早朝、太陽が山の端から姿を見せ始めた頃、部屋から音を立てない様にそっと出て行く少年が一人。そしてその少年を、隣部屋の扉からジッと見つめる視線が一つ。

「……作戦開始。」

その視線の持ち主たる少女は呟き、そして同じ様にそっと部屋を出て行った。


Tomi's EVA vol.3


箱根温泉・・・二日目(午前)


「お決まりのパターンよね、これって。」

アタシ達に気付かれない様に早朝に出る、シンジのこう言う時の行動って、ホント解り易い。シンジは真っ直ぐに駅へと向かっているみたい。

「結構遠出になりそうね。」

アタシは帽子を冠り直した。しっかし、ミサトの用意してくれた変装セット‥‥白のTシャツ、薄青のGパン、白の大きいサイズの野球帽、黒い太ブチの伊達メガネ、茶色のカラーコンタクト‥‥センスが全然なってない!……なってないんだけど、確かにアタシの特徴を隠すにはもってこいだと思うわ。さすが元・作戦部長ね、そこだけは認めてあげる。でも、アタシの服のサイズなんてよく知ってたもんねぇ。案外適当だったりして。

気付かれない様にして、シンジが買う切符の値段をチェックする。昔ならNERVのIDカードでスルーだったけど、今となっては、切符を買うと言う面倒な事をしなければならない。日本に来る迄は当たり前にしていた事なのに、人間、便利さに慣れると元に戻り辛いものよね。
早朝の、しかもただの田舎となった土地の駅は人が極端に少ない。見つからない様に追い掛けるのは難しいわね。って……発車ベルの音!やばっ!!あわてて駆け込んで、セーフ。深呼吸をして息を整えてから、顔を上げたら目の前にシンジが座っていた。一気に焦りの色が顔に吹き出したのが判る。
『お、落ち着くのよ、い、急いで離れると、かっ、返って怪しまれるわ。しっ、自然に……そう!自然に席に着くのよ。』
必死で気分を落ち着かせて、やや離れた所に座った。幸い、シンジは、音楽を聞いていたのか、俯いてくれていたので見つからなかった、と思う。

電車が終点に着いた。本線筋の駅は人が多い、そろそろラッシュの時間かしらね。ま、こっちにとっては幸いよ。えっと、シンジの奴はっと、居た居た……。同じ車両に、間を置いて乗り込む。
これって、急行電車ってヤツね。へえ、向かい合わせの座席なんだ。こんな電車で旅行できたら結構良いかもね。二人で向かい合わせに座って、流れる風景を眺めながら語り合う……。んーっ、良いわねぇ……。ハッ!こんな事を考えてたら思わずにやけちゃった、これじゃ変人よぉ。頬を両手で軽く叩いて気合いを入れ直した。
「これでヨシっと。」

シンジは通路側に座っている。見えないけど反対側に誰かいるみたい。見知らぬ人と座るのは抵抗あるわね、この座席。そのうちに、シンジはその向かい側の人と会話を始めた様子。照れてるのか、シンジははにかんだ様な穏やかな笑顔を浮かべながら頻りに頷いている。アタシには見せた事のない表情だった。アタシの知らないシンジがそこに居る。アタシにはその事がたまらなく寂しく感じた。
でも、アタシにもシンジに見せた事のない表情があるに違いない。そういえば、ドイツの継母から電話があった時、どことなく寂しそうな顔してたっけ。お互い知らない所が多すぎる、だから恐いのかもね。

次の停車駅に着いた。シンジは立ち上がって軽く会釈すると、出口に向かって歩き始めた。慌てて後を追い掛ける。その時ちらりとシンジの話し相手を見てみた。優しそうな顔のお婆ちゃん、どんな話をしてたんだろう、あそこに居たのがシンジじゃ無くて、アタシだったらどんな話をしてくれたんだろう……想像出来ないわ。他人と殆ど触れ合った事がないから、だと思う。そう思うとシンジやミサトの存在……有り難味って言うのかな……本当に大切なんだなって思える。

****************************************

シンジはこの駅で降りるみたいね。えっと、切符はっと……無い……えええっ!
慌ててポケットというポケット、果ては胸元まで捜してみたけど……無い……。必死になって記憶を呼び起こす。ええと、買ってから電車に駆け込んで、それから……!?士舞い込んだ記憶が無い、ずっと握ってたんだ……。これで落とした事が決定、その時のアタシの顔は、多分昔のマンガにあったおかっぱの女の子みたいに、縦線が入っていたに違いない。
「あはははは……。」
でも、こんな所で油売ってるヒマは無いのよ。もはや強攻突破しか道は無いわ。切符が見つかるのはもはや奇蹟、奇蹟を待つより捨て身の努力よ!少し下がってから、猛然とダッシュを駆ける。

「でえええええいっ!」

ピンポーン

「げふっ!」

扉が下腹部にクリーンヒット、骨盤の部分をイヤという程打ちつけた。痛さの余りピョンピョン飛び回る。
うう……こんな事ではいけないわ、このアスカ様があんな機械ごときに負けるなんて……。いや、負けてなんかいられないわよ、この勝負、勝たなきゃアタシに未来は無いのよ!
再度助走距離をとる。下がれる所まで下がって……

「どおりゃああああっ!」

改札機の手前で踏み切って、一気に扉を飛び越える。……やったわ!成功!……と思ったら目の前に植え込みが。
でえっ!ブ、ブレーキ!!

どさっ!!(メキメキ……)

「……あ、アタシってば……不幸……。」

****************************************

アタシがしっかりギャグキャラを演じている間に、当たり前の事だけど、シンジはどこかへ行ってしまった。辺りを探し回ってみたけれど、見つからなかった。アタシは途方にくれてバス乗り場のベンチに座り込んだ。
あれだけ頑張ったのにな。シンジは早朝出掛けるだろうという事は判っていたから、寝過ごすのが恐くて一睡もしなかった。ホントは変装セットだって、格好悪いし、他人の力を借りたく無かったから使いたく無かったけど、ミサトの応援を無下にする訳にも行かないから、夜中じゅう鏡の前でさわり続けて何とか納得出来る格好にした。それに、目立ちたがりのアタシが気配を消して尾行なんてよく出来たと思うし、今し方犯罪行為までしたし。
でも、みんなパー、水泡に帰したって奴になっちゃった……悔しいな……。でも何故かしら、心は穏やかだった。結果なんてどうでもいい、今の自分に満足している、昔のアタシなら絶対怒り狂っていた筈なのに。変わったのかな、アタシ。違うわ、ちょっとだけ素直になれただけね。
昔のアタシの「努力」は、周りの人に認めて貰う為の手段、生き延びる為の手段だった。努力するの止める事、努力が報われなくなる事はアタシにとっては死を意味していた。でも今のは違う、努力する事自体を楽しんでる。こんな事もあり、なのね……。


「フウ……帰ろっか。」

暫く空を眺めてから、立ち上がろうと視線を地面に戻したとき、

「え!?なんで!?」

驚かずにはいられなかった。なんとシンジがこっちに向かって歩いて来るのが見えたから。慌てて顔を伏せる。シンジはアタシの横で立ち止まった。横目使いでシンジの様子を窺うと、バスの時刻表と時計とを見比べて、

「良かった、間に合った。」

と独り言をいった。バスに乗る様ね。
アタシはバレたのかと内心ヒヤヒヤしていたけど、この一言で安心した。でも、今まで何処に行ってたのかしら。

さすがにここまで来ると人が居なくなって来る。下手に隠れようとすると余計に目立っちゃいそうだから、平然を装って堂々とバスに乗り込んだ。
バスは富士山に向かって走っているみたいね。外を眺めるシンジの表情が、夢見心地の様な、それでいて悩んでいる様な、なんと言って良いのか判らないものに変わって行く。

****************************************

シンジは、どこかの集落の入り口のバス停で降りて、集落とは全然違う方角に向かって歩き出した。向かう先は森、その向こうには富士山が見える。取り敢えず、20m程の間隔を置いて後に続く。
森の中は鬱蒼としていて、湿った空気が漂っている。ドイツの森とはやはり雰囲気が違う。シンジは、いつの間にか鎌を片手に持ち、ツルを薙ぎ払いながら進んで行く。それにしても気味が悪いわね、木の幹は苔で湿っているし、訳の分からない虫が羽音を響かせて飛び回る。早く抜け出せないのかしら。

グウ……

そう言えば、旅館を出てから何も口にしていなかったわ、それに蒸し暑いのにも関わらず汗をかいていない。熱射病かも、道理でだるいと思った、危険信号だわ。限界にならない内にギブアップしてシンジに見つけてもらおう、そう思って声を掛けようとした。が、声が出ない。想像以上に体力を使い切っていたみたい。入院している間に体力が衰えていたのを計算に入れてなかった。堪らず木に寄り掛かって座り込む。全くの手ぶらで出て来たし、途中で買う事もしなかった。NERVでこういう事は知っていた筈なのに、裏方に頼り過ぎてすっかり忘れてしまったのが裏目に出た。一生の不覚だわ、バカみたい。
もう立つ事も出来ない、これからどうなるんだろう、アタシ。膝を抱え込んで胎児の様に丸くなる。思わず溜息がでて、強烈な不安がアタシを襲う。このまま短い生涯を終えるのか、それとも訳の分からない連中が現われて連れて行かれるのか。あれこれ考える内に、徹夜したのが災いした様ね、突如睡魔が襲って来た。悔しいけど、今のアタシには勝てそうに無いわ。
……もう少しシンジに近づきたかった、シンジの側に居たかった……。
……生きていたかった……悔しい……。

****************************************

……誰かに背負われてるみたい。誰だろう……。華奢な体つきだけど、男みたいね。
暫く歩くと、アタシは地面に降ろされた。そしてその男はこっちに振り向く……シンジだった。

「ゴメン、アスカ、君と居られるのはここまでなんだ。」
「……?」
「僕は、君には似合わない男だ。今までこんなバカで、弱虫で、最低な僕に付き合ってくれてありがとう。」
「……何言ってんのよ、意味が解んないわ。」
「僕はもう行かなきゃならないんだ、それじゃ……。」
「ちょっと、待ちなさいよ!何処へ行くつもりよ!アタシは認めないわよ!そんな事!」
「認められなくても良いんだ。今にきっと僕よりも良い人が現われるよ。さようなら……。」
「ちょっと!アタシをここへ置いてくつもり!待ちなさいよ!イヤよ!独りにしないでよ!独りはもうイヤなの!待ってよ!シンジィィィィ!!!」

ガバッ!!

「(ハーッ、ハーッ)……夢!?」


暫く呆然としていたけど、頭の混乱も収まり、辺りの状況を見回してみる。どうやらアタシは森の外に出ているみたい。大きな木の根元で寝かされていたらしい、そよ風が気持ち良いわ。傍らにハンカチが落ちている、濡れているところを見ると額を冷やしていた物の様ね。イニシャルが縫ってある‥‥『S.I』‥‥シンジのだわ。急いで木の根元を振り返えって見る、枕代わりにシンジのリュックが置いてあった。
助けてくれたんだ……。嬉しさの余り、思わず涙ぐんでしまった。涙を拭おうとして、変装したままの自分に気がついた。
「……アイツ、アタシだって事が判ってんのかしら?」
再び辺りを見回してみる。シンジは何処にいるんだろう。荷物はここにあるし、アタシの事が判ってようが判っていまいが、女の子を放っとく性格じゃないからね、戻って来る筈よね。……あ!来た来た!アタシを見たのか、途中から走って戻って来た。

「(ハアハア……)良かった、気が付いたんだね。」
「え、ええ……。」
「あの、ところで……一つ聞いて良いかな?」
「……何?」
「あの……もしかして……アスカ……だよね?」
「……誰だと思う?」
「その声……やっぱりアスカだ!あー良かったぁ……。」
「な、何が良かったのよ?」
「な、何がってさ……別人だったら……その……誘拐犯になってた……かも知れないしさ……。」
「……プッ!アッハハハハハハ……。言うに事欠いて『誘拐犯』ってかあ!?アハハハハ……。」
「アハハハ……。やっぱりアスカにはかなわないや。」
「……何がよぉ?」
「追い掛けて来るなんてね、あり得ると思っていたけど、実際にされるとね……正直驚いたよ。」
「……何処で気が付いたの?アタシの事」
「電車を降りた時かな?改札口で叫んでいただろ?ついて来ちゃったんだ、と思ったよ。その時は姿を見た訳じゃなかったから自信は無かったんだ。それでバス乗り場で君を見かけた時に、気付かれない様にして観察させて貰ったよ。だけど、顔は似ているんだけど目の色とか違うから確信は持てなかったな。でも、森に入った時もついて来たから、僕はその時点で君の事をアスカだと思う事にしたんだ。森の中で時々振り返って見てたんだけど、ふらふらしてたし、わざとゆっくり歩いてもどんどん離れて行くみたいだし、どうしたんだろうと思って引き返してみたら、君が倒れてたんだ。そのまま放っとくと危ないし、取り敢えずここまでおぶって連れて来たんだけど、でも、今聞くまでアスカだとはやっぱり確信出来なかったな。」
「ふーん……。」
「あの、ところでさ、お腹空かない?」
「もーペコペコ。それに喉もカラカラ。実は朝から何にも口にして無いのよね。」
「だろうね。だから、ハイ、これアスカの分ね。」
「……アタシの分?」
「そうだよ。バスに乗る前に町中まで行って買って来たんだ。」
「……確信して無いとか、言っときながら……ありがとう……(グスッ)」
「泣く程感動されても……困っちゃうなぁ。」
「……バカ……」

ホント、バカよ。誰かと言う確認も取れないまま、面倒見ようとするんだもの。優しすぎるのよ、このバカは。
……このおにぎり、美味しいわ。空腹は最高のソースって言うけど、それだけじゃ無いよね……。


食べられるだけ食べたし、水分はスポーツ飲料でかなり取った。でも、アタシの分として貰ったものは半分も減らせなかった。シンジが食べている分なんかは半分も減って無い。シンジの奴、本当に買い込んだわね。

「よくもこんなに買い込んだわね。」
「うん、もしも……って事も考えてさ。」
「ホント、アンタらしいわね。入念すぎるわ。」
「そっかな?」
「そーよ。……もしアタシがアカの他人だったらどうしたの?」
「うーん……。その時になってみないと判んないや。」
「あ、そ……。」

その行き当たりばったり的な所もシンジらしいわ。

「……ところでさ、その……変装……何とかならない?……なんか、落ち着かなくてさ……。」
「そっか、バレちゃったんだから、もう要らないわね。」

アタシがメガネとカラーコンタクトを外すと、シンジは安堵の表情を浮かべた。そんなに変だったの?アタシ。

「帽子は取らないの?」
「アンタバカぁ!?髪の毛が木に引っ掛かるじゃないのよ。傷めたらどうすんのよ、責任取ってくれるの?」
「せ……責任?」
「そーよ。」
「……分かったよ。僕が悪うございました!アスカ様の仰る通りです!」
「なんか突っかかって来るわねー、バカシンジのくせに。」
「なんだよぉ、別に良いじゃないか……。」

他愛もない会話。だけど、相手がシンジだと……なんか……気持ちが安らぐ感じがする。でも、今はこんな事をする為にここに居る訳じゃない。だけどこれはシンジの問題、アタシがどうこう言えるものでは無いと思う。シンジが行動を起すのを只待ち続けるだけ。

「……そろそろ行こうか。」


<後書き>

また御会い出来ましたね。
今回は、早くも差し掛かってしまった、このお話のヤマ場の前振りです。余りに長くなり過ぎたので分割しました。次回はセリフだらけです、二人とも饒舌ぅ。(^^;
また、今回の特徴としては、アスカからの視点のみで書いてみた事ですね。と言う事で、翌日はシンジのみで書く事にします。

[関係ないけど‥‥うんちく]
私の住んでいる地域では当たり前の様に使われる(そりゃ隣村ですから)『アスカ』ですが、『明日香』と『飛鳥』、二通りの漢字があります。ちょっとその辺の話を。(ラジオの聞きかじりで記憶が不鮮明ですが……っておい!)
元々、『アスカ』とは朝鮮語で『ふるさと』と言う意味の言葉でして、遥か古墳時代に朝鮮から渡って来た渡来人に、風景が祖国のそれに似ていると言う事から付けられた地名らしいです。また、大阪府南河内郡太子町の一帯を『近つ飛鳥』、奈良県高市郡明日香村の一帯を『遠つ飛鳥』と言っているそうな。因に『奈良』は『国の中心』と言う意味だそうな。
古くから使われていたのは『飛鳥』でありまして、『明日香』は意外に新しく、明治維新の頃に使われだしました。これは、時の明治政府が戸籍の整備に当たって、「『飛鳥』では振りがなが振れないから、別の字を使え。」と言ったからだそうです。だから、『飛鳥』の字が固有名詞に使われている事が多いのに対し、『明日香』の字が使われているのは少ないんですね。(でもよく見かけるなぁ)

では、また次回。


跡見さん、本当にありがとうございました!!

跡見さんへの感想メールを!
tomi-yoshina@mba.nifty.ne.jp
までお願いします。


「ステンショ跡見」へ戻ります。