『アタシの方こそシンジと居る資格なんて無いよ……。』
『本当にバカなのはアタシなんだから!』
アスカの方が僕なんかより悩んでいたのかな。いや、僕がアスカを悩ませていたんだ。僕なんかの為に悩んでくれていたんだ……。
『逃げたら解決出来ると思ってんの!?確かにアンタが立ち向かう事で傷付く人がいるわよ!でもねぇ!アンタが逃げる事で傷付く人もいるのよ!』
そうだ、だから逃げたくても逃げられない。だから苦しい、辛いんだ。
『ここで逃がすぐらいなら、アンタを殺してアタシも死ぬ!だって!……だって……生きててもしょうが無いもの……独りじゃ……。』
『アンタと一緒に居たかったからよ。』
どうして?苦しいのに、辛いのに、アスカは生きようとするんだ?僕なんかと?
……アスカは、僕の事を認めてくれたのか?……。
『何にも無い筈のアタシにも、アンタと出会ってからの思い出が、いいえ、アンタが居るって事に気付いたの。』
人は独りじゃ生きられない、たとえ傷つけ合うとしても、他人と繋がりが無ければ人じゃない、と言う事なのか。
『シンジを後ろから励ます事しか出来ない。力の無いアタシがシンジにしてあげられるのはそれだけだもの……。』
『アンタと一緒に笑ったり、泣いたり、喧嘩してみたり……。アタシは、シンジの側に居たいの。』
一人でも僕を認めてくれる人が居る限り、僕は人として生きる事が出来るし、そうしなければならないんだ。……今の僕にできる事はそれだけだ。
『もっと自信を持って欲しいわね!なんてったってアンタは、この惣流・アスカ・ラングレー様を負かした世界で唯一の男、『碇シンジ』なんだからねっ!』
「ありがとう……アスカ……やっぱり君にはかなわないや……。」
「困ったな……。」
窓の外を眺めながら、僕はそう呟いた。昨日までの天気とはうって変わって、今日は未明から雨が降っている。今日はみんなで行動する日と決まっている。最後の戦い以来、久しぶりに母さんにあえる、そう思っていたけど、これじゃみんなが迷惑するな。どうしようか……。
「こら!バカシンジ!」
「わあっ!……なんだ、アスカか……おどかさないでよ……。」
「さっきから何度も呼んでるのにアンタが返事しないからでしょ!さ、早く着替えてアタシの部屋に来なさいよ。」
「何で?」
「アンタ……朝、食べないつもり?」
「あ……いや、そんな事ないけど。」
「……あんまり一人で悩まないでよ……。」
「え……!?」
「と、とにかく、これからの事も有るんだからさっさとしなさいよ!」
「う、うん……。」
アスカ、ゴメン。また心配掛けさせちゃったみたいだね。
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「……シンちゃん?」
「あ、はい。」
「どうするの?今日、行くんでしょう?お母さんの所に。」
「……はい、そうしたいんですけど……天気が……。」
「……。ミサト!傘、ちゃんと持って来た?」
「あ、ごめーん、忘れちゃったぁ。んでも、宿で貸して貰えるわ。」
「ここからどの位?」
「1時間もあれば、すぐ近くまで乗り付けられるわ。降りてから歩いて5分ってところかしら?」
「あ、あのちょっと!」
「なによシンジ。」
「何の話してるの?」
「アンタバカぁ!?墓参りの算段に決まってるじゃない!」
「え?……」
「アンタねぇ……冠婚葬祭に天気なんて関係無いでしょ!」
「ちょっと言葉の意味が違う気がするわ……。」
「ぐ……と、とにかく、アンタ昨日『行ってくれないか』って言ったでしょ?だから行ってあげるのよ。感謝しなさい!」
「……うん……ありがとう……。」
「いいって事よ!ね、ミサト」
「そうよ、私達家族でしょ?気兼ねしないの、ね?」
「……はい。」
家族……か……。すっかり忘れていたな……。
本当の家族って何だろう?……
どんな事でも話し合える関係?
一緒に共有する時間を持っている関係?
安らぎが得られる関係?
……これじゃ恋人とあんまり変わりないな……恋人?何でこんな言葉が浮かんで来るんだ?どうしたんだ僕!?気を確かに持て!
……と、とにかく、二人の厚意を有り難く受ける事にしよう。ありがとう……。
「ねえ、この妙な半熟卵は何?」
「ああ、これ?これは『温泉卵』って言って……。」
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夏と言う季節には似合わないしとしと雨の中、僕達は宿を後にして墓地へと向かった。
あの墓地には『セカンド・インパクト』で無くなった人々が眠っていると言う。山陰にあったのが幸いしたのか、『サード・インパクト』の災禍にも大きな被害を受けなかったそうだ。
「シンジ……。」
「何?アスカ。」
「何で墓になんか行くのよ。あそこには何にも無いんでしょ?」
「そうだよ。確かにあの墓には何も無い。でも、母さんに逢えるのはあそこだけだから……。」
「……理解出来ないわ……逢えない人に逢いに行くなんて……。」
「……何で、かな……。」
「自分を確かめる為。自分の心の中で生きている人に逢う事で、自分がどれだけ変わったか、或いは変わっていないかを確かめる。今までの自分を振り返る事で新しい自分を見つける手掛りを探す。……取り敢えず私の見解はこうね。」
「ミサトさん……。」
「まあ、私全然墓参りした事無いから……。ホントのとこ解んないんだけどね……。」
「は、はあ……。」
「ま、実際にその人に、この場合はシンジ君のお母さんね、語りかけてみたら何か判るかもよ。」
「はい。」
アスカは押し黙ったまま、流れる景色を見ている。やはり納得がいって無い様だ。
アスカがドイツで育ったから、とか言う事は関係無いと思う。彼女にとって故人を思い起こすと言う事は、過去の辛い記憶を呼び覚ますと言う事。しかし、それは僕も同じ事だと思う。僕もアスカも母親の死を目の当たりにしている。ただ僕の場合母さんはエヴァの中で消えた、直接見た訳では無い、だから実感が湧かないのかも知れない。アスカの場合は自殺しているのを直接目撃している。アスカの方が衝撃は遥かに大きかっただろう。
……僕には何も出来ないのか?アスカの力になってあげたいな……。
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「結構ぬかるんでるわねぇ……ほっ!……歩き辛いったら……はっ!……ありゃしないわ。」
「雨が止んだだけめっけもんでしょ?」
「そーなんだけどね……よっと!……靴が汚れちゃうじゃない……ほっ!」
早くから降り続いていたのが幸いしたのか、先刻、雨は上がった。花束を持った僕が道案内の為に先頭で、水たまりを避けようとピョンピョン飛びながら歩くアスカは2番目(勿論手ぶら)、しんがりはミサトさんが水の入った桶を持ってついて来てくれている。
母さんの名前の彫ってある墓碑の前にしばし佇む。やっぱり実感が無い、本当は母さんはエヴァの中、でもそのエヴァは所在不明、”消えた”ままなんだ、”死んだ”と言う実感は湧かない。でも、花束を捧げ、三人で黙祷すると、自然と言葉が出て来た。
「母さん、あの時はありがとう。短い間だったけど、一緒にいられて嬉しかった。
母さんと最初に別れてから色々あったんだ。でも、全部辛い事だけで何も良い事は無かったよ。
父さんに呼ばれてエヴァに乗り始めてからはもっと辛かった。友達が出来て、家族と呼べる人達が出来て、僕の中で何かが変わろうとしていたのに、僕が行動を起こす度に誰かが傷付いていったんだ。僕を助けてくれる、僕を支えてくれる人達を僕は傷つけて……。死んでしまいたいと思った。
でも、それでも僕を支えてくれる人が居たんだ。他人を傷つける事しか出来ない、罪深いこの僕を認めてくれる人が居てくれたんだ。僕は、これからその人の為に生きていこうと思う、命を掛けてでも。独りよがりかも知れない、自己満足かも知れない。でも、今の僕に出来るのはそれだけなんだ。
母さん、今まで守ってくれてありがとう。さよなら、母さん。また逢いに来るよ。」
「バカシンジ……。」
僕が立ち上がると同時にアスカの声。
「『さよなら、また逢いに来る』なんて矛盾した事、言ってんじゃないわよ……。」
アスカは笑顔を浮かべている、その目には今にも流れ出しそうな位の涙。
「……強くなったわねシンジ君……。」
ミサトさんは目頭を抑えている。
「僕なんか全然強くありませんよ。二人が居てくれなかったら、とっくに僕は居ませんよ。」
「シンちゃーん、『二人が』じゃなくて『アスカが』でしょ?」
「な!こ、こんな時に何言い出すのよ!」
「ぼ、僕はそんなつもりで……。」
「だって事実じゃないの。私なんか何の役にも立た無かったわ。アスカがシンジ君を支えたのよ。」
「アタシは何にもして無いわ、アタシはシンジに支えて貰ったから立ち直れたのよ。ミサトだってアタシを一歩踏み出させてくれたじゃない。」
「そうですよ。ミサトさんが僕やアスカの手を導いてくれたからこうして居られるんですよ。」
「そんな事無いわよ。これは二人の力よ。私はきっかけを用意しただけ……。」
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「人は周りの変化でいくらでも変われるし、またその人が周りをいくらでも変える事が出来る。それが人のつながりと言うものだよ。」
「!……所長!……」
「「え!?」」
突然の声に驚いた僕達は声の主の方を見た。そこには冬月副指令……いや、所長が立っていた。その後ろにはボディーガードと思しき人物を連れている。
「所長、どうしてここに……。」
「私も墓参りだよ、旧友のな。君達も来ているとは思わなかったよ、ユイ君のかね。」
「はい……。」
「シンジ君、アスカ君、二人とも立派になったな。碇にその姿を見せてやりたいものだ。」
「「いえ、そんな……まだまだですよ。」」
「はっはっは、以外とお似合いな組み合わせかもな。」
「「え!?(ボンッ)そ、そんなこと……。」」
「はっはっは……。ところで葛城君、先日の話はどうかね?返事を聞かせてもらえないかな?」
「所長、その話は既にお断りした筈ですが……。」
「いや、相手の方が凄く乗り気でね、どうしても一度君に逢いたいと言っている。」
「シンジ、一体何の話?」
「ぼ、僕に聞かれたって……。」
「『そろそろ身を固めろ』ってね、話が来ているらしいのよ。」
僕達の話が聞こえたのだろう、ミサトさんが説明してくれた。
「お見合い?どんな人なの?」
「写真は無し。本当に話だけなのに相手が乗り気になるなんてねぇ。」
「どうして受けないんですか?せめて会うだけでも……。」
「……私は決めたのよ。私はあなた達が立派に一人立ちするのを見守っていくんだって。私は個人的怨みを晴らす事をあなた達に押し付けて、結果、あなた達を苦しめた。私にはもう幸せを求める権利なんて無いのよ。これは私に課せられた義務、今までの行動の代償よ……。」
「そんな……。僕はそんな事認めませんよ。」
「シンジの言う通りだわ。アタシもそんなミサトには構って欲しく無いわ。」
「僕達はミサトさんのお蔭で今までのしがらみを乗り越える事が出来たんです。ミサトさんだけが過去に縛られるなんて不公平な事、僕は許しません。」
「そう!その通りよ!シンジィ、珍しく良い事言うじゃなーい、アタシ見直しちゃったぁ。」
「(ぽっ)ははは……、大した事じゃないよ、この位……。」
「あなた達……。」
「葛城君、君の家族もこう言ってるではないか。会ってやってくれないか。」
「でも……私は……。」
「実は、もう連れて来ているんだがね……。」
そう言って、冬月所長はボディーガードの男性を呼んだ。よく見てみると、何処かで会った様な……。
「まさか……!」
アスカの驚愕の表情、僕も直後に耳を疑う事になる。
「これはみなさん、御無沙汰しておりました……。」
そう言って彼はサングラスを取ると、大袈裟と言える程恭しく御辞儀をする。
「……嘘……。」
「あ……あ……か……か……。」
「……加持……君……。」
信じられない様子のアスカ、驚きの余り口が動かなくなった僕、絞り出す様に呟くミサトさん。三者三様の驚き方。
しばしの沈黙、各々が各々に思いを巡らせていた。やがて、ミサトさんが前に進み出た。
「加持君……。」
バチンッ!!
「アンタぁ!今まで何処ほっつき歩いていたのよ!いきなり姿くらまして!あんな電話までして!私てっきり……。」
「済まない。事情で会えなかった。すべてが終わるまで姿を消しているしかなかった。許してくれ。」
「『許してくれ』だぁ!大体アンタはいつもそうよ!勝手過ぎるわ!今度と言う今度はもう許さない!絶対に許さないわよ!」
「予想はしていたけど、やっぱり駄目か。どうすれば許して貰えるのかな?」
「絶対に許さないわよ、何をしても許さない。一生掛かっても許されない事をアンタはしたんだから……。」
「それじゃ、一生掛けて許してもらえる様に説得するしかないか。」
「……無駄よ……そんな事……しても……うっ……く……。」
涙で言葉が続かないミサトさんを加持さんはそっと抱き締める。
「これからの事は後で話をしよう。今は、泣きたいだけ泣けば良いさ。」
「ううっ……わあああああ!!」
「ミサトさん……良かったですね……本当に良かった……。」
こんな若造に言われたくはないだろうけど、又一からやり直したら良いと思う。二人とも幸せになってくれたら良いと思う。僕はその時、そう心の底から思った。
その時、アスカの様子が変なのに気付いた。あれ程慕っていた加持さんが生きていたと言うのに、もう少しはしゃいでも良いんじゃないかと思うくらいに静かだったからだ。アスカはただ微笑んで二人の様子を見守っている。
「アスカ……行かなくて良いの?」
「……良いのよ。」
アスカはゆっくりと首を振って答えた。
「もう加持さんの事は良いのよ。アタシはとっくの昔に、いいえ、最初に振られていたんですもの。」
「アスカ……。」
「はん!心配御無用よ。だって、アタシの面倒は全部アンタが見てくれるもんねぇ。」
「そうそう全部、って……いーっ!?」
「何よ、アタシじゃ不満な訳ぇ!」
「い、いやあの、そーゆー意味じゃ無くて……。」
「じゃあどういう意味よぉ!」
「よっ!お二人さん、暫く見ない内に立派になったなあ、しかも良い雰囲気じゃないか。」
「「え!?そ、そんな事……。」」
突然加持さんに声を掛けられて調子を狂わせる僕達。いつの間にか泣き止んだミサトさんも加わって来る。
「でしょう?私が手塩に掛けて育ててやったカップルよん(はあと)。」
「「何時掛けたんですか(のよ)!!」」
「あーら、さっき言ってた事は嘘かしらぁ?」
「「それとこれとは話が別です(よ)!」」
「相変わらず完璧なユニゾンねぇ。もう妬けちゃうわあ(はあと)」
「「ぐ!!」」
「しかし、懐かしい服を着ているじゃないか。まあ、中学生の正装と言えばそれしか無いしな。でもやっぱり、プラグスーツよりもその方が君達らしいな。」
「……な、なんか改めて言われると恥ずかしいわね。」
「……そ、そうだね……。」
言い忘れていたけど、今僕達が着ているのは第壱中学校の制服だ。戦いに身を投じていた頃、楽しい思い出の時はいつもこの制服を着ていたような気がする。
「ところでさ葛城、この紅葉、結構痛いぞ。手加減無しだったな?」
「自業自得よ!……あれ?加持君、髭、剃ったんだ……。」
「まーな。色々あったあんだなこれが。そうですよね、所長。」
「うむ、後少し発見が遅れていたら危なかったがね。碇から隠すのに苦労したよ。」
「で、いまは晴れてSP見習いって訳だ。」
「所長、SPの増員だなんて、何か問題でもあったんですか?」
「いやいや、私にではない、葛城君にだよ。」
「「「でええええっ!?」」」
「松代に戻ったら正式な内示が出るのだが、葛城君、君を副所長に任命したいのだ。」
「ちょ、ちょっと待って下さい。副所長なら赤城博士が既になっているのでは……。」
「うむ、確かにその通りだが、赤木君は『E計画』の中心人物だからな、私よりもやるべき事が多い。とても私の補佐が出来るものではないのだ。そこで、副所長を二人制にする事にしたのだよ。」
「で、リッちゃんと対等に渡り合える君にお鉢が回って来たって寸法だ。」
「あ、はあ……。」
「受けてくれるね、葛城君。」
「俺からも頼むよ、これがポシャったら、俺クビになるんだよ。」
「……フゥ……分かりました、お受けします。」
「ありがとう葛城、恩にきるぜ。」
「誰がアンタの為だって言ったのよ!」
「「……やれやれ、素直じゃないなぁ(わねぇ)……。」」
「その言葉、お二人さんにそっくりノシ付けてお返しするわ!」
「「いやーん!(はあと)」」
「……し、シンちゃん??」
「アンタ……変なものでも食べた?」
「シンジ君、そんな事が言える様になったとは、変わったな。」
「え、僕、何か言いました?」
「アスカぁ、すっかりシンちゃん手懐けた様ねぇ。うふふふ……。」
「シンジ君、これから苦労させられるぞ。」
「は、はあ……。」
「えーそんなぁ!加持さんひっどーい!」
「はははは……。」
みんなが心から笑えるのって本当に良いよね……。
その時、僕の脳裏にある人物の面影が浮かんだ。
「あ、あの、副指令……じゃなくて所長。」
「ん、別に冬月で構わんよ。で、何だねシンジ君。」
「……冬月さん……少しお聞きしたい事があるんです。」
「ここではいけないかね?」
「……少しだけ……お願いします。」
「分かった、では付いて来てくれるかね。加持君、後を頼む。」
「はい、分かりました。」
「アスカはここで待ってくれないかな。」
僕はそう言って冬月さんと歩き出した。が、不意に手を引っ張られる。
「!……アスカ?」
「アタシも行く。その位の権利はある筈よ。」
アスカの表情は真剣そのもの、一瞬戸惑う。
「……分かった。」
僕は一体何を恐れていたんだろう。確かにこれから聞こうとする事はアスカには直接の関係はないだろう。しかし、僕の弱い所を再び彼女に見せつける事になる、それで彼女が離れてしまうかも知れない、それが恐いんだ。
でも、昨日のアスカを思い出すと、大丈夫だと思える。今は彼女を信じようと思う。アスカは強い、僕には到底かなわない、でも、少しでも彼女に近づけたら……。
冬月さんはある墓碑に話を供えて手を合わせた。僕達も黙とうを捧げる。
「こんな事に付き合わせてしまって、二人とも済まなかったな。」
「いえ……そんな……。」
「さあシンジ君、聞きたい事と言うのは何かね?」
「……僕の父さん……どんな人だったんですか?」
「……君の父親……碇とはさして長い付き合いと言うものではないし、奴は本来の自分と言うものを私には殆ど見せてはいなかった。だから、私にも奴がどんな人間かと言う事は、正直解らんのだよ。」
「……そうですか……。」
「だから、これから言う事は私の私見だ、いいね?」
「……はい。」
「奴は……全く正体が掴めなかった。何を考えているのは全く読み取る事が出来なかった。しかし、一度だけ奴の素顔を見た様な気がする。
あれは、セカンド・インパクト直後、南極調査に行った時の事だった。その時に奴はユイ君と結婚した事を私に告げたんだが、その時の喜び様と言ったらなあ……。表面では平然としておったが、その陰から子供みたいにはしゃいでいるのが見え隠れしていたよ。
奴が今の様に変わったのは、ユイ君が消えてからの事だった。奴は、『人類補完計画』を立ち上げ、任務の為には私情を挟まない冷酷な男になってしまった。奴は姿を消す寸前までユイ君を追い続けていた様に思える。奴は冷徹になる事で、ユイ君を失った悲しみから逃げていたのかもな。
その為にシンジ君も随分と苦しめられたと思う。だがな、これだけはハッキリと言える、奴がシンジ君を遠ざけていたのはシンジ君が嫌いだった訳でも、必要無いと思っていた訳でもない、むしろ逆だと言える。しかし悲しいかな、奴は自分を表現するのが下手だった、不器用が故に己を頑なにさせていたのかもな……。
私が言えるのはここまでだな。」
「……はい、分かりました。」
「人間、誰しも弱い部分は持っているものだ、大人になったからと言って全てに強くなれる訳では無い。ただ、大人は社会的に責任を負う必要が出て来て、その為に弱い部分を隠さなければならなくなる。それに耐えるか、全てを自分として受け入れて貰える様に努力するか、或いは全てを拒絶するか、それに拠って人間の大きさも随分と変わって来ると思うのだがな。」
「はい。」
「無理をせんで良い。すぐに解る程簡単な問題じゃ無いからな。」
「……ありがとうございます。」
「これからも苦労を掛けるかも知れないが宜しく頼む。私が君達にしてあげられるのは組織にかくまってやる事位だからな。」
「え!?」
「それじゃ、アタシ達が今NERVに居るのは……。」
「うむ。葛城君も言っていたが、君達の両親に代わって君達が一人立ち出来る日まで見守っていく事が私の役目、君達に託せる未来を用意するのが私の最後の仕事だと思っているよ。老人の仕事は後始末だからな。」
****************************************
……結局、僕はみんなに迷惑掛けっぱなしなんだな。『周りが自分を変え、自分が周りを変える』か……。焦って変わらなくても良いんだな……。でも、変われる保証も無いって訳だ……。
バシャ!
「わっ!つ、冷たいなー、いきなり何だよぉ。」
「このボケシンジ!いつまでも朴念仁なんかやってないで、早くこっち来なさいよ!」
「イヤだ、服濡らすと後で大変なんだから。」
「ふ〜んだ!」
墓地から帰って来た僕は、アスカの強烈なお願い攻撃に気押されて、今、宿の下を流れる早川に来ている。アスカは用意周到に水着を用意して来ていて、浅瀬で水遊びに興じている。僕は近くの岩の上からその様子を見ている。で、アスカの水着姿、紅のワンピースタイプなんだけど、ハッキリいって可愛い。つい見とれてしまう。
バシャ!
「ま、又だ……。」
「はーやーくー!」
「だーかーらー、無理だって言ってんだろー!」
「むー!……あー、アンタ、もしかしてアタシに見とれてたとか言うんでしょー?」
「あ……わ……ぼ……僕は……べ……別に……」
「なーにアワ食ってんのよ!……ふふん、アタシってば結構ナイスバディだからねー、ほれほれ。」
「わわわっ!やめてよぉ!」
「フフフッ……。」
アスカはにっこりと微笑むと、僕の隣にやって来た。
「あれ?どうしたの?急に上がって来ちゃって……。」
「つまんない。」
「え?」
「一人で遊んでてもね……つまんない。」
「……ゴメン。濡れても良い恰好さえあったら、遊んであげられるんだけど……。」
「……いきなり誘ったのはアタシだもんね、今回は我慢してあげるわ。」
「……ゴメン。」
「ほーら、そんなすぐに謝らないの!こっちが惨じめじゃないのよ。」
アスカの膨れっ面、これまた可愛かったりする。
「な、何よ。ニタニタして気持ち悪いわねぇ!」
どん!
「あれ……。」
どぼん!
「(ブクブク……)……ぷはっ!なにすんだよぉ!」
「ふっふっふっ……、引っ掛かったわね……。」
その時のアスカの笑顔は悪魔の様に見えた……。最近のアスカ、諦めの悪さに磨きが掛かっているのをすっかり忘れていた。昨日もそうだったじゃないか……。
ああ、僕は一生このままなのか……。
「こらー!流される振りして逃げるんじゃなーいっ!」
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夕食後、アスカが『露天風呂が有るんだって。一緒に行かない?』と誘って来た。僕はとてつもなく嫌な予感がしたので、何とか断わって、大浴場に逃げ込んだ。後でロビーに居たミサトさんが言うには、混浴の露天風呂があってアスカは昨日様子を見に来ていたらしい。……確かにアスカの艶姿は見てみたいけど、何かされるのがオチだから逃げて正解だと思う……残念だけど。
……え?どうやって断わったのかって?それは言いたく無いなあ。思い出すだけで顔から火が出ちゃうよ。
一昨日と同じ様に僕の部屋で勉強会。やっぱりアスカは一昨日と同じ様に僕のすぐ横で漢字の練習中。たった一つ、一昨日と違う所はアスカの様子が、どうも考え事しているのか、上の空でいる事。川から帰って来て以来、だんだんと静かになって来ているんだよね。さしもの僕でも変だと判ってしまう。
「ねえ、アスカ。」
「……。」
「アスカってば!」
「へ!?どこどこ?」
「違うよ、そうじゃ無くてさ……。」
「へ!?あ、あそう……。」
「アスカ……さっきから変だよ。どうしたの?」
「うん……。あのさ……アタシ……帰ろうと思ってるのよ、ドイツに。」
「え!?……『帰る』って……。いきなり言い出すなんて、そんなの勝手過ぎる!。」
「だと思うわ。……実はね、今朝の墓地でのやりとりを見ててね、アタシもママに逢いたくなっちゃったのよ。」
「……じゃあ、ずっと向こうに居る訳じゃないんだね!」
「そうよ……って、アンタ、まさか、アタシがアンタを放っぽって帰国するとでも思ってんの!?バカも大概にしておきなさいよ。」
「そう……良かった……。」
「ホントバカね……やっぱりアンタなんか放っとけるもんですか。」
「じゃあ何で悩んでるんだよ?」
「……日本とドイツってさ、そう簡単に行き来出来る距離じゃないでしょ?逢いたい時に逢えないって言うのもね……。」
「そう……だね……。」
「だから、ママをこっちに連れてこようかなって思ってるのよ。」
「え!?お墓を?」
「……そう言う事になるわね、たぶん。」
「うーん……。後でミサトさんに相談してみようよ。何とかしてくれると思うよ。」
「そうね、そうするわ。」
「それからさ、僕も何か出来る事が有ったら協力するよ。」
「シンジのする事なんて決まってるわよ。」
「……何を?」
「アタシと一緒に行くのに決まってるじゃないの。アタシを守れるのはシンジだけ、他の人には守って欲しく無いもの。」
「……アスカ……。」
「それにアタシの荷物を安心して任せられるのシンジだけだもの。」
「……って事は、荷物持ちのお供って訳ね?」
「ピンポーン!」
「やっぱりね……(はあ)。」
「ねえシンジィ……アタシを地球の重力から守ってね(はあと)。」
「はいはい……(はあ……)。」
「ミサト……居ないわね。」
「そうだね……。」
「ホント、肝心な時に居なくなってさぁ、あの女……、!、これ置き手紙だわ。」
「そうみたいだね。」
「読んで。」
「え?……どれどれ……えっと『これからの仕事に付いて打ち合わせして来ます、先に寝てても良いわよ‥‥ミサト』……だって。」
「うーん、侮れないわね……。」
「え?どういう事?」
「……加持さんとヨロシクやってるってぇ事よ!このバカ!」
「……そう……。でも、良かったよ。ミサトさんの笑顔が見れてさ。」
「……そうね。……ふわあぁ……んー、アタシもう寝るわ。」
「ミサトさん待たないの?」
「二度も徹夜なんてゴメンよ。それじゃあお休みぃ。」
「……うん、お休み。」
『二度も』か……やっぱり昨日の事なんだろうか。
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もう日付けが変わってしまった。ずっと自分の部屋で待っているけど、ミサトさんが戻って来た気配は無い。参ったなあ、明日帰れるんだろうか。困るのはミサトさん自身なのに。
「……シンジ、起きてるんだ。」
「あれ?アスカ、どうしたの?」
「うん……眠いんだけどね、なんか寝つけないのよ。」
「……そうなの。」
「で、お願いがあるんだけど……ダメ?」
「言ってみてよ。」
「そ、その……一緒に寝てくれない?。」
「……え?今……何て?」
「……ここで寝させて貰うわよ!良いわね!」
「えっ!?ちょ、ちょっとアスカ!いきなり何言い出すんだよ!困るよ!」
「大丈夫だって、ちゃんと枕は持って来たから。」
「そう言う事じゃなくて!僕は何処で寝るんだよ!」
「一緒の布団に決まってるじゃない。」
「そ、そんな!あ、あ、アスカは女の子で、ぼぼ、僕は男の子で……だから!その……。」
「なーに焦ってんのよ、家族なんだから気にする事無いでしょ?それに……一応信頼してるんだから……自信持ちなさいよ。」
「そう言われてもさぁ……やっぱり……。」
「はいはーい、これで議論打ち切りね。」
「ちょ、ちょっと、そんなぁ。」
「さっさと電気消してよ、アタシ明るいと寝れないんだから。」
「あ、アスカぁ……。」
すっかり焦る僕と、余裕をかますアスカ。やっぱり僕は一生このままなんだろうね。
怖ず怖ずとアスカが潜り込んでしまった布団に入る。ああ、動悸が収まらないよぉ……
あれ?アスカは既に寝入ってしまった様だ。まだ電気消してないのに。
……アスカ、僕の為に頑張ってくれたんだ。微かに寝息をたてるアスカの横顔を眺めていると不思議と気持ちが落ち着いて来た。こんなに頑張ってくれたのは僕だからだよね、安心して寝てくれているのは横に僕がいるからだよね……。
ミサトさんには悪いけど、僕も眠らせて貰う事にしよう。おっと、電気を消してっと。
じゃ、お休み……アスカ……。
<後書き>
皆様、こん**は。
今回は、アスカ以外のシンジの周りの人々について迫ってみました。抜けている人達についてはこれからのネタに取っときます。(^^;
次回はいよいよお帰りの日、つまりは最終回ですね。一応一区切り付けます。でも、ネタ的な続きも書いていく積りですから、「終り」と言う訳ではありません。
では、また次回にお会い出来ます様に……。
跡見さん、本当にありがとうございました!!
跡見さんへの感想メールを!
tomi-yoshina@mba.nifty.ne.jp
までお願いします。