「アスカぁ、朝だよぉ。」
いつもの朝、いつもの様にシンジが起こしに来た。でも、いつもより早いんじゃないの?
「う〜ん……。」
「早く起きないと遅刻だよ。」
「はあ?……遅刻ぅ?……どっか行くのぉ?……」
「『行くの?』って今日から学校だろ?」
へ?……学校?……はっ!そうだった!
慌てて飛び起きる。
「シンジ!今何時!?」
「まだ7時だよ。ちゃんと支度する時間はあるからさ。でも、ちょっと急がないと駄目かもね。」
「分かったわ。」
シンジが出ていった後、すぐお風呂に向かった。いつもより1時間程早く起きたから眠気で頭がふらふらする、お蔭でお風呂の中で転びそうになったわ。
制服に袖を通す頃にはなんとか頭がスッキリしてきた。これからはこれが当たり前になるから、早く慣れないとね。
「お早う、アスカ。」
「お早う、ミサト。朝に見掛けるのって久し振りね。」
「そうね。アスカちゃん、昨日まで今頃は夢の中だったもんねぇ。」
「お蔭で頭ふらふらよぉ。」
「いきなりパターン切り替えようとするからじゃないか。だから早い中に慣れておいた方が良いって言ったろ?」
「はいはい、これから慣れるわよ。」
「シンジ君は相変わらずの時間なの?」
「いえ、お弁当作る時間がありますから、30分早くしました。」
「……御苦労な事で……。」
「……。」
呆れた!まだ早起きにしたって言うの!?
Series『SAIKAI』
その1
話は約1週間程前に戻るわ。
夕食の片づけが終わって、シンジとアタシはリビングでテレビを見ていたの。そうしたら、その日は珍しく早くに帰って来ていたミサトが、大きな茶封筒を持ってやって来たのよ。
「シンジ君、手続き済んだわよ。これがその書類。」
「あ、済みません。」
「へえ、どれどれ。」
「あ!アスカ。」
「何よ、良いじゃない、何もやましい事してるんじゃ無いんでしょ?」
ミサトがシンジに渡そうとした茶封筒を横取りして、中を改める。
『長野市立西部中学校編入許可書』……?
編入って、途中入学の事よね。て事は、シンジの奴、学校に行くって事……?
「何よこれ……。」
「それ?それは中学校の編入許可書だよ。」
「そんな事読みゃあ判るわよ。いつまでも漢字音痴だって思わないでよね。そんな事より、何で今頃から学校なんかに通うのかって聞いてんのよ。」
「それは、私が説明するわ。
貴方達はNERVに籍を置いている事は分かっているわね。貴方達はエヴァのパイロットとしてNERVに入ったから除外されているけれど、NERVに入る資格として『四年制大学卒業』が最低条件として必要なのよ。
でも、今は只の研究機関で、エヴァもないわ。貴方達が籍を置くにもその条件が必要となったのよ。
アスカはドイツで既に卒業しているから不問として、問題はシンジ君ね。これからちゃんと大学を出て貰わなくてはならないわ。」
「ちょっと!いきなりにしては、余りに酷すぎるわ。なんで今頃になって……。」
「私達も再考を進言したけれど、国連の決定は動かせなかったわ。もし、それに従わなければ、貴方達の籍を抹消して、元の居住地に送還すると迫られたわ。」
「そんな勝手な!……」
「交渉を続けた結果が今の話よ。今のNERVの力ではこれで精一杯なのよ。」
アタシが寝込んでる間にこんな事が進んでいたなんて……。
「……要は大学を出れば良い訳ね。日本には跳び級の制度は無いの?」
「『大検』と言うものがあるわ。これに合格すれば高校が跳ばせるわ。」
「じゃあシンジ、それを使ったら良いんじゃないの?」
「そうもいかないのよ。国連から与えられた猶予期間は7年間、つまり、留年・浪人は絶対に許されないって事よ。確かに大検は早道だけど、今の時点で高校卒業程度の学力が無いと合格出来ないわ。それに、今年の試験は既に終わっているのよ。つまり1年待たないといけないって事よ。そうなると、チャンスは2度しか無い事になるわ。」
そこで、ミサトは一旦話を切った。そして視線をシンジに向けて、再び口を開いた。
「そこでシンジ君、答えは出た?大検を受けるにしても中学は卒業しないといけないから手続きはしちゃったけど……チャンスに賭けるか?それとも、背水の陣を敷くか?……決まった?」
「シンジ……。」
これはシンジ自身の事、アタシが口出ししてもどうにか出来ると言うものではないわね。アタシはシンジの決断を待った。
「僕は……高校に進みます。戦いで出来た遅れはそう簡単に取り戻せる物じゃないと思います。その上に高校卒業程度の学力なんて望める訳は無いんです。」
「そう……分かったわ。」
「でも、一つだけ心配があるんです。」
「何かしら?」
「アスカはどうなるんですか?このまま家で過ごす事になるとしたら……それが心配なんです。」
「そうね、それは気になるでしょうね。」
すっかり忘れてた。アタシだけ家で待たなきゃいけないの?7年間も?……そんなのはイヤよ……。
ミサトは、今度はアタシに視線を向けた。
「そこで、アスカにも決めて貰うわ。実は、編入許可書はもう1通あるの。そこにはまだ名前が書かれていないわ。」
そう言って、ミサトはさっきと同じ書類をアタシに示した。確かに氏名欄は空白だった。
「ここにあなたが署名したら、あなたもシンジ君と同じ様に学校に通える様になるわ。但し、その時点で、あなたもドイツでの経歴が無視されて、シンジ君と同じ条件が課せられる事になるわ。どうする?済まないけど、これはこの場で即答して欲しいの。」
「考えるまでもないわ。アタシの答えはこれよ。」
アタシはミサトから書類を取ると、サインを書き入れた。
「本当に良いのね?」
「愚問よ。」
「アスカ……。」
「はん!勘違いしないでよね。アタシは軟禁生活がイヤなだけよ。それに、ママが生まれたって言うこの国でさ、年相応の生活って言うのをしてみたいし……もう特別扱いはこりごりよ……。」
「本当にそれだけ?」
「ど、どう言う意味よ……。」
「愛しのシンちゃんといつでも居たいからなんじゃないのぉ?」
「な!何でミサトはそう言う方面にしか話が持っていけないのぉ!?信じらんないわ!」
ミサトってホントこう言う話好きよねぇ。自分の事は棚に上げてるくせに、人の事になると感が鋭いんだから……そうね、それも半分あるわ。
ところでシンジの奴はっと……あーあ、真っ赤になって固まっちゃってるわ……。
「ねえシンちゃん、大好きなアスカちゃんが一緒に来てくれるんだってさ。良かったわねぇ。」
「……う……うん……。」
「……。」
あちゃ〜、すっかり言いなりじゃないのよ。お蔭で顎を外したわ。
「と、とにかく!シンジ、そうと決まったら、早速準備を始めるわよ!良いわね!」
「あ……う、うん。」
****************************************
「「行ってきまーす!」」
「行ってらっさ〜い!」
今日は公休日だと言うミサトに見送られて、二人揃って家を出た。
「なんかワクワクするわね。心地よい緊張って言うのかな?これって。」
「僕はドキドキしてるよ。どんな事が起こるんだろうか、ってさ。」
「それって、完璧にストレスよ。アンタって、ホントに『ノミの心臓』なのね……。」
緊張するシンジを窘めながら歩いていたけど、学校が見えてきた所で、アタシは足を止めた。不思議そうにシンジが振り向いた。
「どうしたの?アスカ。」
「昨日打ち合わせした事忘れたの?初日の学校では、あくまでもアタシとアンタは、初対面の他人同士よ。で、転校生同士と言う事で息が投合して仲良くなる、って筋書きにする筈だったでしょ?」
「そうだったね。じゃ、先に行ってるよ。」
「また後でねー。」
音がしそうなぐらい大きく手を振ってシンジを見送った。今日はチョッチ寂しいけど、ガマンガマン。
こんな事をする事になったのは、昨日シンジがふと口にした
「いきなり仲良し男女が転校して来たら、みんな吃驚するかもね。」
が発端だったの。お蔭で即席のシナリオで他人同士を演じる事になっちゃったと言う訳。
でも、今考えてみたら、別に隠す必要も無い事よね。つい昔の癖が出ちゃったわ。
「碇シンジです、ほんの少しの間ですが、宜しくお願いします。」
「惣流・アスカ・ラングレーです、宜しく。」
ミサトの差し金で、同じクラスに編入する事が出来た。後で『ネタ』にされるのは判りきってるけど、一人きりになって辛い思いをするよりはずっとましだわ。二人で並んで挨拶を済ませた後、席に就いた。
何だか周りが騒がしいわね。そりゃあ、あと五ヶ月もすりゃ卒業だって言う時に転校して来るなんて変わりもんだと思うけどさ、そんなに騒がなくたってねぇ……。
あれ?変ね、みんなアタシを見ているみたいに思えるわ。どういう事かしら?授業の準備を続けながら聞き耳を立ててみる。
「おい、あの娘、噂の『ジュリエット』じゃないのか?」
「そうか?」
「そうだよ。まさかここで本人に会えるとはなあ……到頭俺にも運が向いてきたか?。」
「俺、絶対モノにしてみせるぜ。」
「バーカ無理だって、モノにするのは俺だよ。」
……『ジュリエット』?……何よそれ?取りあえずはアタシの事の様だけど?……それにしても、『モノにする』なんて、なんかイヤ〜な予感がするわ。
アタシは、パソコンを立ち上げると、早速『ホットライン』の設定に掛かった。ここの設備はメールとチャットが可能で、全校一斉の掲示板もあると言う、極一般的なタイプの様みたいね。そこで、ちょっとシステムを変更して、アタシとシンジ専用のチャット回線を作ろうとしてる訳。アタシの手に掛かればハッキングなんかわけないわ。言っとくけど、クラッキングじゃないからね、ちゃんと元に戻せる様になってるんだから。
一通りの作業を終えると、辺りを不安そうに見回していたシンジと目が合ったから、パソコンを指差すゼスチャーをして、シンジのパソコンも立ち上げさせた。
『何?アスカ、いきなりチャットなんか開いてさ。』
『シンジ、これは二人専用の回線だから、誰にも邪魔されないわよ。暫くはこれで話をするわよ。良いわね?』
『分かったよ。でも、よくこんな物を見つけたね。』
『自分で作ったのよ。この位、天才美少女のアタシに掛かればお茶の子さいさいよ。』
『ダメだよ!勝手にそんな事しちゃ!ばれたら大変だよ。』
『何よぉ、大丈夫よこの位。ちゃんとまともに話せる様になったら元に戻すわよ。』
やっぱり、こうやって話が出来るって良いわねぇ、うんうん。
でも、文字だけって言うのはやっぱり物足りないわね。あー早く面と向かって話がしたいな。
『じゃ、話題変えようか、凄い人気の様だね、アスカ。みんな口々にアスカの話題を出してる様だよ。』
『その様ね。何か壱中時代よりも人気が出てる様に思えるわ。やっぱり美しさに磨きが掛かってるって事よね!』
『あははは、僕もそう思うよ。』
『サンキュ(はあと)……ところでさ、何か『ジュリエット』って言葉が出てきてるんだけど、たぶんアタシの事よね?』
『だと思う。』
『何でかな?』
『解んないな……ちょっと聞いてみるよ。』
『大丈夫?アンタに出来るとは思えないけど。』
『何とかしてみせるよ。ちょっと待っててよ。』
『じゃあ、お願いね。』
シンジは深呼吸をすると、周りにいる男子に次々と声を掛けていった。
あれだけ人付き合いの下手なシンジが、いきなり人の輪に飛び込むなんてね……シンジもやる様になったわね。
そんな感慨にふけながら、アタシはシンジの様子を眺めていた。シンジは、一頻り会話を交わした後、再びパソコンに向かった。
『お待たせ。』
『どうだった?』
『どうも、この辺り一帯の噂になってるらしいよ。毎日夕暮れ時になるとマンションのベランダに出てくる美少女が居るってね。』
『ふ〜ん。』
『アスカ、いつからそんな事してるの?僕は全然知らないんだけど……。』
『そりゃ知らなくて当然よ。アタシが外に出るのってシンジが買い物に出てる間だけだもん。』
『どうしてさ?』
『だって、シンジが居ないと退屈でさぁ……テレビも面白くないし、仕方ないからベランダで人間観察やってたのよ。』
『そうだったんだ。でもさ、なんで僕が居る時はしないんだよ?』
『そうねぇ……見知らぬ人なんかより、シンジ見てる方が面白い……からかしら?』
『何だよそれ。理由になってないじゃないか。』
『良いでしょ!細かい事気にしないの!』
『ちぇ!……あ、先生だ!もう切るよ……って、どうやって繋げば良いのさ?こっちが用事ある時はどうするんだよ。』
『そうだったわね。後でキーワード設定しておくから、今晩家で教えてあげる。良いわね?』
『了解、それじゃ。』
『早く声掛けてね!』
『はいはい。』
授業中、アタシは退屈で仕方がなかった。内容が既に知っている事ばかりだから当然よね。
ずっとシンジを見ていたいけど、そんな事したら「早くもアツアツ」とか言って騒ぎになりそうだもんね。ここまで来たら、やれる所までやってやろうじゃないの。
ふと、メールボックスを覗いてみると、なんとメールボックスが満タンになっていたのだった。
「ええっ!!」
「ん?どうしたんだ、惣流?」
「ふぇ……くしゅん!」
「……紛らわしいな。」
「す、済みません。」
思わず声を出しちゃった。なんとかくしゃみの真似で誤魔化せ……る訳ないか。
『どうしたんだよ?アスカ。』
『もうメールが満タンなのよ、吃驚したわぁ。暇つぶしに今から処理するから、話はまた後にして貰える?』
『うん、分かった。』
そりゃあ、シンジだって変に思うわよね、今のは。
取り敢えず、1通開いてみる。
「……、うぐぐぐ……。」
そこには、キザさ120%の『愛の言葉』が連綿と並べられていた。ううっ……蕁麻疹出そうだわ、削除削除!
お次は……『文通しませんか?』……初々しさ10万馬力ね、でも削除。
『好きな男性のタイプは?』……少なくともアンタじゃないわ、削除。
『趣味は何ですか?』……削除。
『好きな食べ物は?』……次。
『好きな色は?』……次。
『好きな歌は?』……次。
……だあああっ!!何なのよ何なのよ!挨拶の1通でも混じってるかと思えば、みぃ〜んなラブレターばっかじゃないのよ!こんな下らない事で貴重な資源とアタシの才能を浪費して良い訳ぇ!?
もうあったまきた!匿名と男子名(除シンジ)のヤツは纏めて削除よ!
……これで大分スッキリしたわね。でも、まだまだ着信の表示が出ているわ、しつこいったらありゃしない。そこで、またまたシステムをいじる事にした。フィルタ処理を利用して、自動削除の機能を設定して……これで良しっと。
あれ?何でアタシこんな事してるんだろ……?壱中の時は、いくら暇でもラブレター読むなんて事しなかったわね。あの時のアタシにはそんな事をしているような心の余裕が無かったもんね。解りあえる相手を探し求めていながら、一方でそんな人居る訳無いと決めつけて……。
でも、今は違う。まだ完全にとは言えないけど、シンジやミサトがいるもんね。だから、探せばもっとそんな人が見つかるかも知れない、そう思っているのかも。でも逆に、シンジ達の他には、もうそんな人は居ないと言う事を確認したいだけなのかも知れない。
画面から目を離して、シンジの方を横目で見る。頻りにペンで頭を叩いているところを見ると、内容がチンプンカンプンみたいね。それもその筈、最近、勉強会のペースが落ちていたもの。しかもこの授業の先生、教え方が下手だわ。
休み時間になった。さて、シンジはどう出てくるかな?なんて事を考えながら次の授業の準備を進める。相変わらず、アタシに視線が集中しているみたい。シンジもアタシの様子を伺っている様だけど、席を立つ気配は無いわね。この雰囲気じゃ声は掛けられないって言うの?さっきの度胸はどうしたって言うのよ!?……
悶々としたまま次の授業に突入した。早速シンジの奴を締め上げてやろうかと思ったけど、まだ初日の2時間目じゃないの、焦りは禁物よ。『慌てる乞食は貰いが少ない』って言うしね。
またも暇を持て余したアタシは、残った分のメールを開いてみる事にした。残っているのは女子からのメール、結構な数が来てる様だけど……。
「……ばっかじゃないの?」
月並みな挨拶メールばかりだと思っていたら、脅迫めいた文章の物が混じっていた。これって、『カミソリメール』って奴かしら?いきなりこんな物を送りつけてくるなんて、アタシが何をしたって言うのよ?ねたみを言うなら筋違いってもんでしょ。
でも、これは良いネタだわ、早速シンジに報告しちゃおうっと。
『ねぇ、シンジ。』
『何?』
『こんな物がメールに入ってたわ。』
ここで、メールの内容を転送した。
『何か凄いな、これ。』
『でしょ?でも、心当たりなんか無いのに、どうしてかな?』
『たぶん、クラス中の注目を一気に引いたからじゃないのかな?日本じゃ”出る杭は打つ”みたいな所があるからさ、ちょっと人より抜きん出たところがあると、イジメの対象になり易いんだ。特に転校生だと尚更だね。』
『ひぇ〜、おっかないわね。それじゃ、気を付けないといけないって事ね。』
『アスカなら大丈夫だと思うけど、何かあったら力になるよ。』
『うん、アリガト。でもさ、それで関係がばれちゃったらどうする?』
『その時は仕方ないと思うよ。』
『そうね。そう言ってくれるとこっちも有り難いわ。』
『どうして?』
『別に。それよりもさ、早く声掛けて来なさいよ。待つ方の身にもなってよね。』
『はいはい。』
次の休み時間になった。シンジは何かを一生懸命考えている様子。どうやって声を掛けようかって考えてるんでしょうけど、そんな事してたらまた時間が来ちゃうでしょ!……って、あ〜あもうチャイムが鳴っちゃった……このボンクラシンジ!
『このバカ!なんで来ないのよ!』
『いきなりバカは無いだろ。こっちだって必死に考えてるんだから。』
『アンタの頭じゃそんな事したって無駄よ!』
『どう言う意味だよ。』
『アンタに会話を計算するなんて柄に合わない事、出来る訳無いでしょうが。』
『……もういい。今日はもう行かないよ。続きは家に帰ってからね。』
『こら!待ちなさいよ!話はまだ……』
『それじゃ。』
『ちょっと!シンジ!』
‥‥DISCONNECT‥‥
それからは、いくらアタシが呼び掛けてもシンジの返事が返って来る事はなかった。シンジはジッと黒板を見据えたままアタシに視線を向ける事をしなくなった。
昼休みになっても、シンジは腕を組んで目を閉じたまま動こうとしなかった。
シンジ……怒ってるんだ。そう思うアタシに後悔の念がのしかかってくる。アタシ、何焦ってるんだろう?何一人で空回りしてるんだろう?……
アタシって、昔からこうだった気がする。自分で勝手に筋書きを立てて、周りの事を考えないで筋書き通りに行かせようと苦労した揚げ句、見当違いの結果に失望させられてばかりだった。全然学習能力ないわね、幼稚園児も真っ青よ。こんな事だから、アタシって最低なのよね……。
弁当をかき込む様にして食べる。食欲は出なかったけど、せっかくシンジが作ってくれたんだもん、食べない訳にはいかないわよ。でも、美味しくない、味が全然しないわ。食欲だけの問題じゃないと思うわ、たぶん。
突然、突き刺さる様な視線を感じて顔を上げた。周囲を見回してみるものの、視線の主は特定出来なかった。たぶん、さっきのメールの発信元だと思うけど……。
周りは敵だらけ、しかも、シンジにはそっぽ向かれちゃったし。……初日からこんな事じゃ、先が思いやられるわ……どうしよう……。
****************************************
「あの……惣流さん、ちょっと良いかな?」
「ん?あ……シン……じゃなくて、なんか用?……えっと誰だったっけ?」
五時間目が終わった休み時間、いきなりシンジが声を掛けてきた。あくまでも他人行儀だった。思わずいつもの様に返してしまいそうになったのを慌てて訂正した。
でも、『今日は来ない』とか言ってた癖に、一体何のつもり?……
「あ……僕は碇シンジと言います。今日一緒に転校して来たんだけど……覚えてない?」
「ああ、そう言えば隣に立ってたわね。で、何?」
「『何』って言われても……なんか寂しそうだったから、どうしたのかな?って……。」
「そ……心配してくれてどうもありがとう。でも、初対面のアンタにいきなりそう言う風にされる筋合いはないわ。」
「ちぇ、ちょっと外見が良いからってお高くとまってさ……分かりました。じゃあもう貴女と話す事は無いでしょうね。それじゃ。」
そう言って立ち去ろうとするシンジ。こんな挑戦的な事を言うなんて、どう言うつもりかしら?ともかく、演技であろうがなかろうが受けて立ってやろうじゃないの。アタシはシンジの後を追い掛けて、腕を掴んで引き止めた。
「ちょっと待ちなさいよ。」
「何?用は無いんじゃないの。」
「今の言い方、聞き捨てならないわね。それってどう言う意味かしら?』
「聞いた通りで良いよ。あえて補足するとすれば……ちょっとちやほやされてるからって、天狗にならない事だね、って所かな。」
「ちょっと!何時アタシが天狗になったって言うのよ!」
「雰囲気から全部……何て言うのかな?体から滲み出てるって感じなんだよね。」
「ほっほ〜、言ってくれるじゃないの。でも、そう言うアンタこそ何よ。アンタそれでも男なの?ヒョロヒョロとしてさ、まるで女じゃないのよ。」
「仕方ないだろ、体形は生まれつきなんだから。そっちこそ、性格相当悪そうだね、昼の弁当の食べ方、まるで野獣みたいだったし。」
「な!……ア、アンタって奴は……」
そ、そんな事を言うなんて……い、幾らシンジと言えども……ゆ、許せない!
「レディを一体何だと思ってんのよ!!」
ばっちぃーん!!!
「はあはあ……はっ!」
「う〜ん……。」
我に還ったアタシがみた光景は、左の頬に大きな紅葉をつけて、床に横たわるシンジと、そんなアタシ達を呆然と見つめるクラスの面々だった。
「……。」
しまった!……
手を振り切ったままの体勢で暫くの間硬直してしまうアタシ。冷や汗が一筋、頬を流れ落ちる。
手加減無しで叩いちゃった……どうしよう……。
「いててて……、ったく、乱暴だなあ。」
起き上がったシンジのその一言で、硬直から解放された。
「!……ア、アンタが『野獣』なんて言うからでしょうが!」
「はいはい、悪うございましたね。」
「何よ、その謝り方は!全然心がこもってない!」
「良いだろ。一応謝罪したんだから、これで終わりにしようよ。」
「ぬぬぬっ!何て軽薄な奴!……良いわ、アタシがその根性叩き直してあげる。今からアンタはアタシの下僕よ、喜んで受けなさい。」
「やだね。これ以上かかわり合いにはなりたくないね。」
アタシはシンジの胸倉を掴んで、出来るだけ顔を引き寄せた。シンジは冷や汗を流しながら、頬をピクピクと引き攣らせている。
アタシは出来るだけ柔和な表情にして話した。
「い・い・わ・ね!!」
そして言葉には思いっきり怒気を含めてね。
「は、はい……。」
今日最後の授業。張り詰めた糸が切れた様な感情で、ただパソコンの画面を眺めていた。そこには、シンジからのたった一言のメールが表示されていた。
『ゴメン、怒ってる?』
ちょっとやり過ぎたかな?……そう思いながら、ちらりとシンジの方を見た。シンジは、頻りにぶたれた頬を撫でながら……笑ってる!?
何度見ても、確かにシンジは微笑んでいる、どうして!?すっごく気になるわ……
我慢しきれずに、チャットを開いてみた。返事してくれるかな?
『シンジ?聞いてる?』
『何?』
『ちょっと説明して貰える?なんで笑ってんのよ。』
『いや、うまくいったな、と思ってね。』
『だから何がよぉ!』
『ゴメン、今はまだ言えないんだ。悪いけど、待っててくれないかな?』
『分かったわ。後でちゃんと教えるのよ。』
『取り敢えず、このまま喧嘩をしている振りをしよう。放課後になったら僕は逃げるから、追い掛けて来てよ。これで一緒に帰れるだろ?』
『なるほどね……よく考え付いたわね。』
『昼休み中考えてたんだよ。まあ、僕の頭じゃこれ位が限界だけどね。』
『前言撤回するわ。さっきはちょっと焦ってたと思うから。』
『有り難う。それじゃ、放課後に。』
『うん、分かったわ。』
アタシは、シンジの事がまだ解っていなかった。なんで、もっとシンジの事、信じてあげられなかったのかしら……。
放課後を告げるチャイムが鳴った。アタシは荷物を纏めると、早速シンジの所に向かった。
「さぁ〜て、早速だけど下僕の役目を果たして貰うわよ。」
「嫌だね。」
「あらあら、承諾した癖に拒否するつもり?」
「その通りだよ、さよならっ!」
シンジはさっとアタシの横をすり抜けると、一目散に教室を飛び出していった。
「あ!こら!待ちなさいよ!!」
アタシも直ぐさま追い掛けた。でも、シンジは意外にすばしっこい、あっという間に校門の外に出てしまっていた。
でも、アタシだって負けては居られないわ、全速力を出して追い掛けた。走る事約3分でシンジの首根っこを捕まえることに成功した。
「(ハアハア)……凄いな……アスカは……こんなに……早く……捕まるとは……思わ……なかったね……。」
「(ハアハア)……あったり……前……でしょ……アタシは……とっくに……完全復活……してるん……だからね……。」
「でも……ここまで来れば……大丈夫だね……。」
そのシンジの言葉を聞いて、初めて周りを見回してみた。確かに人影は無かった。
「そうね。じゃあ、のんびり帰ろっか。」
「うん、そうしよう。」
そのまま、アタシ達は並んで家路に就いた。
一気に走ったお蔭でちょっと酸欠気味になった所為だと思う、ずっと黙ったままだったわ。でも、不満はなかった、だって……ね……。
****************************************
「「ただいまぁ!」」
「おっ帰りなさ〜い。」
家に着いたら、ミサトが出迎えてくれた、予想通りの反応示しながらね。
「あら?シンちゃんどうしたの、そのほっぺ?」
「あ、これは……。」
「もう!そんな事どうでも良いでしょお!」
「そうかそうか、アスカにやられたのね……初日から大変だったわね。」
「な、何で判るのよ……!」
「伊達に貴方達の保護者はやってないわよ。」
「ぐっ!……」
「これは、僕がわざとそうする様に仕向けたんです。そこの所は勘違いしないで欲しいんです。」
「へえ、そりゃまたどうして?」
「そうだわ、どうしてあんな事したのか、もう教えてくれたって良いでしょ?」
ミサトが不思議そうな顔をしてシンジに尋ねた。アタシもそれに便乗する事にした。
シンジは暫く考え込んでいた。やがて、決心がついたのか、口を開いた。
「分かりました。でも、玄関で出来る程短い話になるとも思えませんから、中に入りましょう。」
リビングに移動したあと、シンジは芝居の意図を話してくれた。
「……アスカ、メールを見せてくれたろ?」
「え!?メールって何よ?」
「ああ、学校でね、『カミソリメール』って奴が来てね、シンジに見せたのよ。それで?」
「うん。それを見て、アスカがいじめの対象になったら大変だ、どうしたらアスカを守れるかなって考えたんだ。
アスカが早く話をしたがっているのは分かっていたんだけど、じっくり考えたかったから途中で回線を切ったんだ。そこは謝るよ、ゴメン。
昼休み中考え抜いて、思い付いたのは、『アスカは怒ると恐い』と言う事をみんなに知らせる事が一番じゃないのか、と言う事だったんだ。幸い、まだ初日だったから、第一印象で先手を打つ事が出来ると思ったから。
でも、それをみんなに知らせると言う事は、アスカに恥をかかせる事にもなるから、結構迷ったんだ。
でも、これからの事を考えると、このままにしておく事も出来ないから、僕も軽薄な奴と思わせる様にしようと決めたんだ。二人揃って恥をかけば、アスカも許してくれるかなって期待してね……それで、僕はちょっと話し方を変えて、アスカをけしかける様にしたんだ。
僕をぶった時のアスカ、凄く焦っていたから、やっぱり不味かったかな、って思ったよ……本当に、ゴメン。」
「……そう、そんな事がね……。」
「……シンジにしちゃあ、結構考えたわね。まあ、アタシのああ言う所は、いずれ知れちゃう事だから、大目に見てあげるわ。その代わり、アンタは学校じゃアタシの下僕って事になるわよ。増々情けなくなっていくけど、良いのね?」
「僕は構わないよ、バカにされるのは慣れてるし。それに、これでアスカと堂々と話が出来る様になったしね。」
「そうね。一応今日の目標は達成出来たって事になるわね。」
「そうだね。じゃあ、そろそろ夕食の支度を始めますから。」
「あ、そうね。」
「シンちゃん、いつも済まないわね。」
ホント、そう思うわ。
****************************************
「……で、ここはこうなるって寸法よ。解った?」
「うん、じゃあこの問題は、ここをこう移項してこうすれば良いのか。」
「そうそう。良いトコ突いてるじゃない。」
お風呂から上がった後、シンジの為に家庭教師をしてあげる。ま、シンジと距離を詰められる数少ないチャンスなのよね。
ちょっと前だったら、シンジの奴、すぐ真っ赤になってさ、なかなか問題解こうとしなかったから、イライラの余りスリーパー掛けたりなんかして、結構ドタバタやってたのよね。でも、最近のシンジは、慣れてしまったのか、はたまた頭の回転が良くなってきているのか、飲み込みが凄く早い。だから、あっさり問題解いちゃったりして、ちょっとつまんなくなってきているのよね。
「はい、これで終わり。」
「ねぇアスカ……今日は本当にゴメン。」
「もう良いわよ。済んじゃった事だし。それよりもさ、明日からは堂々と一緒に登校出来るわね。」
「そうだね。」
「アンタは下僕なんだから、アタシのカバンを持って持って貰うからね。」
「……はいはい。」
「それから、教室移動の時も一緒、昼休みも一緒、下校の時も一緒よ、良いわね?」
「……分かったよ。」
「それからね……。」
「まだあるの!?」
「日曜日の買い物も付き合って貰うからね!」
「……はいはい……。」
「うんうん、よろしい!」
すっかり満足したアタシは、ちょっとばかりの御褒美をシンジにしてあげる事にした。
「それじゃ、アタシ寝るわ。」
「うん、分かった。」
「それじゃ……」
アタシは後ろからシンジに抱きつくと、シンジの横顔に自分の顔を、丁度頬ずりする様な感じでくっつけた。
「お・や・す・み(はあと)。」
「あ、あわ、あわわっ!!あ、あ、アスカぁ!……。」
「うふふふ……。」
やっぱり、シンジはこうでないとね。でも、また直ぐに慣れちゃうんだろうな。使い過ぎは禁物って事か。
真っ赤になって固まったシンジを後目にして、アタシは自分の部屋に戻った。
「明日からもヨロシクね!」
****************************************
「ほらほら!頑張りなさいよバカシンジ!」
「結構重いんだよ、これってさぁ。」
次の日の朝、足どりも軽く歩くアタシと、二人分のカバンと体育道具を持って不機嫌さ爆発のシンジ。
一応気を使って声を掛けてあげてるんだけど、他の生徒達もいる手前、どうしても高飛車にならざるおえないのよね。なんだか、日本に来ばっかりの頃の風景になっちゃってるわ。
「男なら弱音は吐かないの!逆に感謝されるべきだわ。なんてったって、世紀の天才美少女たるこのアタシが相手にしてやってんのよ。だから!アンタはこれからもアタシの側に居なければならないのよ!」
「えぇ〜!!」
「ちゃんと言う事聞いてくれたら、それなりの褒美はあげるわよ……だから、頑張りなさい。分かった!?」
「はいはい、喜んで……。」
不機嫌な顔で答えるシンジ。でも、アタシにはシンジは笑顔で応えてくれている様に思えるわ。これってやっぱり、自惚れてるのかな、アタシ。
やがて、校門が見えてきた。
さあて、今日も一波瀾起こりそうな予感。頼りにしてるからね、シンジ!
<後書き>
さて、これの何処が誕生日記念であるのでしょうか??
それは\(・_\)さておき(/_・)/、今回からはシリーズ連載という様な感じでやって行きたいと思っています。
果たして、『SAIKAI』の意味は何でありましょうか!?それは、同じ意味の漢字を引っ掛けているからなんですね。詳しい説明はまた次回、と言う事にしておきます。
次回は『その2』と言う事で、後、何回か続いて行きます。
節目の日には、節目らしい事も良いんじゃないかな、と思った次第です。ゴロゴロ転がりたい方は、他の方の作品でやって下さいませ。私の方は転がれる展開に持っていくまでには、あと少し掛かりそうです。
では、また次回お会い出来ます様に……
P.S リクエストに応えられたでしょうか?
跡見さん、本当にありがとうございました!!
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までお願いします。