「いよいよね……。」
朝の支度を進めながら、ちらりと机の上にある、赤地に青の細いストライプの包装紙に赤いリボンで奇麗にラッピングされた包みを見る。包みの中は勿論チョコレート、一から全て自分で用意したものよ。
ヒカリから、この日に行われる日本独特の風習の事を聞いたのは先週の事だった。それから今日まで、アタシは持てる力の全てをこの包みの為に費やして来たと言っても良い。
今日はいよいよ最終段階。自分自身に課した条件さえクリアすれば、そうしたら自信を持ってこれを渡せるわ。でも、中途半端な条件じゃない。
「これで、上手く行かなかったら、目も当てられないわね……。」
クリアの確率は五分五分、いえ、失敗の方が上かもね。
だからこそやり甲斐があるってもんよね、そう言い聞かせながら制服のリボンを結んだ。
「アスカー、早くしないと遅刻だよぉー。」
「分かってるわよ!いちいちそんな事で騒がないの!!」
アタシは、包みを丁寧に鞄に仕舞い込むと、速足でシンジが待っているであろう玄関へと向かった。
Tomi's EVA vol.16
独立2ヶ月経過記念&バレンタイン追想SS
(^^;
厳粛なる日(前編)
「ふぁ〜っ……。」
「辛そうね。一体何時まで起きてたのよ。」
「ん〜……二時半ぐらいかな?……」
「あらあら……で、出来たの?宿題。」
「うん、何とかね。」
「それは結構。じゃあさ、予習なんかはバッチリだよね?」
「よ、予習?」
「そうよ。今日、数学の小テストって言ってたでしょ?」
「あ!!……忘れてた……。」
「だろうと思ったわよ。ハイ、これ。」
「な、何これ?」
「テストのヤマ掛けておいてあげたから。この公式さえ押さえておけば大丈夫、何とかなるわよ。」
「あ……有り難う……。」
「良い?くれぐれもアタシがやったって言っちゃダメだからね。」
「分かってるよ。……いつもゴメン。」
「良いって事よ。いつも美味しい御飯食べさせて貰ってるお礼みたいなもんだから。」
「うん……有り難う……。」
いつもの様に他愛も無い事を話ながら、いつもの様にシンジと並んで歩く。
「Guten Morgen ! Hikari und zwei Dummkopf.(お早う!ヒカリと2バカ)」
「お早う、みんな。」
「お早う、アスカ、碇君。」
「お早う、御二人さん。」
「お前よぉ、何でドイツ語なんや。ここは日本や、日本語喋れや。」
「あらぁ?そんな法律聞いた事無いけどなぁ……。挨拶ぐらい分かって貰わないと困るのよねー。」
「儂かて挨拶ぐらい分かるわい!せやけど、その後なんて言うたんや?」
「え?いつもの通りの事じゃない。これでも解りやすい様に言ってあげてるんだけどなぁ……。まさか、変な悪口言ってるとか思ってるんじゃないでしょうね!?アタシはそんな性悪じゃないわよ!!」
「けっ!ホンマいけ好かんやっちゃの!」
「まあまあ、トウジ落ち着いてよ。アスカも朝から喧嘩ふっかけないでよ。」
「えー!?アタシはそんなつもりは無いんだけどなー。」
「大有りやないけ!」
「……やれやれ……。」
いつもの様にヒカリや2バカと途中で合流して、いつもの様に騒ぎながら昇降口に入り、いつもの様に下駄箱の蓋を開けた。
「あ……。」
「!……。」
シンジはそう小さな声を漏らした。
予想はついていた。ヒカリとあの話が出た後、シンジを見る周りの視線が微妙に変化していた事に気が付いたから。『敵は多そう』、その時そう感じた。
シンジの嬉しい様な困った様なと言いたげな表情を見ていると、覚悟を決めていたとはいえ、やっぱり黒々とした感情が沸き上がってくるのを感じる。
……何よ!顔なんか赤くしてさ!デレデレするんじゃないわよ!アタシというものがありながら!今日だけちょーっともててるだけじゃない!……
いろいろ文句が出てきて頭の中を駆け巡ったけど、それを何とか振り切ろうと、明るい声でシンジに話しかけた。
「え!?何々?どうしたの?」
「えっ?あっ、ちょ、ちょっと!」
わざと興味深そうにシンジの下駄箱の中を覗き込んだ。
そこには、予想通り、奇麗にラッピングされた箱が2つばかり入っていた。
「何よこれ。変な事するわね……もしかして爆弾なんじゃないの?」
「違うよ。チョコレートだよ。」
「何でそんな事が判るのよ?」
「なんや、お前『バレンタインデー』も知らんのけ?」
「『バレンタインデー』??」
「ほ、ホンマに知らんのけ!?」
「それって……何?」
「……。」
鈴原が驚いている側で、シンジがホッとしているのを見た。また何か言われると思っていたのだろうか。でも、その目は何か寂しそうにも見えた。
「ちょっとぉ……一体全体何の事よ?教えなさいよ。」
「……。」
「ちょっと!シンジってば!!」
「え!?……あ……あそ、そうだね。アスカはドイツに居たから知らなくて当然だね……。」
シンジの声は震えていた。余程ショックだったらしい。お互いの気持ちは既に解り合っていたから、期待していたのは当然よね。
「ごめんね。」と心の中で謝りつつ、顔中にクエスチョンマークを付けてシンジに迫った。
「だからぁ!何の事よ!」
「あ……だから……その……」
「む??」
「つまり……。」
「なあ惣流、そう言う事は委員長に聞いてくれないか?」
「な、何でよ?……」
「そやそや!今日は女が主役の日や!男の出る幕や無いさかいにな!」
「えっ?えっ?えっ?」
「行くぜ、碇。」
「う、うん……。」
混乱するシンジを見かねた2バカが助け船を出して、シンジを連れて行った。あれで煙に巻いたつもりだったのかしら?ま、シンジを苛めるのが目的じゃなかったから、良いタイミングだった、と言わせて貰うわ。
「ちょっとアスカ、一体どう言うつもりよ。痩せ我慢は良くないわよ?」
3人が消えたのを見計らって、ヒカリが声を掛けてきた。
「へ?痩せ我慢??」
「そうよ。」
「べ、別に我慢なんかしてないわよ。」
「でもね……アスカって、ホント嘘つくの下手になったね。」
そう言ってヒカリはアタシの手を指さした。不思議に思って手を見てみると、掌が真っ白になっていた。自分でも気が付かないうちに手を握りしめていたらしい。
「……。」
「どうしてあんな事言ったの?」
「……やっぱり、ショックだよね。あんな事言っちゃ。」
「そうよ。あれじゃ碇君、可哀想よ。どうして?……まさか、渡さないって言うんじゃ!?……。」
「そんな事無いわよ。ほら、こうやっていつでも渡せる様に……持ってきたし。」
そう言ってアタシは鞄の中をヒカリに見せた。
「本当……でも、やっぱりさっきのは納得出来ないわ。どうしてよ!」
「……試してるのよ……。」
「『試す』?」
キーンコーンカーンコーン……
「やばっ!!行くわよ!ヒカリ!」
「えっ!?あっ!ちょっとぉ!置いてかないでよぉ!!」
****************************************
『『バレンタインデー』?何よそれ??』
「知らなくて当然、なんだよな……何期待してたんだろ……馬鹿だな……。」
今日がバレンタインデーだと言う事に気付いたのは昨日の事だった。毎日が忙しくて全然気が付かなかったんだ。
そう言えば、今まで、この日に盛んにやり取りされている品物=チョコレートを貰ったこと無かったんだよな。だから、2月14日と言う日は、僕にはただ周りが騒がしいだけの、他愛の無い一日の内の一つだった。
でも、今年は事情が違っている様に思えた。言うまでもないけど、アスカの事だ。
お互いの気持ちを言葉に出して確認しあえたのはつい2ヶ月程前の事だった。
その日は朝から大喧嘩、原因はタオルをいつもの場所に置いておかなかっただけの事だった。いつになくテンションの高いアスカと、いつになく寝覚めの悪さを引きずっていた僕、互いに引き下がらずに罵りあって、遂に完全絶交を宣言しあってしまった。
当然、行きはバラバラ、学校でも互いの顔を見ることもなく、帰りも久々にアスカは洞木さんと、僕はトウジ達と一緒に帰る事になった。
トウジ達とゲーセンで暫く憂さ晴らしに遊んだ後、一人で帰る途中で、偶然、公園で高校生らしき男達数人に取り囲まれたアスカを見つけた。
たまたま声を掛けられて、いつもの様にあしらってしまって相手を怒らせたのか?それとも以前に振られたことを逆恨みして、待ち伏せされたのか?……理由はどうであれ、今朝絶交した相手を助けられる程僕の心は広くはない、僕はそのまま立ち去ろうとした。
しかし、毅然とした表情のアスカの瞳に奥に見え隠れしていた恐怖の感情を感じ取った瞬間、僕は男達の中に飛び込んでいた。
「アスカ!!!」
そう叫んだ事以外は何も覚えてはいない、ただ単に殴られ続けていただけだった様な気がする。
気が付いたら、ベンチでアスカに膝枕をされていた。
「漸くお寝覚めね、バカシンジ。」
「あ……アスカ……あれ?アイツ等は?……ケガしなかった?……」
「さすがに無傷って訳には行かなかったわ。アイツ等結構強かったし、それにアンタが居たから集中しきれなくてさ……。」
そう言って、アスカは肘の擦り傷を見せた。
よく見れば、制服も土にまみれていた。かなり苦戦した様だ。
「でも、アイツ等をボコボコに出来たから、まあ良しとしておくわ。」
そう言葉を続けたアスカの晴れ晴れとした表情を見る限りでは、戦闘の結果に満足しているのは確かだと思う。
それに比べて、僕は何も出来なかったと感じた。足を引っ張っただけなんだと思った、それが情けなかった。
「そう……アスカ一人で勝ったんだ……僕は邪魔だったんだね……。」
「……違うわ、アンタが飛び込んできてくれたから勝てたのよ。アイツ等、全然隙を見せなかったから、あのままだったら負けは確実だった。アンタのお蔭で突破口が出来たのよ。
それにさ、アンタ、アタシの背後固めてくれてじゃない。ちょっとカン狂っちゃって、やり辛かったけどね。でもまあ、感謝するわ。」
「うん……でも……。」
「もう1度言うわよ。アタシ1人じゃない、アタシとアンタの2人で勝ったの。そこのところ、よっく覚えときなさいよ。」
アスカは土埃にまみれた顔でにっこりと微笑む。
そんなアスカを見つめる僕。何だか心が温かい。今朝からの喧嘩の影響で寂しさが募っていたのかも知れない、温かみが余計に強く感じられた。
「……でも、驚いたわぁ。」
「何が?」
「シンジが絶交中の筈のアタシを助けに来るなんてね……アタシだったら『良い気味』とか思ってそのまま帰ったところよ。」
「僕も最初はそのつもりだったんだ。」
「あらら……じゃあ何で?」
「何でかな……あの時、一瞬、アスカが怖がってる様に見えたんだ。そしたら、『護らなきゃ、僕が護らなきゃ、命を懸けてでも護らなきゃ』って思ったんだ。
……何でそう思ったのかな?……
……そうか、そうなんだ……僕は好きなんだ……アスカの事が好きなんだ……だから護りたかったんだ……。」
「あ……ふ〜ん……そう……そうなの……。」
アスカの笑顔に茶目っ気が混じってきた。どうして?……
「聞かせて貰ったわよ……アンタの気持ち……アタシの事をねぇ……ふ〜ん……。」
「そう……え!?ぼ、僕、何か言った!?」
ケガの痛みのせいなのだろうか、余りに思考の世界に沈んでいた所為なのか、考えていた事をそのまま気付かない内に喋ってしまったらしい。
……聞かれてしまった……知られてしまった……何て事をしてしまったんだ……アスカが僕の事なんか何とも思っちゃいない筈なんだ……アスカに迷惑を掛けてしまった……恥ずかしい……
「……嬉しいな……アタシと同じ気持ちだったのね。」
「え?……。」
「……アタシもね……好きなのよ……シンジの事……。」
「!……そ、そんな……そんな事……ある訳……。」
俄には信じ難いアスカの言葉。そうだ、そんな事ある筈無い、きっと空耳だ。
そんな僕の混乱ぶりを知ってか、アスカは、僕の頬にそっと手を添えた。
「むぅ〜、信じてないのぉ?……好きでなきゃ……こんな事しないわよ……。」
その時、僕は自身が置かれている状況を改めて確認した。
……僕は今、膝枕をして貰ってるんだよな……そう言えば、今までのアスカは男を拒絶している様な感があったな。僕に対しては『仕方なし』という顔で接してくれていた様な感じだった。実際、トウジと喧嘩してボロボロになって帰ってきた時にはあからさまに嫌な顔をされたもんな……。
そのアスカが、今こうして優しくしてくれてるんだよな……情けないところしか見せられなくて、いつもなら呆れられてる筈なのに……やっぱりアスカの気持ち、本当なのか……。
「嬉しい?」
「え?」
「だって、ホントに嬉しそうな顔してるんだもん。」
「そう?……」
そうか、嬉しいんだ……決して爆発しそうな位大きなものではないけど、否定しようとする事が無駄な程はっきりと感じ取れる。そんな感じの嬉しさ。
……そうか……嬉しいんだ……
「そう言うアスカも、良い顔してるよ。」
「当ったり前でしょ?アタシ美人だもん。」
「いや、その、そう言う意味じゃなくて……。」
「分かってるって、ちょーっとボケただけよ。」
「そう?」
「そう!」
その時、僕達は、初めて互いに心の底から微笑みあう事が出来た。
その時から、僕達はただの同居人から一歩抜け出したんだ。
今から考えてみると、告白って言う雰囲気じゃなかったな。会話の中にごく自然に出てきたって言う感じだった。だからかも知れない、それからの僕達の間には、これと言った変化が有った訳じゃない、極く自然に日常を過ごしてきたつもりだ。
でも、喧嘩の時に僕を責めるアスカの口調が柔らかくなっていたし、勉強の面倒をよく見てくれる様になったし、並んでテレビを見るときの距離が近くなった様な気がするし……なんだ、結構変わってるじゃないか。
僕の好きなアスカが僕を好きで居てくれる、僕にとってはそれだけでも十分なのに、人間って欲深いんだな、こういうイベントが有ると思うと、それにかこつけて何度でも気持ちを確かめたくなってくる。僕は認めて貰いたいのかも知れない、アスカの想い人足り得る事を、アスカ自身に。僕はその事を示して欲しいんだろうな、言葉だけでなく形として。
だから、と言っては身も蓋もないけど、期待してたんだ、やっぱり僕にくれるんだろうなって。
だから、と言う訳でもないけど、僕は今日一日の行動に条件を付けた。『僕が貰うチョコは一つだけ、貰う相手は1人だけ……その為にはどんな犠牲を払う事も厭わない』と。
でも、貰えないって判ってしまった。存在自体知らないって言うんじゃあ、仕方ないよな。嫌われてる訳じゃないんだから、良いじゃないか……。
そう納得しようとしたものの、一旦気にしだすと止まらなくなってくる。
‥‥でも、アスカはこういう世の中の流行には敏感だ。町中で騒いでいるのを知らないで居られる筈は無い……よな……。
そうだ、この1週間、アスカは洞木さんの家にちょくちょく寄り道していたみたいだし、チョコレートの匂いをつけて帰って来た事も有ったじゃないか。‥‥
「じゃあ……やっぱり……。」
だんだん疑心暗鬼になってきた。渡す相手は僕じゃない、他に居ると言う事か?
……確かに僕は、アスカに「好き。」と言って貰えた。でも、それは、僕をどう言った対象としての言(げん)だったのか……同居人としてか?友達としてか?戦友としてか?それとも異性=恋人としてか?……解らない……。
『Like? or Love?』……どこかで聞いた事があるセリフ、これが今の僕の気持ちにピッタリ来る言葉だった。
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『惣流はバレンタインデーを知らない』
この噂はあっという間に学校中に広まってしまった。1時間目が終わった時点で1年生が噂しているのを聞いたから、光よりも速い速度で伝わっていたみたいね。
原因を探ってみたら、どこかのバカが掲示板に上げていたのを見つけた。即刻消去してやった。掲示板の改変は本当は管理者の権限なんだけどね、って関係無かったわね。
この噂の影響と言ったら、N2爆弾の衝撃波よりも凄まじい衝撃を持っていた様ね、結構なものだったわ。
バラマキの義理チョコを期待していたアタシのファンクラブ(勝手に出来ちゃったみたい)の男子共は血の涙を流し(そんな事する訳無いでしょ!)、シンジに好意を持っていた女子達(こっちにもファンクラブが在るそうね)は一様に喜び勇んだみたいね。教室の中で、ぐるりと見回しただけでそんな光景が展開されていた。
廊下を歩いてみたら更に『畜生!!』とか『ざまあ見なさい!!』と言っている視線が刺さってくる。たかがチョコ一つに、そこまで精力傾けなくったってねぇ、ホントバカみたい……ってアタシもその内の1人なんだけどね。
『ロジックじゃない』
誰かがそう言ってたような記憶がある。ホントそうかも知れないわ。頭の中で、いつものアタシとはまた別の所で何かが沸き起こってくる感じがして、そしてその何かがアタシを突き動かそうとするのよ。
たぶん、自分の『好き』という想いを、言葉ではなくて形で示すことの出来る数少ないチャンスだからだと思う。だからこんな製菓業者の策略と判りきってる事なのに、こんなに心が揺れ動くのね。いつにも増してアイツのことが気に掛かるのね……。
シンジは、あれから自分の席を動こうとしなかった。他の女子生徒がやってきて、シンジにチョコを渡そうとするんだけれど、シンジは机に頭突きをするかの様に何度も頭を下げて断っていた。トイレに行く時も、捕まらない様にだろう、全力で走って往き来する有り様。どう見ても受け取るつもりはないみたいね。アタシは、そんなシンジを見てホッとしたり、済まなく思ったりしていた。
時々自分の手を見る。相変わらず真っ白。シンジに誰かが近づく度に沸き上がる黒い感情を押さえつけ、シンジが机に頭突きをかます度に安心して……こりゃ精神衛生に良くないわね。早くこのイライラを何とかしたいな……。
ふと、心配そうにヒカリがアタシの方を見ているのが目に入った。心配ないよ、と言う意思を込めて笑いかけたんだけど、ヒカリはただ頷いただけで、表情は変えなかった。ヒカリぃ、アタシの事なんかよりそっちはどうなのよ。
「どうやって渡そうかな……。」
一旦、「渡さない宣言」をしてしまった手前、普通の切り出し方で渡せるものでは無くなってしまった。今朝の言動は自分を押さえつける為の思いつきで後の事など考えてはいなかった……迂闊だったわ。下手をしたら、要らぬ誤解を与えてしまったかも知れない、そうなったら厄介よね。
「”自殺行為”か……。」
『策士策に溺れる』を地で行く状態。これを挽回して、尚且つ自然に渡せる方法は無いものかしら?……何とかしないと全てが水の泡に……。
授業中も休み時間もずっと、あれこれ考えてはみるものの、答えは出なかった。
****************************************
「おーい、センセェ!」
「碇。」
「ん?な、なんだい?二人とも。」
「ちょっと、付き合ってくれるか?」
「う、うん、良いけど……。」
昼休みに入った直後、トウジとケンスケがやって来て、僕を屋上へと引っ張っていった。
いつもなら、いの一番にやって来てお弁当を催促する筈のアスカは、頬杖を突いて上の空で居る様だった。
やっぱりアスカにとって、休み時間毎に僕を取り囲んだ女子生徒達の行動が鼻持ちならなかったのだろうか。それとも今日という日を知らなかったのがショックだったのか?……それとも……。
「ええ天気やな。」
「……そうだね。」
「”小春日和”って奴か。お蔭で学校中”春真っ盛り”だもんな。」
「……そうだね。」
三人揃って屋上の手摺りにもたれ掛かって、遠くの山を眺めていた。
何が言いたいかは大体分かるつもりだ。二人とも心配してくれてるんだよな。
「シンジ……どないしたんや?来るモン全部断る事は無いやろ。」
「そうだよ。女の子にチヤホヤされるなんて、滅多に無い事だぜ。」
「有り難う……でも、これで良いんだよ。僕は生まれてから一度も女の子からチョコ……いや、プレゼントすら貰った事は無いんだ。だから、チョコを貰って喜ぶ自分がどうしても想像出来ない、納得出来そうにないんだ。だから、こうした方が良いんだよ。」
「お前、ホンマに……。」
「変わってるな……。」
あきれ顔のトウジとケンスケ。
「僕の事なんかどうでも良いじゃないか、もう終わっちゃった事なんだし。そんな事よりさ、二人はどうなんだい?ちょっと周り見てる余裕無くてさ……。」
「わ、儂等の事なんかどうでもええやろ!」
「そうだよ。俺達ゃ毎度の事だから、いつもの様に二人でジェラシックな気分で家に帰るだけだよ。」
「じゃあ、僕も同じじゃないか。」
「うんにゃ!全然ちゃう!センセと儂等とじゃあ、格がちゃうで。」
「なあ碇、お前、今日は何人の女の子を泣かせたと思うんだ?」
「あ……うん……。」
僕は、午前中に頭を下げた人数を思いだして、”格の違い”を実感させられた。
「な?お前と俺達じゃ、被害規模が違い過ぎるんだよ。」
「……でも……アスカが辛い思いをしてると思うと、僕だけ浮かれている訳には行かないんだ。自惚れなんだろうけど、アスカは今日の事を知っていてもいなくても、多分僕の身に起こっている事を我慢するのに必死でいると思うんだ。」
「そう言えば……。」
「そや、今日はいっぺんもシンジのところに足運んどらへんな。」
「……僕はアスカを大切にしたい、守ってあげたいんだ。だから今日は、少しでもアスカが安らかな気持ちで居てくれるようにしなければならないと思う。それが、僕の役目だと思うんだ。
こんな僕に好意を持ってくれている人が沢山いる、その事が判っただけでも良かったと思うべきなんだよ。まあ、全員に愛想を尽かされてしまったろうけどね。でも、それで良いんだ。それがアスカの為になるならね。」
僕は僕自身に言い聞かせていた。でないと、アスカの事を信じられなくなってしまいそうだった。アスカはこの状況に耐えている、僕の為に耐えてくれている、そう信じたかった。
「……結局はそこへ行き着く訳やな。まあ、大本命に貰えんちゅうのが辛いのはよう解るで。」
「碇はいつまで経っても碇だな。」
「何の事だよ?第一、”大本命”って何なんだよ?。」
「お前なぁ……。」
「今、『アスカ』って言った事、覚えてるか?」
「え!?……」
「覚えとらん様やで、ケンスケ。」
「頭に浮かぶ事無く口に出る、と言う程惣流の事を気に掛けてる。解るよな、碇?。」
「……。」
「まあ、クヨクヨしたらアカンで。」
「トウジの言う通りだよ。彼女には彼女なりの考えが有るんだよ。」
「良かったら、仲間に混ぜたるさかいに、な?」
「仲間?」
「儂等、一人もんやさかいにな。」
「あ、いたいた!シンジぃ!早くお弁当!アンタ、アタシを飢え死にさせる気なのぉ!!」
アスカがやって来た。右手に袋を持ち、それをぶんぶん振り回しながら、ノシノシと歩いてくる。凄い剣幕の様だ。
……そうだった!昼休みだと言う事をすっかり忘れてしまっていた。
「あ、ゴメンゴメン。もうちょっとしたら戻るよ。」
「ダメ!今すぐによ!」
「お前よぉ、メシ1回抜いた位で死ぬ訳無いやろ。」
「五月蝿いわねぇ。そう言うアンタこそ、こんな所で油売ってて良いのぉ?ヒカリが拗ねてたわよ。」
アスカのその一言に顔色を一変させるトウジ。
「あ!し、しもたっ!おっ、おい!い、委員長、どどっ、何処におるんや!」
「まーまー落ち着きなさいって。ここで待ってなさいよ、アタシがなだめて連れてきてあげるから。」
「「え!?」」
「お、おう。す、済まん、……おおきに。」
な!?何があったんだ??アスカがトウジに気を使っている!普通なら、ここぞばかりに攻撃してくる筈なのに……。
驚くしかない三人。辛うじて、トウジは返答出来た。
「それと、相田。」
「な、何だよ!?」
「これ。」
アスカは持っていた袋をケンスケに投げ渡した。
「今日、購買、人が多かったみたいだから、アンタ達探すついでに買ってきてやったわよ。」
「「い!?」」
「あ、さ、サンキュ。」
「600円、後で持って来てよね。持って来なかったら、利子付けるからね。」
「あ、ああ。」
ケンスケにまで!ほ、本当に何があったんだ!!??
「さて、行こっか、シンジ。」
「?????」
「こらバカシンジ!!行くわよ!!」
「は、はい!!」
僕に対してはいつものままだ。ますます解らないよ……理解不能だ……考えるのは止めよう……。
僕は、アスカに手を掴まれ、引きずられる様に屋上を後にした。
「シンジの奴、あんなに心中語る奴やったか?」
「確かに、以前と比べると口が軽くなったかな?」
「変わりよったなぁ。」
「ああ。変わったと言えば、さっきの惣流、ちょっと気味悪かったな。」
「そやな。儂等に気ぃ回すなんて、ホンマ、地震でも起こりそうやな。」
「そうだな。……それに、何だか俺は厄介者だって言わんばかりだったな。」
「どう言うこっちゃ?」
「さあね。」
「なあケンスケ。」
「んー?」
「シンジの人気が出てきたのって、惣流が来てからやったなあ。」
「そうだったな。”エヴァのパイロット”だけだったら、ここまでは出なかったろうな。俺でも最初は『暗い奴だな』って思ってた位だからな。」
「方や惣流は惣流で、1人やったらいけ好かん奴のままやったろうから、敵しか作れんかったやろし。」
「二人揃ったから、『良い奴等』になったんだよ。”1+1=2”とは限らないって事、あの二人見てたら本当なんだなって思えるよ。」
「そら同感や。あ〜あ、何で碇ばっかりええ事続くんやろなぁ……。」
「アイツはエヴァで俺達には理解出来ない辛さを味わったんだ。代償としては当然だろ?」
「そないな事言うんやったら、儂かてエヴァのパイロットやで……1ぺん乗っただけやけど。」
「そうだったな。じゃあ、30分後を楽しみにしな。幸せの絶頂に上り詰めてると思うぜ。」
「何でや?」
「さあね。じゃ、俺はもう戻るよ。」
****************************************
「ちょっと、アスカ?」
「……はあ……。」
「アスカってば!」
「ふぇ!?……ん、な、何だヒカリか……どしたの?」
「『どしたの?』じゃないわよ。もう昼休みよ。」
「そっか、もう昼か……!、そうだ、シンジは?」
「碇君なら鈴原達が引っぱって行ったわ。」
「えーっ!?そんなぁ、お弁当はどうなるのよぉ!?」
チョコを渡す方法を考え込んでいる内に、時間は無情にもアタシとお弁当……もとい、シンジを引き離していた。
午前中、シンジは女子生徒に囲まれ続けていた為に、アタシは容易に近づくことが出来なかった。だから、いつにも増してシンジと話が出来るこの時間を楽しみにしていた。
「んーっ……多分屋上だと思うわ。あの2人、今日の碇君の行動についての話でもしたいんでしょ。」
「う〜ん……。」
確かに、シンジの行動は、傍目からすれば異常と言えるかも知れない、2バカが心配する位の事だから。
アタシだって理由を聞きたいのに。まあ、答えは判っているつもりだけど……。
「私も聞きたい事が有るの。今朝の話の続きなんだけど、『試す』って何を試すのよ?」
「え!?今言うの?」
「そう。」
「……お弁当の後じゃダメ?」
「ダ〜メ。」
「……どうしても?」
「どうしても!」
「……何が何でも?」
「言ってくれるまで解放しないからね。腹ぺこで死んじゃっても知らないわよ〜。」
「ひ〜ん、そんなぁ……。」
「さあ!さあさあさあさあ!!」
「そ、そんなに凄まなくたってぇ……。」
泣きべそをかいて最後の抵抗を試みるものの、ヒカリには全く動じる様子は見えなかった。
この場を切り抜けるには、正直になるしかないのかぁ……。
「……自分をね……試してるのよ。」
「アスカの……何を?」
「自分のね……想いを試しているのよ。シンジへの想い、それが本物かどうかをね……。」
「どうして今更そんな事をするの?お互いの気持ちは解ってるんでしょ?」
「うん、そうよ。でもね……何て言ったら良いのかな……自信が持てないって言うのかな、本当にそう思っているのかが解らないのよ。」
「……。」
ヒカリはじっと聞く事に決めたらしい、黙ってアタシの方を見ている。でも、さっきまでの凄みは微塵も感じ取れなくなっていた。
「アタシさ、ほら、加持さんにラブラブだった時があったじゃない。その頃は、加持さん以外の男性なんて考えられなかったわ。でも今はご覧の通り……あの頃に加持さんに向けていた想いは何だったのかな?今のシンジへの想いもあの頃と同じものだったら、将来のアタシはシンジにどう接しているんだろう?アタシの想いはどうなってるんだろう?そう思うと、自分が怖くなってくるの。
加持さんはミサトの事をずっと想っていたみたいだから、アタシが心変わりしてもなんて事は無かったみたいだけど、シンジはアタシの事……『好きだ』って言ってくれた、アイツの方から……それだけシンジはアタシの事を一番に考えてくれてると思うの。
だから、アタシが心変わりを起こしたらシンジを傷つける、もしかしたらアタシがシンジを壊してしまうかも?そう思えて仕方がないの。」
「……それで、自分の気持ちを確かめる為に?」
「そう。それで今日は、シンジから少し離れてみて、シンジに起こる事を見守る事にしたの。
今日は特にアタシにとっちゃあ見過ごせない事が連続で起こるでしょ?それでもシンジを信じきる事が出来たら……そうしたら、これを渡すの。アタシの気持ちの全てを込めたこれをね。言うなれば、告白の仕切り直しってところかな?……
でも、なあーんかシンジを試してるみたいになっちゃってるね。」
「ふふふっ……。
でもアスカ、それって、アスカらしいと思うけど、賛成出来ないわ。
アスカはやると決めた事はとことんやり抜く努力家だから、今日も頑張ってるのはよく解るわ。でも、完璧主義なのはちょっと今回は止めておいた方が良いと思う。
私ね、どんな人でも自分の感情をコントロールするなんて出来っこないって思ってるの。だから、アスカが今言った事をそのまま実行するつもりだったら、私、100年経ってもそれを渡せないと思うわ。」
「……そう?……そう、かもね……。」
「私はアスカが持ってる”想い”と言うものがどんなものかは解らないし、それについてとやかく言う事は出来ないけど、これだけは言わせて貰うわ。
本当に好きなら嫉妬の一つや二つは当たり前だと思う、型にはまっちゃダメよ。もう少し、自分に余裕持ったほうが良いと思うわ。
それから、もっと碇君を信じてあげて。……ってこれは余計だったわね。」
「ううん、そんな事無いよ……有り難う、ヒカリ。」
「良いのよ、この位。」
う〜、何だかヒカリに押されっぱなしだわ……何とか挽回を……。
「……!、そうだ!」
「え?どうしたのよ、いきなり。」
「このお礼にアタシがちょっとお膳立てしてあげるわ。」
「お礼?」
「そ!アドバイスのお礼!5分後に屋上の入り口で待ってて。良いかな?」
「う、うん……有り難う。」
「それじゃ!」
アタシは周りの物を弾き飛ばさん限りの勢いで立ち上がると、急いで教室を後にした。
忘れてた、アイツ等にも渡さなきゃいけなかったわ。でも、チョコを渡すのはシンジだけだし……よし!こうしよう。
「アスカ、素直になったね。これも、碇君のお蔭かな?……羨ましいな……。」
購買に行く途中で、青い髪の少女と擦れ違った。
綾波レイ、アタシにとって最も警戒すべき人物の一人。何で学校に居るのよ?今日は欠席と聞いていたから安心していたのに……。
慌てて彼女を引き留めた。
「ちょ、ちょっと優等生!」
「……何?」
「アンタ、今日は欠席じゃなかったの?」
「テスト……早く終わったから。」
レイは時々、人手不足で悩むリツコの手伝いをしているらしい。だからといって、それで学校を休んだりするのは彼女らしいと言うべきか。
テストと言っても、使徒を殲滅した今では、只の実験機材の点検作業の事で、シンクロテストの事ではなくなった。役目を終えたエヴァよりも学業優先、と言う事で、アタシ達がシンクロテストをするのはほぼ月一のペースに落ちていた。
それにしても、こんな時間に学校に現れるなんて……これはやばい、かな……?
ちょっと探ってみるか……。
「ふ〜ん……でも、アンタがこんな時間に現れるなんてねぇ……もしかして、雪でも見たくなったのかなぁ〜?」
「違うわ。用事があったから。」
「あっそ……で、用事って?」
「……後で判るわ。それじゃ。」
ちょっと頬を赤くしてそう言うと、レイは立ち去った。
これは……かなりやばいわ……何とかしなくちゃ……あ、そうだ!お弁当!、じゃなくてシンジ!
アタシは猛然とダッシュを掛けた。さっさとやる事済ませなくちゃ!
<つづく>
<後書き>
電波と言う物は恐ろしい……。
何故に今更ヴァレンタインデーネタでありましょうか?
時は2月14日に遡ります。妹から貰った唯一の義理チョコ(手作り)を喰らいながら、ぼけ〜っとビデオ(エヴァじゃないっす)を眺めていましたら、突然閃いたのです。これを『受信した』って言うんやろな。
早速取り掛かり始めましたが、次々と浮かんでくる場面の嵐、過酷になる仕事、気付けばこんなにも時間が経ってしまってました。
でも、お蔵入りはさせたくなかったので、「どうせ、連作だって冬のままやないけ。もう儂には季節なんて関係あらへんで!」と腹を括っての発表です。
あまりにも長くなりそうなので、分割してしまいました。現時点ではまだラストに辿り着いていません。良いのか、これで?(^^;
今回の世界は連作物の世界とは別のものです。やっとパラレルワールドに踏み込めたんですね。(感涙)
アスカ様のドイツ語、辞書と首っ引きでした。いや〜便利だねぇ、電子辞書は。ドイツ語をお情けで通して貰った私でも何とか出来そうな気にさせてしまうんですから。
意外なところで初登場!なレイちゃんです。う〜むどう扱いましょうか?(゚゚;)\(--;)オヒオヒ
トウジ君、関西ネイティブ率高いです。河内弁バリバリ利かせました。もうちょいエセ率上げても良いですかね?
閃きの塊のこの話、ラストはどうなるのでしょうか?
ではまた。(^^)/
跡見さん、本当にありがとうございました!!
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