クリスマス・スペシャル

『期間限定のマリア』 (前編)

by ミカンの大作

 

 

――ネルフ本部・・・。

 

リツコの研究室に呼び出された、アスカ、レイ、そして、ミサト。

「ねえ、リツコ?何よ、いきなり呼び付けて」

ミサトの問いかけに、リツコは一同を見回した。

「みんなに紹介したい人物がいるのよ」

「「「???」」」

突然の事に顔を見合わせる三人。

リツコがドアに向き直り、声を掛けた。

「いいわよ、入ってらっしゃい」

『プシュッ!』という軽い空気音とともにドアが開かれると、
第壱中学の制服を着た黒髪の少女が研究室の中に入って来た。

ミサト達には、まったくもって見覚えがない少女である。

「この子が何?」

そう言うと、ミサトは少女を見た。

流れるような黒髪を肩まで垂らし、立ち尽くす少女。

まだ目鼻に幼さの残っているものの、なかなかの美少女である。

「紹介するわ、この子は、6番目の選ばれた子供・・・、『6th チルドレン』よ」

「え〜、6th チルドレン!?」

「・・・!・・・」

「ちょーっと!リツコ!そんな話は聞いてないわよ!使徒はすべて倒したはずよ!
それなのに、『6th・チルドレン』って、どういう事よ!」

ミサトが物凄い剣幕でリツコに詰め寄るが、当の彼女は涼しい顔である。

「あなた、本当にすべての使徒を倒したと思える?
すべての使徒を倒したはずなのに、どうして、いまだにネルフは存在しているの?」

「うっ・・・、そ、それは」

「いつ、また、使徒が攻めてくるかわからないからよ。
もし、そうなった時の為に、パイロットを増やして戦力を増強しておかなければいけない、違う?」

「そ、それは、そうだけど・・・」

強い口調のリツコに蹴落され、何も言い返せなくなったミサト。

 

――しかし、ミサトは知らない。
リツコが、彼女にわからないように、『半笑い』をしている事を・・・。

 

「でも、変じゃない?EVAが3機しかないのに、パイロットが4人もいたって?」

もっともな疑問を口にしたアスカ。

さすがは、自称、天才美少女パイロット。
目のつけどころが違う。

バンバンバン!

「シャラーップ!!!」

そんなアスカを、リツコが机を激しく叩いて黙らせる。

「と・に・か・く!この娘は、誰が何と言おうと、『6th チルドレン』なの! 満場一致で!はい、決定!」

黒髪の少女の頭をポンポンと叩いて、キッパリと言い切るリツコ。

「な、なんか、無理矢理のような気がするけど?」

有無を言わせないリツコの迫力に、ミサトがタラリと冷や汗を流した。

「ふん!まあ、いいわよ、今更、パイロットの1人や2人が増えたところで、アタシには関係ないし!」

「・・・問題ありません・・・」

腕を組んでアスカが言うと、レイも素直に従った。

 

その様子を、静かに見守っていた黒髪の少女は、『ふ〜・・・』っと大きな溜め息をひとつした。

(何とか誤魔化せそうだな・・・。でも、リツコさん、咄嗟によくあんなウソを思いついたもんだよ)

少女は、これからの事を思うと、気分がズッシリと重たくなった。

(これから、どうなっちゃうんだろう、僕?

 

 

――同日、同所、時間を遡ること、今から5時間ほど前・・・。

 

「シンジ君、シンクロ率が上昇しないわよ!」

ガラス越しに初号機を見下ろしていたリツコは、
シンジと初号機のシンクロ率が、 一定値から上昇しない事を告げた。

『そ、そんな事いったって!うわぁ〜!』

「こんな事じゃ、シンクロ率、400の大台なんて無理よ」

『くくっ〜!そ、そ、その前に、ぼ、僕の方が死んじゃいますよ!』

初号機に挿入されているエントリープラグの中で、悶え苦しむシンジ。

先程からエントリープラグ内には、リツコの指示によって電流が流されていた。

もう、かれこれ、30分はこんな状態である。

「だからいいのよ。もし、私の推測が正しければ、シンジ君に生命の危機が訪れた、その時こそ!
あの、驚異の『シンクロ率、400
%』が可能になるはずよ」

「ああ!あれですね」

コンソールパネルを操作していた伊吹マヤが、『ポン!』と手を打った。

「ピンチになったヒーローが土壇場になって『真の力』を目覚めさせるって、あのパターンですね?」

「・・・・・・。ええ、まあ、そ、そんな感じね」

『ニコニコ』と笑みを浮べるマヤに、リツコが呆れ返る。

『僕は、ごく普通の中学生なんです!そんな、異常体質な人達と、一緒にしないで下さい!』

なんだかんだ言いながら、電撃地獄には、しっかりと耐えているシンジ。

意外にタフな奴である。

『だいたい、なんで僕が、こんな目に遭わなきゃいけないんですか!?』

「・・・S2機関を自ら取り込んだ初号機は、今や、神にも等しい存在なのよ。 その強大な力を持った初号機が、
あの第14使徒を倒した時のように、ホイホイと暴走されたら、 地球がいくつあっても足りないわ」

「使徒なんて足元にも及ばない、見事な暴れっぷりでしたものね・・・、悪食だったし」

初号機が使徒をムシャムシャと食べはじめた事を思い出して、マヤは気分を悪くした。

「だから、今回の『400%臨界前実験』で、人為的に、あの状態を再現して、
そのメカニズムを解明しようとしているの」

『それが、この拷問ですか!ううわぁ!』

絶えず、電流を浴びせられるシンジが悲鳴をあげた。

「それにしても、なかなか上昇しないわね・・・、『生命の危機』が、まだ足りないのかしら?」

「もう少し、電圧を上げてみますか?」

笑顔で恐ろしい事を言うマヤ。

悪気がないだけに余計にタチが悪い。

「そうね」

リツコの言葉に、マヤは『ぐるりん♪』と思いっきり、電圧のつまみを回した。

『うぎゃ〜!!!』

幸薄い少年の断末魔が、魔女達の実験室に木霊した。――その時!

 

『ドクン・・・』

シンジは、あの時に聞いた『心音』を再び、耳にした。

その瞬間、初号機の眼孔に鋭い光が灯される。

 

「先輩!シンジ君と初号機のシンクロ率が、急激に上昇しました!臨界前です!」

「急いで神経接続を切って!このままだと、暴走してしまうわ!」

「はい!安全システム、正常に作動中!初号機のS2機関、沈黙に向かっています!」

「ふ〜・・・、どうやら、成功したみたいね。今のデータをMAGIで解析を行なえば、 メカニズムが解明できるはずよ」

「おめでとうございます、先輩!これで、暴走を抑制する『リミッター』を開発できますね」

「そうね、さっそく、開発準備に取り掛かりましょう」

「はい!」

「それで・・・、シンジ君の方は?」

「プラグ内をモニターしていますが、見当たりません。前回同様、 初号機に取り込まれてしまったようです」

「そう、じゃあ、サルベージ用のプログラムを起動させて」

「はい。確か、前回のを大幅に修正したんですよね?」

「今回は、ハッキリ言って自信があるの!」

自信満々に言って、リツコは、『グッ』っと握り拳をつくった。

「もう、誰にも、『Dr.スラ○プ』なんて、言わせはしないわ!」

 

――初号機、エントリープラグ内・・・。

 

《あれ・・・?ここ、どこだ?》

魂(?)だけになってしまったシンジは、プカプカとLCLに浮かんだまま、周り様子を眺めていた。

《エントリープラグの中?・・・そうか、また初号機に取り込まれちゃったんだ》

2回目の事とあって、シンジは冷静に状況を把握する事ができた。

『まあ、そのうち、助けてくれるだろう』という楽観的観測の元、落ち着いて救助を待つ事にした。

《それに、この感じって悪くないんだよな、温かくて、柔らかくて、気持ちが安らぐっていうか・・・、
まるで、母さんに抱かれているような》

幼い日の微かな記憶をたどる。

その記憶は、所々、擦り切れて、すでに曖昧なものになっていた。

 

《そういや、この間のアスカの誕生パーティーの時、アスカに抱き付かれた時も 丁度、こんな感じだったっけ?》

12月4日に葛城家で行われた誕生パーティーの席、
ミサトに煽られたアスカが、ビールを飲んですっかり酩酊し、シンジに抱き付くという事件があった。

 

――まあ、単に、『コブラツイスト』の練習台にされただけであるが・・・。

 

その半月も前の『アスカの感触』を何度も反芻するシンジ。

《女の子の体って良いなぁ。温かくて、柔らかくて・・・》

エントリープラグ内に満たされた心地よいLCLのまどろみの中で、彼はゆっくりと深い眠りに落ちていった。






「・・・くん、シンジ君!」

「ハッ!」

自分の名を呼ばれ、シンジはベッドの上で目を覚ました。

目を開けると、すでに見慣れてしまった天井が真上に見える。

「気が付いたようね、良かったわ」

ベッドの傍らに立っていたリツコが、心配そうな顔で彼を覗き込んできた。

「リツコさん?・・・そうか、初号機に取り込まれて、それから・・・?」

「今まで、気を失っていたのよ」

「そうですか・・・」

これ以上、リツコに心配を掛けたくないと、シンジはベッドの上に上半身だけを起した。

「それで、実験の方はどうなったんですか?」

死にそうな拷問を受けたにもかかわらず、殊勝な事を聞くシンジ。

「あなたのおかげで、実験は見事に成功したわ」

「そうですか、それは、よかったですね。・・・あれ?」

自分の肩口から、『バサリ』と一房の黒髪が落ちてきた。

「なんだ、これ?」

その黒髪の先を指で摘まんで引っ張ってみると、それに釣られて、『ツンツン』と自分の頭皮も引っ張られる。

「???」

意味が分からず首を傾げていると、胸の辺りに味わった事もない重力を感じた。

胸が妙〜〜に重いのだ。

慌てて、布団を剥いで自分の胸を見てみると、そこには、こんもりと膨らんだ二つの胸が・・・。

「!!!」

恐る恐る、その膨らんでいる両の胸に手をあててみる。

 

むにゅ・・・。

 

「・・・・・・。『むにゅ』っていってる」

その不慣れな感触に、シンジは『あうあう』と何とも言えない表情で、リツコの顔を見上げた。

これまでにない真剣な顔のリツコが事の次第をを語りだした。

「シンジ君、落ち着いて聞いてちょうだい。
実験には成功したのだけど・・・、どうやら、サルベージには、失敗してしまったようなの」

「えっ!?」

「あなたは、女の子になってしまったのよ!」 

『サッ』と、リツコはシンジの前に手鏡を差し出した。

手鏡に写る自分の姿を覗き込むシンジ。

腰まで伸びた黒髪。

長いまつ毛。

柔らかそうな唇。

そこには、すっかり、女の子している自分の顔があった。

が〜ん!!! 

擬音もそのまま、彼は手鏡を持った格好で、その場で石化した。

この変わり果てたシンジの姿をプラグ内で発見したリツコとて、いつもの冷静さはどこへやら、
腰を抜かさんばかりに驚いたのだから、当の本人がショックを受けるのも無理はない。 

リツコは、その突飛もない出来事に、『これは、まずい!』と、
マヤにも見つからないように、こっそりと彼をこの病室に運び込んだのだ。

 

(もし、こんな事が、ミサトにバレれば、絶対に怒られる!) 

サルベージの失敗を、なんとしても秘密裏に処理する事に決めたリツコ。

 

「それでね、シンジ君、今後の事なんだけど・・・」

「ひっく、ひっく・・・、うぇ〜ん!

両手で顔を覆い、黒髪を震わせてしゃくりあげるシンジ。

「炊事や洗濯や掃除が得意だったから、
『もしかしたら、こっちの方が向いているのかなぁ〜』なんて、思った事はあったけど!」

「あ、あのね、シンジ君?」

「まさか、本当に、女の子になっちゃうなんて〜!」

かぶりを振って泣くシンジの姿は、本物の女の子にしか見えない。

しかも、仕種やらが妙に様になっているのが、少し怖い・・・。

「シンジ君・・・」

「だいたい、はどうするんですか!?全部、買い直さなきゃならないんですよ!?」

『ガバ』と起き上がって、リツコに訴えかけた。

「・・・実は、結構、余裕あるんじゃなの、あなた?」

この期に及んで、つまらん事を心配するシンジに、リツコが恐ろしく冷めた声で言った。

 

 

――時間を元に戻して、再び、リツコの研究室・・・。

 

とにかく、そういう理由で『女の子』になってしまったシンジ。

第壱中学校の女子の制服をギコチなく着こなし、
先程から、目の前にいるアスカや、ミサト、レイ達にバレやしないかとドキドキであった。

おまけに、はき慣れないスカートのせいで、股の下が『スースー』とする。

 

(それにしても・・・、何でリツコさんが、壱中の女子の制服を持っているんだろう???)

さも当然のように、女子の制服を取り出してきたリツコ。

彼女の『危険な趣味』を見た気がして、違う意味でも『ドキドキ』とした。

 

「ところでさぁ、名前は?」

アスカが、女の子になったシンジに聞いてくる。

「へ!?な、名前!?」

途端に、『ビクビク』、『オドオド』と挙動不審になった目の前の女の子に、
アスカの形の良い眉が跳ね上がった。

怪訝そうな目で、シンジを見てくる。

「え〜と、な、名前は・・・」

(そんなの考えてないよ!あ、そうだ!あんな大ウソをついた、リツコさんなら何か考えているかも!)

シンジが助けを求めてリツコに振り向くと、彼女は『サッ!』と素早く顔を背けた。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

(ま、まさか、リツコさん、何にも考えてないの!?
それなのに、こんな僕をアスカ達に紹介するなんて!)

 

――哀れ、シンジ。唯一の味方にも、見放された。

 

「ほら、名前よ、ナ・マ・エ!」

「な、名前は、あの、その・・・」

「ちょっと!自分の名前もわからないの?」

じれったい女の子に、アスカの口調が荒くなった。

ふと、シンジは、壁に掛かっているカレンダーに目をやった。

そこには、生れたばかりの『聖者キリスト』を抱く、『聖母マリア』の肖像画がデザインされていた。

「!!! マ、マリア・・・、え〜と、えと、わ、私、えど・・・えどかわ、そう、江戸川マリアです!」

「江戸川マリア!?」

「そ、そうです」

「『江戸』に『マリア』ねえ・・・、何か、アンバランスな名前ねえ」

初対面の人間に、容赦のないアスカ。

まあ、まったくの初対面ではないのだけれども。

「よ、よく、言われます、取ってつけたような名前だって、アハハ・・・」

頭を掻きながら、、シンジ、いや、『江戸川マリア』は愛想笑いをした。

(実際、取ってつけた名前なんだけどね・・・)

「アタシは、惣流・アスカ・ラングレー、弐号機の天才パイロットよ!それで、こっちの暗いのが」

「・・・綾波レイ・・・」

レイはそう名乗ったまま、『じーーー』っと、マリアを見つめてくる。

その視線に耐え切れず、彼女は訊ねてみた。

「あ、あ、あの、私に何か?」

「・・・別に・・・」

そのまま、そっぽを向いてしまったレイ。

 

(もしかして、見透かされてるんじゃないの???)

内心、ドキドキものの『マリア』こと、碇シンジ。

 

「そして、私が、作戦課長の葛城ミサトよ!よろしくね〜、江戸川さん!」

「よ、よろしくお願いします!」

みんなを騙している手前、恐縮するマリアは直立不動のまま、執拗以上にペコペコとお辞儀をした。

「ところで、こんな時にシンジの奴は、どこをほっつき歩いているのよ?」

――ドキッ!

アスカの言葉に、マリアは肩をビクつかせた。

「シンジ君なら、今、病院よ」

そう答えたのは、先程、助け船を出さなかったリツコである。

「え!?あいつ、入院しているの?」

「ええ、極度の『そう鬱』状態に陥って、カウンセリングを受けているわ。
今、
隔離病棟にいるから、当分、面会はできないそうよ」

 

ずでん!

 

「また〜?まったく、しょうがないわね、シンジは」

「あらあら、シンちゃんも大変ね〜、そういう、お年頃なのかしら?
・・・ それより、どうしたの江戸川さん、そんな所にひっくり返って?
パンツが丸見えよ」

「ちょ、ちょっと、足がもつれちゃって・・・、アハハ・・・」

 

(なんて、誤魔化しかただよ、リツコさん!おまけに、アスカもミサトさんも納得しちゃってるし!)

今更ながら、自分がどのように思われているかを思い知る『マリア』こと、碇シンジ・・・。

 

「と、いうわけで、シンジ君の不在の間、江戸川さんに初号機を任せるわ。
今から、私たちはミーティングをするから、あなた達はいつも通り、ハーモニクステストを受けて」

「了解。じゃ、行きましょ、アスカ、レイ」

リツコの言葉に従い、ゾロゾロと研究室を出て行く3人。

完全にドアが閉まるをの見届けて、マリアはその場にへたり込んだ。

「な、なんとか、誤魔化せた〜・・・」

「でも、よく『江戸川マリア』なんて名前を思いついたわね、シンジ君」

余裕のリツコがタバコに火を付ける。

「あの時は夢中で・・・って!そんな事より、僕、ミサトさん達に会って良かったんですか?
元に戻るまで、どっかに身を隠していた方が?」

「それはできないわ。いざという時、あなたには、初号機を動かしてもらわないと」

「そ、そんな〜」

「だいたい、まだ、男の子に戻れるかどうかもわからないし・・・」

「い、嫌ですよ!僕、一生このままなんて!」

縁起でもない事を言ってのけるリツコに、シンジが言い返した時、

----プシュ!

と、突然、扉が開かれると、研究室にミサトが舞い戻ってきた。

「ねえ、リツコ、ん?どうしたの、江戸川さん?ガニ股で拳を握り締めちゃって???」

「え?こ、これは〜、赤木博士に、エヴァの操縦方法を・・・」

『サッ』と、拳を後ろ手に隠し、マリアははにかんで見せた。

「それで、何の用なの、ミサト?」

「あ、そうそう、ねえ、リツコ、江戸川さんの住む所って、もう決ってるの?」

「いえ、まだよ」

「じゃあさ、私の家に住んでもらいましょうよ!その方が彼女も、ここに早く慣れると思うし!」 

ミサトの提案に、心底、『ゾ〜〜』っとする、マリア。

「どうせ、シンちゃんの部屋が空いてるし、ダメかな?」

「そうね〜」

ミサトに気づかれないように、必死にリツコに向かって腕をクロスさせ『×』のサインを送るマリア

女の子になったまま、ミサトやアスカと同じ屋根の下に住むのでは、四六時中、気が休まりそうにない。
それだけは、どうしても避けたかった。

――しかし、

「わかったわ。江戸川さん、あなた、しばらく、葛城三佐のところに下宿しなさい」

「いっ!?」

「あら、私の家に来るの嫌?」

「あ、あの、その、そう言うわけじゃないんですけど、ちょっと、事情が・・・」

「事情?事情って、どんな?」

「そ、それは・・・、いえ、何でもないです。やっぱり、ぼく・・・、私、ミサトさんの家に厄介になる事にします・・・」

「そう?」

「はい、『ふつつか者』ですが、よろしくお願いします・・・」

元気なく、ガクリと肩を落した彼女は、ミサトに向かって『ペコリ』と頭を下げた。 

「じゃ、そういうわけだからね、リツコ。あ、それと、学校の方も手続きできてるんでしょ?」

「明日から行けるように、手配をしておくは」

「そう。じゃね〜、江戸川さん、後で迎えに来るわね!」

そう言い残すと、ミサトは研究室から去っていった。

 

「リ、リツコさん!」

目に一杯、涙を溜めて、マリアがリツコに振り返った。

「しょうがないでしょ、あの場合・・・。ミサトはあれでも勘が鋭いの、下手に断ると余計に怪しまれるだけよ」

「そ、それは、そうですけど、学校まで行かなくちゃいけないんですか?」

「当然よ。あなたは、14歳の『女の子』なんだから。それに大丈夫よ、もうじき、冬休みなんでしょ?」

「け、けど〜」

「もし、あなたが『女の子』になってしまったという事が、アスカにでもバレたら、一生、からかわれるわよ?」

「うっ・・・」

「そうなったら、あなたの人生は破滅ね」

「あうあう・・・」

「だからアスカ達に、絶対、正体を見破られちゃダメよ。普通に振る舞ってなさい。
その間に、私が元に戻る方法を考えるから」

小心者のシンジをビビらせて、必死に『サルベージ』の失敗を隠そうとするリツコ。

「は、はい・・・」

『マリア』こと、碇シンジは、シクシクと涙を流しながら、そう、頷くしかなかった。

 

(前途、多難だよ・・・)

 

 

しばらくして、ハーモニクステストを終えたミサト達が、研究室にマリアを迎えに来た。

「じゃ、行きましょうか、江戸川さん」

「はい・・・」

うな垂れて、ミサトについてゆくマリアを、リツコが呼び止めた。

「あ、ちょっと、江戸川さん」

「はい?」

「変な事を言って、ミサトに迷惑を掛けちゃダメよ」

「・・・・・・。」

正体をバラさないように、しつこく念を押す彼女を、マリアが文句を言いたげに『ジト目』で睨み付けた。

 

見送るリツコに何度も恨めしそうに振り返りながら、マリアはとうとうミサトに連れて行かれた。

それは、さながら『売られていく子牛』ようだ。

「暗い子ね・・・、『ドナドナ』が聞えてきそうだわ」

リツコは、白衣からタバコを取り出すと、火を付けた。

「さて、問題は、碇司令よね」

いきなり、『息子』が、『娘』になってしまったのだ。
さすがの、あの『ヒゲオヤジ』とて、腰を抜かしかねないだろう。

「さて・・・、今度は、どんな大ウソをついて誤魔化そうかしら?」

自分の失敗に、どこまでも隠蔽を図ろうとするリツコであった。

 

 

『江戸川マリア』こと碇シンジは、
ミサトの運転する青いルノーで、アスカと一緒に彼女達が住むコンフォート・マンションにやって来た。

部屋に入るやいなや、マリアは、見覚えのある部屋の前に案内される。

ガラ・・・。

ふすまを開けて、ミサトが室内を見せてきた。

「江戸川さんは、この部屋を使ってね」

「は、はい」

そこは、『碇シンジ』の部屋・・・、つまり、自分の部屋である。

「『シンジ君』って、男の子の部屋だけど、あの子は綺麗好きだから清潔なはずよ」

「そ、そうですか」

「もし、嫌だったら、アスカの部屋で一緒のベッドに寝るしかないけど?」

「い、いえ、この部屋で結構です!」

そんな事になれば、興奮して、朝まで眠れそうにない。

「そう。じゃあ、この部屋を使ってね。・・・それでね、江戸川さん?」

言いにくそうな顔でミサトが切り出した。

「あなた、お料理とか得意?」

「え、まあ、いつも自分で作ってますから」

「ばんざ〜い!!!」

両手を挙げて、万歳をするミサト。

「???」

ワケが分からないマリアは、きょとんとして、ミサトを見上げた。






少しばかり遅くなった夕食が、キッチンのテーブルに並べられていた。

そのテーブルを囲む、ミサト、アスカ、そして、マリア。

「んぐ、んぐ、んぐ・・・、ぷはぁ〜!この一杯のために生きてるのよね!」

ミサトは一気に、『エビチュ』を飲み干すと、ニコニコ顔で言った。

「・・・すっかり、『オヤジ』ね、ミサト」

「アスカ、何か言った?」

「別〜に〜・・・。でも、助かったわよね〜、江戸川さんがいてくれて」

「江戸川さん、悪かったわね、来たそうそう、晩ご飯なんか作らせちゃって」

テーブルの上に並べられている料理は、すべて、マリアが作ったものである。

結局、いつも通りに夕食を作るバメになってしまった、『江戸川マリア』こと、碇シンジ。

「い、いえ、いいんです。私もこちらに御厄介になるんですから、これぐらいはさせていただかないと・・・」

『あはは・・・』と笑みを浮べた。

『女の子』になってしまったという、超異常な状況に陥っても、
葛城家の
『主夫』というその立場は変わらない。

「それに、とっても、美味しいわよ!」

「あ、ありがとうございます、ア、アスカさん」

「それでね、江戸川さん・・・?」

言いにくそうな顔をするアスカに、マリアは何となく嫌な予感がした。

「は、はい?」

「ひょっとして、掃除とか、洗濯とかも・・・、得意?」

「え、ええ、まあ、一応・・・」

「「ばんざ〜い!!!」」

今度は二人で、万歳をしてみせるアスカとミサト。

「ホント、よく来てくれたわ、江戸川さん!心の底から歓迎するわ!」

ミサトが、マリアの手を『ギュッ』と握り締め、その感激を現してくる。

「シンジがいなくなったから、一時は、どうしようかと思ってたのよね〜」

早期の問題解決に、ほっと胸をなで下ろしたアスカがそう言うと、
安心しておかずを口の中に『ひょい』と放り込んだ。

 

(ま、まさか、ミサトさん・・・、家事をやらすために、僕を居候させたんじゃ・・・?)

その夜、彼の、いや、彼女の『人間不信』はさらに進行したという。

 

こうして、『江戸川マリア』という女の子になってしまった、シンジの受難の日々が始まった。

 

 

『期間限定のマリア』(前編) 完

中編に続く

 


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