クリスマス・スペシャル
『期間限定のマリア』 (後編)
by ミカンの大作
すっかり日が暮れた夜道を歩く、マリア。
リツコに相談して見たものの、結局、男に戻る手だてがわからないまま、家路についた。
『とにかく、あの時に何が起こったのか思い出しなさい。元に戻れる方法がわかるかもしれないわ・・・』
研究室から帰り際、リツコに言われた事を思い出す。
「そんなこと言われたって、丸っきり覚えてないよ・・・」
大きな溜め息をつく。
どうしようもない状況にうな垂れて歩いていると、前を歩くレイの後ろ姿を見つけた。
『綾波さ〜ん!』と呼び掛け、マリアは、レイの元へと駆け寄った。
「どうしたの、こんな時間に?」
「・・・江戸川さんに会いに来たの・・・」
「えっ」
相変わらず、表情に変化がないレイであったが、その肩は微かに震えていた。
「・・・仔猫が・・・、あの仔猫の様子が変なの・・・、私、どうしたらいいのか分からなくて・・・」
「こ、仔猫が!?わ、わかった!今から行こう!」
レイの手を取ると、マリアは全速力で駆け出した。
手を引かれるレイが、『・・・あの・・・』と何かを言いかけたが、慌てていたマリアは、まるで聞いちゃいなかった。
●
――綾波レイのアパート・・・。
「ハア、ハア、つ、着いた・・・」
荒い息を吐くマリア。
「・・・どうして、私の家を知ってるの?教えてないのに・・・」
「へ!?」
「・・・さっき、教えようとしたけど、江戸川さん、どんどん先に行っちゃうから・・・」
(し、しまった!つ、つい夢中で!)
――今ごろ気づいても、『後の祭り』・・・。
「あの、その、それは・・・、電波を受信してって、そんな事より、仔猫が心配だ!」
「・・・?・・・」
首を傾げるレイに構わず、マリアは、レイの部屋の中に入っていった。
相変わらず、殺風景なレイの部屋。
マリアは、ベッドの横に置いてあったダンボール箱を覗き込んだ。
敷き詰められたバスタオルの上で、白い仔猫が荒い息をして、グッタリと眠っていた。
「だいふ、弱っているみたい」
「・・・ミルクを飲ませたら、こうなってしまって・・・」
「ミルクを?ね、ねえ、そのミルクを見せて?」
レイが持って来たミルクのパックを見て、マリアは仔猫の容態に納得がいった。
「やっぱり・・・、賞味期限が切れてるよ、これ」
「・・・あっ」
ミルクのパックを確かめたレイが、小さな声をあげて口元を押さえた。
「たぶん、『食あたり』だと思うよ」
「・・・この子、死ぬの・・・?」
「だ、大丈夫だよ、薬があればいいんだけど」
マリアは部屋中を引っ掻き回して、未使用の救急箱を見つけた。
中にあった人間用の『胃腸薬』を細かく砕くと、ぐったりしている仔猫に無理矢理呑み込ませる。
「これで、何とかなるだろう。後は温かくして、寝かせておけば・・・」
「・・・ありがとう・・・。私、どうしたらいいのかわからなくて・・・、そしたら、江戸川さんの顔が浮かんできて・・・」
「そうだったの・・・」
「・・・この子がいなくなったらって思うと、とても怖くなって、私、私・・・」
普段、冷静なレイが、声を詰まらせる。
感情が高ぶっているのだが、それをどう表わせればよいのか、彼女にはわからなかった。
「綾波さん・・・」
「・・・私、また、一人ぼっちになるのかなって・・・、一人は、寂しいの・・・、心が痛いの・・・」
レイの真紅の瞳から、『ポロリ』と涙が溢れて頬を伝った。
仔猫の容体が大事にはいたってないと安心したからか、それとも、一人になる事への恐れか。
彼女のか細いすすり泣きが、ガランとした何もない部屋に響き渡る。
マリアが『ポツリ』と言う。
「そんな悲しいこと言うなよ・・・」
「・・・え・・・?」
急に言葉づかいの変わったマリアに、レイが驚きの声を上げた。
レイの肩を、マリアが『ぎゅう』っと掴んだ。
「そんな『一人ぼっち』なんて、悲しいこと言うなよ!
みんな側にいるじゃないか!ミサトさんだって、リツコさんだって、アスカやトウジやケンスケや委員長や、
ネルフや学校のみんなや、綾波の周りには、みんな、いるじゃないか!」
「・・・江戸川・・・さん?」
「一人ぼっちだって・・・、寂しいのは自分だけだって・・・、
そうやって思い込んでいるのは綾波の方なんだ!そんなんじゃ・・・、そんなんじゃダメだよ!」
ガクガクとレイの肩を揺さ振るマリア。
マリアの目にも、涙が光っていた。
「・・・私のために泣いてくれているの?・・・」
「そうだよ!お願いだから、そんなこと言わないで!お願いだから・・・」
レイは、泣きじゃくるマリアの手を、そっと握り締めた。
「・・・私、今、とても嬉しいの・・・、でも、こんな時、どんな顔をすればいいのかわからない・・・」
そう訊ねてくる彼女に、マリアは袖で涙を拭うと『ニッコリ』と微笑んで言った。
「笑えば・・・、笑えばいいと思うよ」
その言葉に、レイが微笑を浮べた。
まるで、あの時のように。
「・・・不思議・・・、前にも、同じ事を言われた気がするの、誰かに・・・」
「綾波さんの笑った顔、とっても、可愛いよ」
「・・・な、何を言うのよ・・・」
『ポッ』と頬を赤くしたレイ。
二人は、何がおかしいわけでもなく、お互いに顔を見合わせ吹き出した。
・
・
・
・
・
・
ペロペロ・・・。
「・・・ん」
レイの部屋で眠り込んでしまったマリアは、頬にくすぐったさを感じて目を覚ました。
「ん?・・・あっ!」
マリアは起きだすと、ベッドの上に寝ているレイを起こしに掛かる。
寝起きで、ボーっとしているレイ。
まだ外は薄暗く、眠いのも無理もない。
「・・・どうしたの・・・?」
「ほら!」
マリアが指差した先から、あの白い仔猫がトコトコと歩いてきた。
そして、レイの顔をじっと見ると、『にゃあ〜』と一鳴きしてみせた。
「・・・あっ・・・」
「治ったみたい、もう大丈夫だよ!」
子猫の容態がすっかり良くなった事を告げたマリアに、レイが『がばっ!』と抱きついてきた。
その彼女の行動にマリアもビックリしたが、レイ自身も、かなり驚いているようだ。
「あ、綾波さん?」
「・・・ごめんなさい、でも、嬉しくて・・・、本当にありがとう・・・」
『ニッコリ』と微笑むレイ。
その笑顔に、抱き着かれているマリアは顔を真っ赤にした。
(あ、綾波って、やっぱり、可愛いよな、抱き着かれていると気持ちいい。
柔らかいし、それに温かい、・・・・・・ん?)
レイの体の感触を存分に堪能していた『マリア』こと、碇シンジの頭の中に、何かが閃いた。
(お、思い出した!あの時、初号機に取り込まれたあの時も、確か、こんな感じで・・・)
大きく目を見開いたままのマリアを見て、レイが不思議そうに声を掛けた。
「・・・どうしたの、江戸川さん?・・・」
「ま、まさか、これが原因!?」
「・・・???・・・」
「にゃあ?」
●
――市内某所、リツコのマンション・・・
「ふ〜ん、そういうわけだったの・・・」
マリアの話を聞いて、頷くリツコ。
「『ふ〜ん、そういうわけだったの』じゃないですよ!何、落ち着いているんですか!」
「別に、落ち着いているわけじゃないわよ・・・、ただ、眠いだけよ」
突然のマリアの来襲を受け、リツコは寝ているところを叩き起こされた。
昨夜、ベッドに潜り込んだのが午前2時・・・、そして、現在の時間は、午前5時を5分程回っていた。
「『サルベージ』される、あの時、僕は無意識のうちに『女の子』になる事を望んでいたんですよ!
きっと、これが、原因です!」
「そうね、その要素は十分考えられるわね」
「これで、僕、『男』に戻れますよね!?」
「そうかもしれないわね。
でも、今すぐって訳にはいかないわ。もっと、詳しく分析してからでないとあまりにも危険だわ」
「そんな悠長な!今日の夜の12時までに元に戻らないと、アスカが!」
「・・・あなた、今度は何になりたいの?イボイノシシ?カナブン?それともミジンコ?」
「うっ!」
「今回の事でよくわかったけど、『サルベージ』は、被験者の心理状態に大きく左右されるの。
もし、シンジ君が『ハエ男』になりたいと望めば、『ハエ男』になれるかもしれないのよ」
「そ、そんな、『ザ・フライ』じゃあるまいし・・・」
「なるほど」
シンジの言葉に、リツコが、『ポン』と手を打った。
「もしかしたら、スゴイ発明をしたのかも?」
「リツコさ〜ん!!!」
「とにかく、時間をちょうだい。今から分析して準備に取り掛かるわ、それに『初号機』を無断使用するから、
人の少ない時間にしないと・・・、そうね、夜には準備ができると思うわ」
「よ、夜ですか?」
(アスカとの約束の時間が、午前12時まで。それまでに、間に合うだろうか・・・?)
「心配しないで、シンジ君は学校に行きなさい。終業式の後、クリスマス・パーティーもあるんでしょ?」
「はい、で、でも・・・」
「何?まだ心配事?」
「リツコさん・・・、今から2度寝しないで下さいよ?」
――ギクッ!
「そ、そんな事、す、するわけないでしょ!」
マリアが『じと目』で、リツコを見てくる。
彼女の言う事を、まるっきり信用していないようだ。
結局、リツコが、『絶対、二度寝はしません!』という誓約書を書く事で、マリアは納得して帰っていった。
彼女を見送ったリツコが、ドアを閉めながら呟いた。
「結構、勘が鋭いじゃない、あの子」
●
――第壱中学校、体育館・・・。
二学期の終業式を終え、一旦、家に戻ったマリア達は、
体育館に特別に設置された、学校主催のクリスマス・パーティー会場に向かった。
「うわ〜、すっご〜い!!!」
それとなく、ドレスアップしてきたアスカが、生徒達で溢れかえる会場を見て驚きの声をあげた。
会場の真ん中には巨大なクリスマスツリーが飾られ、
その周りを囲むように、いくつかのテーブルが用意されていた。
どうやら、立食パーティーのようだ。
ステージの上では、ジャズバンド部がクリスマスのオールデイズナンバーを演奏して、
その雰囲気を、一層と盛り上げていた。
「ほら、何、グズグズやってんのよ、マリア!」
「そ、そんなこと言ったって・・・、は、恥かしくって!」
アスカのミニスカートを、無理矢理に履かされたマリアが、モジモジと入口のところで突っ立っていた。
「何、言ってるのよ、結構、似合ってるじゃな〜い」
(それは、それで、問題だよ!)
と、涙目になるマリアに声が掛けられた。
「よぉ〜、江戸川さん!」
いつも通りのジャージ姿のトウジと、おさげの髪を降ろしているヒカリ、
そして、カメラを片手に、何故だかタキシード姿のケンスケがこちらにやって来た。
「おお〜、江戸川さん、可愛い!一枚、撮らせて!」
「わ、や、やめて下さい!」
嫌がるマリアに構わず、ケンスケがシャッターを切りまくる。
「ム〜、マリアばっかし・・・、このアスカ様の美しい姿が目に入らないの!?アンタは!」
ゲシ!ゲシ!
「う、美しい被写体は、け、蹴りなんかいれないぞ!」
ケンスケに蹴りを入れるアスカを、マリアが困った顔をして見ていると、
制服姿のレイが会場に入って来たのが見えた。
「あっ、綾波さん!」
「・・・こんばんわ、江戸川さん・・・」
「あれから、仔猫の容態はどう?」
「・・・もう、すっかり元気になったわ・・・」
「よかったぁ〜」
「・・・全部、江戸川さんのおかげよ・・・」
と、レイが『ニッコリ』と微笑んだ。
「あら、ファーストが笑うなんて、珍しいわね〜」
「・・・・・・」
アスカがこちらにやって来たのを見て、レイの顔がわずかに緊張した。
「ふ〜ん・・・、アンタ、結構、可愛い顔するじゃない!ま、アタシには負けるけどね!」
『ニコッ』と笑って、彼女はレイに向かってウインクをして見せる。
それを見て、レイの顔もほころんだ。
「ホント、綾波さん、もっと笑顔を見せればいいのに!」
「ホンマやで、綾波。ワシが、もっと笑わせたろうか?」
ヒカリの後、トウジが自分の顔を『びろ〜ん』と引っ張って見せる。
「そのまんまの顔でも、十分、笑えるわよ、アンタの場合は!」
そのアスカの言葉に、マリア達は笑いに包まれた。
レイも可笑しそうに、笑顔を見せている。
(よかった、これで綾波も、もっと、みんなに溶け込めるかも・・・)
マリアは自分の事のように、嬉しさが込上げてきた。
「さ〜て!ここは一つ、記念写真といきますか!」
ケンスケは、クリスマス・ツリーをバックにみんなを立たせると、カメラをスタンドに固定した。
「はい、チ〜ズ!」
それを合図に、カメラに向かってみんなお揃いのピースサインを披露してみせた。
パシャ!
記念写真も終わり、和やかな雰囲気でパーティが進み、ここぞとばかりに盛り上がるマリア達。
「いや〜、終業式も終わったし、明日から冬休みや〜、思いっきり遊んだる!」
皿の上に、料理を一杯盛り満足げなトウジが言った。
「何、バカなこと言ってるのよ!鈴原には補習があるでしょ!」
「そうやった〜、嫌なこと思い出させんといてぇな、委員長〜」
「ふふ、でも、このクリスマス・パーティーは楽しみましょ!・・・わ、私と、い、一緒に」
「い、委員長・・・」
すっかり、自分達の世界に入り込んでしまっているトウジとヒカリ。
そんな二人を、アスカが羨ましそうに見ていた。
「何やってんのよ、あのバカぁ・・・」
アスカのバックの中には、あのプレゼントが大事にしまってある。
だが、その相手は今だ姿を見せない。
しょげ返るアスカを見て、マリアが声を掛けてきた。
「あ、あの、アスカ・・・、『そのバカ』の事なんだけど、もうすぐ来ると思うから」
「えっ!?」
「わ、私が、保証する!きっと、来るから!」
「な、なんで、マリアがそんなこと言えるのよ!あのバカの・・・、シンジの事なんて知らないクセに!
気安めなんて止めてよ!」
「・・・・・ご、ごめん」
「それとも、あんた、シンジの事を知ってるの?」
「え、そ、それは・・・」
「知ってるのね?アンタ、何なの、シンジの何なのよ!」
思わず声を荒げるアスカ。
興奮するアスカを押し止めようと、マリアが彼女に近づくと、そっと耳打ちをした。
「あ、あの、その、じ、実は、私・・・」
その瞬間、アスカの眉がピンと跳ね上がる。
「なんですって!碇司令の『隠し子』〜!!?」
「わ、わ〜、こ、声が大きい!」
慌てて、マリアが彼女の口を押さえつける。
その大きな声に、何人かの生徒がこちらを怪訝そうな目で見ていた。
「何て、不埒な!許せないわ、あの『ヒゲオヤジ』!」
『女の敵!』とばかりに、怒りを露にするアスカ。
(・・・父さん、ゴメン)
身内に対して、とんでもないウソをついてしまった事に、マリアはこっそり胸の中で謝った。
「じゃ、じゃあ、マリアとシンジは『兄妹』なの?」
「そ、そうなの、だから信じてあげて、あんな兄さんだけど、必ず約束は守るから!」
「わかったわ、今日の12時まで待っててあげる。そうね〜、学校で」
「あ、ありがとう・・・、アスカ」
ピピッ、ピピッ!
安心して、ほっと胸をなで下ろしたマリアが持っていた携帯電話が、突然、鳴り響いた。
「ごめんなさい、ちょっと、外に出て来ます」
そそくさと会場から抜けると、マリアは、人目につかないところで通話ボタンを押した。
『もしもし?リツコよ、迎えに来たわ、出てこれる?』
「はい、今、会場を出ました」
『じゃあ、表の校門の所で待ってるから、すぐに来て』
「はい!」
電話を切ると彼女は、待ち合わせ場所の校門へ足早に向かう。
「・・・江戸川さん、もう、帰るの・・・?」
背後から呼び止められ、マリアが振り向くと、そこには同じく会場から抜け出したレイが立っていた。
「あ、綾波さん・・・、ちょ、ちょっと、用事を思い出したから」
「・・・そうなの・・・」
マリアに近づいてきたレイが、囁くような声で言う。
「・・・今日、とっても楽しかった。クラスの人も優しくしてくれたし、惣流さんとも仲良くできた。
これも、江戸川さんのおかげよ、私、みんなと、上手くやっていけそうな気がするの・・・」
「よかったね、綾波さん」
「・・・本当にありがとう・・・」
マリアの手に、レイが手を添えてきた。
彼女も手を乗せてそれに応える。
「綾波さんが心を開いたから、みんなと仲良くなれたのよ、私は、そのきっかけを作っただけ」
そう言うと、マリアは、レイに向かって笑顔を見せた。
「・・・私、江戸川さんに会えて良かった。だから、これからも、ずっとお友達でいてくれる?・・・」
――ズキン・・・。
「そ、それは」
「・・・?・・・」
もうすぐ『江戸川マリア』は、この世界からいなくなる。
そうなった時のレイの事を思うと、シンジの胸は痛んだ。
「綾波さん・・・、本当は、私・・・、いや、僕は!」
キキッー!
言いかけた時、一台の車がマリア達の前に急停車すると、運転席からリツコが顔を出した。
「何をしているの、シン・・・じゃなかった、江戸川さん!時間がないわよ!」
「は、はい!・・・じゃ、じゃあ、綾波さん」
レイに向き直ったマリア。
「さようなら・・・」
彼女はレイに背を向けると、そのままリツコの車に飛び乗った。
タイヤを鳴らして急発進するリツコの車。
マリアの目に、いつまでも車を見送るレイの姿が焼き付いた。
法定時速を軽く超え、リツコの運転する車がネルフ本部を目指す。
「どうしたの?『男の子』に戻りたくなくなった?」
リツコが、しょんぼりとシートに座るマリアに優しく語り掛けた。
「そういうわけじゃないけど・・・、でも、なんか複雑な気分です・・・」
「シンジ君、『サルベージ』に迷いは禁物よ。その意味は身を持って体験しているでしょ?」
「・・・わかってます」
●
――ネルフ本部・・・
プラグスーツに着替えるため、一人更衣室にやって来たマリア。
「『迷いは禁物』か・・・、わかっている。アスカのためにも元に戻らなきゃ・・・、でも、綾波の事も気にかかる」
『ずっと、友達でいて』と言ったレイの顔が、マリアの頭を掠める。
「ロクにお別れも言えなかった、・・・・・・そうだ!」
マリアはノートとペンを探しだすと、レイへの手紙を書き始めた。
・
・
・
・
・
・
サルベージの用意が整った無人の初号機のゲージで、マリアがやって来るのを待っていたリツコ。
その彼女の前に、プラグスーツに身を包んだマリアがやって来た。
「準備はできた?」
「はい。・・・あの、リツコさん」
マリアは、リツコの前に、先程書いた『手紙』を差し出した。
「この世界から『江戸川マリア』がいなくなったら、この手紙を、綾波に渡して下さい」
「わかったわ、必ず、渡しておくわ」
マリアから手紙を受け取ると、リツコは白衣のポケットにそれをしまいながら聞いてくる。
「どうだった?『江戸川マリア』として過ごした、この数日間は?」
「結構、楽しかったです。男子にはモテたし、スカートもはけたし、
それに、アスカや綾波の色んな面も発見できたし・・・」
たった数日の出来事にも関わらず、それは、ひどく懐かしくも思えた。
「女風呂も入れたしね」
「そ、それを言わないで下さいよ!」
「あら、『サルベージ』前に変なこと言っちゃったわね、今の発言は削除しておいて」
意地悪そうに笑みを浮べて、リツコが言う。
落ち着かせるように一呼吸おいてから、マリアが意を決したように顔をあげた。
「・・・僕は、僕です。だから、『碇シンジ』に戻ります!」
「初号機に取り込まれても、その気持ちを忘れないでね」
「はい!」
●
マリアの乗るエントリープラグが、つり上げられると初号機に挿入された。
「準備いいわね?」
『はい、いつでもどうぞ』
マリアの返事を聞いて、リツコは前回と同じく、エントリープラグに電流を流し込んだ。
『・・・クッ!』
その電流に、マリアが体を仰け反らせる。
初号機とのシンクロ率が上昇するにつれて、マリアの『生命反応』が微弱になっていく。
そして、目標の『シンクロ率400%』に達しようとした、その時、
ビー、ビー!
と、突然の警報とともに、ディスプレーに『エラー』の赤い文字が浮かび上がった。
「何が起こったの?」
リツコが、MAGIの端末を操作して、『エラー』の原因を探りに掛った。
『・・・ど、どうしたんですか?』
「わからないのよ、いきなり、警報が鳴り出して・・・、あ!こ、これは!?」
『エラー』を表示していたディスプレイに、
デフォルメされ、立て札を持った『ピンクの怪獣マヤ』のCGが現れた。
・・・その立て札には、こう書かれていた。
『リミッタープログラム作動中!』
『シンクロ率は、正しく守ってね♪』
「マ、マヤが、シンクロ率に規制を掛けている・・・、これでは、シンクロ率が上がらないわ!」
『そ、そんなの、こ、壊せばいいんじゃないですか!』
「それが、ダメなのよ、さっきから、何をしても受け付けないの!
マヤって、時々、スゴイ事をやらかす子だから、これは、厄介よ・・・」
『じゃ、じゃあ、マヤさんに頼んで、解除してもらったら!』
「それは無理よ、あの子、青葉くんや日向達と、スキーに行っちゃったから」
『そ、そんな〜!!!』
思わぬ事態に、マリアがエントリープラグの中で声を上げた。
再び、ピンクの『怪獣マヤ』が現れると、新しいメッセージを表示する。
『不正な処理が行なわれましたぁ〜』
『初号機へのアクセスを、全て、強制終了させますぅ♪』
途端に壁面ディスプレイに表示されていた、マリアと初号機の神経接続回路がどんどんとカットされていく。
初号機のメインの電源も切られ、非常灯が灯されるエントリープラグ内。
先程まで流されていた電流も止まり、初号機が完全に沈黙をした。
「な、なんだよ・・・、これじゃ、元に戻れないじゃないか!」
マリアは、プラグスーツのデジタル時計を見た。
午後11時12分から、13分に変わったところであった。
「時間がない!動け!動け!動け!」
インジェクション・レバーを、ガチャガチャと動かし続けるマリア。
「今、動かなきゃ、間に合わなくなるんだ!
僕を、僕の事をアスカが待ってるんだ!だから、動いてよォ!」
マリアが泣きそうな声をあげて、絶叫した。
――その時!
『ドクン・・・』
心臓の鼓動が聞えたと思うと、その音は次第に高まってゆく。
『グオオォォ・・・』
自ら額部ジョイントを引き千切り、雄叫びを上げる初号機。
「再起動した!?ま、まさか!?主電源が落ちてるのよ!」
突然の暴走に、リツコが驚きつつ初号機を見上げた。
拘束具がミシミシと音を立て吹き飛ぶと、初号機の背中に12枚の光の翼が伸びる。
「こ、ここで、サード・インパクトを起す気!?」
――奇しくも今日は、12月24日。・・・あながち、ない話ではない。
『グオオォォ!!!』
初号機が身を捩じらせ、ゲージ全体を揺るがす大咆哮をあげる。
「・・・ここまでね」
思わぬ展開に、リツコが覚悟を決め、最後の一服をしようとポケットからタバコを取り出した。
タバコに火を点けようとした時、
それまで、爛々と輝いていた初号機の目から、光が急速に失われていく事に気が付いた。
ピクリとも動かなくなった初号機から、勝手にエントリープラグが排出されると、
昇降ハッチが音を立ててせり上がる。
リツコが、慌てて排出されたエントリープラグに駆け寄ると、中を覗き込んだ。
「シンジ君!」
「ん・・・うん・・・、あ。リツコさん?・・・ハッ!」
目を覚まして、『ガバ』と起き上がったシンジ。
慌てて、自分の体をあちこち触ってみる。
そして、股下にぶら下がっていた『男の子の象徴』を見つけた時、その場に飛び上がった。
「やった〜、元に戻った!まだ、間に合う!」
ガッツボーズを取ると、シンジは、プラグの中から飛び出した。
「リツコさん、僕、行って来ます!」
「ちょ、ちょっと、シンジ君!」
リツコの呼び掛けにも応えずそう言い残すと、シンジはスキップする勢いでゲージから出て行ってしまった。
一人取り残されたリツコが、ポツリと言う。
「・・・せめて、人間らしく、パンツぐらい履いていきなさい」
彼女は、クスリと笑みを浮べて見上げた。
「そう、これが、あなたからの『クリスマス・プレゼント』なのね・・・」
そこには、完全に活動を停止した初号機が、何も語らずリツコを見下ろしていた。
●
息急きながら、学校にやって来たシンジ。
もちろん、ちゃんと服を着てだが・・・。
すでにパーティーを終わっており、明かりが落された校内には人の気配などどこにもなかった。
「アスカ、帰っちゃったのかな・・・」
キョロキョロと辺りを見回すシンジの頭に、『こつん』と小石がぶつけられた。
「何、キョロキョロしてんのよ、バカシンジ!」
「ア、アスカ!」
外灯の明かりの下から、コートを羽織ったアスカが現れた。
「レディーをこんな寒い所に、いつまで待たせるんじゃないわよ!ホント、鈍いんだからアンタは!」
『プイッ』とそっぽを向くアスカに、シンジは『ごめん』と素直に謝った。
「ほら、これ、この前の誕生日の『お返し』よ!」
と、彼女は例のマフラーの入った包みを、投げて渡してくる。
「開けてもいい?」
「フン!好きにしたら!」
包みを開けると中からは昨日、一緒に探し回ったあのマフラーが出て来た。
「ありがとう、アスカ、大事にするよ」
「まあ、ありがたく使いなさい!あ〜あ、寒かった!ほら、さっさと帰るわよ、風邪引いちゃうわ!」
彼から背を向けると、さっさと一人歩き出したアスカ。
何とも味気ない、数日ぶりの再会。
それでもシンジは嬉しくなって、アスカの後を追いかけた。
「こうすれば、寒くないよ」
そう言ってシンジは、たった今貰ったマフラーを、アスカの首に巻きつけた。
「えっ」
一瞬、呆気に取られるアスカ。
よく見ると、マフラーのもう一方の端は、シンジの首が巻かれてあった。
ピッタリと二人の体が寄り添う。
「ね?こうすれば、温かいだろ?」
シンジが『ニッコリ』と微笑んだ。
思わず見とれていたアスカの頬が、『ぼっ!』音を立てるほど真っ赤になる。
恥ずかしさの余り、顔を俯かせ彼女が呟いた。
「ア、アンタ・・・」
「何?」
「アンタ、バカぁ〜!?」
『パチン!』とアスカの平手打ちが、シンジの横っ面に飛んだ。
「な、何するんだよ、アスカ!」
「そ、そんな、柄にもない事すんじゃないわよ!」
『プンスカ』と怒りながら歩いていくアスカ。
それが彼女一流の照れ隠しなど、シンジには丸っきりわかるはずもない。
だがシンジも、久しぶりに、アスカに平手打ちにされたのと、
その平手打ちが、少しだけいつもより優しかった事に、涙が出るほど嬉しがっていた。
「ま、待ってよ、アスカ!」
ほっぺを腫らしたシンジが、彼女の後を追いかける。
「ところで、アンタ、病気はもういいの?」
「えっ、病気って!?」
「まだ、治ってないんじゃないの?また、アレになって、今まで入院していたんでしょ!?」
「そうだっけ?あはは、忘れちゃった」
「やっぱり、アンタは『バカシンジ』ね!」
二人は数日ぶりの口喧嘩を楽しみながら、肩を寄せ合い家路についた。
●
――翌日、ネルフ本部・・・。
リツコの研究室に集められた、アスカ、レイ、ミサト、それに苦労の末、やっと男に戻れたシンジ。
「今日は、みんなに知らせる事があるの、『江戸川マリア』さんの事なんだけど・・・」
『マリア』と聞いて、シンジは、思わず返事をしそうになった。
慣れというのは恐ろしい。
「彼女、急にネルフの新しい支部に配属になったの」
「え〜〜!!?」
「・・・!・・・」
「ちょ、ちょっと、リツコ!新しい支部って、どこよ!?」
「ガラパゴス諸島よ」
「「ガラパゴスぅ!?」」
アスカとミサトが揃って、素っ頓狂な声を上げた。
(また、あんな大ウソを・・・、もう絶対、リツコさんの言う事は信じない・・・)
心の中で、そう強く決心したシンジ。
「そうそう、彼女から、レイ宛てに手紙を預かっているの」
リツコがポケットから手紙を取り出し、レイに手渡した。
手紙を受け取ったレイは、無言のまま、部屋から飛び出して行ってしまった。
「あ、綾波!」
追いかけようとしたシンジを、リツコが肩を掴んで止めた。
「今は、一人にさせてあげなさい」
「・・・・・・はい」
・
・
・
・
・
・
ジオフロント内を一望できるテラスにやって来たレイは、
慌てる気持ちを押さえ、一呼吸してから、『マリア』からの手紙を読みはじめた。
〜 親愛なる、綾波さんへ 〜
この手紙を読んでいる頃、もう私は、あなたの前にはいないでしょうね。
突然の事で、本当にごめんなさい。
これから、もっと、もっとお友達になれると思ったのに、とても残念です・・・。
でも、綾波さんの友達は、私一人ではありません。
綾波さんの周りにいる人達が、みんな友達です。
だから、私がいなくなったからって寂しがらないで、また『一人ぼっち』になったなんか思わないで。
もし綾波さんにそう思われたら、私、とても悲しいです。
綾波さんは、優しい女の子です!綾波さんは、強い女の子です!綾波さんは、とっても、元気な女の子です!
だから、もっと、自分に自信を持って!
そして、いつか・・・、いつかまた、私に、あの笑顔を見せて下さいね!
その日を、楽しみに待ってます!
再会を夢見て・・・
かしこ・・・・・・・・・・
江戸川マリア・・・・・・・・・・
何度も読み返した後、レイは大事に手紙を折りたたんだ。
涙が出そうになるのを『グッ』と我慢するが、どうしても涙が溢れて来てしまう。
「綾波〜!」
「ファースト〜!どこに行ったのよ!」
遠くから、シンジとアスカの呼ぶ声が聞えてくる。
レイは手紙を胸のポケットにしまうと、しばらく、その上に手を添えた。
そして、袖で涙を拭うと『ニッコリ』微笑み、自分の名を呼ぶ少年と少女の元へ駆け出した。
●
――数日後、レイのアパート。
コンコン。
「綾波〜、いる?」
「ねえ、ファースト!この間の『クリスマス・パーティー』の写真を持って来たわよ〜」
アスカの手には、ツリーの前でみんなで揃ってVサインをする、あの時の写真が握られていた。
ガチャ・・・。
ひょっこりと、ドアから顔を覗かせたレイ。
アスカはレイの頭の上に、白い物体が張り付いている事に気がついた。
「ア、アンタ、頭に何を乗っけんんのよ!?」
「・・・猫よ・・・、知らないの?・・・」
「知ってるわよ!」
部屋の中に招き入れられたシンジとアスカは、その変わりように目を疑った。
綺麗に飾られた机の上、可愛らしいクッションや小物、
そして窓には鮮やかなピンクのカーテンが外からの風にはためいていた。
あの殺風景であった部屋とは、同じ部屋だとは思えない。
「す、すごいや、綾波!」
「どういう心境の変化よ、アンタ!?」
「・・・ちょっとね・・・、はい、コーヒー・・・」
シンジとアスカの前に、レイが自ら煎れたコーヒーを出す。
頭の上には、相変わらず白い猫が乗っかっていたが・・・。
「いい加減、降ろしなさいよ、それ!」
と、アスカが、レイの頭から猫を抱き上げた。
なんだかんだ言って、彼女も猫に触りたくてしょうがなかったのだ。
「うわ〜、毛がフワフワ〜、ねえ、何て名前なの?」
「・・・『マリア』よ・・・」
その名前に、飲んでいたコーヒーを吹きだしそうになったシンジが、ゲホゲホとむせ返る。
「・・・どうしたの碇君?・・・」
「あ、いや、なんでもない、なんでもない!」
「へー、『マリア』か〜、・・・・・・あれ?」
抱き上げた『マリア』の体のある一部分を見て、アスカがレイに言ってきた。
「ちょと、ファースト!この子、オスじゃない!」
すてん!
それを聞いて、シンジが思いっきりずっこけた。
〈洒落た、オチだよ、綾波・・・〉
ずっこけて、床に這いつくばるシンジの目の前に、
あのクリスマス・パーティーの写真が、ヒラヒラと舞い落ちてきた。
そこには、この世界に数日間しかいなかったあの少女が、満面の笑みを浮べてVサインを向けていた・・・。
『期間限定のマリア』 完
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