クリスマス・スペシャル

『期間限定のマリア』 (後編)

 

by ミカンの大作

 

 

すっかり日が暮れた夜道を歩く、マリア。

リツコに相談して見たものの、結局、男に戻る手だてがわからないまま、家路についた。

 

『とにかく、あの時に何が起こったのか思い出しなさい。元に戻れる方法がわかるかもしれないわ・・・』

 

研究室から帰り際、リツコに言われた事を思い出す。

「そんなこと言われたって、丸っきり覚えてないよ・・・」

大きな溜め息をつく。

どうしようもない状況にうな垂れて歩いていると、前を歩くレイの後ろ姿を見つけた。

『綾波さ〜ん!』と呼び掛け、マリアは、レイの元へと駆け寄った。

「どうしたの、こんな時間に?」

「・・・江戸川さんに会いに来たの・・・」

「えっ」

相変わらず、表情に変化がないレイであったが、その肩は微かに震えていた。

「・・・仔猫が・・・、あの仔猫の様子が変なの・・・、私、どうしたらいいのか分からなくて・・・」

「こ、仔猫が!?わ、わかった!今から行こう!」

レイの手を取ると、マリアは全速力で駆け出した。

手を引かれるレイが、『・・・あの・・・』と何かを言いかけたが、慌てていたマリアは、まるで聞いちゃいなかった。

 

 

――綾波レイのアパート・・・。

 

「ハア、ハア、つ、着いた・・・」

荒い息を吐くマリア。

「・・・どうして、私の家を知ってるの?教えてないのに・・・」

「へ!?」

「・・・さっき、教えようとしたけど、江戸川さん、どんどん先に行っちゃうから・・・」

(し、しまった!つ、つい夢中で!)

――今ごろ気づいても、『後の祭り』・・・。

「あの、その、それは・・・、電波を受信してって、そんな事より、仔猫が心配だ!」

「・・・?・・・」

首を傾げるレイに構わず、マリアは、レイの部屋の中に入っていった。

相変わらず、殺風景なレイの部屋。

マリアは、ベッドの横に置いてあったダンボール箱を覗き込んだ。

敷き詰められたバスタオルの上で、白い仔猫が荒い息をして、グッタリと眠っていた。

「だいふ、弱っているみたい」

「・・・ミルクを飲ませたら、こうなってしまって・・・」

「ミルクを?ね、ねえ、そのミルクを見せて?」

レイが持って来たミルクのパックを見て、マリアは仔猫の容態に納得がいった。

「やっぱり・・・、賞味期限が切れてるよ、これ」

「・・・あっ」

ミルクのパックを確かめたレイが、小さな声をあげて口元を押さえた。

「たぶん、『食あたり』だと思うよ」

「・・・この子、死ぬの・・・?」

「だ、大丈夫だよ、薬があればいいんだけど」

マリアは部屋中を引っ掻き回して、未使用の救急箱を見つけた。

中にあった人間用の『胃腸薬』を細かく砕くと、ぐったりしている仔猫に無理矢理呑み込ませる。

「これで、何とかなるだろう。後は温かくして、寝かせておけば・・・」

「・・・ありがとう・・・。私、どうしたらいいのかわからなくて・・・、そしたら、江戸川さんの顔が浮かんできて・・・」

「そうだったの・・・」

「・・・この子がいなくなったらって思うと、とても怖くなって、私、私・・・」

普段、冷静なレイが、声を詰まらせる。

感情が高ぶっているのだが、それをどう表わせればよいのか、彼女にはわからなかった。

「綾波さん・・・」

「・・・私、また、一人ぼっちになるのかなって・・・、一人は、寂しいの・・・、心が痛いの・・・」

レイの真紅の瞳から、『ポロリ』と涙が溢れて頬を伝った。

仔猫の容体が大事にはいたってないと安心したからか、それとも、一人になる事への恐れか。

彼女のか細いすすり泣きが、ガランとした何もない部屋に響き渡る。

マリアが『ポツリ』と言う。

「そんな悲しいこと言うなよ・・・」

「・・・え・・・?」

急に言葉づかいの変わったマリアに、レイが驚きの声を上げた。

レイの肩を、マリアが『ぎゅう』っと掴んだ。

「そんな『一人ぼっち』なんて、悲しいこと言うなよ!
みんな側にいるじゃないか!ミサトさんだって、リツコさんだって、アスカやトウジやケンスケや委員長や、
ネルフや学校のみんなや、綾波の周りには、みんな、いるじゃないか!」

「・・・江戸川・・・さん?」

「一人ぼっちだって・・・、寂しいのは自分だけだって・・・、
そうやって思い込んでいるのは綾波の方なんだ!そんなんじゃ・・・、そんなんじゃダメだよ!」

ガクガクとレイの肩を揺さ振るマリア。

マリアの目にも、涙が光っていた。

「・・・私のために泣いてくれているの?・・・」

「そうだよ!お願いだから、そんなこと言わないで!お願いだから・・・」

レイは、泣きじゃくるマリアの手を、そっと握り締めた。

「・・・私、今、とても嬉しいの・・・、でも、こんな時、どんな顔をすればいいのかわからない・・・」

そう訊ねてくる彼女に、マリアは袖で涙を拭うと『ニッコリ』と微笑んで言った。

「笑えば・・・、笑えばいいと思うよ」

その言葉に、レイが微笑を浮べた。

まるで、あの時のように。

「・・・不思議・・・、前にも、同じ事を言われた気がするの、誰かに・・・」

「綾波さんの笑った顔、とっても、可愛いよ」

「・・・な、何を言うのよ・・・」

『ポッ』と頬を赤くしたレイ。

二人は、何がおかしいわけでもなく、お互いに顔を見合わせ吹き出した。






ペロペロ・・・。

「・・・ん」

レイの部屋で眠り込んでしまったマリアは、頬にくすぐったさを感じて目を覚ました。

「ん?・・・あっ!」

マリアは起きだすと、ベッドの上に寝ているレイを起こしに掛かる。

寝起きで、ボーっとしているレイ。

まだ外は薄暗く、眠いのも無理もない。

「・・・どうしたの・・・?」

「ほら!」

マリアが指差した先から、あの白い仔猫がトコトコと歩いてきた。

そして、レイの顔をじっと見ると、『にゃあ〜』と一鳴きしてみせた。

「・・・あっ・・・」

「治ったみたい、もう大丈夫だよ!」

子猫の容態がすっかり良くなった事を告げたマリアに、レイが『がばっ!』と抱きついてきた。

その彼女の行動にマリアもビックリしたが、レイ自身も、かなり驚いているようだ。

「あ、綾波さん?」

「・・・ごめんなさい、でも、嬉しくて・・・、本当にありがとう・・・」

『ニッコリ』と微笑むレイ。

その笑顔に、抱き着かれているマリアは顔を真っ赤にした。

(あ、綾波って、やっぱり、可愛いよな、抱き着かれていると気持ちいい。
柔らかいし、それに温かい、・・・・・・ん?)

レイの体の感触を存分に堪能していた『マリア』こと、碇シンジの頭の中に、何かが閃いた。

(お、思い出した!あの時、初号機に取り込まれたあの時も、確か、こんな感じで・・・)

大きく目を見開いたままのマリアを見て、レイが不思議そうに声を掛けた。

「・・・どうしたの、江戸川さん?・・・」

「ま、まさか、これが原因!?」

「・・・???・・・」

「にゃあ?」

 

 

――市内某所、リツコのマンション・・・

 

「ふ〜ん、そういうわけだったの・・・」

マリアの話を聞いて、頷くリツコ。

「『ふ〜ん、そういうわけだったの』じゃないですよ!何、落ち着いているんですか!」

「別に、落ち着いているわけじゃないわよ・・・、ただ、眠いだけよ」

突然のマリアの来襲を受け、リツコは寝ているところを叩き起こされた。

昨夜、ベッドに潜り込んだのが午前2時・・・、そして、現在の時間は、午前5時を5分程回っていた。

「『サルベージ』される、あの時、僕は無意識のうちに『女の子』になる事を望んでいたんですよ!
きっと、これが、原因です!」

「そうね、その要素は十分考えられるわね」

「これで、僕、『男』に戻れますよね!?」

「そうかもしれないわね。
でも、今すぐって訳にはいかないわ。もっと、詳しく分析してからでないとあまりにも危険だわ」

「そんな悠長な!今日の夜の12時までに元に戻らないと、アスカが!」

「・・・あなた、今度は何になりたいの?イボイノシシ?カナブン?それともミジンコ?」

「うっ!」

「今回の事でよくわかったけど、『サルベージ』は、被験者の心理状態に大きく左右されるの。
もし、シンジ君が『ハエ男』になりたいと望めば、『ハエ男』になれるかもしれないのよ」

「そ、そんな、『ザ・フライ』じゃあるまいし・・・」

「なるほど」

シンジの言葉に、リツコが、『ポン』と手を打った。

「もしかしたら、スゴイ発明をしたのかも?」

「リツコさ〜ん!!!」

「とにかく、時間をちょうだい。今から分析して準備に取り掛かるわ、それに『初号機』を無断使用するから、
人の少ない時間にしないと・・・、そうね、夜には準備ができると思うわ」

「よ、夜ですか?」

(アスカとの約束の時間が、午前12時まで。それまでに、間に合うだろうか・・・?)

 

「心配しないで、シンジ君は学校に行きなさい。終業式の後、クリスマス・パーティーもあるんでしょ?」

「はい、で、でも・・・」

「何?まだ心配事?」

「リツコさん・・・、今から2度寝しないで下さいよ?」

――ギクッ!

「そ、そんな事、す、するわけないでしょ!」

マリアが『じと目』で、リツコを見てくる。

彼女の言う事を、まるっきり信用していないようだ。

結局、リツコが、『絶対、二度寝はしません!』という誓約書を書く事で、マリアは納得して帰っていった。

彼女を見送ったリツコが、ドアを閉めながら呟いた。

「結構、勘が鋭いじゃない、あの子」

 

 

――第壱中学校、体育館・・・。

 

二学期の終業式を終え、一旦、家に戻ったマリア達は、
体育館に特別に設置された、学校主催のクリスマス・パーティー会場に向かった。

「うわ〜、すっご〜い!!!」

それとなく、ドレスアップしてきたアスカが、生徒達で溢れかえる会場を見て驚きの声をあげた。

会場の真ん中には巨大なクリスマスツリーが飾られ、
その周りを囲むように、いくつかのテーブルが用意されていた。

どうやら、立食パーティーのようだ。

ステージの上では、ジャズバンド部がクリスマスのオールデイズナンバーを演奏して、
その雰囲気を、一層と盛り上げていた。

「ほら、何、グズグズやってんのよ、マリア!」

「そ、そんなこと言ったって・・・、は、恥かしくって!」

アスカのミニスカートを、無理矢理に履かされたマリアが、モジモジと入口のところで突っ立っていた。

「何、言ってるのよ、結構、似合ってるじゃな〜い」

(それは、それで、問題だよ!)

と、涙目になるマリアに声が掛けられた。

「よぉ〜、江戸川さん!」

いつも通りのジャージ姿のトウジと、おさげの髪を降ろしているヒカリ、
そして、カメラを片手に、何故だかタキシード姿のケンスケがこちらにやって来た。

「おお〜、江戸川さん、可愛い!一枚、撮らせて!」

「わ、や、やめて下さい!」

嫌がるマリアに構わず、ケンスケがシャッターを切りまくる。

「ム〜、マリアばっかし・・・、このアスカ様の美しい姿が目に入らないの!?アンタは!」

ゲシ!ゲシ!

「う、美しい被写体は、け、蹴りなんかいれないぞ!」

ケンスケに蹴りを入れるアスカを、マリアが困った顔をして見ていると、
制服姿のレイが会場に入って来たのが見えた。

「あっ、綾波さん!」

「・・・こんばんわ、江戸川さん・・・」

「あれから、仔猫の容態はどう?」

「・・・もう、すっかり元気になったわ・・・」

「よかったぁ〜」

「・・・全部、江戸川さんのおかげよ・・・」

と、レイが『ニッコリ』と微笑んだ。

「あら、ファーストが笑うなんて、珍しいわね〜」

「・・・・・・」

アスカがこちらにやって来たのを見て、レイの顔がわずかに緊張した。

「ふ〜ん・・・、アンタ、結構、可愛い顔するじゃない!ま、アタシには負けるけどね!」

『ニコッ』と笑って、彼女はレイに向かってウインクをして見せる。

それを見て、レイの顔もほころんだ。

「ホント、綾波さん、もっと笑顔を見せればいいのに!」

「ホンマやで、綾波。ワシが、もっと笑わせたろうか?」

ヒカリの後、トウジが自分の顔を『びろ〜ん』と引っ張って見せる。

「そのまんまの顔でも、十分、笑えるわよ、アンタの場合は!」

そのアスカの言葉に、マリア達は笑いに包まれた。

レイも可笑しそうに、笑顔を見せている。

 

(よかった、これで綾波も、もっと、みんなに溶け込めるかも・・・)

マリアは自分の事のように、嬉しさが込上げてきた。

 

「さ〜て!ここは一つ、記念写真といきますか!」

ケンスケは、クリスマス・ツリーをバックにみんなを立たせると、カメラをスタンドに固定した。

「はい、チ〜ズ!」

それを合図に、カメラに向かってみんなお揃いのピースサインを披露してみせた。

パシャ!

 

記念写真も終わり、和やかな雰囲気でパーティが進み、ここぞとばかりに盛り上がるマリア達。

「いや〜、終業式も終わったし、明日から冬休みや〜、思いっきり遊んだる!」

皿の上に、料理を一杯盛り満足げなトウジが言った。

「何、バカなこと言ってるのよ!鈴原には補習があるでしょ!」

「そうやった〜、嫌なこと思い出させんといてぇな、委員長〜」

「ふふ、でも、このクリスマス・パーティーは楽しみましょ!・・・わ、私と、い、一緒に」

「い、委員長・・・」

すっかり、自分達の世界に入り込んでしまっているトウジとヒカリ。

そんな二人を、アスカが羨ましそうに見ていた。

「何やってんのよ、あのバカぁ・・・」

アスカのバックの中には、あのプレゼントが大事にしまってある。

だが、その相手は今だ姿を見せない。

しょげ返るアスカを見て、マリアが声を掛けてきた。

「あ、あの、アスカ・・・、『そのバカ』の事なんだけど、もうすぐ来ると思うから」

「えっ!?」

「わ、私が、保証する!きっと、来るから!」

「な、なんで、マリアがそんなこと言えるのよ!あのバカの・・・、シンジの事なんて知らないクセに!
気安めなんて止めてよ!」

「・・・・・ご、ごめん」

「それとも、あんた、シンジの事を知ってるの?」

「え、そ、それは・・・」

「知ってるのね?アンタ、何なの、シンジの何なのよ!」

思わず声を荒げるアスカ。

興奮するアスカを押し止めようと、マリアが彼女に近づくと、そっと耳打ちをした。

「あ、あの、その、じ、実は、私・・・」

その瞬間、アスカの眉がピンと跳ね上がる。

「なんですって!碇司令の『隠し子』〜!!?」

「わ、わ〜、こ、声が大きい!」

慌てて、マリアが彼女の口を押さえつける。
その大きな声に、何人かの生徒がこちらを怪訝そうな目で見ていた。

「何て、不埒な!許せないわ、あの『ヒゲオヤジ』!」

『女の敵!』とばかりに、怒りを露にするアスカ。

(・・・父さん、ゴメン)

身内に対して、とんでもないウソをついてしまった事に、マリアはこっそり胸の中で謝った。

「じゃ、じゃあ、マリアとシンジは『兄妹』なの?」

「そ、そうなの、だから信じてあげて、あんな兄さんだけど、必ず約束は守るから!」

「わかったわ、今日の12時まで待っててあげる。そうね〜、学校で」

「あ、ありがとう・・・、アスカ」

ピピッ、ピピッ!

安心して、ほっと胸をなで下ろしたマリアが持っていた携帯電話が、突然、鳴り響いた。

「ごめんなさい、ちょっと、外に出て来ます」

そそくさと会場から抜けると、マリアは、人目につかないところで通話ボタンを押した。

『もしもし?リツコよ、迎えに来たわ、出てこれる?』

「はい、今、会場を出ました」

『じゃあ、表の校門の所で待ってるから、すぐに来て』

「はい!」

電話を切ると彼女は、待ち合わせ場所の校門へ足早に向かう。

「・・・江戸川さん、もう、帰るの・・・?」

背後から呼び止められ、マリアが振り向くと、そこには同じく会場から抜け出したレイが立っていた。

「あ、綾波さん・・・、ちょ、ちょっと、用事を思い出したから」

「・・・そうなの・・・」

マリアに近づいてきたレイが、囁くような声で言う。

「・・・今日、とっても楽しかった。クラスの人も優しくしてくれたし、惣流さんとも仲良くできた。
これも、江戸川さんのおかげよ、私、みんなと、上手くやっていけそうな気がするの・・・」

「よかったね、綾波さん」

「・・・本当にありがとう・・・」

マリアの手に、レイが手を添えてきた。

彼女も手を乗せてそれに応える。

「綾波さんが心を開いたから、みんなと仲良くなれたのよ、私は、そのきっかけを作っただけ」

そう言うと、マリアは、レイに向かって笑顔を見せた。

「・・・私、江戸川さんに会えて良かった。だから、これからも、ずっとお友達でいてくれる?・・・」

 

――ズキン・・・。

 

「そ、それは」

「・・・?・・・」

もうすぐ『江戸川マリア』は、この世界からいなくなる。

そうなった時のレイの事を思うと、シンジの胸は痛んだ。

「綾波さん・・・、本当は、私・・・、いや、僕は!」

キキッー!

言いかけた時、一台の車がマリア達の前に急停車すると、運転席からリツコが顔を出した。

「何をしているの、シン・・・じゃなかった、江戸川さん!時間がないわよ!」

「は、はい!・・・じゃ、じゃあ、綾波さん」

レイに向き直ったマリア。

「さようなら・・・」

彼女はレイに背を向けると、そのままリツコの車に飛び乗った。

タイヤを鳴らして急発進するリツコの車。

マリアの目に、いつまでも車を見送るレイの姿が焼き付いた。

 

法定時速を軽く超え、リツコの運転する車がネルフ本部を目指す。

「どうしたの?『男の子』に戻りたくなくなった?」

リツコが、しょんぼりとシートに座るマリアに優しく語り掛けた。

「そういうわけじゃないけど・・・、でも、なんか複雑な気分です・・・」

「シンジ君、『サルベージ』に迷いは禁物よ。その意味は身を持って体験しているでしょ?」

「・・・わかってます」

 

 

――ネルフ本部・・・

 

プラグスーツに着替えるため、一人更衣室にやって来たマリア。

「『迷いは禁物』か・・・、わかっている。アスカのためにも元に戻らなきゃ・・・、でも、綾波の事も気にかかる」

『ずっと、友達でいて』と言ったレイの顔が、マリアの頭を掠める。

「ロクにお別れも言えなかった、・・・・・・そうだ!」

マリアはノートとペンを探しだすと、レイへの手紙を書き始めた。






サルベージの用意が整った無人の初号機のゲージで、マリアがやって来るのを待っていたリツコ。

その彼女の前に、プラグスーツに身を包んだマリアがやって来た。

「準備はできた?」

「はい。・・・あの、リツコさん」

マリアは、リツコの前に、先程書いた『手紙』を差し出した。

「この世界から『江戸川マリア』がいなくなったら、この手紙を、綾波に渡して下さい」

「わかったわ、必ず、渡しておくわ」

マリアから手紙を受け取ると、リツコは白衣のポケットにそれをしまいながら聞いてくる。

「どうだった?『江戸川マリア』として過ごした、この数日間は?」

「結構、楽しかったです。男子にはモテたし、スカートもはけたし、
それに、アスカや綾波の色んな面も発見できたし・・・」

たった数日の出来事にも関わらず、それは、ひどく懐かしくも思えた。

「女風呂も入れたしね」

「そ、それを言わないで下さいよ!」

「あら、『サルベージ』前に変なこと言っちゃったわね、今の発言は削除しておいて」

意地悪そうに笑みを浮べて、リツコが言う。

落ち着かせるように一呼吸おいてから、マリアが意を決したように顔をあげた。

「・・・僕は、僕です。だから、『碇シンジ』に戻ります!」

「初号機に取り込まれても、その気持ちを忘れないでね」

「はい!」

 

 

マリアの乗るエントリープラグが、つり上げられると初号機に挿入された。

「準備いいわね?」

『はい、いつでもどうぞ』

マリアの返事を聞いて、リツコは前回と同じく、エントリープラグに電流を流し込んだ。

『・・・クッ!』

その電流に、マリアが体を仰け反らせる。

初号機とのシンクロ率が上昇するにつれて、マリアの『生命反応』が微弱になっていく。

そして、目標の『シンクロ率400%』に達しようとした、その時、

ビー、ビー!

と、突然の警報とともに、ディスプレーに『エラー』の赤い文字が浮かび上がった。

「何が起こったの?」

リツコが、MAGIの端末を操作して、『エラー』の原因を探りに掛った。

『・・・ど、どうしたんですか?』

「わからないのよ、いきなり、警報が鳴り出して・・・、あ!こ、これは!?」

『エラー』を表示していたディスプレイに、
デフォルメされ、立て札を持った『ピンクの怪獣マヤ』のCGが現れた。

・・・その立て札には、こう書かれていた。

 

 

『リミッタープログラム作動中!』

『シンクロ率は、正しく守ってね♪』

 

 

「マ、マヤが、シンクロ率に規制を掛けている・・・、これでは、シンクロ率が上がらないわ!」

『そ、そんなの、こ、壊せばいいんじゃないですか!』

「それが、ダメなのよ、さっきから、何をしても受け付けないの!
マヤって、時々、スゴイ事をやらかす子だから、これは、厄介よ・・・」

『じゃ、じゃあ、マヤさんに頼んで、解除してもらったら!』

「それは無理よ、あの子、青葉くんや日向達と、スキーに行っちゃったから」

『そ、そんな〜!!!』

思わぬ事態に、マリアがエントリープラグの中で声を上げた。

再び、ピンクの『怪獣マヤ』が現れると、新しいメッセージを表示する。

 

 

『不正な処理が行なわれましたぁ〜』

『初号機へのアクセスを、全て、強制終了させますぅ♪』

 

 

途端に壁面ディスプレイに表示されていた、マリアと初号機の神経接続回路がどんどんとカットされていく。

初号機のメインの電源も切られ、非常灯が灯されるエントリープラグ内。

先程まで流されていた電流も止まり、初号機が完全に沈黙をした。

「な、なんだよ・・・、これじゃ、元に戻れないじゃないか!」

マリアは、プラグスーツのデジタル時計を見た。

午後11時12分から、13分に変わったところであった。

「時間がない!動け!動け!動け!」

インジェクション・レバーを、ガチャガチャと動かし続けるマリア。

「今、動かなきゃ、間に合わなくなるんだ!
僕を、僕の事をアスカが待ってるんだ!だから、動いてよォ!」

マリアが泣きそうな声をあげて、絶叫した。

――その時!

 

『ドクン・・・』

 

心臓の鼓動が聞えたと思うと、その音は次第に高まってゆく。

『グオオォォ・・・』

自ら額部ジョイントを引き千切り、雄叫びを上げる初号機。

「再起動した!?ま、まさか!?主電源が落ちてるのよ!」

突然の暴走に、リツコが驚きつつ初号機を見上げた。

拘束具がミシミシと音を立て吹き飛ぶと、初号機の背中に12枚の光の翼が伸びる。

「こ、ここで、サード・インパクトを起す気!?」

 

――奇しくも今日は、12月24日。・・・あながち、ない話ではない。

 

『グオオォォ!!!』

初号機が身を捩じらせ、ゲージ全体を揺るがす大咆哮をあげる。

 

「・・・ここまでね」

思わぬ展開に、リツコが覚悟を決め、最後の一服をしようとポケットからタバコを取り出した。

タバコに火を点けようとした時、
それまで、爛々と輝いていた初号機の目から、光が急速に失われていく事に気が付いた。

ピクリとも動かなくなった初号機から、勝手にエントリープラグが排出されると、
昇降ハッチが音を立ててせり上がる。

リツコが、慌てて排出されたエントリープラグに駆け寄ると、中を覗き込んだ。

「シンジ君!」

「ん・・・うん・・・、あ。リツコさん?・・・ハッ!」

目を覚まして、『ガバ』と起き上がったシンジ。

慌てて、自分の体をあちこち触ってみる。

そして、股下にぶら下がっていた『男の子の象徴』を見つけた時、その場に飛び上がった。

「やった〜、元に戻った!まだ、間に合う!」

ガッツボーズを取ると、シンジは、プラグの中から飛び出した。

「リツコさん、僕、行って来ます!」

「ちょ、ちょっと、シンジ君!」

リツコの呼び掛けにも応えずそう言い残すと、シンジはスキップする勢いでゲージから出て行ってしまった。

一人取り残されたリツコが、ポツリと言う。

「・・・せめて、人間らしく、パンツぐらい履いていきなさい」

彼女は、クスリと笑みを浮べて見上げた。

「そう、これが、あなたからの『クリスマス・プレゼント』なのね・・・」

そこには、完全に活動を停止した初号機が、何も語らずリツコを見下ろしていた。

 

 

息急きながら、学校にやって来たシンジ。

もちろん、ちゃんと服を着てだが・・・。

すでにパーティーを終わっており、明かりが落された校内には人の気配などどこにもなかった。

「アスカ、帰っちゃったのかな・・・」

キョロキョロと辺りを見回すシンジの頭に、『こつん』と小石がぶつけられた。

「何、キョロキョロしてんのよ、バカシンジ!」

「ア、アスカ!」

外灯の明かりの下から、コートを羽織ったアスカが現れた。

「レディーをこんな寒い所に、いつまで待たせるんじゃないわよ!ホント、鈍いんだからアンタは!」

『プイッ』とそっぽを向くアスカに、シンジは『ごめん』と素直に謝った。

「ほら、これ、この前の誕生日の『お返し』よ!」

と、彼女は例のマフラーの入った包みを、投げて渡してくる。

「開けてもいい?」

「フン!好きにしたら!」

包みを開けると中からは昨日、一緒に探し回ったあのマフラーが出て来た。

「ありがとう、アスカ、大事にするよ」

「まあ、ありがたく使いなさい!あ〜あ、寒かった!ほら、さっさと帰るわよ、風邪引いちゃうわ!」

彼から背を向けると、さっさと一人歩き出したアスカ。

何とも味気ない、数日ぶりの再会。

それでもシンジは嬉しくなって、アスカの後を追いかけた。

「こうすれば、寒くないよ」

そう言ってシンジは、たった今貰ったマフラーを、アスカの首に巻きつけた。

「えっ」

一瞬、呆気に取られるアスカ。

よく見ると、マフラーのもう一方の端は、シンジの首が巻かれてあった。

ピッタリと二人の体が寄り添う。

「ね?こうすれば、温かいだろ?」

シンジが『ニッコリ』と微笑んだ。
思わず見とれていたアスカの頬が、『ぼっ!』音を立てるほど真っ赤になる。

恥ずかしさの余り、顔を俯かせ彼女が呟いた。

「ア、アンタ・・・」

「何?」

「アンタ、バカぁ〜!?」

『パチン!』とアスカの平手打ちが、シンジの横っ面に飛んだ。

「な、何するんだよ、アスカ!」

「そ、そんな、柄にもない事すんじゃないわよ!」

『プンスカ』と怒りながら歩いていくアスカ。

それが彼女一流の照れ隠しなど、シンジには丸っきりわかるはずもない。

だがシンジも、久しぶりに、アスカに平手打ちにされたのと、
その平手打ちが、少しだけいつもより優しかった事に、涙が出るほど嬉しがっていた。

「ま、待ってよ、アスカ!」

ほっぺを腫らしたシンジが、彼女の後を追いかける。

 

「ところで、アンタ、病気はもういいの?」

「えっ、病気って!?」

「まだ、治ってないんじゃないの?また、アレになって、今まで入院していたんでしょ!?」

「そうだっけ?あはは、忘れちゃった」

「やっぱり、アンタは『バカシンジ』ね!」

二人は数日ぶりの口喧嘩を楽しみながら、肩を寄せ合い家路についた。

 

 

――翌日、ネルフ本部・・・。

 

リツコの研究室に集められた、アスカ、レイ、ミサト、それに苦労の末、やっと男に戻れたシンジ。

「今日は、みんなに知らせる事があるの、『江戸川マリア』さんの事なんだけど・・・」

『マリア』と聞いて、シンジは、思わず返事をしそうになった。

慣れというのは恐ろしい。

「彼女、急にネルフの新しい支部に配属になったの」

「え〜〜!!?」

「・・・!・・・」

「ちょ、ちょっと、リツコ!新しい支部って、どこよ!?」

「ガラパゴス諸島よ」

「「ガラパゴスぅ!?」」

アスカとミサトが揃って、素っ頓狂な声を上げた。

 

(また、あんな大ウソを・・・、もう絶対、リツコさんの言う事は信じない・・・)

心の中で、そう強く決心したシンジ。

 

「そうそう、彼女から、レイ宛てに手紙を預かっているの」

リツコがポケットから手紙を取り出し、レイに手渡した。

手紙を受け取ったレイは、無言のまま、部屋から飛び出して行ってしまった。

「あ、綾波!」

追いかけようとしたシンジを、リツコが肩を掴んで止めた。

「今は、一人にさせてあげなさい」

「・・・・・・はい」






ジオフロント内を一望できるテラスにやって来たレイは、
慌てる気持ちを押さえ、一呼吸してから、『マリア』からの手紙を読みはじめた。

 

 

〜 親愛なる、綾波さんへ 〜

 

この手紙を読んでいる頃、もう私は、あなたの前にはいないでしょうね。

突然の事で、本当にごめんなさい。

これから、もっと、もっとお友達になれると思ったのに、とても残念です・・・。

でも、綾波さんの友達は、私一人ではありません。

綾波さんの周りにいる人達が、みんな友達です。

だから、私がいなくなったからって寂しがらないで、また『一人ぼっち』になったなんか思わないで。

もし綾波さんにそう思われたら、私、とても悲しいです。

綾波さんは、優しい女の子です!綾波さんは、強い女の子です!綾波さんは、とっても、元気な女の子です!

だから、もっと、自分に自信を持って!

そして、いつか・・・、いつかまた、私に、あの笑顔を見せて下さいね!

その日を、楽しみに待ってます!

再会を夢見て・・・

 

かしこ・・・・・・・・・・

江戸川マリア・・・・・・・・・・

 

 

 

何度も読み返した後、レイは大事に手紙を折りたたんだ。

涙が出そうになるのを『グッ』と我慢するが、どうしても涙が溢れて来てしまう。

「綾波〜!」

「ファースト〜!どこに行ったのよ!」

遠くから、シンジとアスカの呼ぶ声が聞えてくる。

レイは手紙を胸のポケットにしまうと、しばらく、その上に手を添えた。

そして、袖で涙を拭うと『ニッコリ』微笑み、自分の名を呼ぶ少年と少女の元へ駆け出した。

 

 

――数日後、レイのアパート。

 

コンコン。

「綾波〜、いる?」

「ねえ、ファースト!この間の『クリスマス・パーティー』の写真を持って来たわよ〜」

アスカの手には、ツリーの前でみんなで揃ってVサインをする、あの時の写真が握られていた。

ガチャ・・・。

ひょっこりと、ドアから顔を覗かせたレイ。

アスカはレイの頭の上に、白い物体が張り付いている事に気がついた。

「ア、アンタ、頭に何を乗っけんんのよ!?」

「・・・猫よ・・・、知らないの?・・・」

「知ってるわよ!」

 

部屋の中に招き入れられたシンジとアスカは、その変わりように目を疑った。

綺麗に飾られた机の上、可愛らしいクッションや小物、
そして窓には鮮やかなピンクのカーテンが外からの風にはためいていた。

あの殺風景であった部屋とは、同じ部屋だとは思えない。

「す、すごいや、綾波!」

「どういう心境の変化よ、アンタ!?」

「・・・ちょっとね・・・、はい、コーヒー・・・」

シンジとアスカの前に、レイが自ら煎れたコーヒーを出す。

頭の上には、相変わらず白い猫が乗っかっていたが・・・。

「いい加減、降ろしなさいよ、それ!」

と、アスカが、レイの頭から猫を抱き上げた。

なんだかんだ言って、彼女も猫に触りたくてしょうがなかったのだ。

「うわ〜、毛がフワフワ〜、ねえ、何て名前なの?」

「・・・『マリア』よ・・・」

その名前に、飲んでいたコーヒーを吹きだしそうになったシンジが、ゲホゲホとむせ返る。

「・・・どうしたの碇君?・・・」

「あ、いや、なんでもない、なんでもない!」

「へー、『マリア』か〜、・・・・・・あれ?」

抱き上げた『マリア』の体のある一部分を見て、アスカがレイに言ってきた。

「ちょと、ファースト!この子、オスじゃない!」

すてん!

それを聞いて、シンジが思いっきりずっこけた。

〈洒落た、オチだよ、綾波・・・〉

 

ずっこけて、床に這いつくばるシンジの目の前に、
あのクリスマス・パーティーの写真が、ヒラヒラと舞い落ちてきた。

そこには、この世界に数日間しかいなかったあの少女が、満面の笑みを浮べてVサインを向けていた・・・。

 

 

『期間限定のマリア』 完

 

 

 


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