公園へ続く坂道を、アスカを背負ってゆっくりと上っていく。別にアスカに気を使っている訳では無い、只疲れ切っているだけ。そこまで考えが回らないんだ。
人一人を背負って坂道を上るというのは結構重労働だ。しかも今回は息苦しさも加わって、僕にとっては過酷極まりない。家で家事に忙殺されていなければ、とっくに潰れていただろうと思う。女性の方が持久力が高いと言うのはこう言う事と関係が有るのかな?

「くっ……。」

背中でしがみついているアスカが時々そう声を漏らす。行き先を変えてからかなり歩いているのに、一向に不満の一つも口にしない。それだけ必死になっていると言う事なのだろうか。

「大丈夫?」
「平気。」
「降りて休む?」
「却下。とにかく前進。」
「……うん……よいしょっと。」
「痛っ!!」
「ご、ゴメン!」
「止まるんじゃないっ!!……くぅ〜っ!……。」

時折擦れ違う人達は、みんな不思議なものを見る様な驚きの表情で僕達を見ている。それもそうだと思う、華奢な体つきの少年が今にも倒れそうな表情で少女を背負って歩いている。背負われている少女は苦悶の表情で少年の背中にしがみついているが、時折大声で檄を飛ばしている。おまけに二人とも汗だく。これじゃあ、『何なんだ!?』と思われても仕方ないだろう。
普段の僕ならば、視線を感じた途端に恥ずかしくなって、動けなくなるか、何とかしてアスカに降りて貰おうとするだろう。でも、今のアスカは歩行が困難な状態。しかもアスカをそんな風にしてしまったのは僕だ、恥ずかしいとかそんな事は言ってられない。ネガティブ指向だけど、こうして羞恥心を感じながら歩くのも罰の一つだと受け取っておこうと思う。
日差しがかなり傾いてきている。この調子で行けば、公園に辿り着く頃には暗くなり始める頃になるだろう。

「ねぇ、アスカ……公園なんかに行って……どうするつもりなのさ?……」
「……色々とね……言いたい事、聞きたい事……有るから……二人っきりでね……。」
「……そう……。」

そこまでして話し合いたい事って何だろう?

ズルッ

「ぐぇっ!」

気が緩んだのだろうか、突然アスカの体が滑り落ちそうになった。咄嗟にアスカは腕を僕の首に回した。当然、僕はラリアットもどきの技を喰らった状態になってしまう。

ゴメン……手が滑っちゃった……。

アスカは、ばつが悪そうに小声で謝った。


Tomi's EVA vol.19
落書き部屋1周年記念&250000Hit記念&独立2ヶ月経過記念&バレンタイン追想SS (^^;

厳粛なる日(後編)


太陽が山の端に隠れた頃に、漸く公園に着いた。町が見下ろせる場所に在るベンチにアスカを下ろし、僕もその隣に座った。
アスカが自分の鞄を返すように言った。僕が鞄を渡すと大事そうに膝の上に乗せた。僕にはそのアスカの行動が不思議に思えた。
只話をするだけなら荷物なんか必要ない筈なのに……な……?

「あ〜あ、汗でぐっしょりじゃないのよぉ……アンタの所為だからね。」
ハア……ゴメン……取り敢えず……これで拭いてよ……ハア……。」

汗でベトベトになったブラウスを、気持ち悪そうにあちこち摘んで引っぱり上げながら、ジト目のアスカが文句を垂れる。
僕は鞄の中からタオルを取り出して、アスカに手渡した。それにしても……苦しかった……。

「アンタはどうすんのよ?」
「僕は良いよ。汗なんか、何時もこれ位かいてるからね。」
「とか何とか言ってぇ、後で、『アスカぁ〜(すりすり……)』な〜んてするつもりなんじゃないのぉ?」
「なな!?なんて事言いだすんだよ!そそ、そんな事、す、する訳ないじゃないか!!」
「冗談に決まってるでしょ……しっかし、その慌てようじゃあ、ホントにやっていそうねぇ、おーこわ。」
「だーから、やってないって!」
「何よ!そんな無気になる事ないでしょぉ!!」

少し会話のテンションが高めの様に思う。アスカは元々テンションの基点が高いから何時も通りだけど、僕の方が何時もより高いからだと思う。今日は二人で話し合う時間が少なかった、その所為なのだろうか。
喧嘩している様にも見える会話を交わしている間にも時間は流れて行き、僕達は何時しか、静かに徐々に光の点が増えていく街並みを無言で眺めていた。

「黄昏時、か……。」
「奇麗だね……。」

街を眺めながら、呟く様にアスカが言った。僕も呟く様にして返した。

「今日は色々あったわ。」
「そうだね。毎日色々あるけど……今日は特別色々あった。」
「……でも、まだ終わっちゃいない事もあるのよねー。」

僕の方を向いて、アスカがニヤリと笑いながら言った。

「さーて、聞かせて貰いましょうか、今日の戦果をね。」
「せ、戦果なんて……アスカも見てた筈だろ……ゼロだよ。」
「嘘おっしゃい!アタシが見てたのが全部だって言うなら、貰ってる筈でしょ?」
「だから貰ってないって!」
「じゃあ、朝の下駄箱の奴は!?」
「教室に行く途中で返してきた。後はずっと教室でやってた通りだよ。」
「ふ〜ん……他には無いの?」
「無いよ。」
「そんな筈はないわ。もう一つ貰ってる筈よ、優等生からのを……こんな奴をね。」
「え?……あっ!

そう言って、アスカが鞄の中から取り出したのは、綾波が渡してくれたのと同じものだった。
どうしてアスカが持ってるんだ!?何時の間に抜き取ったんだ!?そう思って、慌てて僕も鞄の中を探った。

「あれ?どうなってるんだ!?」

僕の鞄の中からも同じ包みが出てきた。と言う事は、アスカも何処かで貰ったと言う事になるのか?
不思議に思ってよくよく見てみると、僕が持っている包みとアスカの持っているそれとでは、掛けてあるリボンの色が違っていた。僕のは青、アスカのは赤だった。と言う事は?……

「アスカ、それって……もしかして、綾波から……。」
「そ、貰った時は吃驚したわぁ。そりゃあドイツでも一応有ったからさ、知らない訳じゃ無かったけど、まさかレイから貰えるなんてね……。」
「そりゃあ、女の子から貰ったら吃驚するよ……あ、やっぱり……やっぱり、今朝、『知らない』って言ったの、嘘だったんだ……。」
「え?……うん……。」
「どうしてさ……どうしてそんな嘘ついたんだよ……。」
「……ねえシンジ……今日は何の日か、知ってる?」
「知ってるも何も、ヴァレンタインデーじゃないか。」
「はあ?……アンタねぇ……じゃ、何で今日がヴァレンタインデーになったか、これは知ってる?」
「え?……う〜ん……。」

僕が振り向けた疑問には答えず、アスカは別の話題を唐突に切り出してきた。でも、こう言う時の話題は、所謂『前振り』である筈と言う事は何となく解る。伊達に一緒に暮らしている訳じゃないからね。
ヴァレンタインデーの由来か……そう言えば、どうしてなんだろう?……お菓子の会社が引っ掛けて宣伝を始めた、って言う事位しか知らないや。

「……ゴメン、知らないんだ。」
「結構。じゃあ、教えてあげる。今日は命日なのよ、ヴァレンタイン司教のね……。」
「命日!?」
「そ、驚いた?」
「そりゃあもう……じゃあさ、その司教さんとどう言う関係が有るんだよ?」
「んまあ、アタシもこの前調べたばかりでさ、偉そうな事言えた義理じゃないんだけどね……。
随分昔、ローマ帝国の頃ね。当時の皇帝グラビウスが、強い軍隊を作る為に結婚を禁じたのよ。きっと、妻子の事が気掛かりになって戦意を削がれるとでも思ったんでしょうね。
でも、禁じられた国民の方は堪ったもんじゃないわよ、愛する人と一緒になれないなんてね。そこで、密かに挙式を挙げる人が結構居たらしいわ。で、その手助けをしていたのがヴァレンタイン司教。これから出征するって言う兵士のカップルを何組も一緒にしたそうよ。
でも、到頭見つかって、司教は処刑されたのよ。それが今日って訳ね。」
「それで、司教の遺徳を忍んで、感謝と好意のプレゼントって事になるのか……。」
「そうよ。だから、本意からすれば女性が男性に一方的、って事は無いし、ましてやチョコレートなんて品目の限定も無いのよ。」
「そうなんだ……でも、そう言う事知ったら、なんて言うか、心構えが変わっちゃうよ。命日にお祭り騒ぎか……何か浮かれちゃいけないような感じだな。」
「まあ、仕方ないと思うわ。誤った認識であってもそれが多くの人に受け入れられたら、それが正しい認識になっちゃう訳だからさ。あ、そうか、アンタの場合は認識不足の方が先行するか。」
「酷いなあ……。」

そりゃあ、今まで僕には全く縁の無い日だったからさ、そんな事知る筈ないけど……。

****************************************

これでシンジに、今日プレゼントを貰うと言う事が生半可な事じゃない、って言う認識を植え付けられたわね。
じゃあ、本題に入りましょうか……。

「と、言う訳で、今日は中途半端なバカ騒ぎは御法度。何事も、特に色恋沙汰に関しては厳粛に執り行われなければならない日なのよ。」
「今日って、そんなに重い日なの?だったら『色恋沙汰』って言い方はちょっと不味いんじゃあ……それに……どう言う『訳』なんだよ……。」
「静粛に!」
「ほへ?」
「良い?ここは教会よ。今から嘘偽りは厳禁、聞かれた事は包み隠さず、正直に告白するのよ。無論、アタシもそうするから。」
「……分かった、良いよ。」

シンジは苦笑しながらも承諾してくれた。ふむ……”教会”はちょっと図に乗りすぎたかな?

「じゃ、アタシからで良いわね?……では碇シンジ君、今日あなたが学校で取った行動の理由を述べて下さい。」
「……決めてたんだ、今日は……もし、今日チョコを貰えるとするなら、アスカからしか貰わない。その為に僕がどんな目に遭っても構わないって、そう決めてたんだ。
僕はアスカが好きだ。あの時、アスカも同じ気持ちだって言ってくれたのが凄く嬉しかった。でも、ふと思ったんだ、アスカは僕の事をどう言う目で見て好きだって言ってくれたのか、それが解らないのに浮かれてて良いのかって。
だから今日は、それを確かめるのに絶好な日じゃないかって思った。そして今一度自分を試そうと思った。もし、僕の見込み違いだったとしても、アスカが僕の側から消える日迄アスカを支えてあげられる、そんな強い心を持てるのか、それを確かめようと思ったんだ。」
「……だから、机に頭突きかました揚げ句、取り囲まれても抵抗しなかった、って言う訳ね。」
「そうだよ。」

意外にもあっけらかんとした表情で話すシンジ。

「やけにあっさり言うわね。」
「もう良いんだ。もう終わった事だから。」
「ふぅ〜ん……ではもう一つ。レイのプレゼントを隠そうとしたのは何故ですか?」
「……もう一つ決めてた事が在るんだ、今日一日アスカが心静かに居られるようにって。
だから、綾波に声を掛けられた時は正直言って迷った。綾波がどう言うつもりで僕に声を掛けたのかは解らなかった。けど、今日の事を考えると、どんな用事であれ、アスカがそれを知ったら、きっと冷静じゃ居られないと思ったから。
でも、あの綾波が必死で頼んできたんだ、僕に放って置ける訳が無いじゃないか。だから、アスカが週番の仕事を終える迄に、何とか済ませて戻って来ようと思ったんだ。」
「ふん!どうせそんな事だろうと思ったわよ。でもね、アタシに隠れてコソコソするなんて事、アンタには出来っこないでしょ!アンタって本っ当にバカね!!優柔不断の極地だわ。」
「……フフッ……そうだね、二股掛けてしまったからね……。」
「げっ!……開き直ってる……。」

本当にどうしたのかって言いたくなる位爽やかなシンジ。
驚くアタシをよそに、シンジは話し続けた。

「綾波がこれを取り出した時は物凄く焦ったよ正直言って困った。でも、綾波は解っていたんだろうね、
安心して……これ、チョコレートじゃないわ……感謝の印。
って言ったよ。それから、ミサトさんから聞いたって言う今日の事を話してくれたよ。あ、でも、司教さんの事はさっきのが初耳だから。
綾波がエヴァ以外の事で一生懸命になってるのを初めて見た。何だかそれが嬉しく思えたよ。そんな綾波の気持ちに応えようと思った。だからプレゼントを受け取ったんだ。
でも、これでアスカから受け取る資格は無くなったんだ。多分、アスカはこのプレゼントを見たら怒るか悲しむかするだろうな、説得しても分かってくれないだろうなって思ったよ。まだそこまで信頼されて無い筈だから。またこれでアスカを傷つけるのか、そう思うと、情けなくなったよ。
そうしたら、綾波はこう言ったよ。
ありがとう……碇君は教えてくれた、エヴァが無くても消えない絆を。私はもう独りじゃない、だから大丈夫、私は一人でも大丈夫。だから……惣流さん、支えてあげて。あなたは、彼女が心を開ける只一人の人。私知ってる、惣流さんが笑うと碇君も笑う事、碇君が悲しむと惣流さんも悲しむ事。私、悲しむ碇君は見たくない……だから、心を閉ざさないで……。
何でもお見通しって感じだった。僕はまた綾波に助けられたんだ。また自分で勝手に自分を追い込むところだった、自分の殻に閉じ籠もるところだった……それがアスカを苦しめる事になるって解ってる筈なのに。ホント、馬鹿は簡単には治らないね。
……今迄ありがとう……これからもよろしく……。
別れ際、綾波はそう言ったよ。」
「そう……。」

アタシは、星の輝きが現れ始めた空を仰いで、屋上でのレイの表情を思い出していた。
……レイ……アンタって……アンタこれからどうするつもりよ……悲劇のヒロインにでもなるつもり?アンタには似合い過ぎて、逆に違和感有り過ぎるわよ……。
……悪いけどアタシ、やっぱりアンタの事全然解れそうにないわ……。

「……ふぅ……で、それを隠した理由は?」
「うん……アスカに不愉快な思いをさせたくなかった、と言えば聞こえが良いけど、これが元で攻撃されるのが嫌だった、て言うのが本音、かな?」
「……正直なお答え……どうもありがと……。」
「どう致しまして。」

やっぱり変だわ、シンジらしくない。でも、レイのお蔭なのね。そう思うと、何故か心に荒波が立つ事は無かったわ。

****************************************

「シンジ、話してくれて有り難う……無茶苦茶言ってゴメンね。」
「……良いよ、気にしないでよ。これ位、アスカなら無茶苦茶の類いには入らないよ。」
「む〜!!……ま、良いでしょ。アタシからはこれで終わり。次はアンタが聞く番よ。」
「……本当に良いの?」
「一方的じゃ、アタシも気分悪いからね。」
「分かった……じゃ、ヴァレンタインデーを知らない様に装った事の真意を聞かせて下さい。」

アスカは、視線を僕から街に移して話しだした。

「アタシもね、シンジと同じ様に自分の気持ちが判らなくなっていたの。だから、もう一度自分の気持ちが知りたくて、シンジへの想いを確かめたくて、アタシ自身を試したの。今日一日、シンジを信じきる事が出来たら、チョコを渡そう、自分の想いをもう一度伝えようって。だから、朝あんな嘘を吐いたの。でも、全くの逆効果だったみたい、シンジを散々苦しめたもんね。だから、アンタがレイに付いて行ったのは仕方ないと思う。だから、これ以上文句を言うつもりは無いわ。
シンジとレイが会ってるの、見てたのよ。アンタがそれを持ってるのを見た時にね、プッツンしちゃってさ……気が付いたら屋上で泣いてた。レイにこれを貰って説得されてなきゃ、多分……どうなってたかな?……。
その時レイに言われたの、『心を閉ざすな』ってね。多分、一人で勝手に悩むな、ちゃんとシンジに打ち明けろって言いたかったんだと思うわ。でも、心の内を打ち明けるなんて、辛いだけだし、自分の弱いところを見せる事になるでしょ?もしかしたらシンジに愛想尽かされるんじゃないかって、それが怖かった。」
「……アスカは強いよ、全然弱くなんかないよ。自分から弱いところをさらけ出すなんて、僕には出来ないよ……。」
「ありがと……今は言って良かったと思うわ、なんかスッキリしたんだもの。でもね、こんな事言えるのは、シンジ、アンタだからよ。」
「アスカ……。」
「今日、上手く行っていたら、この場で渡せたんだけどね、最後の最後でアウトだったから、残念だけど失格、渡す資格無しって事になっちゃった。
もっと気楽にして良いのかも知れない、命日って言うのを意識し過ぎてるのかも知れない。お昼に、『完璧主義は止めろ』ってヒカリに言われてるしね。でも、今日は中途半端な気持ちではダメだと思ったから、やっぱり、決めた通りにする事にするわ。期待してたんなら、この場で謝るわ。」
「……ゴメン、アスカ。確かに期待はしていたよ。でも、僕も自分には貰う資格が無いって判定を出したから、良いよ、気にしないで。全然アスカの期待に応えられなかったんだ、謝らなきゃならないのは僕の方だよ……僕は最低だ。」

またアスカを苦しめた、その事が重く伸し掛かる。悔しさが込み上げ、握る両手に力が入る。
その手にアスカが手を重ねて、僕を優しい笑顔で見つめながら語り掛けてきた。

「シンジは最低なんかじゃないわ。だから……もし、ね……もし、シンジさえ良かったら……来年、もう一回、挑戦させてくれない?……来年こそはしっかり渡せる様にするから、だから……待ってて欲しいの……ダメ?……」
「そんな事無いよ……僕の方こそ、来年こそは胸を張って受け取れる様に頑張るから、だから、その……それまで、側に居てくれたら……嬉しい……な……。」
「……本当に待っててくれる?」
「こんな僕で良ければ……何時までも待ってるよ。」
「じゃあ約束よ。言っとくけど、忘れたらコロスわよ。」
「分かったよ……有り難う。」

何故か僕はアスカを抱き寄せてしまった。アスカは一瞬ビクッとしたけど、そのまま目を閉じて僕に凭れ掛かってくれた。僕はそんなアスカの心遣いがとても嬉しかった。
……じゃあ、調子に乗って、僕の一番訊きたかった事を……卑怯かも知れないけど……。

「ねえアスカ、もう一つ良いかな?」
「どーぞ。」
「アスカは、僕の事をどう思ってるのですか。単語一つで答えて下さい。」
「え〜っ!一つだけぇ!?」
「別に……強制じゃないよ。努力目標で良いから。」
「何よそれ……ま、そう言うんなら良いでしょ。
う〜んとね……”Mein Freund”よ。何なら、”Mein Verlobte”でも……きゃっ!(はあと)」
「……ど、ドイツ語……もう、ずるいなあ。」
「えへへへ……えっとね、”Mein”は”私の”って言う意味よ。”Freund”は”友達”って言う意味だけど、それだけじゃないのよねぇ……アンタ男でしょ?。」
「そ、それって……”男の友達”……”ボーイフレンド”……もしかして!こ、”恋人”って言うんじゃないのかなーって思ったりして……。」
「え!……えへへぇ……。」

顔を真っ赤にしながらも、アスカはにっこりと笑いながらゆっくりと頷いてくれた。正解だったの!?ちょっとふざけたつもりだったのに!?
僕の顔も真っ赤なんだろうな。何だか身体が浮いている様な感じがするよ。これが”天にも昇る気持ち”って言うのかな?

「あ、アハハハハハハ……じゃ、じゃあさ、もう一つは?……」
「それは自分で調べてよ。ま、それが判る頃には……本当にそうなってると思うけどね……。」
「?……うん、まあ、アスカがそう言うなら、そうするよ。」
「まあ、後でガックリ来ない程度に期待してるわ。」
「『ガックリ』ねぇ……。」
「さーて、『今年は両者の合意によって無しと決定』と。そうと決まったら、何時までもこんな所でノンビリしてられないわ。早く帰ろ!……つっ!!
「あ!アスカ!!」

帰ろうとして、やおらアスカが立ち上がった。が、足の事を忘れていたらしく、顔をしかめると同時にバランスを崩して倒れそうになった。僕は慌ててアスカを支えた。

「っと!……大丈夫?」
「えへへ、すっかり忘れて……あ……。」
「え?どうした……あっ!!

いきなりアスカが赤くなって俯いてしまった。一瞬遅れてその原因に気付いた僕は、頭の中が『ボンッ!』と言う音と共に真っ白になった。腕だと思って掴んでいたのがアスカの胸だったからだ。

あ、あわわわっ!!ごごっ、ゴメン!!

僕はそう叫び、急いで手を退かせた。アスカは暫くの間俯いたまま動かなかった。

「……。」
「……アスカ?」
「……!!、こ、このエッチ・痴漢・へんた〜い!!

ばっちぃ〜ん!!

ドタッ!!

つっ!!……って〜……。」

突然アスカは顔を上げ、僕をキッと睨むと思いっきり平手打ちを繰り出してきた。僕は少し吹っ飛ぶと、大の字になって倒れ込んだ。

「……何やってんだ……僕は……。」

折角の良い雰囲気をぶち壊すなんてね、ホント馬鹿だよ……それにしても、綾波より大きかったな……あれ!?何考えてんだろうか……。
アスカは胸を庇う様に両手で覆って、僕をベンチに座って睨み付けたままだった。それを見たのを最後に、僕の意識は沈んでいった。アスカが喧嘩に強いの、解るよ……。



「バカシンジぃ、漸くお目覚めですかぁ?」
「あ……アスカ……。」

どの位経ったかは判らない。目を覚ました時、ぼんやりとアスカの顔が目に入った。どうやら、僕はさっき寝転んだままの状態で、アスカは側でしゃがみ込んで顔を覗き込んでいたらしい。それが理解出来るまでの間、アスカの顔が天地逆に写っていたのに戸惑ってしまっていた。

「ったくぅ、あの程度で気絶して貰っちゃ困るのよねぇ。このまま野宿かと思ったわよ。」
「どうしてだよ?」
「だって、歩けないのよ、アタシは。あそこからここまで来るのにどれだけ苦労したか……。」
「あ……ゴメン。」
「動けるなら、さっさと負ぶって帰ってよ。いい加減、お腹空いたし。」
「うん、もう真っ暗になったしね……よっと……あ、背中汚れてるな。」

土埃を払おうと背中を手で叩く。しかし、全体に手が届く訳では無いので、どうしたものかと思案し始めたその時、

ぴしっ!

「あたっ!」

ぴしっ!

「な!何なんだよ!!」
「動くなっ!!」

ぴしっ!

アスカがハンカチか何かで背中を叩いてくれていた。でも何だか、鬱憤をはらされてる様な気がするなあ……。

「ちょっと……(ぴしっ!)痛いんだけど……。」
「何よ(ぴしっ!)この位で(ぴしっ!)ガタガタ(ぴしっ!)言わないの!(ぴしっ!)さあ、これで良しっと……さ、帰ろ!」
「あ、有り難う……。」

アスカを背負って公園を出た。背中がヒリヒリする、アスカったらちょっとやり過ぎだよ。
暫くして、何だか身体が鉛の様に重くなっている事に気付いた。これは下手をすると、明日筋肉痛になるかもな……あれ?でも何だか歩き易いなあ。どうしてだろう?……そうか、息苦しくないんだ……。

「ねえアスカ、足の方は大丈夫なの?」
「まあね、さっきよりは相当良くなってるわ、何とか使えるみたい。それよりもさ、アンタ相当疲れてる様ね。」
「うん、何だか身体が鉛みたいになっちゃってさ。」
「ふ〜ん……アタシの所為だよね、ゴメンネ。」
「いや、アスカの所為じゃないよ。」
「でも、責任感じちゃうなぁ……じゃ、これはお詫びの印ね。」

……むにゅ

「あっ!……」
「えへへぇ……どお?元気出た?」
「ああ、いや、その……嬉しいのは嘘じゃないけど……逆に力抜けちゃうよ……。」
「ほっほー……えいえいえい!!このこのこの!!

ぐりぐりぐり……

あ゛あ゛っ!!そんなぐりぐりって、あ゛あ゛〜っ!!」

家に帰り着く迄、アスカの”ぐりぐり攻撃”(と呼称しておこう)は続いた。
これは、天国と言うべきなのか、地獄と言うべきなのか??

後日、この時の事を『煙がボンッ!と出た』とアスカは表現した。

****************************************

疲れている筈なのに、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、マンションまで帰ってきた。
玄関先で降ろして貰って、何とか自力で部屋に辿り着く。本心から言えば、部屋まで運んで欲しかったんだけど、エレベータから玄関までふらふらと壁に当たりそうになりながら歩くシンジを見てると、そこ迄は言えなかった。

「う〜ん……やっぱ渡さないとダメなのかなぁ……。」

何時もの三倍の時間を掛けて制服から部屋着に着替えてから、ベッドの上で寝転がって考える。
シンジの気持ちは聞かせて貰った。シンジもアタシの気持ちは判ってくれた筈。なのに何だか物足りない……やっぱりレイの事が引っ掛かってるのかなぁ……それとも失敗したのが原因かなぁ……。
あ、そうだ、足、大丈夫かな?只の筋肉痛だったら良いのにな。先ずは、ベッドの上で軽くストレッチをしてみる。痛みは走るものの、さっきと比べると格段に良くなっている。次に立ち上がって、ゆっくりと歩いてみる。体重を移す度に痛みを感じる、でも、壁に手を着ければ普通に歩ける事が判った。取り敢えず安心出来るわね。後でシンジに湿布を出して貰おうっと。

「アスカぁ、ご飯出来たよぉ!」

襖の外からシンジの声がした。ダイニングから叫んでいるみたい、取り敢えず元気そうなので安心。



部屋からダイニングに出てきたアタシは、驚きの余り目を見張った。テーブルの上に並んでいた料理が余りにも豪華だったから。

「……何これ……何時の間に……。」
「うん、実は昨日の夜遅かったのは、これの下ごしらえの為だったんだ。」
「え……シンジ、何でこんな豪華なもの作ろうと思ったのよ。」
「今日がヴァレンタインデーだって思うと、何だか気合いが入っちゃって……アハハハ……。」

恥ずかしそうに笑うシンジを見て、アタシは罪悪感に捕らわれた。
……アタシ、今日はシンジに何も上げていないのに……こんなお返しされちゃ……。
シンジは、そんなアタシの顔に浮かんだ何かを悟ったのだろう、笑みを浮かべながら話し掛けてきた。

「ゴメン、別にチョコがどうとかって言うんじゃないんだ。この歳になって、やっとヴァレンタインデーを迎える事が出来たお祝いなんだ。『アスカから貰えるかな?』そう言う事でハラハラ出来る様になれたのが嬉しいんだ。それで……一緒に祝ってくれたら嬉しいな……なんてね、ハハハッ……。」
「……良いわよ。祝ってあげる。実は、アタシも初めてだったんだ、今日は。」
「え?加持さんに上げたことないの?」
「うん……加持さん、第一印象で『孤高の人』って感じがしてね、何かそう言う事と縁が無い様に見えたのよね。これが第一点。二点目は、貰う人を思いっきり選り好みしてるのよ。その癖、断り方がまた凄いのよ、ちゃんと気が有る様な言い方してるんだもんねぇ。でも、その辺が『大人』って感じで良かったのよねぇ……やっぱ上げときゃ良かったのかなぁ……。」
「……ゴメン、変な事聞いたね。」
「え!?……あ、シンジには辛すぎたわね、ご免なさい。それはそうとさっさと食べようよぉ。」
「うん、そうだね。あ、所でさ、ドイツ語で『乾杯』ってどう言うの?」
「……また唐突に何よ。」
「うん、折角だからちょっとキメてみたいなぁってね。」
「だからって、今聞くなんてねぇ……ちょっと最低。」
「ゴメン。」
「でも良い考えね、それ。ん〜とね、”Prosit”って言うのよ。分かった?」
「えっと、プ、プロ〜……。」
「”Prosit”!!」
「”Prosit”?」
「そうそう!!」
「うん。じゃ……それでは、子供脱出への第一歩を踏み出せたことを記念して……。」
「「”Prosit!”」」
「ん〜……アタシは『脱出』じゃないよね……『子供還り記念』……ってとこかな?」
「え?どうして?……ほらコップ。」
「あ、”Danke!”……アンタねぇ……。」

それから、色々と思い出話に花を咲かせながら、ゆったりとした時間を過ごしたわ。お蔭で、学校でのイライラがこの時に消えた様な気がする。
でも、食後の紅茶をたしなんでいる時に、『何か物足りない』、その思いがまた浮かんできた。
……そうだ、このままだと、幾らお互いの気持ちが解っていても、今迄通りのまま、何も変化が起こりそうにないからだわ。アタシは、自分の想いを伝えてどうしたかったんだろう?……公園でシンジに、『恋人として見ている』って言ったわ……そう、少しだけでも変わりたかった、『仲良しこよし』から抜け出したかったんだ。もう一歩踏み込みたかったのね。でも、踏み出すって事は……そうか、それで、妙にシンジにくっつきたくなってたんだ……。

「アスカ?どうしたの?」
「え!?あ、な、何でもないわ。」
「……なら良いけど……。」

ぼーっとしてたのを心配してくれたのか、シンジが声を掛けてきた。でも、そのシンジも深刻そうな表情をしていた。

「そう言うシンジこそ……何か悩み事?」
「……うん、まだ謝って無かったなって……。」
「何の事?」
「……ゴメン!……公園の事……そんなつもり、無かったんだ……本当に……ゴメン……。」

突然、シンジは立ち上がると、目の前で土下座して謝りだした。

「『公園の事』って?」
「そ、その……つ、掴んだ事……。」
「そう、やっぱりその事。」

アタシも同じ様にテーブルから離れて、シンジの目の前にしゃがみ込んだ。

「シンジ、顔を上げて。」
「……。」
「何でそんな謝り方するの?アタシ達は初対面の赤の他人なの?違うでしょ?」
「……。」
「アタシ達ってどう言う関係?戦友?同居人?それとも女王様と下僕?……シンジはそう思ってるの?アタシはそうは思ってないわよ。」
「……僕だって……そうは思ってない……。」
「でしょ?まあ、下僕は魅力的だけど……だったら、何でそんな他人行儀な事をするの?アタシをバカにしてるの!?」
「そ、そんな事無い!ぼ、僕は只!!……只、アスカを大事にしたいだけなんだ。もうこれ以上……傷付けたくないんだ……。」

シンジは、手を膝の上で握り締めながら、如何にも辛そうな声で反論する。でも、目は飽く迄も優しく、しっかりとアタシを見据えていた。
強くなったわね……シンジ……。
アタシはシンジの右手を取ると、そっと自分の胸に押し当てた。極度の緊張感で一気に鼓動が激しくなり、全身が震えだした。顔も絶対に真っ赤だろう。シンジも、突然の事で同じ様に真っ赤、口をパクパクと動かしている。
『何やってんだろ、アタシは。』心の片隅でそんな声が聞こえてくる。アタシらしくない大胆な行動。でも、このバカには行動で示さないと理解してくれない。アタシの心意気を解って欲しい、そんな思いが身体を突き動かしたのだろうと思う。

「良い?シンジ、アタシはこれっぽっちも傷付いてないわ。あの時は思わず叩いちゃったけど、アタシ……アタシはもう決めたの。アンタとアタシは男と女、これから一緒に生きて行こうって言うのなら、そう言う関係になったとしても当然でしょ?
実際見ての通り、シンジの前ならこんな大胆な事だって出来るわ。シンジが望むのなら、脱ぐ事だって、その先だって、やってのけて見せるわよ。」
「アスカ……。」
「アタシ、前と比べて随分変わったと思う。昔はあんなに頑なだったのに、今じゃこの有り様。ま、こうなったのはアンタの所為ね。だから、本当に謝りたいんなら、ちゃんと男の責任の取り方ってものをして欲しいわねぇ。」
「……うん……分かったよ、有り難う……。」

シンジは、アタシから手を離すと、その手を見詰めながら、ポツリと言葉を発した。

「……でも、参ったなぁ、今日は何も貰わないって決めてたのに……こんな凄いもの貰っちゃったよ……チョコレートどころの話じゃないじゃないか……。」
「え?何を!?」
「アスカの心だよ。こんな僕を一番に見ていてくれる、こんな僕に『すべて上げても良い』言ってくれる、そんなアスカの真心だよ……僕には勿体なさ過ぎるよ。」
「『真心』ねぇ……そうね、ホントはチョコに託して送るべきものよね。そっか、『上げない』とか言ってて、上げちゃったのか……。」
「アスカ……有り難う。」
「いいえ、どう致しまして。」
「……フフッ……。」
「ウフフフ……。」
「「アハハハハ……。」」

何だか急に笑えてしまった。笑っている内に、物足り無さが消え失せている事に気が付いた。やっぱり、渡せなかったのが原因だったのね。気持ちを伝える為にチョコレートを使う、単純にそう思っているつもりだったのに、何時の間にか『チョコを渡す』事に捕らわれ過ぎていたのね。

お風呂に入る為に部屋に戻った時、ふと鏡を見た。そうしたら、胸のところにシンジの手形が見事にクッキリと残っていた。日本人って掌の発汗量が多いって言うけど、ここまで凄いとは。シンジの奴、よっぽど緊張してたのね。
そう思うアタシの脳裏にさっきの緊張が蘇った。突然、立っていられなくなる位ふらふらする。手形に自分の手を重ねて、大きく深呼吸、それで何とか落ち着いた。
再び鏡を見る。顔は愚か、全身真っ赤になっていた。それでも満足を絵に書いた様なアタシの表情は変わらなかった。

「これで、予約手続き開始って事かな?……それとも……ふふっ……。」

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アスカが部屋に戻ったのに気付かずに、僕はずっと右手を見ていた。
僕はこの手を随分汚してきたんだよな。こんな穢れた手を、アスカは『心』に一番近いところに自ら導いてくれた……こんな僕を認めてくれる、受け入れてくれると言う事なんだよな。
……有り難う、アスカ……。

「あれ?アスカ??……もう戻ったのか……さてと……つっ!……こりゃ駄目かな……。」

取り敢えず後片づけをしないとな、そう思って立ち上がる。ますます動き辛くなっていて、無理矢理動こうとすると痛みが走った。これは……明日は動けそうにないな。何とか動ける内にやれる事はやっておこう。
暫くして、後ろで物音がしたので振り返ってみると、風呂上がりらしい、タオルを首から下げたアスカが牛乳を飲んでいた。

「あれ?お風呂、何時の間に入ってたの?」
「え?……かれこれ、一時間程前よ。どうしたの?……あらっ!まだやってるの!?」

アスカが側にやってきて、僕の手元を見るなり、素っ頓狂な声を上げた。

「うん……何だか、どんどん身体が固まってきた感じでさ。これでも急いでるつもりなんだけど。」
「ふ〜ん……えーと、どれどれ……。」
「痛っ!!何するんだよ!!」
「何よ、ちょっと掴んだだけじゃない!……不味いわね、全身ガチガチよ、筋肉痛になってるわ……ゴメンネ、アタシの所為ね。あんな長距離を運んで貰ったんだもんね。」
「違うよ、普段鍛えてないから……。」
「あれだけ毎日動いといて、そんな言い方は無いでしょ?……もう今日は休んで、後はアタシがするから。」
「そんな、アスカだって足が……。」
「ああ、もう大丈夫よ。見てなさいよ……ほらね。」

そう言って、アスカは、床に座って足を大きく拡げると、そのまま上半身を床にぺたんと付けて見せた。

「へえ、結構柔らかいんだ……あれ?学校じゃあ何で?」
「あの時?あの時は目測誤ったのよ。で、慌てて軌道修正しようとして、”ピキーン”と来た訳。」
「そうだったのか……ゴメン。」
「本当に済まないと思ってるんだったら、さっさと寝なさい。」
「うん、そうさせて貰うよ。じゃ、お休み。」
「うん、お休み!」

何とかベッドに辿り着いて横になった。
この様子じゃ、後三日間位は不自由しそうだな。でも、それを補って有り余る物をアスカはプレゼントしてくれたんだ。今日は良い夢が見られそうだな……。



「……ね、寝れない……。」

あれからどの位経ったのだろうか。眠気は有っても寝られないままベッドに横たわる自分が居た。段々筋肉痛が酷くなってきて、文字通り身動きが取れない状態になってしまっていたのだ。

「……シンジ?……」
「ん?……アスカかい?」
「他に誰が居るって言うのよ……やっぱり寝つけない様ね。」
「うん……駄目、みたいだよ。」
「そ。じゃあ、アタシが何とかしてあげるわ。」
「ど、どうするのさ?」
「マッサージよ、マッサージ!明日には回復出来る様にしてあげるわ。でないと、死活問題だからねぇ〜。(ニヤリ)」

にやにや笑いのアスカが、何故か手をワキワキと動かしながら近づいてくる。久しぶりに恐怖感を感じた僕は、無駄と判っていても逃げようとした。でも、ピクリとも身体が動かなかった。これは筋肉痛の所為だ、恐怖の所為ではない、と思いたいよ。

「あ……いや、その……お、お手柔らかに……。」
「念入りにねっ!(はあと)……それっ!!」
ぎゃーっ!!
「何情けない声出してんのよ!!男でしょ!我慢なさいよっ!!」
「そ、そんなあだだだだっ!!
「大人しくしなさいっ!下手に暴れると筋断裂起こすからね!!」
あががががっ!!そ、そんなぁ!……」

大人しくして居たいよ。けど、反射的に身体が動いてしまうんだ。僕は文字通りのたうち回っていた。
何度目かに動いた時、アスカが急に飛び退いた。さっきの公園の時と同じく、両手で胸を覆っている。でも視線が違った、恥ずかしそうな視線で僕の方を見ている。そして一言。

……エッチ……。
「へ!?……あ!いや!!その!!……」
隙ありぃ!!
ぐああぁっ!!
「やーい!引っ掛かってやんの!」

またやってしまったのかと、僕が呆然とした瞬間、素早くアスカは飛び掛かってきた。だ、騙された!……

「ぶぁ〜か!そう簡単に当たるもんかってぇ!!」
あだだだっ!!ひ、酷いよぉ!!」
「それにねぇ!もうあれ位で動じたりしないわよっ!!」
「ど、動じてくれ〜っ!!



「はぁはぁ……ふぅ〜っ、まあ、こんなもんでしょ……。」
「ぐ……が……あ……あ、りが……が……と……。」
「ゴメンネ、痛かったでしょ?でもね、これ位やっとかないとホントに動けなくなるのよ。」
「……何か……身体中が……火照ってるよ……。」
「ま、血の巡りが良くなったからね……あら?汗だくねぇ。ちょっと待ってなさいよ。」

アスカは、濡れタオルを用意して、僕の身体を拭いてくれた。

「あ、アスカ……あ、有り難う……あれ?それは?……」
「ん?ああ、これ?新しいの出すのが面倒臭かっただけよ。」
「『面倒臭い』って、そんな簡単な理由で……。」

部屋の明かりは暗くしてあったので、なかなか気付かなかったけど、使っているタオルの色は赤色だった、つまり先刻までアスカが首から下げていた専用のものなのだ。
アスカは潔癖症の傾向が強く、身の回りのものすべてを専用として区別して、誰にも触らせなかった。僕でも触って文句を言われないのは、洗濯する時位な物だ。それが、そんな簡単な理由で他人の身体を拭くという用途に使うなんて事は、考えられる訳も無かった。

「何よ、そんなに変なの?」
「……思いっきりね。それ、専用だろ?今迄触っただけで怒ってたのに、僕を拭くに使うなんて、変だよ。」
「ふぅ〜ん、そっかなぁ?……そうね、きっと変なのね……。
「??」
「あ、ええっとね!だからね!……アンタのタオルだと、アンタ、後で”すりすり”しそうでさ、それがイヤなのよっ。」
「なんだよ、まだ言ってるのか!?だから『やってない』って言ってるだろ!!」
「……ま、そう言う事にしてあげるわ。」

そう言うとアスカは立ち上がって、部屋を出ようとした。襖を開けたところで立ち止まって、振り向かずにそのまま口を開いた。

「シンジ……。」
「何だよ。」
「……もし、もしもよ、頬擦りしたくなったら……アタシに言って。協力するから。」
「!……ちょ、ど、どう言う事だよ!?」
「うふふっ……それはねぇ……。」

アスカは振り返ってそう言うと、そのまま部屋を出ていってしまった。だから一体何なんだよ……。
程なくして、アスカはまた部屋に入ってきた。小脇に何か抱えている様だけど?……

「目の前の現実を無視するなって事よ。」
「はあ??」
「まだ解んないのぉ!?……つ、つまりね、ほ、本人がす、すぐ側に居るのに、だ、代用品でま、満足するな、って事よ。」

アスカは顔を伏せて、吃りながらそう言った。そして、そのまま大きく息を吐くと、ゆっくりと顔を上げた。

「シンジ、公園での効力はまだ残ってるわ。だから正直に、ね?」
「う、うん。」
「タオルに頬擦り、したくなった事有るでしょ?」
「ま、まあ、無い事は無いけど……それってさ、変態じゃないか。」
「そりゃそうね。でも……ハッキリ言わせて貰うわ、アタシも有るの、したくなった事。シンジの匂いってどんなのかな?って思ってね。」
「えっ……。」
「アンタも、そんな感じでしょ?」
「……うん。」
「じゃあ、そう言う事で……。」

アスカはそう言ってベッドに近づくと、抱えていた物を僕の枕元に置いた。それは、アスカの枕だった。
そのままアスカはベッドの端に座ると、驚く僕を微笑みながら見た。

「試してみよっか。」
「へ!?」
「お互いの匂いって奴をね。今日はもう遅いからさ、一緒に寝るって事でどう?」
「ど、どうって……。」
「拒否はしないわね?」
「そ、そりゃあ、断る理由は無いけど……どうなっても責任持てないよ?」
「逃げ口上?……ま、アタシは別に良いけどね、覚悟はしてるし。それにね、これでもアンタの事高く買ってるつもりよ、そんな事しないって信じてるから。」
「……有り難う。頑張るよ。」
「変な言い方。じゃあ、承諾したって事で良いわね。それじゃ……おっと、一応お約束で言わせて貰うわ。コホン……
すぅーっ……
『変な事したら只じゃ済まさないからねっ!!』
「(キーン……)わ、分かってるよぉ……じゃあ、お休み。」
「うん、”Gute nacht”、お休み。」

アスカはウインクして見せると、さっさと反対側を向いて寝た。僕も背中合わせになる様に横になった。すると、アスカが背中を押し付けてきた。背中全体で感じるほのかな温もり。そして首の辺りには、髪の毛であろうサラッとした感覚がして、そして何か良い感じの匂いがした。

「え?アスカ!?」
「この方がハッキリ判って良いでしょ?」
「あ、あの……ちょっと?……」
「じゃ、頑張って寝てよ。」
「アスカ……ったくもう……。」

またまた、眠気は有ってもなかなか寝つけない状態になった。今度の原因は言うまでもないだろう。意識してしまってどうしようもない。
やっぱりアスカって大胆だな、アスカの方から背中をくっつけてくるなんて。つい昨日まで、こんな事になるなんてこれぽっちも想像出来なかったもんな。やっぱり、アスカの気持ちは本物だったんだな、改めてそう実感出来た。
……でも、こうやって改めて感じみると、アスカって結構細身なんだな。今日何回か抱き締めた時も、背丈はアスカの方が少し高いのに、かなり華奢な感じがした。こんな身体でアスカは頑張ってくれているんだ、僕も負けない様にしないと。そうする事で、僕の気持ちも本物だと確信出来ると思う。
……有り難う。僕頑張るよ、アスカの期待に応えて見せるよ。本当に有り難う……。

僕が最後に耳にしたのは、午前0時を告げるリビングの時計の鐘の音だった。

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ううっ……寝られるかしら……。
我ながら大胆な事をしてしまったわ。お蔭で心臓がバクバクしてるし、釣られて体温も上がりっぱなし。汗をかいてるのがハッキリと判る。でも、寝返りは打ちたくない、一瞬でももう離れたくない。仕方無いから深呼吸で我慢しよう……。
明日目覚めた時、どんな格好で居るのかしら?大いに不安、でもちょっと楽しみ。そう思えるのもシンジだからだと思う。自分のペースで居ても充分アピ−ル出来るって言うのが良いよね。アタシらしく居られるのはこのバカの前だけって事かぁ……。
今回もアタシのペース。でも、しっかりとシンジは付いて来てくれた。これって才能よ、シンジ。
これからもしっかり付いて来てよね。その内、アタシがシンジに合わせられる様に頑張るからね。

今日は、形式に捕らわれ過ぎて自滅しちゃったけど、お互いの気持ちが本物だって判ったから満足出来るわ。渡さない筈だったプレゼントも、何時の間にか勢いに乗って渡してしまってたし……これって、やっぱり司教様のお導きかな?……な〜んちゃって。

……ふぅ、やっと眠くなってきたわ。寝覚めが良い様に、良い夢見るからね。
……ありがと……シンジ……。


<終>


<後書き>(もはや作者短信だな、こりゃ)

最長記録更新……はぁ……。
都合3回も全面書き直し、しかもまだ書ききってない!!”ワン・モア・プリーズ”ですね。ホントに申し訳ない。
……あらすじも考えずに書いたらこうなるよって言う事ですな。反省します……。
と言う訳で、ドイツ語解説は繰り延べです。

たまたま風呂上がりに目に入ったドラマで、互いの胸に手を当てるちゅうシーンが有りました。よく似た場面がこっちにも有る訳です、『真似しやがった』とか思われるんやろうな、と”トホホ”状態でした。言い訳させて貰うならば……この場面、ドラマの一週間前には書いてあったんです!

今回から、『広辞苑第五版』を導入。主に漢字のチェックに使ってます。電子辞書と言う物は、検索には成程便利ですが、暇潰しにパラパラめくると言った事が出来ないのでちと何かなぁと思ってます。

少し前ですが、高校時代の友人に会いました。私は高校時代の三年間、学級代表と言うものをやっておりました。そこで付いた呼び名が『委員長』。住んでる地域が地域ですので、関西弁で呼ばれる訳です。この時も、ずっとそう呼ばれ続けました。
『お〜い、○○!』
『なんや、委員長。』
……はうっ!!……思わずお下げ髪がしたくなってしまったらどうしよう!?

内股は痛めると結構辛いっす。職場では、数百kgの物(紙の塊)を台車に乗せて運びます。この台車、只単に板に車輪を付けただけの奴なんで、方向制御が難しいんですよ。全身で思いっきり押してる時に、有らぬ方向へ行く事はザラなんです。この前、それで制御しようとしてピキーンと来ちゃいました。階段や自転車は勿論の事、歩くのも一苦労でした。で、今は大殿筋が痛いです(笑)。

では、また御会い出来ます様に……。


跡見さん、本当にありがとうございました!!

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tomi-yoshina@mba.nifty.ne.jp
までお願いします。


「ステンショ跡見」へ戻ります。