小淵沢に着いた。幸いにもドアが開いたのは僕達の居る側だった。
反対側だったら降り損なっていたかも知れない。
ずっと踏ん張っていたから、肘が強ばって曲がってくれなくなっていた。アスカに

「ほら言わんこっちゃないでしょ、無理しないでって言ったのに……。」

と呆れられてしまった。


Tomi's EVA vol.9

 

箱根温泉・・・四日目(行程後半)


今度乗る列車は1両だけのこぢんまりとしたもの。エンジン音をカラカラと立てながら止まっている。乗り込んでみると、それなりに乗客が居る。向かい合わせの座席は人気があるのか、相席覚悟でないと座れない様だ。

「見知らぬ他人とは顔を合わせたくない。」

と言うアスカの希望で、僕達は入り口付近のロングシートに座った。

「相席はイヤだって言う、アスカの言う事ももっともだと思うよ。」
「どうして?」
「あの向かい合わせの座席ね、正式には”クロスシート”って言うんだけど、”ロマンスシート”って言う言い方もあるんだってさ。」
「ふ〜ん、”ロマンス”ねぇ。確かにアカの他人とロマンスは感じたくないわ。んでもさ、アンタ何処でそんな情報仕入れて来たのよ。」
「この前本屋で立ち読みしてた旅行雑誌に書いてあったんだ。」
「ふ〜ん……。」

僕達が乗り込んでから程なく列車は発車した。エンジン音も軽やかに山を登って行く。さっき話題に出てきた本に拠ると、この線路は日本で一番高い所を走る線路だそうだ。途中には有名な避暑地があって、『セカンド・インパクト』前は旧東京からの観光客が沢山訪れたそうだ。
アスカはつまらなさそうに足をブラブラと動かしている。会話をするにはエンジン音が五月蝿くて出来ないし、景色を眺めようにも振り返らないと良く見られないのがその原因だ。

「何でこんなに喧しいのよぉ。」
「ディーゼルカーなんだから当たり前なんだよ。」
「折角シンジと話が出来るチャンスなのに……。」
「え?なんて言ったの?」
「何でもないわよ!次の乗り換えまであと何時間よ。」
「えっと……約2時間だね。」
「え!?そんなに掛かるのぉ!信じらんな〜い!」
「仕方ないだろ、ローカル線なんだから。」

途中から、エンジンが唸りをあげる時間が少なくなった気がする。どうやら山を下り始めたらしい。
これでアスカも喋り易くなっただろうと思ってアスカの方を見ると、いつの間にか俯いていて、なんかモジモジしている様だ。何か恥ずかしい事でもしたのかな?ずっと隣で座ってたんだから、何かすれば判る筈だし……もしかしてお腹のラッパ?
腕組みをしたくなる程考え込んでいると、ふと視線を感じた。その方を見てみると、5人程の高校生位の少年の集団がこっちをチラチラと見ている様だ。薄ら笑いを浮かべている様にも見える。僕を見たって何の徳にもならないから(そんな趣味あるんだったらもっと恐い)、彼らが見ているのはアスカに間違いないだろう。ちょっとヤバいかも知れない、頭の中で警戒信号が点灯する。僕はアスカにそっと耳打ちした。

「アスカ、次で降りよう。」
「え?何で?」
「ずっと列車で揺られっぱなしって言うのも疲れるだろ?だからちょっと歩こうかと思って……。」
「良いわよ。その話乗った!」

何か急に元気になったなぁ……。とにかくアスカの同意も得られたし。あとはあいつらが一緒に降りない事を祈るだけだ。

列車を降りた。アスカに足がやけに速い、これではあいつらの動向が掴めないな……。あれっ?アスカ?何処?
……居た居た。トイレの前で腕組みして待っていた。

「ここで待ってなさいよ!」
「う、うん……。」

言うが早いか、アスカは中に入って行った。……なるほどね……我慢してたって訳か……。やっぱり女の子なんだな、と妙に納得。僕も今の内に行った方が良いか。

一足早く僕がトイレから出て来た時、悪い方向に事態が動いていた事を始めて実感した。
さっきの少年グループが改札口の所にたむろしている。やはり付いて来たのか。
そのうち僕に気付いたのかこっちにやって来た。

「そこの君、さっきの彼女は何処に行ったのかな?」
「何か用事ですか?彼女なら、さっき別れた所ですよ。」
「下手に隠すと、痛い目を見るよ〜。」
「ホントですってば!」
「嘘つけ!」

バキッ!

「つっ!!……」

顔面にパンチをお見舞いされる。いきなり殴って来るなんて本当に気が短いなぁ、なんて思ってる場合じゃない。一体アスカに何の用が有るってんだよ。

「早く言いやがれ!」

ボコッ!

今度はボディに炸裂。思わずうめき声が出る。とにかく何とかしないと。

「ぐはっ!……し、知らないって……言ってるじゃないか……。」
「おらおらぁ!さっさと……」
「たあーっ!」

どかっ!!

突然僕の襟首を掴んでいた少年が横に弾き飛ばされた。代わりに正面に立ったのは黄色のワンピースを着た栗色の髪の少女。

「あ、アスカ……。」
「な〜に一方的にやられてんのよ、それでも喧嘩してるつもり?」
「僕はそんなつもりはなかったけどね……。」
「じゃあ、喧嘩売られてる最中だったって訳ね……あら、アンタ達、どっかで会った事あるわね。」
「覚えてて貰えた様だねぇ。あの時の借りを今返してやるぜ。」
「アスカ、知り合い?」
「……思い出したわ。アイツら、日本上陸後の初めての喧嘩相手よ。まだ同居する前の話しよ、街歩いてたらコイツらに声掛けられたの。あんまり馴れ馴れしいから断わってやったら『男をなめるな!』って殴り掛かって来たわ、だから『女を甘く見ないでよ』って調教してやったのよ。」
「で、その事を恨んでるって訳か……。」
「ホントに最近の男ときたら何でこんなにうじうじと過去を引きずるのよ……。」
「その減らず口聞けなくしてやるぜ!」

突然繰り出されるパンチをあっさりと躱すアスカ。

「そっちこそ、二度と楯突かない様に調教してやるわ!」

ばきっ!

殆ど予備動作無しで相手のボディにケリを叩き込む。

「ぐふっ!」

あっさりと一人目をのしてしまった。

「さあ、お次は誰?何なら纏めて掛かって来なさいよ!」
「「「「このアマぁ!!」」」」

五人入り乱れての乱闘となってしまった。僕ただ呆然とその様子を見てるだけ、止めに入ろうとする人は誰も居ない、ここが無人駅で良かったのか悪かったのか。
しかし、一度に五人も相手にするのは今のアスカには辛かったかも知れない。三人目をのしてしまった頃には、アスカの息が上がってきていた。その一瞬の隙を突かれて後ろから一人に羽交い締めにされる。

「!、しまった!」
「よーし、これでお終いだな……。」

どん!

今まさにアスカに殴り掛かろうとしたもう一人の少年にショルダーチャージを掛ける僕。アスカが危ない、そう考えるよりも体が先に動いていた。
僕と少年がもつれ合って倒れたのと共に、アスカが後ろの少年の腕を振り解いて回し蹴りを決めた。

「シンジ!大丈夫!?……でもないか……。」
「……ゴメン……。」

僕は突き飛ばした筈の最後の一人に後ろから羽交い締めにされていた。その少年の右手にはバタフライナイフが握られている。
アスカはその様子を、頭を人差し指でポリポリ掻きながらジト目で見ている。
「まったくこのバカときたら……どうしてくれようか。」
とでも言いた気だ。アスカを助けに入ったつもりが、これじゃ逆に足を引っ張りに入ってしまった様なものだから当然か。

「ちょっとぉ……、ちゃんと周りをよく見てから行動して欲しいわねぇ。」
「僕はそのつもりだったんだけど……。」
「自分の身の安全が全然確保出来てないじゃない。」
「戦うのに一々そう言う事しなきゃいけないの?」
「当ったり前でしょ!アンタ、毎回玉砕覚悟で戦ってた訳ぇ?」
「……確かに『死んでも良いや』って思って出た時もあった。」
「はあ?……っとにアンタって無計画主義ねぇ。」
「おい!俺を無視するな!」
「そう言うアスカだって殆どが『策士策に溺れる』だったじゃないか!」
「ぬあんですってぇ!」
「無視するなっつってんだろうがあ!!」

少年はそう叫んで、僕を突き飛ばすとアスカに突っ込んで行った。

「アスカ!」

思わず叫ぶ。
しかしアスカはニヤリと笑い、少年のナイフを寸での所で躱すと、手刀を少年の後頭部に叩き込んだ。
少年はナイフをポロリと落とし、声も上げずに崩れ落ちた。

「……お見事。」
「この位どうって事無いわよ。怪我しなかった?」
「うん、大丈夫だよ。」
「そ……。しっかし、こうも簡単に引っ掛かってくれるとは、拍子抜けだわ。」
「え?今何かしたの?」
「あん?アンタ、そんな事も判んないで言い合ってた訳ぇ!?……やっぱ男ってバカ揃いなのね……。」
「変な納得しないでよ……。」
「とにかく!早くここを離れましょ。コイツらといつまでも居たくないわ。」
「そうだね。……でも、次の列車まで随分と時間があるけど……どうするの?」
「う〜ん……。次の駅まで歩こうか。」
「え?歩くの!?」
「『少し歩こうか』って言ったのはシンジじゃない。さ、行くわよ、リーダーの命令よ!」
「はいはい……。」

「痛てえよ……」

僕達が駅舎を出た頃に、後ろの方から確かにそう聞こえた。さっきまで全員気絶していたから、誰かの意識が戻ったのだろう。
その声を聞いて、アスカがびくっと立ち止まった。

「どうしたの?」
「な、何でもないわよ……。」

****************************************

線路に沿って走っている道路を二人で並んで歩く。
「痛てえよ……。」
アタシの心の片隅で、さっき聞いた言葉が不安を呼び起こす。一体どうして?この疑問の答えはすぐそこに在りそうな気がする。でも、それが判るのが恐い。何故?
そんな事を考えながら歩いていると、シンジが心配そうに声を掛けてきた。

「アスカ、疲れたの?」
「ちょっとね。さっきので勘は取り戻せてるって事は判ったけど、まだまだスタミナ不足ね。完全復活には時間掛かりそうだわ。」
「歩き疲れたら何時でも言ってよ。出来るだけの事はするから。」
「そうさせて貰うわ、その時になったらね。」

「あの、ところでさ……」
「何よ?」
「さっき、『男はバカ揃い』って言ったろ?」
「言ったわ。それがどうしたの?」
「いや、その中に加持さんは入ってるのかな?なんて思ったもんだから……。」
「う〜ん……入ってるかもね……今は……。」
「『入ってる』?『今は』?」
「今の加持さん、ミサト一筋だからねぇ……、バカの仲間に入っちゃった。」
「ドイツに居た頃はどうだったの?」
「そりゃもうカッコ良かったわよぉ、今でもあの頃の加持さんを思い出すとうっとりするわ……。
でも、今考えてみると、加持さんの何処が好きだったのかな……って思っちゃうのよ。もしかしたら、好きだったのは加持さん自身じゃないのかも知れないってね。」
「……どういう事?……あ、言いたく無いんなら無理して聞くつもりは無いから。」
「……いい。いつかは話さなきゃいけない事だと思うから。
アタシはたぶん、加持さんに理想の大人を見てたんだと思う。だって、ドイツに居た頃の加持さん、独りだったもの。一人で生きて行くって決めていたアタシには、誰にも頼らずに生きている加持さんが羨ましかった。アタシも加持さんの様になるんだって、なってみせるって思ってた。
でも、こっちに来て、ミサトとヨリを戻したと判った時に気が付いたの。加持さんはいつもミサトの事を見ていたんだって。本当に独りじゃ無かったんだって。
人が孤独感を感じるのは、今孤独を感じるよりも、将来も孤独だと感じる時の方が強いんだって。加持さんはまたミサトとヨリを戻すのを考えていたのかな?昔から女に関してお軽い所が有るってミサトが言ってたけど、アタシが知る限りでは誰一人として付き合っている様に見える人は居なかったわ、アタシを含めてね。飄々としている様で本当は一本筋が通っている、加持さんみたいな人の事を『強い人』って言うんだと思うわ。
それに比べるとアタシって全然ダメ、足下にも及ばないわね。アタシが相手にされなくて当然だったのよね……。」
「……。」

シンジは真剣に聞いてくれているみたい。解って貰えてるかは不安だけど、覚えてさえいてくれたら、今はそれで良いと思う。

「だからね、アタシは加持さんの事を好きだったのかと言う事については、『判んない』と言うのが今の正直な答えね。」
「今は、だよね。」
「そうよ。」
「こんな事言えた義理じゃないけど……今、加持さんの事が好きじゃ無くなったからって、昔の加持さんを好きだった自分まで曲げて考える事は無いと思うな。僕だってマナの事を好きだって思ってた時も有ったし、僕にとっては、昔の事も全てひっくるめて『アスカ』な訳だから……僕はそんなアスカと一緒に居たいと思ってるんだ。」
「なーに言ってんだかぁ……でも、何か嬉しいな……。」
「僕がそう思える様になったのは、一昨日僕がアスカに引き倒された時にだよ。あの時、アスカが必死に僕を受け入れてくれようとしてる事が解ったから……。」
「じゃあ、あの時アタシが付いてきて正解だったって訳ね。でも、勘違いしないでよ。あれはアンタの為じゃなくてアタシ自身の為なんだから。」
「そうだね。……でも、もっと早くこうなっていたら、僕は何億人と言う人を消さずに済んだかも知れない……悔しいな……。」
「アタシだって、もっと早くに気付いていたら……、!!」

その時、不意に目の前が真っ暗になり、さっきの不安の原因が浮かび上がってきた。最後の戦いの時、襲ってきた戦自を相手に戦った記憶が。その時は自分を守る事と、ママに再び出会えた喜びとで想像だに出来なかった事。
それは人間を相手に戦ったと言う事、エヴァで何百人、いや千人を越えていたかも知れない人達の血でこの手を染めたと言う事。彼らは今際の際に何を思い、叫んだだろう。それで何人の人々悲しませたのだろう。その事が圧倒的な罪の意識となって、今、アタシにのしかかってきた。
頭を抱え、溜まらずその場に座り込む。

「アスカ!?どうしたんだよ!アスカ!!」
「……イヤよ……どうして……もう……イヤ……」
「アスカ!しっかりしてよ!」
「……イヤ……助けて……誰か……シンジ……」
「どうしたんだよ!僕はここに居るじゃないか!しっかりしてよ!アスカ!!」

『ここに居るじゃないか』アタシにはそれだけしか聞こえなかった。でもその言葉が、重圧に押し潰され、消えそうになっていたアタシの心に力を与えてくれた。
再び明るくなったアタシの目の前にいたのは、心配の余り、必死の形相でアタシを見ていたシンジの顔だった。

「……シンジ……。」
「良かったぁ……どうしたんだよいきなり……アスカ?」
「お願い、少しだけこのままで……。」
「???」

アタシは、そのままシンジの胸に顔をうずめると、少しだけ泣いた。ホントは思いきり泣きたかったけど、泣けなかった。だって、シンジが初めて背中に手を回してくれたから。ただ手を添えている、それだけだったけど、それでも少し嬉しかった。

「落ち着いた?アスカ。」

シンジの問いかけに黙って頷く。

「今、アスカに何が有ったのかは僕には判らない。知りたいのは山々だけど、無理して聞かないよ。
とにかく先を急ごう。ほら、乗って。」

シンジが背中を向ける。

「いいわ、自分で歩くから……。」
「そう、無理しないでよ。」

再び道を歩き始める。シンジは時々アタシの方を心配そうに見てくれている。さっきのショックはまだまだ拭い切れていないけど、早くシンジを安心させてあげなきゃ。

「さっきは悪かったわね、足留めさせちゃってさ。」
「ホントびっくりしたよ。まあ、元気になってくれたら何も言わないよ。」
「うん……。ところで、次の電車、間に合うんでしょうね?」
「急げば間に合うけど、またアイツらが乗ってたらヤバいからその次にしよう。」
「別に良いけど、ちゃんと帰れるんでしょうねぇ?」
「殆ど最終に近くなるけど、大丈夫だよ。」
「あの街、静かになるのが早いからなぁ、あまり遅くはなりたくないわ。」
「第三新東京と較べるのは酷だよ。あの街は”眠らない街”だったんだから。」
「そうね、寝込みを襲われたら堪んないもんね。」

「……雨の匂いがする。」
「え?どうして?こんなに良い天気じゃない。」
「たぶん夕立が降るよ。いつも洗濯してるからちょっと鼻が利く様になったんだ。」
「うへぇ〜、奇特ねぇ〜。」
「何言ってんだよ、アスカの喧嘩の勘と全然変わりないと思うよ。鍛えればアスカにだって出来る様になるよ。」
「イヤよぉ、そんなもん出来たって……」

ポツッ……

ザアアアー……
「降ってきた!アスカ走って!」
「何でよぉ!」
「傘持って無いんだ。外歩くなんて予定外だったからさぁ。」
「何でよぉ〜、もおこんなのヤダぁ〜、シンジのバカぁ〜!!」

五分程走ったかしら、何とか駅に駆け込んだ。

「ゼエゼエ……何でこんな目に……。」
「ハアハア……ゴメン……。」
「アンタのせいだからね!」
「だからゴメンって言ってるだろ……。」

そう言いながらシンジはアタシにタオルを差し出した。

「僕の汗拭き用で悪いんだけど使ってよ。昨日洗ってから、まだ使って無いから。」
「汗拭き用?……何か気持ち悪いけど……そんなに言うなら使ってあげるわよ。」

アタシはシンジからタオルを奪い取ると髪を拭き始めた。何でこういう時に「ありがとう」って言えないのかな……アタシ……。
……微かにシンジの匂いがする……昨日洗ったとか言ってわね。ミサトを待ってる時にでもヒマを持て余してやったんだろうな。ホント苦労人ねぇ……。

「あ、あのさ、アスカ……。」
「?、何よ?」

突然シンジが話し掛けてきた。顔を真っ赤にして、そっぽを向きながら、アタシを指差している。

「かっ、肩……解けてる……。」
「えっ!?」

慌てて見てみると、確かに右肩の紐が解けている。シンジの慌て振りからして、たぶん下着が見えてしまったのだろう。ホント判り易いわ。
アタシは紐を結び直しながら、シンジに話し掛けた。

「アンタが解いたんじゃないでしょうね!」
「そ、そんな事する訳無いだろ!」
「……判ってるわよそんな事。……別に良いわよ、もうアンタからは見物料なんか取らないから……。」
「え!?……。」
「これからも同居し続けるんだから、こう言う事がまた起るわよ。その度に取ってたら、アンタの体が持たないわよ。」
「それって、どういう……。」
「言った通りの意味よ。」
「そう……?」
「タオル、返そうか?」
「いいよ、僕はハンカチで充分だから。」
「それは何用?」
「手拭き用。」
「わー!バッチぃ!!」
「良いじゃないかぁ!無いよりマシなんだから!」

****************************************

小諸まで出た僕達は、駅前のファーストフード店で夕食を済ませた。

「こんなんじゃ家まで持たないよぉ。」
「ここからだったらそんなに時間は掛からないけどなぁ……。じゃあ、ハンバーガーを買っておくよ。それなら良いだろ?」

長野行きの電車に乗り込む。どうやら最終電車の様だ、人影は殆ど無い。向かい合わせの座席に、今度は二人並んで腰掛けた。
僕は足の疲れを取る為に靴を脱いで、足を向い側の席に投げ出している。アスカはふくらはぎを少し揉んでいたけど、やはり同じ様にして足を投げ出した。

「はあ……疲れたなぁ……。」
「そうねぇ……あんなに走るなんて思わなかったわ……。」

その時、アスカの顔に陰がさしている様に思った。夕立の前、僕の目の前で起ったアスカの豹変。あの時の事を思い出したのかも知れない。
あの時、一体アスカの心中に何が去来したのだろうか。アスカは確かに何かに怯えていた、救いを求めていた、今はそう思える。
その考えは、その時アスカから漏れてきた言葉によって確信へと変わった。

「アタシ達、ずっとこのままなのかな?……ずっとこのまま……居ても良いのかな……。」
「アスカ?……今日のアスカ、喧嘩の後から何か変だよ。どうしたのさ?」
「アタシはシンジの側に居たいの……。でも、シンジはどうなの?アタシで良いの?」
「いきなり何なんだよ……。」
「アタシ……解らないのよ……アタシはシンジの思う程立派な人間じゃないわ……その逆よ……。」
「どういう事?」
「アタシ……最後の戦いの時……戦自を相手に戦った……何百人と殺したのよ……この手で……。」
「!……。」

アスカは、エヴァで使徒と戦う事で、称賛を浴びて生きようとした。しかし輝ける未来を信じていた彼女を待ち受けていたのは余りにも残酷な運命だった。まさか人間を相手に戦う事になろうとは考えつく筈もない。
アスカは罪の意識に苛まれている。なんとかしてやれないものか、一昨日僕を自己断罪の無間地獄から救い出してくれた様にアスカを助けてあげたい……。

「昼間も言ったと思うけど、僕だって何億人と殺しているんだ。直接手を下した訳じゃないし、もしかしたらこれから蘇って来る人もいるだろう、でも、僕さえ居なかったら……と思う事が今でも有るんだ。
それだけじゃないよ、トウジも殺しかけたし、ミサトさんも一度は死なせてしまった。アスカさえも見殺しにしかけたんだよ、僕は!」
「そんなの……人数なんて……問題じゃないわ……」
「その通りだよ、人数なんて関係無い。何人であろうと『人を殺めた』と言う事実は変わらないからね、いくら拒絶しても犯した罪の重さからは逃げる事は出来ないんだ。
だから、だからこそなんだよ、正面からそれと向かい合って、そして考えるんだ、自分は何をすればその罪を償えるのかを、そしてそれがどうしたら出来るのかを。
この事を教えてくれたのはアスカだよ。アスカは、僕が君にしてしまった事に対して正面からぶつかってくれたじゃないか。それで僕はそれに気付いたんだ。その夜僕は誓った、僕は決してアスカから逃げない、僕がアスカに対して出来得る限りの償いをするんだって。
それは、アスカが笑顔を絶やさずにこれからを生きていける様にして行く事。アスカが笑い続けてくれるなら、その為に僕はどうなったって構わないよ。」
「シンジィ……ありがとう……アタシの為なんかに……」
「『なんかに』なんて言わないでよ。今の僕はアスカと一緒に居る事が全てなんだから……。」
「……うん……でもね……アタシ達、何の為に一緒に居るの?……ただキズを舐め合うだけなのかな……そんなのイヤよ……。」
「ただ慰めて貰うだけに一緒に居るのが目的なら、僕はミサトさんや綾波と居る方を選ぶよ。
でも、僕はアスカと一緒に居たいと思った。僕はアスカと未来が見たいんだ。決して明るい未来が待ってるなんて思えない、辛くて苦しい思いばかりしなければならないかも知れない。でも、そんな未来が待っていると判っていたとしても、僕が誰かと手を取り合って進もうと思えるのはアスカしか居ないんだ。」
「……シンジ……」
「キザだったかな、でもこれが僕の今の正直な気持ちなんだ……自分勝手でゴメン。」
「ホント勝手ね……アタシの気持ちも聞かないで……。」
「……ゴメン。アスカがイヤって言うならそれで良いんだ。」
「じゃ、聞かせてあげるわ……見せて欲しいな、シンジの言う未来を……アタシにも見えるかな?……」
「見えるよ……保証するよ。」
「もし見えなかったら、賠償金は高いわよ。良いのね?それで。」
「いいよ、解ってる。言ったじゃないか『僕はどうなっても良い』って。」
「全然解ってないじゃない。アンタが居なかったら、もうアタシ、心の底から笑えないよ。」
「加持さんじゃダメなの?」
「あん?何で加持さんの名前が出て来るのよぉ!……アタシが、本当のアタシで居られるのはシンジの前だけよ。今朝気付いたわ、加持さんの前じゃ飾った自分しか出せなくなったって事をね……責任取ってよね!」
「せ、責任!?……。」
「そう!責任!アンタの所為なんだから当然でしょ!」
「……分かったよ。こんな僕で良ければ。」
「うんうん、素直でよろしい!」
「アスカももっと素直になってよ。」
「!、ぬあんですってぇ!このアタシの何処が素直じゃないってぇ言うのよぉ!」
「そう無気になる所がねぇ……。」
「ぐっ!……」
「……やっと元気になってくれたね……。」
「……シンジ……」
「?、何?」
「ありがとう……。」

そう言うと、アスカは僕に凭れ掛かってきた。それに応えて、僕はアスカの肩をそっと抱いた。

アスカ、柔らかいな……力を入れたら壊れてしまいそうな感じだ。でも、緩めたらこのまま何処かへ消えてしまうかも、そんな感じもする。
僕の心臓を高鳴らせてくれる、でも一方で僕に安らぎを与えてくれる、そんな匂いを漂わせる少女。昔は別世界の住人とさえ思われたのに、今は僕の側に居てくれると約束してくれた少女。僕はそんなアスカの存在をしっかりと感じている。

このまま時間が止まってくれたら良いな、そう思った。


<後書き>

こん**は、跡見です。 今、これを書き終えて、ふと思いました。
……これで連作を終わらせると、案外良いかも知れないなぁ。落ちを着けようと思ったら出来ますけど、どうしようかしらん?
思いっきり蛇足ネタだけど、『遠足は家に帰るまでが遠足だぞ』って小学校の先生も言ってたし、取り敢えず書くだけ書いて見ようっと。
果して公開される事になるのか!?意見求む。

ではまたお会い出来ます様に……。

P.S ところで、二人が辿った行程、判りますよね?


跡見さん、本当にありがとうございました!!

跡見さんへの感想メールを!
tomi-yoshina@mba.nifty.ne.jp
までお願いします。


「ステンショ跡見」へ戻ります。