「くぉ〜のぉ!ぶぁかああぁっ!!」
ばっちいぃぃぃんっっっ!!
「痛ったいなぁ!僕が何したって言うんだよぉ!!」
今日も教室に響き渡る怒鳴り声と、素晴らしく派手な平手打ちの音。そしてそれに続く情けない抗議の声。
「五月蝿い!!アタシの言う事を聞かないからでしょうが!!」
「何だよ!そんなの勝手過ぎるよ!!」
受験戦争真っだ中、の筈のこのクラスの名物となってしまった光景だ。
どっちが誰か、なんて事はは言わなくても判ると思うけど、前者がアスカで後者が僕だ。
演技とは言え、1日に最低1回は叩かれると言うこの状態、到底耐えられるモノではないよ……意外に忍耐強いのかな?僕って。
Tomi's EVA vol.15
Series『SAIKAI』 その2
「ゴメンね、痛かった?……よね、やっぱし。」
学校の帰り道、周りにいた生徒達が見えなくなって、今日の演技が終了を告げる様に、アスカがいつも開口一番に言う言葉だ。
「良いよ、気にしないでよ。」
「うん……でも……。」
アスカはそっと手を僕に頬に添えて言葉を続ける。
「毎日こんなんじゃ、持たないわよ、お互いにさ……。」
喧嘩を演じる事で、周りを気にせずに会話が出来る様になり、アスカ宛の『カミソリメール』もあれ以来届く事はなくなった。僕の意図した通りの事になって、それはそれで良かったけど、その代償として周囲から完全に孤立する事になってしまった。
受験を控えた一種独特の雰囲気を完全にぶち壊す大喧嘩。最初こそは、とばっちりを喰らったら大変だと思ったのだろう、仲裁の声もあったけど、今ではみんな何事も起こっていないと言う様な顔で自習に励む様になってしまった。
アスカの言う「当面の目標」は達成された訳だからいい加減に止めれば良いのだけれど、今度は止める切っ掛けが見つからなくて苦労していると言う処だったりする。
取り敢えずは続けるしかないだろう、と言う殆ど惰性の状態。だからと言って、このままではアスカの手と僕の顔が持たないから、アスカは、出来るだけダメージが少なくて、なおかつ出来るだけ派手な音が出る様にと、色々と叩き方を工夫していたらしい。でも、それはあくまでもその場しのぎであるだけであって、何の解決にもならない。
これじゃあ、アスカが音を上げるのも頷ける。何か良い方法は無いものだろうか、怪しまれずに喧嘩状態が解消出来る方法が。
「何か切っ掛けが欲しいわね……。」
「切っ掛けって?」
「そ。要は、アタシとアンタの関係が対等になれば良いと思うのよ。例えば、アタシが何かへまをやらかして、それをアンタがフォローする。それで、アタシはアンタの事をちょいと見直して……て言う感じにね。」
「う〜ん……それだと、アスカだけが悪役になっちゃうよ、僕は賛成したくないな。」
「じゃあ、シンジはどうしたい訳?」
「僕は……僕があまりに情けないから、『下僕の面倒を見るのは主人の務めよ』とか言ってあれこれ面倒を見てくれる様になる……って言うのを考えてるんだけど……。」
「う〜ん……今の状態から持っていくにはちょっとプロセスが足りないわね。」
「あ、そっか……。」
「……難しいわね……。」
「そうだね……。」
ドン!
「きゃっ!?」
「わっ!!」
突然、路地から出て来た一人の少年とアスカがぶつかった。倒れてきたアスカに押された僕も一緒に道端に倒れ込んだ。
「いててて……。」
「あっ!危ないじゃないのよ!!何処見て歩いてんのよ!!」
僕とアスカは折り重なって倒れた。僕が下敷きになったお蔭で、アスカは無事な様だ。僕の方はちょっと肘を擦りむいちゃった様だけど。
アスカが、少し離れた所で起き上がろうとしていた少年に怒鳴り散らす。
少年は平然とした顔で服についた砂埃を払うと、こちらに歩み寄って話し掛けてきた。
「申し訳ない、少し急いでいた処だったものだから。お怪我は無いですか?」
「アタシは大丈夫。シンジは?」
「僕……も大丈夫だよ。」
「ま、そう言う事だから今回は見逃してあげるわ。」
「感謝します。ところで、西部中学校と言うのはどの様に行けば良いのか御存じですか?」
「えっと、このまま真っ直ぐ行けばすぐに見えてきますよ。」
「分かりました、ありがとう。では、またお会いしましょう。」
「見かけない顔だったわね。今度転校でもしてくるのかしら?」
「『また会いましょう』なんて言ってたから……そうだろうね。」
「アイツも中3なんて事はないでしょうね?」
「そんな事、分かる訳無いじゃないか。」
「それもそうね。」
「ところでさ……退いてくれない?」
「あん?あっとゴメン。……さあ、行こっか。」
「うん。」
「ちょっとシンジ!アンタ、肘怪我してるじゃないの!」
「あ、本当だ。」
「『本当だ』って、アンタ……わざと言わなかったわね?」
「う……ま、まさか……ははは……。」
「(ジト目)……。」
「……ご免なさい。嘘ついてました。」
「ったくもう……どうしてそうアンタはお人好しなのかしらねぇ。」
****************************************
次の日の清掃時間も漸く終わりに差し掛かってきた頃の事だった。
その前にちょっと説明しておこう。この学校では、昼休みが終わった後に、週番ではなく全員で校内各所の清掃を行う事になっている。清掃場所は1クラスにつき3ケ所程割り当てられ、各クラスで編成された清掃班が担当する。清掃班の担当場所は1週間毎に交替する決まりだ。
僕は教室、アスカは階段の清掃を担当する班に分かれて作業をしていた。早くに作業を終えていた階段の班が戻って来た。
「おーい、帰って来たわよぉ。」
「早かったんだね。」
「階段なんて、掃いたら終わりだもん。アンタこそ早く終わりなさいよ。」
「んな事言ったってさぁ……ちょっと退いてくれる?」
「やだ、御主人様の相手をするのが下僕の務めでしょうが。」
「あ、そ。」
「何よその態度は!大体アンタはねぇ!……」
「はいはい、僕はその場しのぎで生きるお調子者ですよ。」
アスカの演説が始まりそうだったから、適当にあしらいながら、その場を去ろうとする。
でも、アスカも負けじと後を追い掛けてくる。
「こらバカシンジ!話を聞きなさいよ!」
「こっちは忙しいの。それ所じゃないんだから。大体早くしろって言ったのは惣流だろ?」
「えーい!黙れ黙れ!!」
「その言葉、熨斗付けてお返しするよ。もっと静かにしてよ。」
「ぬぬぬっ!!」
アスカの熱の入り方もここまで来ると一級品だ。これじゃ演技なんだか本気なんだか、洞察力の無い僕には判らないよ。
追うアスカと逃げる僕。二人のスピードはどんどんエスカレートしてきて、殆ど追いかけっこになってしまっていた。そして、事件は始まった。
ツルッ!
「きゃっ!」
ガッシャ〜ン!!
「いった〜……。」
「あっ!大丈夫か!?アス……じゃなくて、え〜と……その……。」
方向を変えようとしたアスカが、床にこぼれていた水に足を滑らせて、周りの机も巻き込んで派手に転んだ。
突然の事にパニックになった僕は名前すら満足に言えなくなっていた。
とにかく動けないでいるアスカの元に駆け付ける。そして、アスカの倒れ込んでいる様子を見て一瞬考えたけど、正面に回り込んで、顔を覗き込みながら怖ず怖ずと訊ねた。
「大丈夫かい?」
「な、なんとかね。」
「えっと……じゃあさ……取り敢えず隠した方が良いよ……」
「え!?」
僕の目線を追ったアスカは、顔を真っ赤にして慌ててスカートを押さえ込んだ。
「み、み、見たわねぇ〜」
「まあ、成りゆき上、ね。」
「こ、このぉ〜!!」
立ち上がって、平手打ちの体勢に入ったアスカだったが、すぐに顔色を真っ青に変えると、腰の辺りを押さえながらその場に屈み込んでしまった。
「!?どうしたの??」
「いたたた……腰打っちゃったみたい……。」
「大丈夫?動ける?」
「な、なんとかね……。」
「とにかく席に座ったら?」
「そうするわ……今回の事、後でじっくり清算してあげるからね……いててて……。」
「あ……そう……。」
アスカは、顔色を青くしたままひょこひょこと席に戻ると、そのまま机に突っ伏してしまった。
五時間目、この時間は担任である長尾先生の担当科目だった。
アスカは机にへたり込んだまま授業を受けている。時々顔をしかめていなかったら、「ふみ〜。」だとか「お腹空いたー。」だとか言わせてみたくなる恰好だ。
「大丈夫なのか、惣流?」
「は、はい……腰を打っただけですから。」
「無理はするな。今日は保健の野崎は休みだったからな……おい、誰か保健室連れて行ってやれ。」
「……。」
先生がみんなに声を掛けたものの、誰も反応は無かった。
「相変わらず薄情だな……おい、重岡、お前行ってやれ。」
「んあ!?」
突然、声を掛けられた重岡ソウタと言う生徒は、居眠りでもしていたのだろう、眠そうに顔を上げた。
彼はこのクラスの学級代表で、軟派な奴として名が通っているそうだ。当然、アスカにもモーションはかけたらしい。初日のメールの大半が、彼からの物であると言う事は調査済みだ。
軽薄さにおいても、彼の方が、僕がこのクラスで持たれているイメージよりも数段上だ。なのに彼が学級代表で居られるのは、ケンスケ並みのしたたかさとトウジ以上の大胆さを兼ね備えていて、いざと言う時にはかなりのリーダーシップを発揮して、クラスを纏めると言う役目には打ってつけの人間だと言う評判があるからだそうだ。
と言っても、もうこの時期には彼の役目は号令位しか残っていないので、僕には確かめようも無いけど。
その彼は面倒臭そうに答えを返した。
「先生ぇ、俺なんかより”下僕”の碇君に行かせてやった方が良いですよぉ。」
と言って、彼は僕の方を振り向いた。と同時にクラスの全員が一斉に『お前が行け!』と言う意志を込めた視線で僕を見た。これが重岡の力なのか!?
僕は気押されてたじろいでしまった。
「全くお前という奴は……仕方ないな、碇、行ってやってくれるか?」
「は、はい、分かりました。」
僕は、仕方ないな、と言う表情を浮かべてアスカの元へと向かった。本当は立候補しても良かったんだけど、やっぱり恥ずかしいからね、こうなる事を期待して待っていたのが正解と言うところか。
「じゃあ、行きましょうか。」
「お願いするわ……よっと……いたた。」
「おっと、歩ける?」
「うん、さっきよりはマシになったから……有難う。」
その時、教室の空気が凍った。
「お、おい……あの惣流が『有難う』なんて言ったぞ!……。」
「一体どうなってるんだ!?」
「まさか、天変地異の前触れか!?」
おいおい……そりゃ言い過ぎだろ?
そう思いながらも、アスカに肩を貸して、並んで廊下に出た。
「凄い言われようだな……。」
「まあ、今までがあんな態度で居たんだもん、当然でしょ。」
「でもなぁ……。」
「アタシが良いって言ってるんだから良いでしょ!これからはもっとアイツ等を驚かせてやるんだから……楽しみねぇ……ふっふっふっ……」
「そ……そうなの……そりゃ楽しみだ。(冷や汗)」
「……あのね、ところでさ……丁度良い機会だからさ、これで喧嘩芝居は止めにしましょ。」
「そうか……そうだね、そうしよう。ところでさアスカ、今日は早退したら?」
「あと1時間でしょ?なんとか頑張るわ。一人じゃ帰る自信ないし……それに、一緒に帰ってくれないと喧嘩止められないわよ。この一件で、ちょっと親密になったと言う筋書きにしたいのよ。良いでしょ?」
「そうだね、分かったよ。」
「言っとくけど、わざとじゃないからね、転んだのは。」
「本当かい?」
「ホントだってば。」
保健室に着いた。アスカだけを中に入れ、僕は外で掲示を何度も読み返しながら彼女が出て来るのを待った。だってさ、一応診察して貰う訳だからね……。保健室の中からはアスカの痛がる声が時々聞こえてくる、ちょっとオーバーアクションのような気がするなぁ。
それが聞こえなくなってから暫くして、中からアスカが出てきた。その手には1枚の紙を持っていた。
「悔しいけど、シンジの言う通りになったわ。『ここじゃ面倒見切れないから、早退して病院に行って来なさい』だってさ。」
「そう、しょうがないね。」
「だから、ハイ。」
そう言ってアスカは僕に持っていた紙を渡した。1枚だと思っていた物が、よく見てみると、2枚重なっていたのだった。
「どう言う事?」
「アンタも付き添いで早退して貰える様に頼んだのよ。」
「あ……そ……」
「と言う訳で、アタシはここで待ってるから、先生にそれ渡して。ついでにカバンもお願いね。」
「はいはい。」
「出来るだけ急いでね。アタシ待たされるのは嫌いなのよねぇ……。」
「……と言う事なんだそうです。」
「そうか、ならお前も帰って良いぞ。様子を見た方が良いだろうから、明日は休めって伝えてやってくれ。」
「はい、分かりました。」
職員室に居た長尾先生に用件を伝えた後、教室に戻った。
二人分のカバンを用意すると、案の定、冷やかしの声が飛んできた。
「おやぁ〜、もう御帰宅ですかぁ?」
「下僕君も大変だねぇ。」
「今日は御主人様の館まで御一緒って事だよね。」
「襲われない様に気をつけなよ。」
「あははは……。」
とにかく笑って誤魔化すしかなかった。
「お待たせ。」
「8分……まあまあってとこね。」
「は、計ってたの?」
「だってヒマだったんだもん。さ、さっさと帰るわよ。」
「病院経由でね。」
「はぁ〜い。」
****************************************
二人並んで病院へと向かう。僕は両手にカバンを持って、アスカは僕の肩に手を乗せて、寄り掛かる様にしてひょこひょこと歩いている。
「いつつつ……。」
「大丈夫?」
「アンタねぇ、そのセリフこれで10回目よ。いい加減答えるのに飽きたわ。もっと他に言う事無いのぉ?」
「……ゴメン。」
「ったくもう……。」
「……そうだ、ゴメンついでにさっきの掃除時間の事なんだけど……。」
「む!」
アスカが突然立ち止まった。驚いて振り向いた僕の目に写ったのは、表情に険が入ったアスカだった。
それを見て、僕が今してしまった事の重大さを知った。
「アンタバカぁ!?何がついでよ!!ホントにデリカシーの欠片も無いのね!!アンタにはどうでも良い事なのかも知れないけどねぇ!アタシは死ぬ程恥ずかしかったんだからね!!
ホントバカよ!世界最強のバカ、史上最大のバカ、死んでも治らない程の大バカよ!!」
「……。」
確かにアスカの言う通りだ。こんな時に言うべき事じゃなかった、もっと良い切り出し方も有っただろう。罵倒されても反論する余地は無いよ。
でも、僕にだって言い分は有るんだ。僕があの時採った行動の理由を知って欲しかったから、どうしても謝っておきたかったから……。
「何よ、何か言いたそうね。言いたい事が有るんならハッキリと言いなさいよ。聞くだけ聞いてあげるわ。」
「……。」
「はん!アンタってホントに損な性格してるわねぇ……当ててあげようか、言いたい事。」
「……。」
「『他の誰かに見られると、アスカが恥ずかしさの余りそいつを思いっきり叩いたりするんだろうな。でも、そんな騒ぎを起こしたら増々孤立してしまうから、それはだけは避けないと……僕が体を張れば、他の誰にも見られなくて済むし、アスカも僕なら気兼ねしないで叩ける筈だし……これなら、他のみんなにも迷惑は掛からないから、そうしよう。
と思ってわざと正面に回り込んだんだ。』
とか言いたいんでしょ、違う?」
「……正解……だよ……。」
「ホント、アンタの考える事って分かりやすいのよねぇ……。」
「……本当に……ゴメン……。」
「さてと、どうしてくれようか。見物料は取らないって言ってるし……いいわ、早く病院行きましょ。アンタの処遇は後で発表するわ。」
「うん……分かった。」
それからは、二人とも口を開くことはなかった。僕が何も言えないのは当然としても、アスカもまた「痛い」の一言も言わなくなっていた。
重苦しい雰囲気のまま病院に着いた。僕が手続きをしている間、アスカはジッと僕を無表情で見つめていた。待合い室で待っている間もアスカの様子は変わらなかった。
順番が回ってきて、アスカの名前が呼ばれた。僕は一足早くに立ち上がり、アスカに手を貸した。アスカは無表情のままだったが、僕の手を拒む事なく取って立ち上がると、その時初めて和んだ表情に変わった。
「よく我慢出来たわね。」
「え!?」
突然の変化に驚く僕を一瞥して、アスカは診察室に消えていった。
暫くして、診察室からアスカが出てきて、手招きで僕を呼んだ。
「何だい?」
「レントゲン、撮るんだって。」
「え!?」
「ま、念には念を入れたいからね、アタシが頼んだのよ。」
「そ、そうなの……良かった……てっきり……。」
「ご心配どーも。」
レントゲン撮影を終えて、今度は二人一緒に診察室に入る。担当の女医さんに結果を訊ねた。
「結論から言うと、後遺症になるような問題はありません。ただ、机の角が当ったんでしょう、内出血が酷いので暫くは治療を必要としますね。」
「それって、入院って事ですか?」
「そこまでする必要は無いでしょう、もうとっくに出血は止まってますから。暫くの間、体育の授業とか、朝、遅刻しそうになって全力で走る、とか言う様な事をしなければ大丈夫です。治療と言いましたけど、これはあくまでも経過観察だと思って下されば結構です。」
「そうですか……。」
「あの、先生、この痣は……。」
「残る様な事は無いですよ、心配いりません。万が一残っても、消す方法はありますから大丈夫ですよ。」
「はい、分かりました。」
「レントゲンの結果は明日と言う事で宜しいですね。」
「はい。」
「分かりました。では、お大事に。」
「ねえアスカ、さっき痣がどうのこうのって言ってたけど、どう言う事?」
「あん?ああ、でっかい痣がお尻に出来たんだってさ、アタシには見えないんだけど。」
「そうなの……。」
「まだなんか言いたいの?さっさと言っちゃいなさいよ。」
「……さっきはゴメン。本当に悪かったと思ってる。」
「予想通り、ドンピシャね。」
「ゴメン。」
「そういや、まだ処分決めてなかったわね。じゃ、発表するわ。明日の病院の付き添い、アンタが来るのよ、良いわね?」
「え?それじゃ、明日、僕も休めって事?」
「何かご不満でも?」
「い、いや、そう言う訳じゃ……。」
「それとね……。」
「まだあるの?」
「当ったり前でしょ!そんな安っぽい事で許される程アンタの罪は軽くないの!」
「そう……そうだよね。」
「だからねぇ……おんぶして。」
「はあ!?」
「だから、アタシを家までおぶってって言ってるのよ!今回は2回払いで返して貰うからねっ!」
「分かったよ。……はい、どうぞ。」
「よしよし。それでこそアタシの下僕よ。」
アスカは嬉しそうに僕の背中に飛びついた。僕はアスカを出来るだけ揺らさない様に気遣いながら歩き出した。
スカートの中を見たからって怒ったかと思えばおんぶしろって要求したり、ついでに謝ったって怒ったかと思えば2回払いで許すって言ったり……
僕にはアスカがどう言うつもりで僕に接してくれているのか、良く解らなかった。
****************************************
なんとか家に辿り着いた。人一人を背負って歩くと言うのは重労働の類いに入る。幾らアスカが女の子で体重が軽いと言っても、それは相対的な話であって、何の救いにもならないんだよな。
玄関先でアスカに降りて貰って、部屋にほうほうのていで辿り着くと、制服のままベッドに倒れ込んだ。夕食までまだ時間があるから少し眠らせて貰おう、そう思って目を閉じた。と同時に、アスカの僕を呼ぶ声が聞こえた。
「な、何なんだよぉ……。」
重い体に言い聞かせる様にして声のする方に行ってみる。アスカは自室で制服のまま僕を待っていた。
「何か用?」
「用が有るから呼んだのよ、悪い?」
「そうは言ってないだろ。」
「なら結構。じゃ、着替えるの手伝って。」
「はあ!?」
「腰が痛くて屈んだり出来ないのよ。」
「そ、そりゃ分かるけどさ、あ、アスカ、じ、自分の言ってる事が、どど、どう言う事か、わ、分かってるのかい!?」
「充分分かってるつもりよ。だって、他に人が居ないじゃないのよ。安心しなさいって、アンタが変な事したら殴り倒す自信位は有るわよ。」
「ああ、安心とか、そ、そう言う問題じゃなくて!……。」
「ああもう!ごちゃごちゃ言わないの!アンタはただ目を瞑って、アタシ言う通りに服だけを触れば良いのよ。」
「……しょうがないなあ……」
完全に舐められてる、って言うか遊ばれてる様な気がするのは何故!?
「次、右から5番目とって。」
「ええっと……。」
「もうっ、それじゃない!アンタ右も左も分かんないのぉ!」
「ご、ゴメン!」
「それじゃ行き過ぎよ!」
「ゴメン!」
「痛っ!」
「ごそごそしない!踏むわよ!」
「踏んでから言わないでよぉ。」
「終わったわよ、ご苦労さん。」
「うう……目が痛い……。」
「さーて、次はねぇ……。」
「まだある訳ね……。」
「ピンポーン!じゃ、これ貼って。」
そういって、アスカは湿布を僕の目の前でひらひらと振った。
「……何所に?」
「アンタバカぁ!?腰に決まってるでしょ!こんなもん額に貼ったって意味無いでしょうが!」
「もう1度言うよ。自分の言ってる事の意味が……」
「はいはーい!分かってるって言ったでしょ!さあ、とっと貼った貼った!」
「博打してるんじゃないんだからさ……。」
渋々湿布を受け取ったものの、今度は葛藤の余り、身動きがとれない。僕にアドレナリンを分泌させて、何が面白いのだろうか、いや、面白いからやってるんだよな。
「たっだいまー。」
「あ!ミサトさんお帰りなさい!」
これぞ天佑……た、助かった……
「あれ?シンちゃん、そんなに赤い顔してどうしたの?」
「あ、あの、今日アスカが転んで怪我したんです。それで、あ、あの、ちょっとの間、世話役代わって貰えませんか?」
「え!?ええ、そりゃ良いけど。」
「お願いします。」
「ちょ、ちょっとシンジ!」
「ゴメン、ちょっと走ってくるよ。」
スタスタ……バタン
「「な、何なのよ、あの子(アイツ)」」
駐輪場と駐車場とを何度も走って行ったり来たりする。
ああっ!何だかこう、ムズムズって言うか、ムラムラって言うか、ムシャクシャって言うか……とにかく気持ちが収まらない。アドレナリンの出過ぎなんだよな。こういう時は運動するに限る!と思う。でも、吐きそう……。
全力で走り続けて、なんとか落ち着いた頃にはヘロヘロに疲れていた。こんな事が続いたら体が持たないよ。今日はもうこのまま眠りたい……でもやっぱりそうは行かないんだよなぁ……ハァ……。
「ただいまぁ……ハァ……。」
「「お帰りぃ!」」
「すぐ夕食の支度しますから。」
「「お願いねぇ(はあと)」」
「……ハァ……。」
夕食の後片づけを済ませて、リビングで一人、テレビを呆然と眺めて時間を潰す。そういえば、なんでこんなに暇なんだろう、もっと忙しかった筈……そうか、アスカが居ないから仕事が簡単に済んでしまったんだ。それだけ、アスカの相手をするのに時間を割いていたと言う事になるな。人一人居るか居ないかで随分とリズムが変わるもんなんだな……。
自室からアスカが出てきた。ちょっと困った、と言う様な顔をしている。
「ねぇシンジ、睡眠薬有る?」
「え?そんなの無いよ。」
「あ、そう。」
「……どうしたのさ?」
「うん……どうも寝つけそうになくてさ……だって、痛くてうつ伏せにしか寝らんないのよ。もう息苦しくて堪んないわ。」
「だったらね、寝酒で1杯って言うのはどうかしらん。」
突然、ミサトさんが部屋から顔だけ出して話し掛けてきた。
「う〜ん……そうね、それでもいっか。シンジはどう思う?」
「それしか方法はない様だなぁ……仕方ないね。じゃあ、ビール出してくるから待っててよ。」
「私のもお願いねぇ〜ん(はあと)。」
「はいはい。でも、1本だけですよ。」
まんまとミサトさんに乗せられてしまった様な気がするな……でも、ミサトさんの言う事は正解だと思う。
「きゃははは……ねぇシンリィ、アンラそんな暗〜い顏しれさぁ、もっろこう楽しそ〜にれきないのぉ?」
「うぷっ!アスカ酒臭い……。」
「悪うこらんしらねぇ……きゃははは!!……。」
「う〜ん、ここまで崩れるか、普通。」
すっかり出来上がってしまったアスカを横目にミサトさんが呟く。
「ミサトさんが特別なんですよ。14歳の未成年が3本も飲んだら酔っぱらって当然でしょう。」
「あによぉ、あらしわも〜する15しゃいれすよぉ!きゃははは……。」
「あーもう!……ほら!しっかりしてよ!もう寝なよ。」
「あ〜い。」
すっかりふにゃふにゃになったアスカを担いで部屋に運び入れる。
「あだだだ……。」
「もう……だから1本だけだって言ったのに……。」
「ごめんねぇ〜。」
「それじゃ、お休み。」
「ねぇ、しんりぃ〜、一緒に寝よ。」
「駄目だよ。僕はまだやる事があるからね。」
「ねえねえ〜一緒一緒〜。」
「今回だけはダ〜メ。」
「ぶぅ〜!ヤダヤダ!一緒一緒ぉ!!」
ガバッ!
「わっ!!」
アスカが僕に飛び掛かって来た。そのまま縺れ合って床に倒れ込んだ。
「いててて……。」
「ぐふふふ……一緒一緒ぉ〜。」
「しょうがないなぁ……。」
取り敢えず、アスカをベッドに寝かせ、僕もその隣に横になった。
アスカはすっかり御機嫌になって、僕の鼻をつまんだり頬を引っ張ったりして遊んでいたけど、10分程すると、寝入った様で静かになった。
僕はそっとアスカから離れると、リビングに戻った。そこにはミサトさんが、空の缶を弄びながら待っていた。
「シンジ君、お疲れ様。」
「もうアスカにビールは飲ませない様にしますよ……なんか僕も酔っちゃったみたいですよ。」
「何で?シンジ君飲んでなかったじゃない。」
「さっきまでずっとアスカに抱き着かれてたんですよ。『一緒に寝よ〜』って。」
僕はそう言いながらキッチンへ行き、水を飲んだ。背後からミサトさん声が届く。
「ほお〜、アスカ、サービス満点だった様ね。」
「ええ、そうですね。」
「ホント、見てて痛々しい位だわ。」
「え?……それって、どう言う事ですか?」
リビングに戻ってきた僕は、ミサトさんの言葉の意味が解らなかったので、椅子に座って話を聞く事にした。
「ちょっと思い出してみてくれる?学校でのアスカ……結構ガードが固いんじゃないの?」
「……そうですね。ちょっとでも男子が見ていたら、すぐ威嚇しているみたいですし、声を掛けられても、当然の様に無視していますね。お蔭でどんな大事な用事でも男子からは僕が取次がないといけなくなっちゃってますよ。」
「でしょうね。つまり、身持ちがガチガチに固いって事よね。その筈のアスカが、家ではあなたにそこまでするのよ。」
「……。」
「私には体を張ってシンジ君に接している様にしか見えないのよ。」
「そうですか……。」
僕は、アスカの部屋の扉を見た。そこには『許可なく立ち入りを禁ず』と書かれている。しかし、以前あった筈の『勝手に入ると殺すわよ』と言う一文が消えていたのだった。そう言えばいつ頃からだったんだろうか、消えたのは?……
「アスカがそう言う事をするのが辛いと思っているのかいないのか、もしもの時の覚悟が出来ているのかいないのか、それは判らないわ。でもこれだけは言えるわ、アスカはシンジ君がそれだけの事をする価値のある人間だと思っている、って事がね。」
「僕はアスカにそこまでされる程良い人間じゃない。僕がアスカの期待に応える事なんて出来ないと思ってます。でも、僕は出来得る限りアスカの役に立ちたい、期待に応えてあげたい、そう思っています。アスカがそんな事をしなくたって、僕は……。」
「いい、シンジ君、おそらくアスカもその事は充分判ってると思うのよ。
だからこそなのかも知れないわ。シンジ君はアスカに一生懸命に尽くしている。でもそれに対して、アスカはシンジ君に何もしてあげていないと感じていると思うのよ。だからアスカは、自分はいつでもシンジ君の側に居て、いつでもシンジ君を見ているって言う事を言いたいが為にそう言う事をしているのかも知れない。シンジ君に見て貰えなくなることを極端に恐れているのかも。まあ、今までのアスカからすればそれが自然かもね。
でも、私はそんなアスカは危険だと思うわ。余りにもシンジ君に頼り過ぎてる。万が一の時に、また昔の様になってしまう可能性を孕んでいると思うのよ。」
「『万が一』と言うのは、やっぱり……。」
「そう、いつまでもこのままで居られるとは限らないでしょう?」
「……それは解っているつもりです。でも、僕だって、アスカと離れるなんて考えたくもない。もしそうなったら……今度は、逃げる位ではやり過ごせなくなっている事だろうと思います。
でも、アスカの事を考えると、考えに入れておくべき事なんですよね。このまま僕と居たら、今度こそアスカをダメにしてしまうかも知れない。だったら、いっその事……。」
「ストーップ!!……ご免なさい、こんな事言うんじゃ無かったわ……。
シンジ君の心配はもっともね。だから、シンジ君がこれからどうアスカと接していくのかはシンジ君が決めると良いわ。でも、明日からいきなり距離を置く様な事をしては駄目よ。そんな事したら、アスカの事だから反動で逆に距離を詰めて来るわ。つまりは逆効果って事、解るわね?」
「はい。」
「だから、如何にアスカにその事を気付かせるかがカギだと思うの。だから、良いアイデアが浮かぶまでは下手に動かない方が賢明ね。ま、私が言えるのはここまでかな?私だって経験が豊富って訳じゃないから……シンジ君、もうこの話はこれっきりにしましょう。勝手な事ばかり言ってご免なさい。」
「いえ、僕は良いですよ……。じゃあ、僕はもう寝ます。お休みなさい。」
「お休みなさい。」
僕は、ベッドの中で考えていた。僕と居る事が、アスカにとって、果たして良い事なのだろうか?もし、良くない事なのならば、僕は身を引かなければならないだろう。僕の願いはアスカが笑顔で居られる事だから……。
でも、良い悪いは誰が決める事なのだろうか?……やはりアスカ自身だろうな。じゃあ、僕はどうやって判断を知れば良いのだろうか?……
僕が感じていた不安ってこれなのかも知れない。もし、アスカが僕から離れる様な事になったら、僕は一体どうしたら良いんだろう?アスカ無しで僕は生きられるのだろうか?……
「ピンぼけだけど……正解……よね……。」
既に歯車が回ってしまっている事に、僕は気付く筈も無かった……。
<後書き>
う〜っ、スランプでんなぁ……
良い場面が思い浮かばないと、こうやってただ単に冗長に場面を繋ぐだけになってしまいます。
忘れない様に確認しておきましょう、
これは、誕生日SSです!(・_・)
でも年越しだぁ……
では、約束通り、『SAIKAI』の漢字を説明しましょう。
1.『再会』
これが一番オーソドックスでしょう。一人ずつ”行方不明”扱いの人物を登場させます。その時の二人の反応によって、私のその人物観が出て来ると思います。その人物がそのまま留まるか、はたまた去ってしまうかはその時次第ですね。(^^;)
2.『再開』
再び始まった二人の生活、再び展開する物語、と言うのが簡単な意味ですね。
また、『箱根温泉』にて展開し切っていたと思っていた自分の考えがまだ足りない事に気付いたので、『再展開』を図ろうと言うものです。これに関しては、別のシリーズを立ち上げるつもりでいます。ですから、途中でストップ、と言う事も十分に考えられます。今回、”連作”と呼んでいないのはこの為です。
3.『最下位』
こう書けば、みなさん、「自分の事だ」とお思いになる事でしょう。実際、私もそう思っていますし、作中の二人もそう思っている節があります。
でも、二人は一生懸命頑張って生きようとしています。そこに引っ掛けて、「最低な者同士、互いに頑張りましょうよ!」と言う応援の意味も含んでいます。私も、作中の二人に負けない様に頑張りたいと思います。(でも、勝とうとは思いませんが)
……以上でございます。
作中で、シンジ君が悶絶の余り外を走り回るシーンについて……
もう2ヶ月程前の話になります、初めて歯科医にかかりました。いきなり親知らずを抜かれました。もともとそのつもりで行ったので、恐怖感は無かったのですが、抜かれた後に止血用のガーゼを噛んでいる間に、アドレナリンが効き始めて、治療台の上でのたうちまわっていたのでした。(^^;)
いやぁ〜辛かったっす。で、その時の願望を彼に果たして貰った、と言う訳です。
とうとう名前付きのオリジナルキャラを出してしまいました。(^^;)
これから思い描いているストーリーラインの様子からして、オリジナルを出せるのはこのエピソード最後になるのでは?と思っています。
名前はその場の思いつきなんですが、苗字に関してはガイドラインを設けています。判りますかねぇ……?
<うんちく補強版>
以前、『飛鳥』と『明日香』についてのうんちくを垂れましたが、今回はその後判明した事実を書いておきます。
『明日香』と言う漢字は、かなり古くから使われていた様です。なんと、「万葉集」に「明日香川」(現:飛鳥川)と出ていたのです。
では、『飛鳥』の方はいつ頃から使われているんでしょうかね?……謎じゃ……
では、またお会い出来ます様に……
跡見さん、本当にありがとうございました!!
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