッヘルベルのカノン・・・ある?」 それを聞いたシンジは驚いたようにアスカを見た。 「あるけど・・・どうしたの?急に・・・」 「別に・・・なんとなくね・・・」 アスカは少し照れくさそうである。 「そう・・・でも、偶然だなぁ。僕もあとから聴こうと思ってたんだ、カノン・・・」 「どうして?」 今度はアスカが問う。 「え、いや、なんとなく・・・」 「・・・・・・・」 少し間をおいて、アスカが言った。 「じゃあ、今から一緒に聴きましょうよ・・・あの時みたいに・・・」 終わり

1998
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